近付いてくる夏の終わりを感じたある日のことである。この日の作業現場は繁華街のはずれにある古びたホテル。辺りを見回してもスーツ姿のビジネスマンはいない。現場に着いて通用口を探していると、男女のカップルが俺を訝しげな目で見ながら自動ドアをくぐっていく。いや、別に怪しい者では……。浮気調査をしている探偵でもありません。心の中でそんなことをぼやいていると、社用車から雪子さんが降りてきた。
「清掃氏さん、入り口は分かりましたか?」
「いや、それがどこにもないんだよね……」
「じゃあ、そこの自動ドアから入っちゃいましょうよ。中に入れば、インターホンとかあるんじゃないですか?」
「いや、それは……」
今日は専務も晴男さんもいない。仕事とはいえ、女性と二人でラブホテルに入るのは抵抗がある。こんな姿を妻や知人に見られたら……。
俺は会社に連絡をしてホテルの電話番号を尋ねた。そう、電話して聞けばいい。
「はい、ラブストリート会長でございます」
「あっ、もしもし、北大路クリーンサービスの清掃氏と申します。排水口の清掃作業に参りました。通用口はどちらでしょうか?」
「お世話になっております。通用口は正面の自動ドアを入って左端にある扉です」
「分かりました。今、お伺いいたします」
普通に考えて、通用口というのは外にあるものではないのか? だが、しかし、ないと言うのだから仕方がない。俺は道具を下ろして、雪子さんとホテルへ入った。担当者の指示を受けて向かったのは3階の一室。扉を開けると、何だか残り香が……。ベットの上にはご丁寧に避妊具の袋が転がっている。きっと今しがたまでお客がいたのだろう。
※許可を得て撮影しています。
「わわっ、生々しいですね。清掃氏さんと二人でファッションホテルにいるなんてドキドキしちゃいます」
「いや…、ドキドキしないでください。仕事です……。若いコはファッションホテルって言うんだね」
「レジャーホテルとかカップルホテルって言う人もいますよ」
「そっ、そうなんだ」
「清掃氏さんは奥さんと来たりするんですか?」
「いや…、来ません。ほらっ、仕事をするよ!」
「はっ、はい」
専用の道具を使ってお風呂の排水口を清掃すると、詰まっていた髪の毛がごっそりと出てきた。これでは流れが悪くなって当然だ。このようなホテルに来た時は目の前にいる相手のことしか見えなくて、清掃員のことなど1ミリも考えないだろうけれど、綺麗にしてくれる誰かがいるということは忘れないでほしい。作業を終えて部屋へ戻ると、ルームメイクさんが見事にベッドを整えていた。
※許可を得て撮影しています。
「うーん…、プロの仕事は違うね」
「清掃氏さんもプロだと思いますよ。あっという間に排水口を綺麗にしちゃったじゃないですか!」
「まぁ、経験かな。雪子さんもそのうち出来るようになるよ。まだ早いけれど、今日の作業はここだけだから、もう帰っていいよ」
「清掃氏さんっ! ホテルに来たのに帰っていいって言われた女の子の気持ちが分かりますか?」
「いや…、あの…、いったい何をおっしゃっているの? 俺たちは仕事で来ただけだし……」
「あはは、冗談ですよ!」
「ほらっ、挨拶をして帰るよ。どこかでお昼ご飯を食べていく?」
「はい、お供させてください。吉野家の"から牛"を食べてみたいです」
「いいね! 俺も吉野家の唐揚げを食べてみたいと思っていたんだ」
そんな話をしていると、スマートフォンの着信音が部屋に響いた。
「はい、もしもし、清掃氏です」
「清掃氏さん、お疲れ様です。怪鳥駅の空ですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「おぉ、空くん、久しぶりだね! 元気? 今日はどうしたの?」
「僕たち、解雇になるんですか?」
「えっ?!」
文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)
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国立大学卒トイレ清掃員@fukunokaori
生きる活力って何だろうと考えると、それはやっぱり誰かに必要とされていると感じることじゃないかな。 家族や友人だったり、あるいは仕事だったり、もっと言えば、それは思い込みだっていいと思う。 自分は必要とされている、そう声に出して言ってみよう。
2020年09月05日 15:45
"から牛"はまだ食べていませんが、牛丼も豚丼も牛焼肉丼も大好きです!
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