ブログへのご訪問ありがとうございます。

初めての方はこちらを。

 

 

 

 

半年ぶりの更新です。

 

前回のブログに今でも目を通してくれるひとがいて

300名もの方からいいねをいただきました。

 

私には身に余る人数です。

有難うございました。

 

 

私は一体『誰に向けてこのブログを書いているのか…』

 

私は

『あの頃の私』

に向けて書いているのだと気付きました。

 

 

この病は“治らない”という事実を知り、

実際に複数の医療従事者の方からも説明を受け、

病気を受け入れてできる範囲でやっていきましょう…

そう諭されたあの日。

 

私は強い恐怖と絶望の中にいました。

 

 

そんな訳ないと、治した人がいるはずだと

ベッドでうずくまりながら、

必死に「双極性障害」について発信しているひとを探しました。

 

 

しかしながら、

それらの発信の中に「完治」の文字は見つけられませんでした。

 

さらなる絶望と孤独に押し潰されそうでした。

 

 

そもそも「双極性障害」の疾患者は多くありません。

それ故、双極性障害の闘病記を発信している方は少ないのです。

 

少しの、でも唯一の希望を持って読み進めて行ったその先に

「完治」の文字がない…

 

「病気を治す」と宣言して力強くスタートされた発信は

必ず途中で途絶え、

「治りました」という成功報告はありませんでした。

 

 

だから、

いつかこのブログに「完治」の文字を残せないとしたら、

それは誰かの『希望』ではなく

『絶望』になってしまうことを

私は良く分かっているつもりです。

 

 

「完治」という結果にこだわるのは

もちろん私自身のためですが

「完治」とこのブログでお伝えすることは

ブログを開設したときに必ず果たすと自分と約束したことです。

 

 

『完治しました!』

 

あの頃の私がこのブログを読んだら泣いて喜んでくれるように

「あ~私もどうにかなりそうだ」とほっとさせてあげられるように

私はこのブログを『あの頃の私』に向けて綴っています。

 

私は私が救う。

必ず、約束。

 


《花壇に植えたチューリップ》
長い冬、地面の中でじっと芽を出す準備をしてる。
頑張っている姿は目に見えない。

 

 

さて、

新年明けましておめでとうございます。

ってもう1月も終わりです。

 

 

12月中旬、2021年の振り返りをし、

ブログを書きあげ、

大晦日の投稿を楽しみにしていました。

 

 

しかしながら、年末症状が出始めてしまいました。

体調が良いときの私が書いた前向きな言葉の数々に

体調が悪い私は大きな抵抗感を感じ、

『投稿』のボタン一つが押せませんでした。

 

 

去年はこんな風に

『思い通り』、『計画通り』には行かない日々の連続でした。

 

学びの場や約束事へのキャンセルが頻発しました。

出来なかったことがたくさん積み重なって行きました。

 

 

 

去年の大晦日、

初めて投稿したブログに

 

『来年のこの日は

病気に勝った私でいたい』

 

そう書きました。

 

 

さて

一年経った今

結果はどうだったのでしょうか。

 

 

 

現在、私は病気を治せていません。

仕事へも復帰できていません。

 

そう、勝てなかったのです。

 

 

 

でも…

前を向いているのです。

自分の明日に、未来に希望を持っているのです。

 

なぜなら、

『勝てそうだ』と手応えを感じられるところまで来れたからです。

 

 

 

病気になった初めの頃は

急に降ろされたここは何処なのか?

