ブログぞのご蚪問ありがずうございたす。

初めおの方はこちらを。

 

 

 

 

半幎ぶりの曎新です。

 

前回のブログに今でも目を通しおくれるひずがいお

300名もの方からいいねをいただきたした。

 

私には身に䜙る人数です。

有難うございたした。

 

 

私は䞀䜓『誰に向けおこのブログを曞いおいるのか 』

 

私は

『あの頃の私』

に向けお曞いおいるのだず気付きたした。

 

 

この病は“治らない”ずいう事実を知り、

実際に耇数の医療埓事者の方からも説明を受け、

病気を受け入れおできる範囲でやっおいきたしょう 

そう諭されたあの日。

 

私は匷い恐怖ず絶望の䞭にいたした。

 

 

そんな蚳ないず、治した人がいるはずだず

ベッドでうずくたりながら、

必死に「双極性障害」に぀いお発信しおいるひずを探したした。

 

 

しかしながら、

それらの発信の䞭に「完治」の文字は芋぀けられたせんでした。

 

さらなる絶望ず孀独に抌し朰されそうでした。

 

 

そもそも「双極性障害」の疟患者は倚くありたせん。

それ故、双極性障害の闘病蚘を発信しおいる方は少ないのです。

 

少しの、でも唯䞀の垌望を持っお読み進めお行ったその先に

「完治」の文字がない 

 

「病気を治す」ず宣蚀しお力匷くスタヌトされた発信は

必ず途䞭で途絶え、

「治りたした」ずいう成功報告はありたせんでした。

 

 

だから、

い぀かこのブログに「完治」の文字を残せないずしたら、

それは誰かの『垌望』ではなく

『絶望』になっおしたうこずを

私は良く分かっおいる぀もりです。

 

 

「完治」ずいう結果にこだわるのは

もちろん私自身のためですが

「完治」ずこのブログでお䌝えするこずは

ブログを開蚭したずきに必ず果たすず自分ず玄束したこずです。

 

 

『完治したした』

 

あの頃の私がこのブログを読んだら泣いお喜んでくれるように

「あ私もどうにかなりそうだ」ずほっずさせおあげられるように

私はこのブログを『あの頃の私』に向けお綎っおいたす。

 

私は私が救う。

必ず、玄束。

 


《花壇に怍えたチュヌリップ》
長い冬、地面の䞭でじっず芜を出す準備をしおる。
頑匵っおいる姿は目に芋えない。

 

 

さお、

新幎明けたしおおめでずうございたす。

っおもう1月も終わりです。

 

 

12月䞭旬、2021幎の振り返りをし、

ブログを曞きあげ、

倧晊日の投皿を楜しみにしおいたした。

 

 

しかしながら、幎末症状が出始めおしたいたした。

䜓調が良いずきの私が曞いた前向きな蚀葉の数々に

䜓調が悪い私は倧きな抵抗感を感じ、

『投皿』のボタン䞀぀が抌せたせんでした。

 

 

去幎はこんな颚に

『思い通り』、『蚈画通り』には行かない日々の連続でした。

 

孊びの堎や玄束事ぞのキャンセルが頻発したした。

出来なかったこずがたくさん積み重なっお行きたした。

 

 

 

去幎の倧晊日、

初めお投皿したブログに

 

『来幎のこの日は

病気に勝った私でいたい』

 

そう曞きたした。

 

 

さお

䞀幎経った今

結果はどうだったのでしょうか。

 

 

 

珟圚、私は病気を治せおいたせん。

仕事ぞも埩垰できおいたせん。

 

そう、勝おなかったのです。

 

 

 

でも 

前を向いおいるのです。

自分の明日に、未来に垌望を持っおいるのです。

 

なぜなら、

『勝おそうだ』ず手応えを感じられるずころたで来れたからです。

 

 

 

病気になった初めの頃は

急に降ろされたここは䜕凊なのか

 

右も巊も分からなくお

ずんでもないずころに迷い蟌んでしたったような 

急に人生のレヌルを倧きく倖されおしたったような 

そんな匷烈な恐怖心でいっぱいでした。

 

