日本の中の外国、長崎。

東京では味わえない、旅先での「味な出会い」を

特集します。



左の「バンザイサイダー」は、長崎市内のコンビニで冷蔵庫1つ分を占領してました。

長崎らしい、たいへん甘いサイダーです。

右はその名も「温泉レモネード」。雲仙地獄の看板商品のようです。



五島の庶民の味覚を2つ。

まずは五島うどん。

ガイドブックには日本三大うどんのひとつ、と紹介されています。

一般に三大うどんは「稲庭(秋田)」「讃岐(香川)」「水沢(群馬)」といわれますが、

どれかを外し、「きしめん(名古屋)」やこの「五島」を入れる考え方があるようです。

五島名産の椿油を練りこんだ麺は、つるつると柔和なのど越しが特徴。

アゴ(飛魚)のダシ汁に五島牛をのせていただきました。



もうひとつは浜口水産の「ばらもん揚」。

五島列島近海の天然エソ(かまぼこの素材としては最高級)と天然アジだけで作った、

ぷりぷりした食感の揚げかまぼこです。

「ばらもん」とは五島の方言で「元気者」という意味だそうです。

福江港で、おかあさんが揚げたそばから売ってくれます。

アツアツで美味!

これ4~5個ですばらしい昼飯になります。




長崎では、コンビニでこんなものを売っています。

「寿司サンド」。

寿司飯に、サンドイッチの具よろしくツナや鮭やマヨネーズサラダが挟まれ、

のりで挟んでスライスしたもの。

例のごとく甘めですが、なかなかの味。

東京に進出すれば、けっこう売れそうです。





島原半島の海岸沿いには、生カキを炭火で焼いてその場で食わせる屋台のような店が

沢山あります。

ご覧の通りのワイルドさ。

ススで目が痛くなるわ、服が煙臭くなるわ、大騒ぎしながらも磯の味わいを楽しめます。



温泉たまご売り場で昼寝するネコ。

そのむこうの立て札には、

「温泉の 温泉タマゴは メチャうまい」 ~雲仙小中学生が考えた標語です~

と。


素朴すぎるキャッチコピーが、いい味です。


盛りだくさんだった、長崎紀行。

最終日は、レンタカーで雲仙・島原へ向かいました。



雲仙温泉の「地獄」。

強い硫黄臭の蒸気が噴出するすぐそばにホテルが建ち並び、道路が通っています。

大丈夫なんでしょうか?





島原名物「具雑煮」で有名な、姫松屋。

島原観光の客の全員がここに集結しているのではないか?と思うほどの混みよう。

駐車場に車を停めるだけで、戦争です。


で、この具雑煮。

味は特にどうということはありませんが、

その歴史を知って味わえば、その甘めのカツオ出汁がふしぎと胸にしみてきます。

詳しくはお店のサイトで。

http://www.himematsuya.jp/


湧水と歴史の街、島原。

観光のハイライトは、島原城と武家屋敷です。

武家屋敷の通りの中央には、湧水を利用した生活用水が設けられ、

昔ながらの清らかな流れが今も保たれています。


左は明治元年に建てられたという山本邸。 右は今も昔も変わらず島原を見下ろす眉山。


3日間にわたる、長崎紀行・・・

福江でも島原でも、江戸期の面影がボクたちの心を癒してくれました。
ところが、旅も終わり近くなって、

大変残念なものを目にすることになりました。


世紀の愚策、平成の恥ずかしき遺産。

諫早湾のギロチン道路です。


外海と完全に隔てられた湾内には波ひとつ立たず、

死んだように静かな海面から、わずかに腐臭がただよってきます。


この景観は、数百年後の長崎の旅人の心をどのように癒してくれるのでしょうか。

複雑な思いを胸に、東京への航路に就きました。



長崎での次なる目的地は、県下随一の漁港「茂木」です。


市の中心地から南東に車で20分

長崎の奥座敷といった風情のこの漁村の海岸沿いに

5軒ほどの料亭が並んでいます。

その一角、宿泊もできる料亭「海月別亭」で、三晩目の夜を迎えます。


すべての部屋から橘湾を望めるのが、茂木料亭街の「売り」。

天気のよい平日なら、夕方から漁に出かける舟のいさり火が楽しめるそうですが

あいにくこの日は土曜、しかも豪雨。

おとなしく風呂を浴びて、夕食を待つことにします。


コース料理は、ハモの酢の物、うに、汁物で始まって、

最初のポイントがこれ。


桜海老の踊り食い。

茂木でコースを頼むと、どの料亭でも必ずこれから始まります。

生き物嫌いなボクはお約束通り、恐る恐る口へ運んだはずの海老が醤油皿にダイブ!