 

右も左も分からなくて

とんでもないところに迷い込んでしまったような…

急に人生のレールを大きく外されてしまったような…

そんな強烈な恐怖心でいっぱいでした。

 

それでもよたよた歩き回って

やっと道らしい道に出会えました。

 

それが

ブログを立ち上げた2020年12月のことです。

 

 

それから

休職すると一大決心し、

職場からいただいたその時間の中で

病気を治すためにやれることを

精一杯やってきました。

 

 

それでも

体調を崩すたび

信じて進んで来たこの道が

本当に『完治』の道に繋がっているのか

私がやっていることは合っているのか

 

不安で不安で仕方なくて

心が折れそうなタイミングは

数え切れぬほどありました。

 

 

でも、現在

『難所は抜けた』

そう確信できるところまで来れました。

 

 

もちろん『完治』

そしてその先にある『復職』までは

越えなければならないハードルがたくさん…

 

 

でも

『ここまで来た』という事実が私に確かな勇気をくれます。

 

 

 

去年の今頃のように

病気になったことを

嘆く私はもういません。

 

すべてを失ってしまったような

積み上げてきたものがすべて奪われてしまったような

そんな喪失感に襲われる私はもういません。

 

 

病気に苦しみながらも

病気がくれた様々な好機や

新しい毎日に感謝して

一日一日を有り難く過ごせました。

 

 

自分の人生に

こんなに『安心』を感じたのは初めてでした。

 


《年末の家族旅行》
『やりたいこと、全部やればいい』
その言葉に背中を押され、年明けにリベンジ!
思い通りに行かないことを楽しむ。

 


 

「病気になる前に戻りたい」

ずっとそう思っていましたが

 

今の私は病気になる前の私には戻りたくありません。

今の私のほうが、今の私の毎日のほうが

ずっと好き。

ずっと良い。

 

 

そう思えるようになりました。

 

 

 

病気になってから

大好きだった私のお部屋が苦手になりました。

入ることすら苦しくてなってしまっていました。

 

 

でもこの一年、

私は来る日も来る日も

この部屋に一人籠もって

 

健康な身体を取り戻すために

私ができることについて調べ、学び、

自分自身とひたすら向き合って来ました。

 

 

私が『精一杯頑張ったこと』

誰も知らないけれど

私自身とこの部屋が知っている。

 

おかげで、

病気になる前よりずっとずっと、

私はこの部屋が好きになりました。

 

 

この部屋に私の毎日が、人生が、詰まってる。

この部屋は私の一部だと

心から愛しく、大切に思うのです。



《私のお部屋》
家族も世の中も寝静まっている明け方前。
私はこの時間が一番好き。
早く起きすぎと言われても、これは変えない。

 

 

一昨年の私は来年の私に必死に『バトンタッチ』しました。

『後は宜しく…』って息絶え絶えに

来年の私がどうにかしてくれますようにとバトンを手渡し、

その場でうずくまっていました。

バトンを受け取った私は、一人ぼっちでとても心細かった。

 

 

でも今年は、

去年の私が『一緒に走るよ!』と

今年の私と『伴走』してくれているように思います。

 

 

『病気が治った』

そう報告できる日まで

後どれくらい頑張れば良いのでしょうか。

 

先のことを考えると不安が襲ってくる。

全然怖くないなんて、嘘。

すごく怖い。

 

 

でも、

不安になったとき

去年の私が隣で『大丈夫だよ』って励ましてくれる。

 


『私には私が居る』 

この気持ちが今の私を支えてくれています。

 


私は去年の私と一緒に、今年を駆け抜けて行きます。

一人じゃない。

私には私が居る。

 

 

 

それでは、

今年の私もどうぞ宜しくお願いします。

皆様にとっても素敵な一年となることを祈っています。

 

2021.12.31 ⇒ 2022.1.28 心より愛を込めて Nana

 

 
《二人は仲良し》
二人を見てると特別癒されます。

 


去年2歳だった息子は3歳に、

夫とともに積み重ねて来た日々は8年が過ぎました。

 

2人がいなければ

私は死んでしまっていたかもしれないと

たまに思います。

 

 

夫は私が体調を崩すと

決まってお昼休みに帰宅して

私の様子を確認し

朝から放置されたままの家事を片付け

仕事に戻って行きました。

 

 

私たち夫婦はまだ結婚式を挙げられていません。

 

 

『健やかなるときも 病めるときも

死がふたりを分かつまで 愛することを誓いますか』

 

 

この定番の誓いの言葉も交わしていません。

 

 