それでもよたよた歩き回っお

やっず道らしい道に出䌚えたした。

 

それが

ブログを立ち䞊げた2020幎12月のこずです。

 

 

それから

䌑職するず䞀倧決心し、

職堎からいただいたその時間の䞭で

病気を治すためにやれるこずを

粟䞀杯やっおきたした。

 

 

それでも

䜓調を厩すたび

信じお進んで来たこの道が

本圓に『完治』の道に繋がっおいるのか

私がやっおいるこずは合っおいるのか

 

䞍安で䞍安で仕方なくお

心が折れそうなタむミングは

数え切れぬほどありたした。

 

 

でも、珟圚

『難所は抜けた』

そう確信できるずころたで来れたした。

 

 

もちろん『完治』

そしおその先にある『埩職』たでは

越えなければならないハヌドルがたくさん 

 

 

でも

『ここたで来た』ずいう事実が私に確かな勇気をくれたす。

 

 

 

去幎の今頃のように

病気になったこずを

嘆く私はもういたせん。

 

すべおを倱っおしたったような

積み䞊げおきたものがすべお奪われおしたったような

そんな喪倱感に襲われる私はもういたせん。

 

 

病気に苊しみながらも

病気がくれた様々な奜機や

新しい毎日に感謝しお

䞀日䞀日を有り難く過ごせたした。

 

 

自分の人生に

こんなに『安心』を感じたのは初めおでした。

 


《幎末の家族旅行》
『やりたいこず、党郚やればいい』
その蚀葉に背䞭を抌され、幎明けにリベンゞ
思い通りに行かないこずを楜しむ。

 


 

「病気になる前に戻りたい」

ずっずそう思っおいたしたが

 

今の私は病気になる前の私には戻りたくありたせん。

今の私のほうが、今の私の毎日のほうが

ずっず奜き。

ずっず良い。

 

 

そう思えるようになりたした。

 

 

 

病気になっおから

倧奜きだった私のお郚屋が苊手になりたした。

入るこずすら苊しくおなっおしたっおいたした。

 

 

でもこの䞀幎、

私は来る日も来る日も

この郚屋に䞀人籠もっお

 

健康な身䜓を取り戻すために

私ができるこずに぀いお調べ、孊び、

自分自身ずひたすら向き合っお来たした。

 

 

私が『粟䞀杯頑匵ったこず』

誰も知らないけれど

私自身ずこの郚屋が知っおいる。

 

おかげで、

病気になる前よりずっずずっず、

私はこの郚屋が奜きになりたした。

 

 

この郚屋に私の毎日が、人生が、詰たっおる。

この郚屋は私の䞀郚だず

心から愛しく、倧切に思うのです。



《私のお郚屋》
家族も䞖の䞭も寝静たっおいる明け方前。
私はこの時間が䞀番奜き。
早く起きすぎず蚀われおも、これは倉えない。

 

 

䞀昚幎の私は来幎の私に必死に『バトンタッチ』したした。

『埌は宜しく 』っお息絶え絶えに

来幎の私がどうにかしおくれたすようにずバトンを手枡し、

その堎でうずくたっおいたした。

バトンを受け取った私は、䞀人がっちでずおも心现かった。

 

 

でも今幎は、

去幎の私が『䞀緒に走るよ』ず

今幎の私ず『䌎走』しおくれおいるように思いたす。

 

 

『病気が治った』

そう報告できる日たで

埌どれくらい頑匵れば良いのでしょうか。

 

先のこずを考えるず䞍安が襲っおくる。

党然怖くないなんお、嘘。

すごく怖い。

 

 

でも、

䞍安になったずき

去幎の私が隣で『倧䞈倫だよ』っお励たしおくれる。

 


『私には私が居る』 

この気持ちが今の私を支えおくれおいたす。

 


私は去幎の私ず䞀緒に、今幎を駆け抜けお行きたす。

䞀人じゃない。

私には私が居る。

 

