このお話は第6話、第7話、第8話の続きです。

 

第6話   正しさに苦しむ(1)

第7話   正しさに苦しむ(2)

第8話   正しさに苦しむ(3)

 

 

「専務にこないだの話を……、スマホに録音した会話を聞いてもらいました。北大路会長もここにいます」

「あっ、いや…、どうして……」

「今、北大路会長にお電話を替わります」

 

 

「もしもし、北大路だが……。清掃氏くん、今から私の所へ来てもらえるか? 今日キミが行く予定だった現場には他の者が行くから心配しないでいい」

「はっ、はい…、分かりました……」

雪子さん、どうして……。削除してってお願いしたよね……。キミの立場だって悪くなってしまうかもしれないのに……。いや…、責めちゃいけないね……。キミも自分が思う正しさに苦しんでいたんだよね。気付いてあげられなくてごめん……。

 

 

何を言われるのか……、雪子さんは悪者にされていないか……、俺は押し寄せてくる不安を必死に振り払いながら会社へ向かった。こんな時は皆に白い目で見られている気がする。眩しくもないのに運転席のサンバイザーを下げ、表情を読み取られまいとサングラスをかけ、何とも怪しげなドライバーだったと思う。挙動不審な男がいると通報されてもおかしくなかっただろう。会社の扉をくぐった後も伏し目がちに歩き、会長室の扉をノックした。

「清掃氏です……」

「どうぞ、入りたまえ」

「失礼いたします」

中へ入ると、西田部長と西国原係長が直立不動の姿勢で立っていた。空気はとてつもなく重々しい……。

 

 

「清掃氏くん、ご足労いただいて申し訳ないね。西田くんと西国原くんにも来てもらった。二人に何か言いたいことはあるか?」

「いえ、もう直接お伝えしましたので……」

「そうか……。雪子さんが録音した音声は聞かせてもらった。清掃氏くんが仲間を守りたいという気持ちはよく分かる。だがね、涙を飲んで別れを告げなければならない時もある。それが経営というものだ」

「はい……」

「それにしてもだ……。西田くんと西国原くんの言動はいただけないな。西国原くん、ゴミのような現場とそうではない現場というのは何なんだ? 何が違うのか私に教えてくれないか?」

「いっ、いえ…、それは言葉の綾でして……」

「言葉の綾? キミは我が社に作業を依頼してくださったオーナーにも同じことが言えるのか? この現場はゴミだと言って、それを聞かれたら言葉の綾だと答えるのか?」

「いっ、いえ…、申し上げられません!」

「だったら何故そんな言葉が口から出たんだ? 心の奥底でそう思っているからだろう? だがね、たとえどんなに作業単価の安い現場だったとしても、オーナーにとっては大切な場所で、そこを綺麗にするのが我々の仕事なのではないか?」

「おっ、おっしゃる通りです。自分の未熟さを痛感しております。誠に申し訳ございませんでした」

「キミには巡回チームの長を命ずる。明日から清掃氏くんと交代だ」

「はっ、はいぃ、かしこまりましたー」

 

 

「西田くん…、キミはもっと冷静沈着な男だと思っていたが……」

「……………」

「何故黙っている? 申し開きがあるなら遠慮せずに言えばいい」

「会長は……、私がボイスレコーダーのスイッチを入れてからこの部屋に入ってきたと申し上げたら、どう思われますか?」

「今、録音しているのか?」

「はい…、自分の身を守る為です。ですが…、会長はご自身が不利になるようなことを決して言わないことも分かっています。ですから、あえてお伝えいたしました」

「その憎たらしいまでのクールさを何故忘れてしまったんだ?」

「現場の人事を任され、何でも自分の思い通りに動かせると勘違いをしていたのかもしれません……」

「そのような勘違いをされた方はたまらないな……。人を動かす人間になるということは、人の上に立つことではない。落ちていなくなってしまう人がいないように、人を下から支える人間にならなければならないんだ。自ら相手を突き落としてどうする? 突き落とされていく人を見て、次は自分の番かもしれないと逃げていく人が続いたら、組織は崩壊の一途を辿る」

「私の不徳の致すところであります。会長…、こちらを……」

 

 