ですが

彼はこの一年でこの誓いを実証してくれました。

 

もう結婚式はしなくてもいいかな。

彼の優しさに生かされた一年でした。

 

 

息子はまだこんなに小さいのに

私の病気のことを理解して

精一杯気遣ってくれました。

 

 

『子はかすがい』

 

息子はまさに私たち夫婦の『かすがい』となって

私たち夫婦が『家族』を続けるための一日一日を繋いでくれました。

 

この子がいなかったら

きっと夫は私と居続けることはできなかったでしょう。

 

『鬱状態のひとと暮らす』ということ

 

それは想像以上に過酷です。

 

 

2人に救われた私の人生。

 

だからこれから先、

2人の人生の一番の応援者として

ずっとずっと応援し続けよう。

 

 

『二人のために私の時間をできる限り使おう』

 

そう心に誓っています。

 

 

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

 

ブログへのご訪問ありがとうございます。

初めての方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログへもコメントやいいねを

ありがとうございました。

 


私はいいねをいただいた方のブログは

必ず拝見させていただいています。

 

最近では

同じように病に苦しむ方の訪問も増えてきました。

 


精神疾患…

なったひとにしか分からぬ苦しみがあります。

 

あなたに元気になってほしいから、

そして同じ苦しみを味わうひとをこれ以上増やしたくないから…

 


私はこれからも発信を続けていきます。

 

 

さて、発症の経緯の続きです。


 

強い拒絶感を感じた『気分安定剤(抗てんかん薬)』

 


飲まないで済むならその方が良いに決まっています。

 

 

しかしながら、再度訪れたうつ状態に

 

『飲むしかない』

 

そう意を決して、再度心療内科を訪問しました。

 

 

 

私に提案された薬は

 

『ラモトリギン(ラミクタール)』

 

でした。

 

 

第二子を考えていたため

気分安定剤の中では催奇形性(胎児の奇形へのリスク)が低い

この薬が勧められたのです。

 

 

しかしながら

この薬の副作用として

 

「スティーブンス・ジョンソン症候群」

「中毒性表皮壊死」

 

という死に至る反応が出てしまう可能性があること

 

なので副作用が出ないよう

慎重に増量していく必要があること

 

まずは1錠の半分を一日置きに飲んでみましょう

 

そう医師から説明を受けました。

 

 

 

聴き慣れない医学用語、

 

そして『死』という言葉…

 

 

飲むしかない段階であることは分かっていましたが

少しずつ慎重に増量する必要があるというその薬は

とても受け入れ難いものでした。

 

 

「とりあえず処方していただき

服用するかの判断は自分で決めても良いでしょうか」

 

 

私が出した答えは

『とりあえずお守りとしてもらう

でもギリギリまで飲むのはよそう』

でした。

 

 

帰宅後、体調が悪い中薬について調べました。

調べれば調べるほど服用するのが怖いと感じました。

 

 

『出来れば飲みたくない…』

 

 

しかしながら、その思いも虚しく

翌日の夜から飲むことを決めました。

 

 

『死』

 

と天秤に賭けて、勝ってしまうほど

うつ状態は辛いのです。

 

 

しかしながら

精神疾患に用いられる薬には即効性がありません。

徐々に増量しなくてはいけないことも後押しし

効果を実感できるのは早くて2週間、遅いと1か月ほど。

 

 

しかも、それはその薬が『症状に作用すれば』の話しです。

もしかしたら、全く効果が出ないかもしれないのです。

 

外れの場合、他の薬を試す…

そうやって、「総当たり」していくしか手がないのです。

 

 

リスクが大きい割に、成果が上がる可能性も低い。

そして一刻も早く楽になりたいほど苦しい状況で

何週間も効果を待たなければいけない…

 

 

意を決して飲み始めたものの特別な変化もなく

いよいよ仕事に支障が出てきました。

 

 

このまま黙っていては職場に迷惑をかけてしまう…

 

 

私は新たな『決断』を迫られていました。

 

 

続きはまた次回。

 


《息子のお誕生日会》

 