 

 

それでは、

今幎の私もどうぞ宜しくお願いしたす。

皆様にずっおも玠敵な䞀幎ずなるこずを祈っおいたす。

 

2021.12.31 ⇒ 2022.1.28 心より愛を蟌めお Nana

 

 
《二人は仲良し》
二人を芋おるず特別癒されたす。

 


去幎2歳だった息子は3歳に、

倫ずずもに積み重ねお来た日々は8幎が過ぎたした。

 

2人がいなければ

私は死んでしたっおいたかもしれないず

たたに思いたす。

 

 

倫は私が䜓調を厩すず

決たっおお昌䌑みに垰宅しお

私の様子を確認し

朝から攟眮されたたたの家事を片付け

仕事に戻っお行きたした。

 

 

私たち倫婊はただ結婚匏を挙げられおいたせん。

 

 

『健やかなるずきも 病めるずきも

死がふたりを分か぀たで 愛するこずを誓いたすか』

 

 

この定番の誓いの蚀葉も亀わしおいたせん。

 

 

ですが

圌はこの䞀幎でこの誓いを実蚌しおくれたした。

 

もう結婚匏はしなくおもいいかな。

圌の優しさに生かされた䞀幎でした。

 

 

息子はただこんなに小さいのに

私の病気のこずを理解しお

粟䞀杯気遣っおくれたした。

 

 

『子はかすがい』

 

息子はたさに私たち倫婊の『かすがい』ずなっお

私たち倫婊が『家族』を続けるための䞀日䞀日を繋いでくれたした。

 

この子がいなかったら

きっず倫は私ず居続けるこずはできなかったでしょう。

 

『鬱状態のひずず暮らす』ずいうこず

 

それは想像以䞊に過酷です。

 

 

2人に救われた私の人生。

 

だからこれから先、

2人の人生の䞀番の応揎者ずしお

ずっずずっず応揎し続けよう。

 

 

『二人のために私の時間をできる限り䜿おう』

 

そう心に誓っおいたす。

 

 

今日も読んでくださり、ありがずうございたした。

 

ブログぞのご蚪問ありがずうございたす。

初めおの方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログぞもコメントやいいねを

ありがずうございたした。

 


私はいいねをいただいた方のブログは

必ず拝芋させおいただいおいたす。

 

最近では

同じように病に苊しむ方の蚪問も増えおきたした。

 


粟神疟患 

なったひずにしか分からぬ苊しみがありたす。

 

あなたに元気になっおほしいから、

そしお同じ苊しみを味わうひずをこれ以䞊増やしたくないから 

 


私はこれからも発信を続けおいきたす。

 

 

さお、発症の経緯の続きです。


 

匷い拒絶感を感じた『気分安定剀抗おんかん薬』

 


飲たないで枈むならその方が良いに決たっおいたす。

 

 

しかしながら、再床蚪れたう぀状態に

 

『飲むしかない』

 

そう意を決しお、再床心療内科を蚪問したした。

 

 

 

私に提案された薬は

 

『ラモトリギンラミクタヌル』

 

でした。

 

 

第二子を考えおいたため

気分安定剀の䞭では催奇圢性胎児の奇圢ぞのリスクが䜎い

この薬が勧められたのです。

 

 

しかしながら

この薬の副䜜甚ずしお

 

「スティヌブンス・ゞョン゜ン症候矀」

「䞭毒性衚皮壊死」

 

ずいう死に至る反応が出おしたう可胜性があるこず

 

なので副䜜甚が出ないよう

慎重に増量しおいく必芁があるこず

 

たずは1錠の半分を䞀日眮きに飲んでみたしょう

 

そう医垫から説明を受けたした。

 

 

 

聎き慣れない医孊甚語、

 

そしお『死』ずいう蚀葉 

 

 

飲むしかない段階であるこずは分かっおいたしたが

少しず぀慎重に増量する必芁があるずいうその薬は

ずおも受け入れ難いものでした。

 

 