「これは何だね?」

「責任を取って職を辞します」

「西田くん、キミは我が社の社是を知っているか?」

「……友愛です」

「そうだ。友愛とは異なる人間の相互理解だと私は思う。この世の中に同じ人間など一人たりともいない。持っている正義もまた違う。私とキミはお互いの正義をまだ理解し合えていないようだね。いいや、私の正義などはどうでもいい。だが、我が社の正義は理解してほしい。辞めるのはそれからでも遅くないのではないか? キミがどのような道へ進もうとも、その正義は必ず役に立つはずだ」

「会長……」

「もちろん、今のままというわけにはいかない。キミには営業部への異動を命ずる。会社の外の人間とたくさん話してみてほしい。清掃会社が、そこで働く人間が、どう思われているか自分の身をもって体験してくるんだ」

「ご寛大な処分、心に染み入りました。誠に、誠に、誠にありがとうございます」

 

 

「最後は清掃氏くん……、キミにも責任を取ってもらう」

「はい、承知しております」

「そうか……。では、キミには駅の現場を見届けてもらう。ただ…、申し訳ないが、既に伝えた解雇は撤回できない。会社が傾いてしまっては本末転倒だ。そこは理解してほしい。その上で、解雇を伝えた人たちをケアしながら、我が社の清掃員の素晴らしさを見せつけてきてもらいたい」

「かしこまりました。ただ……」

「ただ……、何だ?」

「私にはずっとしてみたいと思っている仕事があります。それは清掃員という職業に携われたからかもしれません。もちろん、駅は最後まで見届けます。ですから、退職をお許しいただけないでしょうか?」

「一つ確認させてもらうが、それは今回の一件がなくても同じ決断をしていたのか?」

「そうとは言い切れない部分もあります。ですが、いずれ申し出たとは思います」

「分かった……、頑固なキミのことだ。私の慰留など聞いてくれないだろう」

「申し訳ございません……」

「次の仕事が決まるまでは我が社にいればいい。そして、退職を撤回したくなった時は辞めずに続ければいい。退職後も……、もしも後悔の念を覚えるようなことがあった時は、いつでも戻って来い。それが私のキミに対する正義だ」

「お心遣い、切に感謝いたします」

「応接室で雪子さんが待っている。彼女も西国原くんの下では働きづらいだろうから、キミと一緒に駅へ行ってもらうことにする。よろしく頼む」

「かしこまりました。この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。それでは、失礼いたします」

 

 

応接室へ行くと、雪子さんが冷たいタイルに視線を落としていた。自分の行動を悔いているのか……、自分の正義を責めているのか……。正義って、正しさって、苦しいよね。だけど、顔を上げてしっかりと前を見てほしい。これから歩く道の先には、キミに救われた人たちがいるはずだ。

 

 

「せっ、清掃氏さん、本当にすみませんでした」

「俺や駅のみんなを守ろうとしてくれたんだよね……。ありがとう……。それが雪子さんの正義なら、俺は責めたりしないよ。でもさ、俺のことを『正しさに頑固な人』だって言ったけど、雪子さんの方がずっと頑固じゃん!」

「そっ、そうかもしれませんね」

「明日から俺も雪子さんも駅に異動だってさ。少しの時間かもしれないけれど、そこで働きながら次のことを考えればいいんじゃないかな。みんなと一緒に辞めるのも一つの選択だし、また違う現場へ異動してこの仕事を続けてもいいし、それを決めるのは雪子さん自身だよ」

「清掃氏さんはどうされるんですか?」

「俺は辞めるって言っちゃったよ。明日から転職活動をしながら仕事をするよ」

「清掃氏さんならスグに決まりますよ」

「どうだろ…、それは分からないな。ほらっ、今日はもう帰ろう。帰る前に…、"から牛"を食べとく? 元気出そう!」

「はっ、はい!」

 

 

 

 翌朝、雪子さんを連れて駅へ行き、清掃員詰所の扉を開けると、いつか見たような光景が眼前に広がった。タイムスリップ? いや、そんなわけはない。

 

 

「あんた遅いじゃないの?」

「えっ…、あれ……? あっ、いや…、どっ、どうしてここにいるんですか?」

 

第10話 正しさに苦しむ(完)へ続く

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)コムギ

 

 

 

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