息子のお誕生日の前日

不安感が出てきてしまいました。

 

『何とか明日まで持って…』

 

そんな思いで準備を進めました。

 

 

息子とともに20時半頃寝てしまう私。

夫が飾り付けを買って出てくれました。

 

 

すぐに終わると思っていた飾り付け。

しかしながら花飾りは予想より手間がかかり

深夜までやってくれたそうです。

 

 

起床後、飾り付けを見つけた息子は

満面の笑みで『驚き』と『喜び』に飛び回っていました。

 

 


病気になってから『できないこと』が増えました。


そして

その『できないこと』を

最もカバーしてくれているのが夫です。

 


申し訳ない、本当に。


 

でも『一人ではできなかった』から

“二人で協力して”

もっと素敵なお誕生日会にできました。



 

『何事も捉え方次第』

 

良い面に目を向け、病気に感謝します。

 

 

そうでなきゃ

苦しんだ私も、サポートした夫も報われない。

 

 

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

 

ブログへのご訪問ありがとうございます。

初めての方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログへもコメントやいいねを

ありがとうございました。

 

 

コロナ禍になってから私は100%在宅勤務だったので

職場に私の体調不良を知る人はあまりいません。

お互いにほぼ出社しないので

休職したことにも未だ気付かれません…

 

 

友人とも、たまの会話のときは互いの楽しい近況報告のみで

病気であることを伝えているひとは、実は一人もいません。

 

 

そして、義理の両親と兄弟にもまだ言っていません。

 

 

 

私の精神疾患は波があるので、良いときはとても普通です。

さらにコロナ禍で対面の機会も減った中

隠そうと思えば完璧に隠せてしまいます。

 

 

どうして隠しているのか…

 

 

知られたくない、メンタルが弱い子って思われたくない。

そんな気持ちもあります。

『いつも元気なナナちゃん』でいたい、その印象を守りたい。

そんな自分勝手な思いもあります。

 

 

でも一番の理由は

この不安定な状況下

私の大切なひとたちにできるだけ楽しく穏やかに過ごしてもらいたい。

心配ごとを増やしたくない。

 

そんな気持ちが根底にあります。

 


 

でも、本音を言ったら

 

『苦しい』

 

『助けて』ってみんなに叫びたい。

 

 

コロナなんてどうでも良くて。

私の身体はどうなっちゃうのか、そのことで頭がいっぱい。

本当は周りの人を気遣う余裕なんてない。

 

 

なのでこのブログは

『わたしがわたしを応援するブログ』

なのです。

 

 

病気に身体を侵されても、

『心』までは侵させない。

腐らず、前を向いて、人生に感謝したいのです。

 

そんなわけで

これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 

さて、発症の経緯の続きです。

 

 

2020年8月21日

 

ついに私に病名が付きました。

 

 

『双極性障害』

 

 

聞き慣れないこの病名、私も発症するまで知りませんでした。

 

別名を『躁うつ病』と言います。

 

 

 

以下は、私が2020年8月27日にノートにまとめた情報です。


ネット上での情報は煩雑で

kindle unlimitedで

“双極性障害” “躁うつ病”で引っかかった書籍はすべて目を通しました。

 

さらに専門家の方たちからも情報を得ましたが

その際の説明も色々…

 

なので

ここで私が書く情報も一つの意見として受け取ってください。

それほど、現代の精神医療は確立されていないのです…

 

 

 

双極性障害は

『精神疾患』の一つで『気分障害』に分類されます。

 

 

『精神疾患』とは

脳内の神経伝達物質が上手く働かなくなることにより

感情や行動に偏りが見られる状態を指します。

具体的な病名としては、統合失調症やうつ病などになります。

 

精神疾患は今や生涯のうちに5人に1人が発症しており

とても身近な病気のひとつと言えます。

 

 

精神疾患の中の『気分障害』とは

『うつ病』と『双極性障害(躁うつ病)』の2つを指します。

 

うつ病は外的なストレスを受けることにより

誰でも発症する可能性がある病気です。

 