「ずりあえず凊方しおいただき

服甚するかの刀断は自分で決めおも良いでしょうか」

 

 

私が出した答えは

『ずりあえずお守りずしおもらう

でもギリギリたで飲むのはよそう』

でした。

 

 

垰宅埌、䜓調が悪い䞭薬に぀いお調べたした。

調べれば調べるほど服甚するのが怖いず感じたした。

 

 

『出来れば飲みたくない 』

 

 

しかしながら、その思いも虚しく

翌日の倜から飲むこずを決めたした。

 

 

『死』

 

ず倩秀に賭けお、勝っおしたうほど

う぀状態は蟛いのです。

 

 

しかしながら

粟神疟患に甚いられる薬には即効性がありたせん。

埐々に増量しなくおはいけないこずも埌抌しし

効果を実感できるのは早くお2週間、遅いず1か月ほど。

 

 

しかも、それはその薬が『症状に䜜甚すれば』の話しです。

もしかしたら、党く効果が出ないかもしれないのです。

 

倖れの堎合、他の薬を詊す 

そうやっお、「総圓たり」しおいくしか手がないのです。

 

 

リスクが倧きい割に、成果が䞊がる可胜性も䜎い。

そしお䞀刻も早く楜になりたいほど苊しい状況で

䜕週間も効果を埅たなければいけない 

 

 

意を決しお飲み始めたものの特別な倉化もなく

いよいよ仕事に支障が出おきたした。

 

 

このたた黙っおいおは職堎に迷惑をかけおしたう 

 

 

私は新たな『決断』を迫られおいたした。

 

 

続きはたた次回。

 


《息子のお誕生日䌚》

 


息子のお誕生日の前日

䞍安感が出おきおしたいたした。

 

『䜕ずか明日たで持っお 』

 

そんな思いで準備を進めたした。

 

 

息子ずずもに20時半頃寝おしたう私。

倫が食り付けを買っお出おくれたした。

 

 

すぐに終わるず思っおいた食り付け。

しかしながら花食りは予想より手間がかかり

深倜たでやっおくれたそうです。

 

 

起床埌、食り付けを芋぀けた息子は

満面の笑みで『驚き』ず『喜び』に飛び回っおいたした。

 

 


病気になっおから『できないこず』が増えたした。


そしお

その『できないこず』を

最もカバヌしおくれおいるのが倫です。

 


申し蚳ない、本圓に。


 

でも『䞀人ではできなかった』から

“二人で協力しお”

もっず玠敵なお誕生日䌚にできたした。



 

『䜕事も捉え方次第』

 

良い面に目を向け、病気に感謝したす。

 

 

そうでなきゃ

苊しんだ私も、サポヌトした倫も報われない。

 

 

今日も読んでくださり、ありがずうございたした。

 

ブログぞのご蚪問ありがずうございたす。

初めおの方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログぞもコメントやいいねを

ありがずうございたした。

 

 

コロナ犍になっおから私は100圚宅勀務だったので

職堎に私の䜓調䞍良を知る人はあたりいたせん。

お互いにほが出瀟しないので

䌑職したこずにも未だ気付かれたせん 

 

 

友人ずも、たたの䌚話のずきは互いの楜しい近況報告のみで

病気であるこずを䌝えおいるひずは、実は䞀人もいたせん。

 

 

そしお、矩理の䞡芪ず兄匟にもただ蚀っおいたせん。

 

 

 

私の粟神疟患は波があるので、良いずきはずおも普通です。

さらにコロナ犍で察面の機䌚も枛った䞭

隠そうず思えば完璧に隠せおしたいたす。

 

 

どうしお隠しおいるのか 

 

 

知られたくない、メンタルが匱い子っお思われたくない。

そんな気持ちもありたす。

『い぀も元気なナナちゃん』でいたい、その印象を守りたい。

そんな自分勝手な思いもありたす。

 

 

でも䞀番の理由は

この䞍安定な状況䞋

私の倧切なひずたちにできるだけ楜しく穏やかに過ごしおもらいたい。

心配ごずを増やしたくない。

 

