夕方5時くらいを過ぎると鉄の扉からどんどん人が入ってくる。
見たことないような重さのバーベルでスクワットする人や、黙々とベンチをする人。
1人ストレッチをしていた私はサンドバッグを殴ったり蹴ったりしたかったのだが、完全にやりづらい空気になってしまっており『家でやれよっ!』てくらい長い時間をストレッチに費やしていた。
しかし、『それじゃいかんっ!わしはストレッチしに来たんじゃねぇ』てことで意を決してグローブをはめて1人黙々とサンドバッグを叩きだした。
初めて叩いたサンドバッグは思ったより硬くて叩いてる拳や脛が痛かった。でもそんな痛みよりも初めてサンドバッグを叩いている自分が嬉しくて無我夢中で動いていた。
ふと気がつくと、人も増えており汗だくになっていた私は汗を拭いて、床を拭いて今日は終わろうと思いストレッチを始めた。
そんな私に1人の空手着をのズボンを履いた男性が声をかけてきた。
『凄いいい蹴りしてるねぇ~、キックか何かやってるのぉ?』
見ず知らずの年上の男性に喋りかけられた私は一瞬ビックリしたのとちょっと恐かったのとで地蔵の様に固まりかけたが少しは社交性が身に付き出していた17才。『いや、あの~顔面ありの打撃をちょっとやってます』とキックとK-1、ムエタイなどの違いがわからなかったのでこう答えたように思う。
そこから色々と話をして頂いて『一緒に練習しようよ』という流れになった。笑顔で気さくに話をしてくれる優しそうな人だなぁ、なんて思っていたが後々とんでもない間違いだと気付くことになる…。
どうやらここには色々な格闘技をやってる人が集まっているようで、その方を通じてみんなで集まって練習をするということで話がついた。
数日後、知らない人、強そうな人達が集まって練習することになった。
普段は顔面なしの空手家やキックの人、某武道流派の方、柔道家などが体重など関係なくメチャクチャ狭い空間でスパーを回していく。
空手部を辞めてから、まだ格闘技をちゃんとやっている人とスパーをしたことがなかった私は楽しみやら、不安やらでドキドキしまくっていた。
区の施設の小さな薄暗い部屋で私の格闘技人生の第2章が幕をあける。

高校3年生になり進路などを決める3者面談などというものがあり、親と共に学校に呼ばれて先生と話をする。
担任の先生に

先生『勉強は1日どれくらいしてるんだ?』

私『していません』
先生『トレーニングは1日どれくらいしているんだ?』

私『4、5時間くらいです』

親『…』

先生『…』

私『…』

先生『その内何時間か勉強にまわせんか?』

私『…』

などというやりとりがあり何やかんやでちょっと勉強しようかという気になる。
まぁ5時間もトレーニングといっても大半ダラダラとした実質数時間の自分の器の中でのトレーニング。勉強をした方がましである。
まぁなんとか大学には無事に受かったものの、格闘技に対しては特に進展しておらず相変わらずであった。
ところが、高校生を卒業し近所の本屋さんで短期バイトをしていると1つ上の先輩が『近所の区の施設の地下にサンドバッグが吊るしてあるトレーニング場があるよ』と教えてくれた。
『…何っ!?家から歩いて数秒のとこにそんな素敵な場所があるなんてっ!』
ウキウキしながら家に帰るなり急いで準備をしてそこに猛ダッシュで向かう。
ドキドキしながら玄関のドアを開け受付の人にどうやったら使えるのかを聞く。
…最初に登録をすればタダでっ。『なんて素敵なんだ公共施設!』と浮かれながら薄暗い階段を地下まで下りる。
重くて冷たい鉄の扉をゆっくりと開ける。本当に小さな部屋に、ベンチやスクワットのラック、腹筋台やダンベルなどが乱雑に置かれていた。
そして奥の方に大きなサンドバッグと小さなサンドバッグが仲良く並んでおり、初めて見るサンドバッグに興奮を覚える。殴りたい気持ちを抑えながら、『先ずはストレッチだ』と自分に言い聞かせながら準備をする。夕方のまだ少し早い時間。そこにはまだ誰もおらず少しドキドキした男が1人ストレッチをして時間が過ぎていく。ストレッチが終わる頃に重く冷たい鉄の扉が再び開く。

そして18才の青年の人生を変える出会いが始まる。
変わらなかった…。
変わるチャンスを見ないふりして、少年は変わらなかった。神様ゴメンナサイ。
反省点を見つけて、それを補う為に色々考えて実行したりしたが、そもそもそんなところを変えてもたかがしれてる。
走り込みを強化したり、筋トレを強化したり、ミットの量を増やしたり…は当たり前で、もっと強くなるには当時の私には指導者、もしくは知識、練習環境という根本的なものが欠けていたわけで。
しかしジムや道場に通う場所やお金もなく(真剣に探してもおらず)ただただ自分で書籍などを読み漁り、得た知識で練習メニューを組み立てていた。
そして夜な夜な近所の広場で友人相手にミットや殴り合いを繰り広げていた。
まぁそんなもんではたかがしれとるわけで、ただの友人相手にスパーリングしてもねぇ。
とりあえず試合の反省から走り込みを強化してスタミナアップに努めた。
当時は必死に色々考えてやっといたが、今から思うとだいぶバカな少年だ。自分の息子がこんなんならローキックを蹴りまくってしばらく和式便所に座れないようにして、和式便所しかない山奥に閉じ込めて…
話が逸れましたが、懲りずに数ヶ月後に2回目の大会にエントリーして、1回戦の最初に大振りの右フックを空振りして肩の筋肉を断裂するという自爆技を繰り出してしまい、自分で自分のどんくささに驚く。1回戦は なんとか判定で勝利したものの肩の痛みと次の試合を考えていたので初勝利の喜びは皆無。
2回戦ではパンチが使えないのでローキックを中心に組み立てたら、またまた足の甲にヒビが入る自爆技を炸裂。判定で撃沈し、またまた敗北感と痛みだけが残る結果に。
『そもそもちゃんとした打ち方、蹴り方ができてねぇんだよっ!』って注意してくれる人もいない状況では17才の平凡な少年1人の限界だったのでしょう。
高校卒業も近づき進路とか考えなきゃいかん時期が近づいてきたのだが…。
どうするの?