浴衣に大きなシミを作りました。


近海の魚たち。イセエビ、アワビ、ミズイカ、タイ、ヒラメ、平貝など。

女将がタイの口、エビの頭、アワビの身に、それぞれビールを注ぐと

そいつらが一斉に動き出すという仕掛け付きですが

決してキモチのよいものではありません。

もちろん、お味のほうは満点です。


アワビの刺身。                  イセエビの刺身。



角煮まんじゅう。                タイの塩焼き。


これ以外に、蒸し物、グラタン、てんぷら、ずわい蟹が出てきます。

サービス満点、と言いたいところですが

ハッキリ言って、多すぎます。

大学ラグビー部OBの大男たちでさえ残すくらいの量が出てきます。

女性はどの料理も少しずつ残すつもりでいかないと、途中でギブ必定です。


食事と一緒に出てくる「びわゼリー」は

茂木みやげとしても有名です。



満腹になったあとは、長崎市内から駆けつけてくださった15年来の先輩に

長崎自慢(自虐?)の爆笑トークを頂きながらの夜更かし・・・



翌朝は雨もあがり、部屋に朝日が差し込みました。

風呂からも同じ朝日が拝めます。

平日の明け方なら、歩いてすぐの港で水揚げされたばかりの魚介を購入、

家までクール便で発送するという楽しみもあるとか。


ここに泊まって楽しむなら、やはり平日がいいようです。

《海月別亭》

長崎市茂木町2190



五島列島の主島、福江島。


東京23区の半分の広さ、

2~3時間もあれば車で一周できるこの最果ての島の「海」を

写真に収めて回りました。




島で一番古い教会、堂崎天主堂の正面に広がる海。

入り組んだ海岸線が自然の防波堤を成して、

この島の波打ち際はどこも穏やかです。




島の北端、間伏。

観光客も近寄らない、荒涼とした岬。

透き通った海に青い熱帯魚が群れています。




海中公園に指定されている、福江港。

暖流に洗われた色とりどりのサンゴや熱帯魚をグラスボートで鑑賞できるそうです。




五島CCから見下ろす、富江湾。

刻々と変わる海の表情に目を奪われます。




島で一番美しい海岸といわれる秘境、高浜。

太陽が射して海面がエメラルドグリーンに輝いた瞬間。




その高浜から5キロ沖合いに浮かぶ、嵯峨ノ島。

人より猫のほうが多い島だそうです。

なにやら幻想的です。




島の西端、大瀬山から見下ろす海食崖。

このあたり玉之浦地区は、リアス式海岸の標本のような地形です。




日本一の光量でさいはての海を照らす、大瀬崎灯台。

東シナ海に沈む、日本で最後の夕陽です。




【参考サイト】

福江島については、下記のサイトがすばらしい写真を紹介しています。

http://japan-web-magazine.com/japanese/fukue/index.html




五島列島には、およそ五十の教会があります。


18世紀後半、江戸末期から明治初期にかけ

大村藩周辺から多数のキリシタンが迫害を逃れてこの地に移住して来ました。

明治に入ってからはこの地でも、激しい迫害が行われました。

苦難の歴史を経て今日まで息づいて来たこの地のキリシタン文化。

古くは明治10年代の建物も現存し、

世界遺産への登録運動もすすめられています。

たしかに福江島をめぐる道路には、教会を示す道標があちこちに見られます。


道標に誘われるがままに・・・教会めぐりの記録です。



車で港から北へ20分、入り江のほとりに建つ堂崎天主堂。
禁教令が解かれた後、五島における最初の教会として1879年に設立。

赤レンガ、ゴシック様式の今の建物は1908年に建てられました。



そこから西へ20分の、水の浦教会。

1880年創建、1938年改築。

白亜の天主堂は絵になる美しさです。

教会裏手の小高い丘には、墓地が広がっています。



水の浦教会からひと山裏手に入ったところに建つ、

1911年創建の楠原教会。

明治に入ってからの弾圧で迫害を受けた信者が設立しました。




さらに西へ20分。

1923年創建の貝津教会。

教会が、その正面をうっそうとした森に向けているのが不思議です。




島の西端、大瀬崎灯台への入り口にたたずむ

1899年創建、1988年改築の井持浦教会。

日本で初めて作られた「ルルドの岩窟」があって、

信仰の聖地として全国から巡礼の信徒が訪れるそうです。



教会とは関係ありませんが、名所をひとつ。

福江市内には、昔ながらの石積み塀の街路が残されています。
名づけて「武家屋敷通り」。
塀の上に丸い小石を積むのが、この地の特徴だそうです。


武家の時代の残り香とキリシタンの戦いの歴史が織り成す異国情緒は

この島ならではの魅力です。