このお話は、第6話・第7話の続きです。

 

第6話   正しさに苦しむ(1)

第7話   正しさに苦しむ(2)

 

 

「ちっ、違うんです! 私、録音していたんです! それで…、バレないようにいじっているふりをして……」

 

 

「えぇっ!? あんたカワイイ顔してなかなかやるね! さっきは呆れちゃうとか言っちゃってごめん……。主任、このコが録音したデータを会社に送り付けてみたら?」

 

 

「いや…、相手の同意を得ずに会話を録音することは秘密録音といって……。まぁ、反社会的な方法を用いて録音したものじゃなければ、それ自体は罪にならないはずだけど……(参考:最高裁判所判例 平成11年 あ96)」

 

 

「ワタシ、難しい話は分からないけど、だったら何の問題もないんじゃない? 盗聴器を仕掛けたわけじゃないんだし……」

「そうだけど、こっそり録音されたものを送り付けられたらどう思う? 印象が悪くなることはあっても、絶対に良くなることはないよね?」

「そうかもしれないけど、どうせ辞めるんだから印象なんて関係ないんじゃない? アイツらをギャフンと言わせないと気が収まらないよ」

「俺も辞めようと思う……。だけど、だからこそ、綺麗に終わりたいじゃん! それにさ、ここにいる全員が辞めるわけじゃないよね? 俺は残った人が会社に居づらくなるようなことはしたくないな」

「わっ、私なら大丈夫ですよ。でも…、もっと一緒に働きたかったな……。ここにいる皆さんのように、笑ったり怒ったりしながら、"大切なこと"を学びたかったです」

 

 

「雪子さん……」

「でも…、清掃氏さんは真面目というか、正しさに対して頑固な人だから難しいですよね……。私、一緒に働いていて思ったんです。清掃氏さんを苦しめているのは、その正しさなんじゃないかなって……」

そう…、誰にでも正義がある。だが、それは万人に共通するものではない。正しさや正義という言葉は自分にとってそうであるだけで、誰にでも通用する絶対的な価値観にはなり得ない。誰かが口にした正義に違和感を覚えたことは一度や二度ではないはずだ。その正義が他人にとっては悪になることだってあるだろう。人はその狭間で苦しむ。

「難しいことを言うね……。人間はさ、周りの人の助言とか忠告とか、色んな意見を取り入れながら生きていくけれど、最後に判断するのは自分で、自分が正しいと思う道を選んで歩いていくしかないよね。今、俺が思っているのは、誰かを…、雪子さんを…、悪者にしたくないってこと……。みんなだって雪子さんが責められる姿を見たくないよね?」

「私なら大丈夫なのに……。清掃氏さん、優し過ぎますよ」

優しいのか甘いのかどちらなのかは分からない。だが、それが俺の選んだ正義なのだから仕方がない。

 

 

「やっぱり主任は熱いね! ワタシは主任の正義を支持するよ」

「霧子さん、申し訳ない……」

「いいって、いいって! それでこそ主任なんだから! でもさ、どうしてワタシと出会う前に結婚しちゃったんだよ」

 

 

「いや、そんなことを言われても……」

「わっ、霧子さん、言っちゃいましたね! 清掃氏さん、僕、ずっと聞かされていたんですよ。奥さんが羨ましいって……」

「お前は余計なことを言わなくていいんだよ!」

「痛い、痛い、やめてください!」

 

 

「清掃氏さん、ここの人たちはみんな温かいですね。私も一緒に働いてみたかったです。みんなで一緒に別の清掃会社へ行くっていうのはアリですかね?」

「それは俺がどうこう言うことじゃないよ。雪子さんも自分が正しいと思う道を進んでいけばいいんじゃないかな」

「はい、そうします……」

「録音したデータは削除してね。残しておいて聞き直しても気分が悪くなるだけだよ」

「そっ、そうですね……」

この日は皆で決起会を開いた。会社と闘おうと手を取り合ったわけではない。退職する人もそうではない人も目の前の仕事を頑張ろうと激励を交わし合ったのだ。だけど、そんな中、雪子さんだけはどこか浮かない顔をしていた。皆の為を思って録音したデータを削除してほしいと頼まれたことに納得していなかったのかもしれない。次の日もその次の日も体調が悪いと言って仕事に来なかった。そして3日目の朝、家を出ようとしていると、スマートフォンの着信音が鳴った。

 

 

「はい、もしもし、清掃氏です」

「雪子です……」

「おはよう。体調は良くなった?」

「はい、もう大丈夫です。清掃氏さん、ごめんなさい……」

「どうして謝るの? 体調が悪い時は休んでいいんだよ」

「違うんです……。今、会社に来ています」

「えっ……」

「専務にこないだの話を……、スマホに録音した会話を聞いてもらいました。北大路会長もここにいます」

「あっ、いや…、どうして……」

「今、北大路会長にお電話を替わります」

 

 

「もしもし、北大路だが……。清掃氏くん、今から私の所へ来てもらえるか? 今日キミが行く予定だった現場には他の者が行くから心配しないでいい」

「はっ、はい…、分かりました……」

雪子さん、どうして……。削除してってお願いしたよね……。キミの立場だって悪くなってしまうかもしれないのに……。いや…、責めちゃいけないね……。キミもまた自分が思う正しさに苦しんでいたんだよね。気付いてあげられなくてごめん……。

 

 

第9話 正しさに苦しむ(4)に続く

 

文:清掃氏 絵:ekakie(えかきえ)コムギ

 

 

 

もしも私にekakieさんやコムギさんのような画才があったら、漫画家を目指していたと思います。子どもの頃から作文は得意だったのですが、絵はどうしても……。そんなお二人のブログもよろしくお願いいたします。

 

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