 

 

しかしながなら、双極性障害は

誰でもなる病気ではなく、100人に1人程度と言われています。

 

ストレスは発症のきっかけに過ぎず、直接の原因ではありません。

したがって、カウンセリングでの完治は望めません。

 

原因は解明されていませんが、遺伝的な体質により

神経細胞の働きが変化することによるものと考えられています。

 

断薬に成功しても、数年以内に再発する確率が高く

一生予防(服薬)し続ける必要があります。

 

また、一般的に

躁期(過活動な状態)よりうつ期のほうが非常に長いため

うつ病との棲み分けが難しくなります。

 

 

私が双極性障害と診断されたのは

うつ病特有の『抑うつ状態』と躁状態と思われる『過活動な状態』を繰り返していたためです。

 

しかしながら

『双極性障害なのか、うつ病なのか判断できない』

というのが医師の意見でした。

 

 

 

ただ、うつ病に対して処方する『抗うつ薬』は

双極性障害のひとが服用すると

躁状態をさらに深刻化させてしまう反作用があるため

双極性障害に対して処方する『気分安定剤』を試すことを勧められました。

 

気分安定剤であれば、例えうつ病だった場合でも

私の症状である『気分の波』を抑える効果があるため

リスクが低いとのことでした。

 

気分安定剤は、別名『抗てんかん薬』と言い

『てんかん(突然意識を失って反応がなくなるなどのてんかん発作を繰り返し起こす病気)』の方に処方される薬です。

 

 

医学的な知識が全くなかった私にとって

医師から受ける説明のほとんどが分からないことだらけでした。

 

風邪をしょっちゅう引く私は

耳鼻咽喉科で処方される薬に対してなんの抵抗もなく服薬してきました。

 

しかしながら

この『気分安定剤(抗てんかん薬)』には

強い抵抗感を抱きました。

 

 

 

『飲みたくない』

 

『飲んではいけない気がする…』


 

自分にとって未知の薬品を摂取することがとても怖かったのです。

 

『脳』というセンシティブな臓器に対して

強く作用する薬を服用することで

どれほど身体にとって害があるのか…

 

 

体調としては、すぐにでも飲んで楽になりたい状態でした。

でもすぐには決断できませんでした。

 

 

『もしかしたら、飲まずに治るかもしれない』

 

『もしかしたら、もううつ状態にならないかもしれない』

 


そんな淡い期待も抱きつつ

『とりあえず様子を見る』

という選択しか私にはできませんでした。

 

 

 

しかしながら

その淡い期待はすぐに裏切られることになります。

 

初めて心療内科を受診してから16日後

再度訪問することになりました。

 

 

続きはまた次回。

 

《バケツに入ってご満悦な息子》

 


明々後日、息子は3歳になります。


 

2歳になったばかりの

まだ甘えたい盛りに私が病気になり

息子にはとても可哀そうなことをしました。

 

 

『抱っこ』とせがまれても抱っこすることもできない。

 

『ママ起きて』と言われても起きることもできない。

 

『一緒に行こうよ』と言われても見送ることもできない。

 

 

ママの体調の変化を敏感に感じ取り

たくさん優しく気遣ってくれている様子に

とっても胸が痛みました。

 

 

『ママ元気になったね』

 

うつ状態から抜けたのが分かると

いっぱいいっぱい甘えてくれます。

 


小さなこの体で

頼るひとはパパとママだけの小さいな世界で

そのママが頼りにならない。


 

この子の不安を思うと

申し訳なくって居たたまれなくって…

 

 

 

お誕生日はこのまま元気に迎えられるでしょうか。


 

予告なく急にうつ状態になってしまうため

コントロールも利かないし

どうしようもないのだけれど

 


せめて元気なうちにたくさん準備して

楽しいお誕生日をプレゼントしてあげたい。

 

 

『おめでとう』

 

もうたくさん辛い思いをした君には

これから先きっと素敵なことばかり待っていると思う。

 

 

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

 

ブログへのご訪問ありがとうございます。

初めての方はこちらを。

 

