楠板本尊に関するこれまでの記事 6

 

 

今回は、戒壇本尊と称される「楠板本尊」が、宗門にとって重要法門では無い事、一大秘法は「楠板本尊」では無い事の証拠を提示します。

 

 

23.

日柱上人の「南無日蓮大聖人」を紹介 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

南無妙法蓮華經南無日蓮聖人について正々堂々と述べられているのに対して、楠板本尊については言及していません。そして本文に使われている語句は、

閻浮第一本門大御本尊 98頁
 本門大御本尊 98頁、210頁(2回)、220頁、235頁(2回)
 閻浮提第一の大御本尊 103頁
 南無妙法蓮華経の大御本尊 217頁
  三大秘法の随一は本門大御本尊 303頁
 一閻浮提第一の本尊 303頁
 三大秘法の随一の大御本尊 303頁

とあり、日柱上人自身が、「本門戒壇の大御本尊」なる名称を認めていないか、重要視していないか、更に論争から逃げている,と解釈できます。

 

 

24.

日霑上人の「祖文纂要」の紹介 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

大聖人の文章からの解説だからかもしれませんが、全般を通して「本門の本尊」や「大曼荼羅」等の表現は在るものの、「弘安二年十月十二日」や「本門戒壇の大御本尊」なる語句は見当たりません。日蓮正宗の最も重要な法門であるべきなのに、「本門の戒壇」に繋がる「本門寺の戒壇」はおろか「本門寺に懸け奉るべき本尊」の説明が全く見当たらないのは、どういう事なのでしょうか。

 

 

25.

日蓮正宗の過去帖から解る宗義「楠板本尊」の嘘 1 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

26.

日蓮正宗の過去帖から解る宗義「楠板本尊」の嘘 2 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

27..

日蓮正宗の過去帖から解る宗義「楠板本尊」の嘘 3 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

我が家の日蓮正宗の過去帖の序文に於いて、「戒壇本尊=楠板本尊」を想起させる記載は無く、また「弘安2年10月12日に建立」「大聖人の出世の本懐」「本門戒壇の本尊と称する」「一閻浮提総与(全民衆に授与)」という記載も、一切無いのです。

更に、過去帳の日捲り部分の12日の頁部を提示しますが、此の日の宗門の出来事として、

① 御難 弘長元年5月の伊豆配流

② 御難 文永8年9月の龍の口の法難

の記載はあるのですが、不思議な事に、弘安2年10月12日の「戒壇本尊の建立」の記載は無いのです。

宗門においては、宗旨建立はさて置き、大聖人出世の本懐とされる「楠板本尊」御建立の出来事よりも、法難及び御両親・大檀那の命日の方が大事であるとしている様です。

 

 

28.

一、三、六大秘法に対する私の解釈 1 | 明るい未来へ弟子として生きる

一大秘法一大事の秘法)は、日蓮大聖人が地涌の大菩薩の棟梁である上行菩薩として、大覚世尊(教主釈尊)より付属されたとされており、その本質は今後何度も後述する「妙法蓮華経の五字」の事であり、決して「楠板本尊」自体の事ではないのです。

 

29.

一、三、六大秘法に対する私の解釈 4 | 明るい未来へ弟子として生きる

大聖人の御文から「一大秘法」を重複を避けて纏めると、

出典根拠

①    一大秘法は、法華経本門の肝心である『妙法蓮華経の五字』と同義である。

②    諸仏の誠諦得道(真実の覚りを得るための修行)の肝要は、妙法蓮華経の五字である。

③    八万法蔵の教えや法華経一部八巻の経文も、妙法五字を説くためだった。

④    生死一大事血脈とは妙法蓮華経の五字、上行菩薩が譲り受けて過去遠遠劫より已来寸時も離れない血脈の事である。

⑤    法界の姿は妙法蓮華経の五字に他ならず、像法時代の先師達は知っておられたが、付嘱が無い故、時が来ていない故、釈尊の久遠の弟子では無い故、言葉に出さず胸中にしまっていた。

意義と影響

⑥    妙法蓮華経こそ本仏であられる。

⑦    一念三千の観念も一心三観の観法も妙法蓮華経の五字に納まっている。

⑧    妙法蓮華経の五字は我らの一心に納まっており、妙法蓮華経を唱える時、心中の本覚の仏が顕れる。

⑨    妙法蓮華経の五字に一切の法が納められており、妙法蓮華経の経の一字は諸経の王であり一切の群経を納めている。

⑩    大聖人は「妙法蓮華経の五字」の旗をかかげ折伏の戦いを起こした。

⑪    釈尊の因行と果徳の二法が妙法蓮華経の五字に具足しており、この五字を受持すれば自然に釈尊の因果の功徳を譲り受ける。

⑫    妙法蓮華経の五字は、名・体・宗・用・教の五重玄を意味し、五重玄を備えた万物は、妙法蓮華経の五字が備っている。

⑬    妙法蓮華経の五字は、三世の諸仏の万行万善・万戒の功徳を集め納めている。

⑭    私達の一身が妙法蓮華経の五字である、と開仏知見する時に即身成仏する。

⑮    一切衆生が仏となる道は、三世の諸仏と同様、南無妙法蓮華経と唱えることである。

⑯    私達が仏身を持つという事は、我が身即仏であり、妙法蓮華経の五字を以て人身の体を造っており、円頓の凡夫は之を知って即身成仏する

⑰    題目の五字は、臨機応変に対応して一切の衆生を利益する。

⑱    私達の心は万法の総体であり、万法の総体は題目の五字である。

⑲    妙法蓮華経の五字は万法能生と生養成栄の父母である。

⑳    妙法蓮華経の五字は仏意の五重玄の他、仏の五眼、仏の五智を意味する。

                                               

◎仏法の奥義は、天国や極楽等への逃避を教えているのでも、天地創造の神や超人的仏身を説いているのでも無く、人を成長させる道・成仏(つまり人間革命)を説いているのは明らかです。

更に大聖人は、その根本法が、他力本願ではなく自力誓願である、南無妙法蓮華経の五字七字である事を示され、個人の成仏から、家庭の幸福、団体の繁栄へと発展し、恒久的世界平和をも実現させる為に、広宣流布する必要性を宣言されたのです。

「一大秘法」と「本門戒壇の大御本尊」と称される「楠板本尊」とは全く無関係である、此れは今や常識なのです。

 

 

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