そんな気持ちが根底にありたす。

 


 

でも、本音を蚀ったら

 

『苊しい』

 

『助けお』っおみんなに叫びたい。

 

 

コロナなんおどうでも良くお。

私の身䜓はどうなっちゃうのか、そのこずで頭がいっぱい。

本圓は呚りの人を気遣う䜙裕なんおない。

 

 

なのでこのブログは

『わたしがわたしを応揎するブログ』

なのです。

 

 

病気に身䜓を䟵されおも、

『心』たでは䟵させない。

腐らず、前を向いお、人生に感謝したいのです。

 

そんなわけで

これからもお付き合いいただけるず嬉しいです。

 

 

さお、発症の経緯の続きです。

 

 

2020幎8月21日

 

぀いに私に病名が付きたした。

 

 

『双極性障害』

 

 

聞き慣れないこの病名、私も発症するたで知りたせんでした。

 

別名を『躁う぀病』ず蚀いたす。

 

 

 

以䞋は、私が2020幎8月27日にノヌトにたずめた情報です。


ネット䞊での情報は煩雑で

kindle unlimitedで

“双極性障害” “躁う぀病”で匕っかかった曞籍はすべお目を通したした。

 

さらに専門家の方たちからも情報を埗たしたが

その際の説明も色々 

 

なので

ここで私が曞く情報も䞀぀の意芋ずしお受け取っおください。

それほど、珟代の粟神医療は確立されおいないのです 

 

 

 

双極性障害は

『粟神疟患』の䞀぀で『気分障害』に分類されたす。

 

 

『粟神疟患』ずは

脳内の神経䌝達物質が䞊手く働かなくなるこずにより

感情や行動に偏りが芋られる状態を指したす。

具䜓的な病名ずしおは、統合倱調症やう぀病などになりたす。

 

粟神疟患は今や生涯のうちに5人に1人が発症しおおり

ずおも身近な病気のひず぀ず蚀えたす。

 

 

粟神疟患の䞭の『気分障害』ずは

『う぀病』ず『双極性障害躁う぀病』の2぀を指したす。

 

う぀病は倖的なストレスを受けるこずにより

誰でも発症する可胜性がある病気です。

 

 

 

しかしながなら、双極性障害は

誰でもなる病気ではなく、100人に1人皋床ず蚀われおいたす。

 

ストレスは発症のきっかけに過ぎず、盎接の原因ではありたせん。

したがっお、カりンセリングでの完治は望めたせん。

 

原因は解明されおいたせんが、遺䌝的な䜓質により

神経现胞の働きが倉化するこずによるものず考えられおいたす。

 

断薬に成功しおも、数幎以内に再発する確率が高く

䞀生予防服薬し続ける必芁がありたす。

 

たた、䞀般的に

躁期過掻動な状態よりう぀期のほうが非垞に長いため

う぀病ずの棲み分けが難しくなりたす。

 

 

私が双極性障害ず蚺断されたのは

う぀病特有の『抑う぀状態』ず躁状態ず思われる『過掻動な状態』を繰り返しおいたためです。

 

しかしながら

『双極性障害なのか、う぀病なのか刀断できない』

ずいうのが医垫の意芋でした。

 

 

 

ただ、う぀病に察しお凊方する『抗う぀薬』は

双極性障害のひずが服甚するず

躁状態をさらに深刻化させおしたう反䜜甚があるため

双極性障害に察しお凊方する『気分安定剀』を詊すこずを勧められたした。

 

気分安定剀であれば、䟋えう぀病だった堎合でも

私の症状である『気分の波』を抑える効果があるため

リスクが䜎いずのこずでした。

 

気分安定剀は、別名『抗おんかん薬』ず蚀い

『おんかん突然意識を倱っお反応がなくなるなどのおんかん発䜜を繰り返し起こす病気』の方に凊方される薬です。

 

 

医孊的な知識が党くなかった私にずっお

医垫から受ける説明のほずんどが分からないこずだらけでした。

 

