電車を乗り継ぎ着いた確か岡山県の高校だったと思う。
うだるような暑さの中到着してすぐに練習開始。
人数も多く、全国大会も常連の高校。楽な練習であるはずがない。アップで肺と筋肉がSOSを出し始める。『こ、これはヤバい。1週間もこんなことを続けるのか…逃げようか。』とか思うかと思えばそんな余裕もなくただ『やれっ!』と言われたことを黙々とこなしていく。
途中顔色がおかしくなり吐き気をもよおした数人がトイレに行く。その中に私もいた。トイレはまさに地獄絵図。臭いも景色も酷かった。
そしてそんなこんなを繰り返しながら練習が終わる。正直内容は全く覚えていない。辛かったのかもわからないが練習が終わってホッとしたのはうっすら覚えている。練習は辛くても耐えれると思っていた私だが色々なやる気を削がれる要素が重なり練習へのやる気にも影響してきていた。気持ちが入らないと練習というものは急にきつく感じて苦行以外の何ものでもなくなってしまう。でも終わった時の爽快感はたまらんものである。まぁ当時はそんなことも思ってもいなかったし考える余裕もなかった。ただ徐々にやる気がなくなっている自分の存在を少しづつ感じていた。
そして食事→お風呂→自由時間→就寝とリラックスタイムが本来なら始まるのだが…。
『夏休み』、多くの学生が聞くだけでワクワクする言葉だと思いますが当時の私にとったら地獄の始まりの合図でした。 まぁ体育会系のクラブをしていた学生の方の多くはそう感じていたのではないでしょうか。
朝から晩まで気が狂ったかのように動き回り、食事の時間まで頭がイタイ先輩の使いっ走りでウロウロ。わしゃお前の家政婦か!?と思うような働きを1日中するという訳のわからん伝統です。練習はどんなにきつくて無茶苦茶でも良かったが、それ以外の理不尽な事柄が当時の私のやる気を徐々に奪い取ってきていた。
そんな夏休みの中盤に約1週間の合宿がある。先輩達も日が近づくにつれて憂鬱になるほど地獄度の高いものだ。
ましてや1年生には先輩からのシゴキや訳のわからん虐め的な行為までプラスされていくというなんとも世紀末的なイベントである。
合宿出発の朝に駅に集合する足は両足に20キロのアンクルウェイトが巻かれているかのような重さ。性格がクソから産まれてクソのような先輩の顔を見るとアンクルウェイトが10キロ増えた。
合宿は確か2つの学校に泊まり込みで練習するというもので、1校目が終わり次の学校に移動する途中で広島のホテルに泊まり原爆ドームか何かを見学して、次の学校へ行くというスケジュールだったように思う。
まぁ何にしてもホテルで泊まる時は是非とも性格がクソから産まれたクソのような先輩と同じ部屋にならないことを祈りながら電車に乗り込んだ。
そして祈りの無意味さを知ることとなる。
そんな違和感を感じながらも日々のシゴキに耐えるので精一杯でとにかく毎日を過ごしていた。駅の階段の手すりなどしがみつきながら歩いていて、周りから見ればフレッシュさはかなり欠けていたに違いない。
同じ1年生が入ってくることもあったが長くて1週間程で姿を見なくなる。私も姿を消したくなる衝動と頑張らねばと思う気持ちがぶつかり合いながら日々を過ごしていた。
しばらくすると遂に空手着が届き初めて道着に袖を通して鏡の前に立つ…着こなせてない感満載の姿にガッカリしたのを覚えている。
道着姿がしっくりなるにつれて練習も徐々に先輩達と一緒のメニューをこなしていくようになる。
隅っこでひたすら友人と唸り声をあげながら黙々と耐えなければならない補強等よりは、みんなと一緒に動けることが嬉しかったように思う。
がしかし、初心者で伝統空手の動きを全く理解していない私と友人は基本から注意の嵐。打ち込みになれば寸止めなんてどこにやら。私達1年生は格好の的。腹を殴られ嗚咽を繰り返してると『声を出せっ!』と言われるので涙を流しながらわけのわからん声を出していた。
そんな日々でもしんどかったが嫌にはならなかった。空手ってそういうもんだと思って続けていたし、事実打たれ強くなったし友人とも『負けちゃならん』と帰り道で話せていた。まぁ半分以上愚痴だったが。
そして夏休みに入り1日中練習の日々と地獄の夏合宿が始まる…。