朝は6時前に起床して山に向かう。
登山とは行き交う人達と挨拶を交わしながら景色を楽しみ……なんてことではなく、ただひたすらに山のてっぺん目指して走る。走る。走る。ゲロを、吐く。走る。みたいな感じで早朝のトレーニングが終わる。
朝食、なんの嫌がらせかわからんがフライ物が出てきた。朝から嫌ほど走って気持ち悪いのにフライ物。昨日の晩なら嬉しいフライ物。今は憎いフライ物。もうここまできたら周りは敵だらけに感じる。フライ物め~。
そしてこんな時はおかずを取りあげないパイセン。
『おいっ!今だろっ!』と心の叫びは届くはずもなく口に押し込んで朝食終了。
楽しい食事がまるでミッションのような行為になっている。食べ物がなくて困っている人が世界には沢山いるのに私はなんてことを思っているのだ……とは今は思うが、当時はそんな余裕すらない、いっぱいいっぱいの高校生だった。
練習自体はしんどかったが楽しかった。何より合宿先の高校と練習試合形式の組手があり、私も他校の選手と初めて拳を交えることになった。
しかし相手は同じ1年生だが先輩達も知っている実績がある選手。まぁやるしかねぇと腹をくくり向かっていく。そして私の中段突きが入って相手がうずくまる。『やった』と思ったら、反則。
伝統空手は当てたら素早くひいて決めをしてポイントになる。打ち抜くような打撃で倒してしまうと反則になってしまうのだ。そんなルールもよく理解しておらずにやっていたのだが、私がやりたかったのは全力の殴り合い。伝統空手の技術は素晴らしいし競技としても完成されている。しかし当時の私には倒して負ける意味が理解できなかった。そして心のモヤモヤが大きくなる。
そんな合宿が1週間近く続き、日々の練習&シゴキも乗り越え、途中の広島観光が唯一の息抜きだったのだが残念ながら特に何も覚えていない。ただ頭がイタイ先輩とは違う部屋になったことがこの上なく嬉しかったことは覚えている。
帰りの電車では生気を吸いとられたかのように窓の外の景色に目が釘付けになっていた。何も感じないし、考えてもいない。ただ窓の外の景色が目に写っていた。
涙の夕食を終えて自由時間という先輩の道着の洗濯の時間がくる。洗濯機などないので石鹸でトイレの洗面所で洗う。そして全力で絞り倒して干す。
ようやくお風呂だー、っとテンション上げて風呂に入ればホースで水をぶっかけられる。
そして自由時間が終わる……『カモォーンッ!フリィィィーーダムッ!!』と心が叫び就寝へ。
がしかし!そんな簡単に寝かせてもらえるはずがない。私は幸い寝つけずに座っていたのだが、友人は早々に夢の中へ。
そんな友人の枕元に立った先輩がコーラを寝顔に注ぎだした。そして一言、『先輩より先に寝るんじゃねぇ』…口で言えよ、と思いながらも皆が寝静まるまで座っておく。
『明日は朝6時から山道を走りに行くんだな~……我が体よ!なんとかもってくれ』と念じながら、複雑な心の中を打ち消しながら暗闇を見つめていた。
1日の練習も終わり待望の晩御飯。しんどすぎて食欲もないけど食わにゃ死んでしまう、と思いながら食堂らしき場所へ。給食みたいな食事が並んでおり、お世辞にもテンションの上がる内容ではなかった。が食わにゃ死んでしまうということで勇んで食べようと手を合わせた時に私達1年生の主力のオカズが瞬く間に先輩の皿の上にダイブしていった…残ったのは生野菜と極少量のお新香と具がほぼない味噌汁。『戦時中か!?』とツッコミたくなる気持ちを抑えて口に運ぼうかと思ったら…丼にご飯を押し込んでいる先輩の姿が。そして山のように詰め込んで盛られたご飯が私の目の前に…『日本昔話かっ!?』とツッコミを入れる気すら起こらずに『生野菜でこんな量の白米は食えねぇ…』と心の中で嘆きながらお新香と味噌汁を大切に使いながらお米を食いまくった。
しかしこのお米は丼にぎゅうぎゅうに押し込まれているため、いくら食べても減らない。そして、元々あまりお米を食べない生活だった私にはかなりの苦行になった。もちろん他の1年生も限界がきていた。
『残してもいいのかなー?』なんて思ってみても『無駄だ!』と言わんばかりに拳を固めた先輩が目を光らしている。
だがもう早々に大切な少量の味噌汁達も力尽き、残ったのはさほど減ってないお米。腹には何も入る隙間がない。普段はありがたいお米がこんなにも憎らしいとは…。『お米ダメ、ゼッタイ』と頭の中で唱えながらもどうしようも口にお米が入らない。




……数分後1年生が代わる代わるトイレへ。トイレから帰っては飯を喰う。
そう、トイレで1年生は口に指を突っ込ん便器に大量の米粒を酸い臭いとともぶちまける。
なんて農家の人をバカにした行為か。今思えばもったいなくて馬鹿げたことだ。が、当時の私達にとったらいかにして食べて殴られないかを必死に考えた末での行為だった。
涙を流しながら食べ終えて、おかずのありがたさが身に染みた夜だった。