颚邪をしょっちゅう匕く私は

耳錻咜喉科で凊方される薬に察しおなんの抵抗もなく服薬しおきたした。

 

しかしながら

この『気分安定剀抗おんかん薬』には

匷い抵抗感を抱きたした。

 

 

 

『飲みたくない』

 

『飲んではいけない気がする 』


 

自分にずっお未知の薬品を摂取するこずがずおも怖かったのです。

 

『脳』ずいうセンシティブな臓噚に察しお

匷く䜜甚する薬を服甚するこずで

どれほど身䜓にずっお害があるのか 

 

 

䜓調ずしおは、すぐにでも飲んで楜になりたい状態でした。

でもすぐには決断できたせんでした。

 

 

『もしかしたら、飲たずに治るかもしれない』

 

『もしかしたら、もうう぀状態にならないかもしれない』

 


そんな淡い期埅も抱き぀぀

『ずりあえず様子を芋る』

ずいう遞択しか私にはできたせんでした。

 

 

 

しかしながら

その淡い期埅はすぐに裏切られるこずになりたす。

 

初めお心療内科を受蚺しおから16日埌

再床蚪問するこずになりたした。

 

 

続きはたた次回。

 

《バケツに入っおご満悊な息子》

 


明々埌日、息子は3歳になりたす。


 

2歳になったばかりの

ただ甘えたい盛りに私が病気になり

息子にはずおも可哀そうなこずをしたした。

 

 

『抱っこ』ずせがたれおも抱っこするこずもできない。

 

『ママ起きお』ず蚀われおも起きるこずもできない。

 

『䞀緒に行こうよ』ず蚀われおも芋送るこずもできない。

 

 

ママの䜓調の倉化を敏感に感じ取り

たくさん優しく気遣っおくれおいる様子に

ずっおも胞が痛みたした。

 

 

『ママ元気になったね』

 

う぀状態から抜けたのが分かるず

いっぱいいっぱい甘えおくれたす。

 


小さなこの䜓で

頌るひずはパパずママだけの小さいな䞖界で

そのママが頌りにならない。


 

この子の䞍安を思うず

申し蚳なくっお居たたたれなくっお 

 

 

 

お誕生日はこのたた元気に迎えられるでしょうか。


 

予告なく急にう぀状態になっおしたうため

コントロヌルも利かないし

どうしようもないのだけれど

 


せめお元気なうちにたくさん準備しお

楜しいお誕生日をプレれントしおあげたい。

 

 

『おめでずう』

 

もうたくさん蟛い思いをした君には

これから先きっず玠敵なこずばかり埅っおいるず思う。

 

 

今日も読んでくださり、ありがずうございたした。

 

ブログぞのご蚪問ありがずうございたす。

初めおの方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログでは

「応揎しおいたす」のコメントをいただきたした。

 

20代䞭頃たではSNSが倧奜きでしたが

時間確保のため、自己発信の媒䜓はすべお蟞めおいたした。

 

そんな私ですが、昚幎末にこのブログを立ち䞊げた頃から

あらゆるSNSに登録しおきたした。

情報収集やグルヌプぞの参加、個別のやり取りなど

お䌚いしたこずがない方たちず

オンラむン䞊でコミュニケヌションを取らせおもらっおいたす。

 

閲芧専甚だったYoutubeやアメブロも

䜕か発信者に䌝えたいこずがあれば

積極的にコメントしお

やり取りする機䌚にも恵たれるようになりたした。

 

オンラむンはリアルなのか

 

色んな意芋があるず思いたすが

䌚ったこずもない知らぬ方からのコメントに胞が熱くなっお

よし、ただただ頑匵れるっお湧いおくるこの力は 

「リアル」以倖の䜕物でもない。

 

オンラむンでのコミュニケヌションは

付き合い方次第で

「人生をより良くする」ず私は思っおいたす。

 

これからも発信するこずで

ただお䌚いしおいない

玠敵なひずにたくさんお䌚いできるこずを

ずおも楜しみにしおいたす。

 

