ロンドンやニューヨークなどで行われている金地金の国際市場と、世界的な為替市場において、米欧の大手銀行が、談合による相場の不正操作を、何年(何十年?)も前から続けていた疑いが濃くなり、EUや英米の政府当局が捜査を行っている。
1月16日、ドイツ政府の連邦金融監督庁(Bafin)のケーニヒ長官がフランクフルトで行った講演で
「金地金と為替の国際市場に対する相場の不正操作は特にひどい。(すでに捜査が一段落した)
LIBOR(ロンドンで定められている世界的な銀行間金利)に対する相場の操作は、銀行間の指標に対する不正操作でしかないが、
金地金や為替に対する操作は、世界のあらゆる金融取引に影響を与えているからだ」
という趣旨のことを述べた。
欧米当局が、為替や金相場に対する金融界による不正操作について捜査しているという話は、昨年から指摘されていたが、捜査の実施を金融当局者を認めたのは、今回のケーニヒが初めてだ。
独金融監督庁によると、EUの独占禁止当局や米英スイスの捜査当局が、為替と金相場の不正操作について調べている。
ケーニヒは、すでに不正操作に関する捜査が一段落して訴追も行われたLIBORについて、銀行間の概算指標でしかない、という感じで発言したが、実のところLIBORは世界の代表的な金利だ。
融資などの金利を決める際の世界的な指標であり、銀行間金利の枠を越えた重要な存在だ。
ロンドンで毎朝連絡をとりあってLIBORを決めている米欧大手銀行が、08年のリーマン危機後に実態値から離れた金利を報告し合うことでLIBORの金利を不正操作していたことは、2012年に暴露・捜査され、LIBORと国際金融市場自体に対する信用が損なわれた。
(英国金利歪曲スキャンダルの意味) http://tanakanews.com/120712libor.php
独金融監督庁のケーニヒ長官は、今回発覚した金地金と為替に関する国際銀行界による不正操作が、LIBORの不正操作よりも悪質なものだと述べている。
世界を代表する金利であるLIBORだけでなく、世界を代表する金地金の相場であるロンドンとニューヨークの相場、ドル・ユーロなどの国際為替相場も、金融界自身によって歪曲されてきた疑いが強くなったことは、世界経済にとってこれ以上深刻な事件はない、というほど重大なものだ。
しかし、米欧当局が捜査していることをドイツの長官が認めたという今回のニュースは、マスコミでほとんど報じられていない。
為替と金相場の不正操作がどのように行われてきたか、まだ捜査中なので具体的な話が出てきていない。
しかし、金相場の不正操作については、これまでに何度か手口が暴露されており、私も記事にしてきた。
金相場の不正操作について最近、詳しい手口を暴露する記事を書いたのは、元国務次官補のポール・クレイグ・ロバーツだ。
彼によると、金相場の不正は主に米国の連銀(FRB)が行っている。
連銀は、
08年のリーマン危機後に何とか立て直した債券金融システムやドルの再崩壊を防ぐため、
ドルが信用失墜するほど買われる傾向がある金地金の相場を意図的に下落させ、
ドルや債券に代わる資産の備蓄先になりそうな金地金に対する世界的な信頼が失われたまま
にしておくことで、
ドルと債券金融システムを守る戦略を採ってきた。
米連銀の金相場への隠密介入は、金相場が1オンス1900ドルを超え、心理的な高値水準である2000ドルに向かおうとした2011年9月以降に本格化した。
金が2000ドルを超えて上昇し続けると、ドルと米国債の崩壊の引き金を引きかねなかった。
連銀は、金地金商社に依頼して、ニューヨークの金先物市場であるコメックスとグローベックス(24時間のオンライン取引所)で、相場が上がりそうになるたびに巨額の先物売りを行い、相場を引き下げていき、世界中の投資家の金に対する買い意欲を削いだ。
金の先物売りをする投機筋は民間にも多いが、連銀のやり口は、民間と顕著に異なっている。
民間の投機筋は、相場をできるだけ動かさないように、時間をかけて先物取引を積み上げる。
自分の売買で相場を動かしてしまうと、思ったような利益を出せないからだ。
対照的に連銀は、一度に想像を絶するような巨額の売り先物を爆弾投下のように注文し、意図的に相場を下落させる。
最近では今年1月6日の朝、連銀はわずか60秒間で、1日の取引量の10%にあたる12000枚の売り先物を売り放ち、瞬時に相場を35ドル引き下げた。
昨年末、連銀がドルを過剰発行して米国債などを買い支えるQE(量的緩和策)を今年から縮小していくことを決め、年明けとともにドルと米国債の信用が下落し、その分金相場が上がるのでないかと推測されていた。
この日、金相場はアジアと欧州の取引で15ドル上がり、いよいよ上昇かと思われた矢先、連銀が大量の売りを入れ、相場を急落させた。
連銀はこの手の売り放ちを、HSBCやJPモルガンなどの大手銀行に依頼して行っていると、クレイグロバーツは書いている。
連銀は、24時間取引であるグローベックスで、ほとんど取引がないので対抗してくる買い手がいないNY時間の午前2時半などを狙って大量の空売りをかけることで、効率的に相場を下落させてきた。
昨年12月18日、連銀がQEの縮小を発表した直後、売り材料もないのに金相場が急落したが、これは連銀が夜中にグローベックスで4900枚、14トンの金地金に相当する売り先物を注文した結果だった。
