このお話は【第6話 正しさに苦しむ(1)】の続きです。

 

 

「僕たち、解雇になるんですか?」

「えっ?!」

 

 

そんな話は聞いていない。ただ、駅舎清掃は3年ごとに行われる競争入札で業者が決まるので、落札できなかった可能性はある。

「サブさんが聞いたらしいんです。今までは違う駅に回されるだけだったけど、今回はほとんどの駅を落としてしまったので解雇になる人もいるかもしれないって……」

「入札結果が分からないから何とも言えないけど、駅以外の違う現場に異動させてもらえないのかな……」

「……今日これから本社の部長と係長が来るらしいんです」

「あの二人か……。今から俺も行くよ」

俺は駅へ向かうことにした。何も出来ないかもしれないが、共に働いてきた仲間たちの力になってあげたい。

 

 

「雪子さん、ごめん。"から牛"は延期させてもらってもいいかな?」

「お仕事が入ったんですか?」

「いや…、以前に担当していた現場の仲間たちが困っているみたいで……」

「それは行ってあげなきゃですね! 私もついていって大丈夫ですか? きっと何かの役に立ちますよ」

 

 

「うーん…、せっかく早く終わったんだし、帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃないかな」

「大丈夫です! 帰ってもすることがなくて、超超超超ヒマなんで……」

「いや、暇つぶしに来られても……」

「それは言葉の綾ですよ。お邪魔はしませんから!」

「分かった。じゃあ、行こうか」

 

 

 駅に着いて詰所へ足を運ぶと、西田部長と西国原係長が皆の前に立って説明をしていた。

「んっ? 清掃氏くん、どうしたの?」

「部長と係長がこちらへ来られていると聞きまして……」

「それで…、その女の子は誰?」

「契約社員の雪子さんです」

「あっ、そう…、ご苦労様。仕事はもう終わったの?」

「はい、終わりました」

「僕たちもね、ちょうど終わったところ。こういう仕事は辛いよね……。仕事にはご縁というかね、出会いと別れがあるけれど、もしも自分がね、あなたはもう働かなくていいなんて言われたら卒倒しちゃうよ。だから、ここにいる人たちはみんな強い! 敬意を送らないといけないね」

「……………」

「ふわぁーわ、朝から現場を回っていたから眠くなってきちゃったよ。ちょっと休ませてもらってもいいかな?」

西田部長はそう言って詰所にごろんと寝転がった。気疲れもあるだろう。横になりたくなる気持ちは分からなくない。だが、朝から働いているのは現場の人間だって同じだ。ましてや、解雇を伝えられて傷心している人だっているだろう。そんな人たちの前で寝転がって休むなんて俺には出来ない。沸々と怒りが込み上げてきた。

「西田部長……、ちょっとよろしいでしょうか?」

「何?」

 

 

「解雇された人の気持ちを考えたことがありますか? 競争入札ですから、他社に現場を取られてしまうことは仕方がありません。そのことによって行き場を用意してあげられない人がいることも分かります。ですが、ここはまだウチの会社の現場で、解雇する人にも最後まで働いていただかなくては困るはずです。それなのに……、大あくびをして眠くなってきちゃったって何なんですか?」

「あん? それで?」

「都合のいい時に雇って、不要になったら即解雇……。その繰り返しが会社から信頼や一体感を奪っていくのではないでしょうか? もちろん、現場の数が増減してしまうことは仕方がありません。ですが、減ったなら増やす努力をする、会社もそこで働く人たちも共に歯を食い縛って乗り越えていく、そんな姿勢が企業の未来を拓くのだと私は思います」

「契約社員やアルバイトの生活の為に会社は赤字を垂れ流して傾いてもいい、清掃氏くんはそう言っているのかな?」

「そうは申しておりません。失職して収入を失った人が増えれば、未婚率が高まり、少子化が進み、消費は低迷します。もう結婚している人や年金を受け取っている人だって支出を抑えるでしょう。そうなれば、それはいずれ企業にも跳ね返ってくるということです」

「せっ、清掃氏くん、キミは政治家にでもなったつもりですかっ! 誰に物を言っているのか分かっていますか? 部長に謝罪しなさい! 今すぐ謝りなさい!」

 

 

「いいよ、いいよ、西国原くん。僕はなーんにも気にしていないから。清掃氏くんはこういう人間だから、雑用係…、あっ、違った、巡回チームに回したんだよね? 違ったっけ?」