 

さお、発症の経緯の続きです。

 

 

心の䞍調は䜕科にかかればよいのか。

䜓調䞍良の䞭調べおみたものの良く分かりたせんでした。

 

しかしながら、私の䜏んでいる垂には1぀の心療内科しかなく

コロナ犍の䞭、違う垂の病院たで行くのもリスクが高い

ずいうか、遠くに行くほどの䜓力がない 

 

なので

自宅から車で10分ほどの心療内科に決めたした。

 

 

お䌑みをもらい

䞀人心现い思いで病院ぞず向かいたした。

 

朝䞀での蚪問でしたが、すでに長蛇の列 

埅合宀で長時間過ごし

 

『螏み入れおはいけない䞖界に来おしたった』

 

そんな気分でいっぱいになりたした。

 

 

蚺察では、問蚺にお症状を䌝え、簡単な質問に答えた埌

医垫が蚀ったのは

 

『双極性障害の可胜性が高いず思いたす』

 

でした。

 

 

すでに自分の病気が䜕なのかを調べおいたので

 

『やっぱり』

 

ずいう倉な萜ち着き感がありたした。

 

 

その埌色々質問し

医垫のこの蚺断はずおも曖昧であるこずを知りたした。

 

 

ずいうのも、粟神医療の蚺断方法は

『発生しおいる症状から刀断しお、病名に圓たりを付ける』

ずいう、ずおもグレヌなものなのです。

 

 

なので圓然医垫によっお刀断結果はたちたちで

 

『ドクタヌが倉わるず病名も倉わる』

 

ずいうのが圓たり前な業界なのです 

 

 

粟神疟患は

他の病気のように怜査すれば分かるような特城がありたせん。

医垫が目芖しお刀断できるような倖芳的倉化もありたせん。

 

『圓たりを付ける』

 

これは仕方がないこずなのかもしれたせん。

でも匷い違和感を感じずにはいられたせんでした。

 

 

䌑職のこず、凊方薬のこず 

なんの結論も出せぬたた

 

「様子を芋お決めたいず思いたす」

 

ず蚀い残し、蚺察宀を出たした。

 

 

 

『粟神疟患ず蚺断されおしたった 』

 

次の日䞡芪が来るこずになっおいたしたが

どうしよう、ずおも䌝えられない 

 

事実を受け止め぀぀、でも受け止められおいないような

ずおも耇雑で苊しい気持ちでした。

 

 

垰り際、受付に眮いおあったう぀病に関する冊子を

 

『たさか私が粟神疟患になるなんお 』

 

ず信じられない気持ちで手に取り、病院を埌にしたした。

 

 

 

続きはたた次回。

 

 

初めお心療内科を受蚺した翌々日

私は32歳のお誕生日を迎えたした。

 

痔の手術笑で入院䞭の倫からお花が届きたした。

 

 

 

 

 

『飛躍的な幎になる様、祈っおいたす』

 

 

倫はもちろん私が粟神疟患を患っおしたった

であろうこずを知っおからの入院でした。

 

それなのに

 

『飛躍 』

 

このメッセヌゞカヌドを読んだずきは

この䞀䞖䞀代の深刻な状況に

䜕蚀っおんだよ

 

ずムッずしたのですが

今思えば

圌は病気になっおも䜕も倉わらないのです。

 

2週間持たずにう぀状態になっお䜕もできなくなるのに

毎回䞀切深刻さを感じおいない様子なのです。

 

バカなのか

 

でもこの圌の態床にどんなに勇気付けられたこずか。

圌の「治るっしょ」的な他人事な楜芳芖は

私をムッずさせながも

䜕ずかなるか っお思わせおくれたした。

 

 

『有り難い』

 

病気になっお、積もりに積もった倫ぞの感謝の貯金。

おかげで倧感謝持ちになれたした。

 

私は圌のメッセヌゞ通り

この䞀幎を飛躍的な幎にできるのでしょうか。

 

今日も読んでくださり、ありがずうございたした。

 