連銀はNYの先物金市場だけでなく、ロンドンの金の現物市場でも相場下落作戦をやっている。
NYの金先物市場は現物との交換を伴わない「紙切れ」市場なので、大量の売りを発注しても下落の効果が少ない。
現物市場を名乗るロンドン市場の方が、下落の効果が大きい。
ロンドン市場では、金融機関や金商社が投資家から預かっている金地金を(ときに所有者の投資家に無断で)連銀が借り出して売っている。
こうした米連銀の引き下げ策によって金相場は下落したが、ドルや債券でなく金地金を買って資産防衛しようとする世界的な動きを止めることはできず、
中国など新興市場諸国を中心に、金の現物に対する需要が大きく、
連銀の金庫も、NYやロンドンの金商社などの金庫も、
金地金の在庫量が減り、それらの地金は中国などに移動した。
中国勢は、連銀の空売り作戦を察知しているらしく、金を買うと米英の金商社の金庫に預けたままにせず、現物を自分で保有しようとする。
いずれドルが崩壊する過程で米欧日の人々が金地金を買いに殺到するころには、金地金の多くは中国などに保有され、米欧に存在していないだろうとクレイグロバーツは書いている。
連銀とぐるになっている米英金融界の地金在庫量が減るほど、連銀の金空売りによる相場下落策はやりにくくなり、効果も減る。
連銀による金相場の不正操作は、この先あまり長続きせず、いずれ終わりになり、金相場高騰の可能性が高くなる。
連銀の作戦に協力していた可能性が高いJPモルガンやモルガンスタンレーなど米大手銀行が最近、相次いで金の現物取引の分野から撤退している。
地金の在庫が減っているからだ。
米大手銀行シティの分析者は、3年ぶりに金価格の上昇を予測している(他の諸銀行は今年も金の下落を予測している)。
金融マスコミの「専門家」らは「金地金は連銀がQEで刷った過剰資金で買われており、QEが縮小するほど金相場が下がる」と解説してきたが、クレイグロバーツの指摘を読むと、これらがウソとわかる。
QEの縮小は長期的に金の高騰になる。
金が下がっているのは連銀が売り作戦をやっているからだ。
2011年、南米ベネズエラの政府が、連銀の金庫に預けてあった160トンの金塊の返却を求めた時、連銀は4カ月かけて返却した。
おそらく連銀の金庫の地金の大半は相場引き下げ策のために貸し出されており、160トンも在庫がなく、連銀はベネズエラに返済するため、4カ月の時間をかけて地金を回収する必要があったのだろう。
翌年ドイツも、連銀に預けてある1500トンの地金の返却を求めた。
(金塊を取り返すドイツ)
http://tanakanews.com/121106gold.php
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しかし連銀はこれに応じることを拒否し、米独の交渉の結果、7年かけて300トンだけ返却していくことになった。
連銀の金庫には、すでに地金がほとんどなく、貸し出した先の金融機関にもすでに地金はなく回収できず、地金は中国などに行ってしまっており、7年で300トンしか返却できないのだろう。
これらはクレイグロバーツの分析だが、私自身も昨年、金地金の「売り切れ」について記事にしている。
(金地金の売り切れ)
http://tanakanews.com/130424gold.php
http://tanakanews.com/130424gold.php
ドイツが米連銀に金地金の返済を求めたのに、一部しか返済してもらえないことは、今回、独金融監督庁のケーニヒ長官が、金相場の不正操作について欧米当局が操作に入っていることをあえて暴露したことと関係していそうだ。
金相場を犠牲にしてドルを守る連銀の策略のせいで、ドイツは「敗戦国」として連銀に預けてあった地金を返してもらえない。
もう地金が戻ってこないなら、連銀の不正操作の策略を暴露・捜査して潰してやれという復讐策が、ケーニヒ発言の真意かもしれない。
ケーニヒ発言の翌日、ドイツの銀行として唯一、ロンドンでその日の世界の金相場を決定する米欧の大手銀行4行による値決め作業(London Gold fix)に参加しているドイツ銀行が、値決め作業の一員であることをやめると発表した。
ドイツの政府当局が「これからロンドン金相場の値決め談合の不正について欧米当局が捜査するので、もう値決め作業に参加しない方が良い」とドイツ銀行に伝えたのかもしれない。
ロンドンではLIBORと同様、市場でも、毎日に朝と午後、大手銀行どうしがその日の相場について議論して金価格を決める。
この値決め制度は第一次大戦直後の1919年に始まり、当初は毎朝関係者がロスチャイルドの事務所に集まって談合していた。
ドイツ銀行は、値決めへの参加権を他の金融機関に売却する予定だ。
米連銀による金相場の不正操作が縮小しそうな中、米欧勢で値決め参加権を買いたいところが見あたらず、地金の需要が旺盛な中国の銀行ぐらいしか買い手がないのでないかとみられている。
米国の金融覇権を守るための、不正操作の温床だったロンドン金市場の談合参加権を、中国勢が買いたがるかどうか不明だが、もし買うとしたら、経済面の世界的な意志決定権が、中国に移転していることの象徴となる。
(中国主導になる世界の原子力産業)
