自分を深く理解し、「自分はこれでいいんだ」とほっとできる
自分の特徴を活かし、勇気をもって行動できるようになる
自分のペースを守り、心地よいテンポで人生を歩めるようになる
コーチング・ライティング・つむぎ学の知識を使って、一歩踏み出すお手伝いをさせていただきます🌸
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こんにちは、タンジです^^
あっという間に5月も終わってしまいますね…!
今日は朝お散歩に出かけたのですが、非常に日差しが強くて、
「もう夏が来るんだなあ」
と感じておりました。
さてさて、今日もマイストーリー書いていきます。
前回は、お友達となかなかうまくやれなかった小中学校の記憶をメインにお話ししました。
今日はその続きから書いていきますね。
「ニコイチ」的な親友がほしい、自分を第一に考えてほしい
という想いを抱えながら生きていたにもかかわらず、現実にはぼっち状態になっていた私。
自分に対して「みじめだなあ」と思ってしまう状況があまりにも苦しくて、
そう思わなくて済む方法をあれやこれやと考えます。
お友達のなかに溶け込むのは、まあもう無理だろう。
それなら、「これだけは人に誇れる!!」というものを身につけて、一目置かれるようになればいいのでは?
そう考えた中3の私は、受験勉強に邁進していきます。
自分を「とにかく勉強を頑張る人」と位置づけ、休み時間も自習をすることに。
無理やり会話に混ざろうとして混ざれない、という状況が苦痛だったのですが、
自習することによって、めでたくそのストレスから解き放たれました◎
周りが受験モードになるにつれ、「勉強を教えて」といわれることも増え、
最終的には、もともと仲良かった子たちとも前のような関係に戻ることができました
高校受験も、めでたく合格!
晴れて、第1志望だった学区内のトップ校への進学が叶いました🌸
この時の経験で、
「人より優れたものを持つことが、自分を助けてくれるんだ」
という思考を持った私は、人より優れることに安心感を感じるようになり
「タンジといえば〇〇」「〇〇といえばタンジ」みたいな肩書を探し求めるようになります。
中学の時は、「勉強のできるタンジ」で通せたけれど、
そこはトップ高校。進学後の環境では、中の中くらいのポジションに納まってしまいます。
そこで私が次に目を向けたのは、部活。
もともとあこがれだったオーケストラ部に入り、バイオリンを始めます
実は小さいころからピアノを習っていて、音楽が好きだったんですよね。
バイオリンにドはまりした私は、まさに楽器漬けの毎日を送りました。
朝7時半に着くよう登校し、朝練30分。
授業が終わったら、即また練習。
土日も、テスト期間(部活禁止だった)でなければ、一日中練習。
進学校でしたが、自主勉の時間よりも楽器の自主練してた時間のほうが多かったと思います笑
打ち込めるものがあったおかげか、まわりのみんなが大人だったからか、
高校時代はそれなりに過ごしやすく、充実した日々を送ることができました。
そして、この頃から恋多き?一面も出てきます笑
部活の先輩に憧れ、卒業式でボタンをもらったりとか
別の先輩を好きになって告白したりとか(お付き合いには至らず)
卒業式でボタンをもらおうとしたけど、断られて涙したりとか
青春してましたね…
で、高校3年生のとき、めでたく初めての彼氏ができます!
一緒に勉強したり、遊びに行ったり、健全なお付き合いをしていました
が
マイストーリーⅢで書いたように、私は
「自分のよりどころになる人」をめちゃめちゃ欲する上に、理想を押し付ける
傾向を持っていました。
その彼に依存しまくり、思い通りにならないとすぐ「別れたほうが良いのかな…」と言い出す、
超めんどくさい彼女になってしまったんです。
当時受験期だったこともあり、最終的には疲弊した彼から別れを切り出されました。
(自分から別れる別れる言ってたのに、めちゃくちゃすがりました…💔)
でも、別れた後も私は超引きずっていたので、
「受験が終わったら、また告白するんだ!!!」
みたいなことを考えていたんですよね。
そのせいか彼女気分も抜けきらず、塾の仲間(女子含む)とカラオケに行ったという話を聞いたとき、
頭に血が上ってしまって、相手とその女の子を蔑むようなことを言ってしまいました。
確か、
「受験落ちちゃえばいいのに」
みたいなことを言った記憶があります
当然彼は怒りますよね。(正直、自分でもドン引きです)
それまでは別れてもそれなりに仲良くしていたのに、ぜんぜん目も合わせてくれなくなりまして。
「もうだめかもしれない」
と感じつつも、なんとか一つの望みにすがりたかった私は、願掛けをすることにします。
志望していた国立大学は、当時の私の成績からすると無謀以外のなにものでもなく
親からも担任からも、「ぜったいに志望校変えたほうが良い!!」
と、口すっぱくいわれていたんですね。
しかも、我が家は経済的に余裕がなかったので、私立併願の選択肢はなく、予備校もダメ。浪人も無理。
そんな追い込まれた状況で合格できたなら、きっとまた付き合えるはず…!
みたいな思考になったんですね。
もちろんその大学に行きたい!!!という熱意も半端なかったので、
ダブルで火が付き、猛勉強を開始。(すでに10月くらいだったので、遅いスタートなんですけど)
毎日学校を追い出されるまで教室に残って勉強し、休み時間も当然勉強。
家に帰って少し休憩したら、また勉強。
家だと集中できないので、土日も可能な日は学校に行って勉強。
先生達にも質問しまくり、職員室に入り浸っていました笑
この頃から、「こうと決めたら、周りが止めても突き進む」という私の性質が現れてきます。
反対されればされるほど燃え、勉強にうちこみ
学校にあった過去問を制覇する勢いで解きまくり、先生にも添削をお願いしまくり
二次試験申し込み前日まで振り込みを忘れていて、超ぎりぎりで申込みするというポカもやらかしたんですが、
「こんな土壇場で間に合ったってことは、受かる運命なんだ!」
というなぞのポジティブさを発揮し、
試験会場でも
「ここにいる私以外は、滑り止めを受けているはず。後のない私とは覚悟が違う!!」
みたいな、なぞの気の強さを発揮した結果
なんと!
10月時点でE判定だったにもかかわらず、めでたく志望校に合格できました~!!
親も教師もびっくりしていて、
日本史の先生に報告した時には、開口一番「うそ!?」って言われましたからね笑
で、肝心の(?)恋愛のほうはどうだったかって言うと、
まあ、うまくいきませんでした。
今思えば当然そうだよな、ってわかります。あんなひどいこと言った時点で、もう無理だって思ったでしょうからね。
この時やっと、
「ああ、もうおわりなんだ…」
と実感。喪失感が大きすぎて、同級生の女の子に泣きついて話を聞いてもらいました。
中学時代の経験が影響し、人に頼ることを避けるようになっていた私ですが、
この失恋経験のおかげで、また少しずつ人に頼れるようになっていきました。
人に受け入れてもらえる安心感と、失ったときの喪失感。
そして、助けてくれる人がいるありがたみ。
当時はすごく辛かったけど、今振り返ると、この経験が私に与えてくれたものは大きかったなあと、
すごく感謝しています。
合格した大学は東京の大学だったため、進学と同時に実家を離れることが確定。
晴れて小学生時代からの念願がかないます。
そして、この大学に進学したことによって、私の世界は大きく広がり、
徐々に自分を確立することができるようになっていきます。
そのお話は、また次回以降に。
今日もお読みいただき、ありがとうございました^^