前回のブログでは
200件を超える「いいね」をいただきたした。

日々増えおいく「いいね」が

”応揎しおいるよ”
”頑匵っお”

ずいう゚ヌルに思えお、毎日ずおも励たされおいたした。

わざわざ「いいね」ボタンを抌しお䞋さった皆さん
本圓にありがずうございたした。
感謝感謝です。

 

さお、前回のブログから2か月も経っおしたいたした。

【病気の発症③】の蚘事を曞く前に

今日は珟状を報告させおください。




今幎に入っおから私は

『仕事をストップしお、病気を治すこずに専念する』

ずいう䞀倧決心をしたした。
1月に匕継ぎを終え、2月よりお䌑みに入っおいたす。



最終出勀日だった 1/29
コロナ犍に入っおから早10か月 


党員が100圚宅勀務をしおいる私の職堎で
久しぶりに党員が集たる奇跡的な機䌚に恵たれたした。

垰り際
「埅っおるからね」
の声掛けに、胞がいっぱいになりたした。

 

 

 

《郚門長から届いたDVD》
産埌のホルモンバランスの厩れが原因ではないかず情報番組を録画しお自宅に送付しおくれたした。



私がお䌑みの間
仕事を手分けしお代わりにやっお䞋さるチヌムの皆さんにずっお
私のお䌑みは決しお手攟しに歓迎できるものではありたせんでした。

私が“手にした”病気ず戊うためのこの時間は
皆さんから“奪った”倧事な時間であるこず。

決しお圓たり前ではないこの『蚱し』を
私は絶察に忘れおはいけない。

そう思っお、
この䞍安定で苊しい日々を倧切に倧切に過ごしおいたす。





 ã€ŽåŒæ¥µæ€§éšœå®³
原因䞍明の完治が難しい脳の病気
薬で症状をコントロヌルし続けるしか手はない』



医垫や臚床心理士を始めずする粟神医療業界にずっお
この揺るぎない圓たり前の定説に、私は戊いを挑みたす。


圌らにずっおの “圓たり前” は、本圓に真実なのか 


「専門家」であるが故、
圌らが目を向けおいない真実があるず思っおいたす。

 

 

 


仕事を䞀時䞭断するこずは
無責任な遞択に思われる方もいるかもしれたせん。

珟に、私はそのように思い
う぀状態で苊しい䞭でも、4か月も決断できずにいたした。


しかしこのお䌑みは

私にずっお人生を賭けた挑戊です



「完治は無理」 
ず専門家が揃っお蚀うこの病を
私は“自分の力”で治すために時間をもらいたした。



私が倧奜きな「神メンタル」の著者 星枉 å…ˆç”ŸãŒèªžã‚‰ã‚ŒãŠã„た

「絶察に倧吉が出る方法」

 

 

 


私は絶察にこの病気を治したいから

『病気が治るたで決しお諊めない。
結果が出るたでずっず戊い続ける』


そう、決めたした。


『病気が治った』 
この“結果”に匷く匷くこだわりたす。



私には、病気を治したい理由がありたす。
元気になりたい理由がありたす。

先の芋えないこの孀独な戊いに
心が折れそうになるけれど
䞍安に抌し朰されそうになるけれど

私が諊めたら、もう誰も私を救っおはくれないのだから 
誰が䜕ず蚀おうず、私だけは治るっお信じ続けたす。


諊めない。


絶察に。

 

 

お庭に向日葵の花が咲く頃
私の身䜓はどうなっおいるでしょうか。

 

 

《生埌数か月の息子ず》二人の髪型😂

 



い぀か

今の私ず同じように

「治らないかもしれない」

「もう元気な自分には戻れないかもしれない」

そう苊しむ誰かに出䌚ったら 



『倧䞈倫、治るよ』

『治し方知っおるから、教えおあげる』


そう蚀っお、埮笑んであげたい。



今の私がほしくお

でも誰もくれない

この蚀葉を。


今日も読んで䞋さり、ありがずうございたした。