http://tanakanews.com/131022nuclear.htm
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ドイツの動きは、世界の覇権動向から見ても興味深い。
ドイツは冷戦終結とともに、それまで英国のライバル潰し戦略としての東西ドイツ恒久分割の「刑」を解かれて再統一し、
同時にフランスなどと組み、欧州諸国を統合して超国家組織に昇格し、
世界の覇権地域の一つになることを長期的に目指したEU統合への動きを開始した。
EUは通貨統合によって、ドルに対抗できる国際通貨ユーロを作り出したが、
EUが統合を経済から行政・政治へと進めていこうとした矢先の2011年、
EU内の脆弱な諸国だったギリシャや南欧を皮切りに米英投機筋が国債先物を売って下落させ混乱させるユーロ危機が起こり、
米英マスコミは「ユーロはもう終わりだ」と書き立てた。
しかし結局、ギリシャや南欧諸国はユーロ圏から離脱せず、EUの統合政策は何とか守られた。
そして、米連銀が資産悪化によってドルと米国債の延命策であるQEを縮小せざるを得なくなった昨年末から新年にかけて、攻撃されて下落していたギリシャや南欧諸国の国債の価値が再び上昇に転じた。
米英マスコミは「ユーロ危機は終わっていない」と揶揄するが、長期的に見てEUはユーロ危機を脱して政治経済統合への道を再び歩んでいきそうだ。
こうした経済地政学的な転換が起きている中で、EUの中心であるドイツは、連銀のドル延命策の道具である国際金相場の不正操作を批判し、捜査を主導している。
EU当局は、投機筋が資産隠しの場として使っているタックスヘイブンを取り締まり、投機筋の動きを監視する目的で国際金融取引に課税する計画を進めたり、投機の道具であるデリバティブを規制している。
これらは、金利、為替、金銀などの相場の不正操作の摘発と並び、米英が経済覇権を維持するための金融兵器を無力化する「武装解除」の戦略だ。
(タックスヘイブンを使った世界支配とその終焉)
http://tanakanews.com/110419taxhaven.php
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ドイツに率いられるEUは、これらの策により、米英の単独覇権構造の解体を促進し、その後に来るであろう多極型の世界体制においてEUを「極」の一つとして台頭させようとしている。
金相場の不正操作を潰そうとするドイツと、金地金を大量に買い込んで現物を引き取り、米英の金倉庫を空っぽにして連銀の不正操作を無効化しようとする中国は、米英の金融覇権を崩して世界を多極化する策における同志といえる。
欧州は、中国と並ぶ多極化時代の大国であるロシアとの間が、まだぎくしゃくしている。
EUがウクライナを取り込もうとしたところ、ロシアが邪魔して結局ウクライナにロシアとの関税同盟を組ませ、EUとの協調を拒否させたのが一例だ。
こうした動きは、ロシアとEUとの「境界画定」のいざこざであり、今後もしばらくは続くが、いずれ境界が画定するだろう。
日本はかつて独伊と組み、英国を潰して覇権を乗っ取ろうとした。
今、ドイツだけでなくイタリアもEU統合に積極的で、米国が敵視するイランとの関係強化に率先して動いているのもイタリアだ。
「日独伊」のうち独伊は、50年あまりの対米従属を脱し、中国などと組んで多極型世界を構築しようとしている。
米国の覇権に依存してきた他の諸国は、英国もイスラエルもサウジアラビアも、米国の覇権に見切りをつけ、多極化の傾向に乗り始めている。
いまだに世界の流れも見ず、米国覇権がこの先長くないのに、対米従属だけに固執している馬鹿者は日本だけだ。
昨日、沖縄の名護市長選挙で、辺野古米軍基地建設に反対する稲嶺進氏が再選された。
この動きは、日本の馬鹿な対米従属に歯止めをかけるかもしれない。
辺野古の基地建設が困難になり、再び米国側から「辺野古は無理なので、海兵隊はぜんぶ日本国外に移していかざるを得ない」という姿勢が出てきそうだ。
(日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会)
http://tanakanews.com/110617okinawa.htm
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09年の鳩山政権の就任以来、日本の対米従属の象徴である在日米軍が続くかどうかは、責任を負うべき本土の人々の肩にでなく、もともと日本(やまと)と距離をおいていた沖縄の人々の肩にかかってしまっている。
沖縄の人々は、名護市の稲嶺再選によって、日本にとって有害な対米従属策を継続しにくくしてくれた。
愛国的な本土の人々は、名護市民に感謝すべきだ。
薩摩藩や明治政府によって無理矢理に日本の一部にされた沖縄の人々の方が、
口だけ愛国心を叫びたがる本土の人々よりも、
日本の将来に貢献する愛国的な行為をしている点が皮肉だ。
(日本の官僚支配と沖縄米軍)
http://tanakanews.com/091115okinawa.htm
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