「おっしゃる通りです! 組織の規律を乱す人間に大事な現場は任せられません。ゴミみたいな現場をうろちょろさせておけばいいんです」

「そうだよね、そうだよね、西国原くんはよく分かっているね! 上意下達! 会社には指揮命令系統というものがあるんだから、上の人間の指示には従わないとね」

「俺が……、いや、私がいつ指示を無視したのでしょうか? 意見を申し上げただけではありませんか?」

「そういうの、いらないんだよね。『はい』って返事しておけば、それで終わりでしょ?」

「異なる意見に耳を傾けない人間や組織は埋没していくだけだと思います」

「ふーん…、理想論ばかりだね。清掃氏くんが現実を見ることの出来ない人間だってことがよく分かったよ。キミは北大路会長と親しいみたいだけど、あの人だってね、いつまでも会社にいるわけじゃないんだよ。もうお爺ちゃんなんだからさ……。次の世代の人間が引き継いでいかなきゃいけないよね?」

「部長! おっしゃる通りです! 次の役員改選では常務の椅子が待っています!」

「西国原くん、気が早いよ、気が!」

「もう確定事項ですよ。常務に昇進の際はぜひ私を……。んっ?、雪子さんでしたっけ? さっきから携帯をいじっているけど、空気が読めないんですか? そんなんだから、いつまで経っても正社員になれないんですよ。僕が偉くなったら、そういう人はサヨナラします」

 

 

「すみません……。私、難しい話は分からないんです」

「フンッ、上司が上司なら部下も部下ですね」

「西国原くん、女の子をイジメちゃダメだよ。ダメッ、絶対! 今はセクハラとかパワハラとかうるさいからね。分かっているよね?」

「はいっ、承知しております」

「何だか休ませてもらえる雰囲気じゃなくなっちゃったね……。会社へ戻ろうか?」

「はいっ、今すぐに戻りましょう。これ以上ここの空気を吸っていると、胸を患わせてしまいます」

「じゃ、清掃氏くん、またね! あれ、どうしたの? そんなに難しい顔をして……。何度も言うけれどね、僕はなーんにも気にしていないから大丈夫だよ」

「いや、もう結構です。俺も帰って身の振り方を考えます」

「何を考えるのも自由だけど、辞めるなんて考えちゃダメだよ。清掃氏くんは程々に必要な人材だからさ」

 

 

二人はつかつかと詰所を出ていった。程々に必要な人材ってなんだ? 都合良く使えるということか? いや、俺のことはどうでもいい。彼らは解雇通知を済ませれば、もう顔を合わせることのない人たちもいるだろう。そんな人たちに対して、『長い間お疲れ様でした』とか、『最後までよろしくお願いします』とか、そういった感謝や労いの言葉はないのだろうか? だが、そう憤る俺自身もかけるべき言葉がすぐに浮かばなかった。こんな時、婆さんならどんな言葉を口にするのだろう……。

 

 

無機質なタイルに視線を落としていると、彼らの方から話しかけてくれた。

「清掃氏さん、大丈夫ですか? 僕たちの為にすみません……。僕はこの仕事が好きなんで、雇ってくれる清掃会社を探したいと思います」

「空くん……」

 

 

「アイツら、何様のつもりだよ。ワタシは会長ビルの清掃を紹介されたけど、辞めることにしたわ。 主任、カッコ良かったよ! 元気出して!」

「霧子さん……」

 

「ワシも辞める! 清掃氏さんと会長さんがいなくなって寂しいしね……。あっ、ワシはどこも紹介されていなかったから解雇だね、ワハハ」

「サブさん、笑えないボケはいりませんよ……」

 

 

「みっ、皆さん、ちょっと待ってください!」

「あんたさ、スマホいじるのいい加減やめたら? 西国原のオヤジじゃないけど、ワタシだって『何なの、この人?』って呆れちゃうよ」

「霧子さん、大目に見てあげてくれるかな? 雪子さんは悪気があってしているわけじゃないと思うんだ。そうだよね、雪子さん?」

「ちっ、違うんです! 私、この部屋に入ってからずっと録音していたんです! それで…、バレないようにいじっているふりをして……」

 

 

第8話 正しさに苦しむ(3)に続く

 

文:清掃氏 絵:ekakie(えかきえ)コムギ

 

 

 

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