 

 

 

 

前回のブログでは

「応援しています」のコメントをいただきました。

 

20代中頃まではSNSが大好きでしたが

時間確保のため、自己発信の媒体はすべて辞めていました。

 

そんな私ですが、昨年末にこのブログを立ち上げた頃から

あらゆるSNSに登録してきました。

情報収集やグループへの参加、個別のやり取りなど

お会いしたことがない方たちと

オンライン上でコミュニケーションを取らせてもらっています。

 

閲覧専用だったYoutubeやアメブロも

何か発信者に伝えたいことがあれば

積極的にコメントして

やり取りする機会にも恵まれるようになりました。

 

オンラインはリアルなのか?

 

色んな意見があると思いますが

会ったこともない知らぬ方からのコメントに胸が熱くなって

よし、まだまだ頑張れる!って湧いてくるこの力は…

「リアル」以外の何物でもない。

 

オンラインでのコミュニケーションは

付き合い方次第で

「人生をより良くする」と私は思っています。

 

これからも発信することで

まだお会いしていない

素敵なひとにたくさんお会いできることを

とても楽しみにしています。

 

 

さて、発症の経緯の続きです。

 

 

心の不調は何科にかかればよいのか。

体調不良の中調べてみたものの良く分かりませんでした。

 

しかしながら、私の住んでいる市には1つの心療内科しかなく

コロナ禍の中、違う市の病院まで行くのもリスクが高い

というか、遠くに行くほどの体力がない…

 

なので

自宅から車で10分ほどの心療内科に決めました。

 

 

お休みをもらい

一人心細い思いで病院へと向かいました。

 

朝一での訪問でしたが、すでに長蛇の列…

待合室で長時間過ごし

 

『踏み入れてはいけない世界に来てしまった』

 

そんな気分でいっぱいになりました。

 

 

診察では、問診にて症状を伝え、簡単な質問に答えた後

医師が言ったのは

 

『双極性障害の可能性が高いと思います』

 

でした。

 

 

すでに自分の病気が何なのかを調べていたので

 

『やっぱり』

 

という変な落ち着き感がありました。

 

 

その後色々質問し

医師のこの診断はとても曖昧であることを知りました。

 

 

というのも、精神医療の診断方法は

『発生している症状から判断して、病名に当たりを付ける』

という、とてもグレーなものなのです。

 

 

なので当然医師によって判断結果はまちまちで

 

『ドクターが変わると病名も変わる』

 

というのが当たり前な業界なのです…

 

 

精神疾患は

他の病気のように検査すれば分かるような特徴がありません。

医師が目視して判断できるような外観的変化もありません。

 

『当たりを付ける』

 

これは仕方がないことなのかもしれません。

でも強い違和感を感じずにはいられませんでした。

 

 

休職のこと、処方薬のこと…

なんの結論も出せぬまま

 

「様子を見て決めたいと思います」

 

と言い残し、診察室を出ました。

 

 

 

『精神疾患と診断されてしまった…』

 

次の日両親が来ることになっていましたが

どうしよう、とても伝えられない…

 

事実を受け止めつつ、でも受け止められていないような

とても複雑で苦しい気持ちでした。

 

 

帰り際、受付に置いてあったうつ病に関する冊子を

 

『まさか私が精神疾患になるなんて…』

 

と信じられない気持ちで手に取り、病院を後にしました。

 

 

 

続きはまた次回。

 

 

初めて心療内科を受診した翌々日

私は32歳のお誕生日を迎えました。

 

痔の手術(笑)で入院中の夫からお花が届きました。

 

 

 

 

 

『飛躍的な年になる様、祈っています!』

 

 

夫はもちろん私が精神疾患を患ってしまった

であろうことを知ってからの入院でした。

 

それなのに

 

『飛躍…』

 

このメッセージカードを読んだときは

この一世一代の深刻な状況に

何言ってんだよ!!

