空手部を辞めた私はポエムなど書くはずもなく、ただただ友達と遊んだり、テレビ見たり、ゲームしたりとなんの目的もなく毎日を過ごしていた。
自重の筋トレだけは唯一続けており、暇な時に近所の友人にミットを持たしたりして自己満足して、あとは格闘技通信などを読んで妄想で強くなった気分になるというどうしようもない少年へと変貌を遂げつつあった。
そんなある日、格闘技通信の試合募集欄に大阪でグローブ空手の大会があると書いており、何を思ったのか私は妄想の世界のまま試合にエントリーをしていたのだ。F1のテレビゲームをして本当のレースに出場する感じだろうか…。
しかし、さすがによくわからんままだとまずいと思いジムを探した。当時は京都にはキックボクシングのジムなどはなく(私が知らなかっただけかも)大阪にいくつかあったのでコッソリ体験などで行ったり、練習方法を聞きまくったり、偽名で急にいなくなる…等していた。
何せ金のない高校生。親にも言えずバイトもできず、とりあえずそんな感じで持ち帰ったものをまた近所の友人とやって自己満足していた。
そして特に何も変わらないまま試合に挑み、未体験の緊張と恐い大人だらけの雰囲気にもパックリと呑み込まれ、首ずもうの外し方が分からず、ひたすら膝をもらい続けて見事判定負けという結果に。
流石に十数年前のことなのであまり詳しく覚えていないが、たった3分の1ラウンドでスタミナが全くなくもうすぐ死ぬんではないだろうかと思うような呼吸に試合後なっていたのは覚えている。
そして悔しかった。ろくにまともな練習をしていない悔しいと思う資格もないようなハナタレ小僧がいっちょまえに悔しいと思っていたようだ。

さぁ空手部を辞め、腑抜けの少年に神様は変わるきっかけを与えてくれた。
この日を境に…
…平和だ。
空手部を辞めた私の高校生活は百八十度変わった。今まで掃除をしながら帰宅して行く帰宅部の人達を羨ましく思い窓から眺めていたのが、今や見られる側になった。
だがスッキリしないことも多々ある。1つは一緒に入部した友人だ。まだ顧問に辞めると言い出せずに取り残されていた。
なかなか言い出す勇気とタイミングがないまま日々が過ぎたある日。『今日こそ言ってくる!』と息巻いて放課後に教室から出てくる顧問の元に向かった。
私と他の友人が隠れて見守る中、彼が遂に凄い勢いで声をかけた!







『先生っ!…あ、あの…え~、あっ…、








今日練習何時からですか!?』








…愕然とした。あと一歩で彼の勇気が力尽きた。
顧問も『なんやこいつ?』みたいな感じになってしまってゲームオーバーです。
結局彼は3年間『嫌だ嫌だ』と言いながらもやり遂げた。
顧問に言い出す勇気はないが根性は当時の私より遥かにあったんだろう。今でも私は申し訳ないと思うと同時に彼の根性は尊敬する。

そして私はというと平和な高校生活をと思っていたのだが、腑抜けの私は平和=暇といった図式の高校生になりつつあった。
さて、くすぶるものの矛先は何処に。
合宿から帰ってきても相変わらず練習の日々が毎日続いていく。
そんな中私の心のモヤモヤを更に大きくするものに出会う。K-1だ。
テレビで初めて見た私は「これだっ!これやりたいっ!!」と思うもののクラブも辞めれずしばらく続けていた。
ところが普段からのパイセンのシゴキやわけのわからんイジメに対して理解の限度を超えてきた。武道系のクラブにはそんなものは耐えるのが当たり前で、耐えて精神力も鍛えるやらなんやら・・・というこれまた理不尽極まりない感じの理論がありますが、私にはなかなか理解できなかった。自分がこれで先輩になり後輩に対して同じような接し方をする人間になるのが怖かったし、それを見て見ぬふりをして容認している顧問のような大人になりたくねぇと思った。「偉そうにしているから尊敬しろよ」的な人間がとても残念に見えた。
何よりこんなことで強くなれるならもっと練習がしたかった、強くなる為に時間が欲しかった。
そして空手が嫌いになりだした。
K-1の登場をきっかけに今までの色々な思いが爆発して、私は気がつけば顧問に話をしていた。
この頃のことは何故かあまり覚えておらず、とりあえず顧問に話に行く時は決死の覚悟でいったのだろう。1度目は失敗し、2度目でなんとか無理矢理空手部を辞めることとなった。だかそれまでに先輩は家に来て引き留められたり、昼休みに引退した3年生の鬼が教室に来るやらでご飯も食べずにカーテンにくるまってたりと私はまるで逃亡犯かのような生活をしていた。
だが最後は決意が固いと見た顧問が辞めることを了承した。最後は涙ながらに「空手が嫌いになってるんです」と言ってたような気がする。あとは残念なことに病んでいたのか「ポエムを書きたいんです」と別の意味で心配されそうな発言をしていた。
とにもかくにもこれで私の短い空手部人生は終了。嫌なことばかりではなく楽しいこともあったように思う。ただ今の私があるのはこの時代を乗り越えた自分がいるからなので感謝している。きっと良い面も悪い面も見てこれたから人に対してやっちゃいけないこととかはだいぶ身を持って感じれたんではないか。
さぁ次はK-1・・・となかなかなるはずもなく青春を過ごすことになる。