 

とムッとしたのですが

今思えば

彼は病気になっても何も変わらないのです。

 

2週間持たずにうつ状態になって何もできなくなるのに

毎回一切深刻さを感じていない様子なのです。

 

バカなのか?

 

でもこの彼の態度にどんなに勇気付けられたことか。

彼の「治るっしょ」的な他人事な楽観視は

私をムッとさせながも

何とかなるか…って思わせてくれました。

 

 

『有り難い』

 

病気になって、積もりに積もった夫への感謝の貯金。

おかげで大感謝持ちになれました。

 

私は彼のメッセージ通り

この一年を飛躍的な年にできるのでしょうか。

 

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

 

前回のブログでは
200件を超える「いいね」をいただきました。

日々増えていく「いいね」が

”応援しているよ”
”頑張って”

というエールに思えて、毎日とても励まされていました。

わざわざ「いいね」ボタンを押して下さった皆さん
本当にありがとうございました。
感謝感謝です。

 

さて、前回のブログから2か月も経ってしまいました。

【病気の発症③】の記事を書く前に

今日は現状を報告させてください。




今年に入ってから私は

『仕事をストップして、病気を治すことに専念する』

という一大決心をしました。
1月に引継ぎを終え、2月よりお休みに入っています。



最終出勤日だった 1/29
コロナ禍に入ってから早10か月…


全員が100%在宅勤務をしている私の職場で
久しぶりに全員が集まる奇跡的な機会に恵まれました。

帰り際
「待ってるからね!」
の声掛けに、胸がいっぱいになりました。

 

 

 

《部門長から届いたDVD》
産後のホルモンバランスの崩れが原因ではないかと情報番組を録画して自宅に送付してくれました。



私がお休みの間
仕事を手分けして代わりにやって下さるチームの皆さんにとって
私のお休みは決して手放しに歓迎できるものではありませんでした。

私が“手にした”病気と戦うためのこの時間は
皆さんから“奪った”大事な時間であること。

決して当たり前ではないこの『許し』を
私は絶対に忘れてはいけない。

そう思って、
この不安定で苦しい日々を大切に大切に過ごしています。





 『双極性障害
=原因不明の完治が難しい脳の病気
=薬で症状をコントロールし続けるしか手はない』



医師や臨床心理士を始めとする精神医療業界にとって
この揺るぎない当たり前の定説に、私は戦いを挑みます。


彼らにとっての “当たり前” は、本当に真実なのか…


「専門家」であるが故、
彼らが目を向けていない真実があると思っています。

 

 

 


仕事を一時中断することは
無責任な選択に思われる方もいるかもしれません。

現に、私はそのように思い
うつ状態で苦しい中でも、4か月も決断できずにいました。


しかしこのお休みは

私にとって人生を賭けた挑戦です!



「完治は無理」 
と専門家が揃って言うこの病を
私は“自分の力”で治すために時間をもらいました。



私が大好きな「神メンタル」の著者 星渉 先生が語られていた

「絶対に大吉が出る方法」

 

 

 


私は絶対にこの病気を治したいから

『病気が治るまで決して諦めない。
結果が出るまでずっと戦い続ける』


そう、決めました。


『病気が治った』 
この“結果”に強く強くこだわります。



私には、病気を治したい理由があります。
元気になりたい理由があります。

先の見えないこの孤独な戦いに
心が折れそうになるけれど
不安に押し潰されそうになるけれど

私が諦めたら、もう誰も私を救ってはくれないのだから…
誰が何と言おうと、私だけは治るって信じ続けます。


諦めない。


絶対に。

 

 

お庭に向日葵の花が咲く頃
私の身体はどうなっているでしょうか。

 

 

《生後数か月の息子と》二人の髪型😂

 



いつか

今の私と同じように

「治らないかもしれない」

「もう元気な自分には戻れないかもしれない」

そう苦しむ誰かに出会ったら…



『大丈夫、治るよ』

『治し方知ってるから、教えてあげる』


そう言って、微笑んであげたい。



今の私がほしくて

でも誰もくれない

この言葉を。


今日も読んで下さり、ありがとうございました。