動物の高齢化に伴い、腫瘍が発生することも増えています。現代では犬、猫とも死因で最も多いのが悪性腫瘍(ガン)です。

腫瘍が見つかり次第、早期に手術で切除できれば最善ですが、高齢による麻酔リスク、切除しきれないほどの大きさ、費用など様々に理由により実際の現場では手術できない場合も多々あります。

 

体表にできた乳癌などの腫瘍は大きくなると破裂(自壊)してしまうことがあります。自壊した腫瘍による痛み、出血、悪臭、あふれてくる浸出液などは家族にとってもつらく深刻な問題です。

 

浸出液で部屋が汚れないように行動範囲を制限したり、動物が舐めて出血させないようにエリザベスカラーを装着される動物のストレス、家族同様に過ごしてきた動物にストレスを与えているのではないかと思う飼い主の悲しみ、帰宅するたびに感じる悪臭など、お互いにQOLを著しく低下させる危険性があります。

 

自壊した腫瘍のケアは、流水による洗浄、ポピドンヨード(イソジン)などの消毒や外用薬の塗布、ガーゼや包帯などによる傷の保護など行います。しかし、腫瘍が大きくなるにつれて管理するのが困難になります。

 

そのときの治療オプションとしてモーズ軟膏(Mohsペースト)による緩和療法があります。

モーズ軟膏は塩化亜鉛を主成分とした組織固定剤です。人医療において切除不能な乳癌などの悪性腫瘍による出血や悪臭などの症状を緩和・根治するために用いられています。動物医療においても近年はモーズ軟膏による治療報告が増えてきています。

 

当院ではモーズ軟膏による治療は日帰り入院にて行います。モーズ軟膏は正常組織にも影響を与えるため、腫瘍以外の部位に付着したり、動物が舐めたりすると大変危険なためです。

 

腫瘍の周囲を特殊なガーゼとワセリンで厳重に保護した後、院内で直前に作成したモーズ軟膏を腫瘍に塗布しペットシーツと包帯でガッチリ覆います。動物にエリザベス―カラーをして患部をいじらないように監視し数時間後、流水で洗浄します。治療直後は腫瘍表面が白く固まり、出血、悪臭、浸出液とも激減します。患部の保護やエリザベスカラーをしなくても管理できるほどの状態になります。

 

5~7日程度で固定された腫瘍組織が剥離するのでそのタイミングで再度同治療をします。複数回実施すると腫瘍組織の体積が減少し、経過の良い場合はそのまま腫瘍が固まった乾燥した状態が続きます。完全に乾燥しない場合でも、ガーゼ交換の頻度の減少し、自壊部の日常のケアがしやすくなります。

 

モーズ軟膏治療は、基本的に根本治療でなくQOLを高める目的の治療です。やがて腫瘍の増殖を抑えきれなくなりますが、今の状態を一時的に解消するための選択肢としては有効と考えています。

 

ただし、処置時にあばれてしまう子や治療により著しい疼痛が生じる子、腫瘍の部位、大きさや深さ(潰瘍の程度)によっては実施できないこともあります。

 

当院での治療費は一回の治療費は全て含み1万円程度です。

 

犬症例

14歳 ラブラドールレトリバー

5年前からある肘の腫瘍が自壊して、出血、浸出液、悪臭に悩まされている。歩き方もぎこちない。

 

腫瘍は皮膚組織球肉腫(グレードⅠ~Ⅱ)という悪性腫瘍でした。腫瘍は骨付近まで及び、完全切除するには断脚以外には不可能と判断しましたが、大型犬としてはかなりの高齢であり麻酔リスクも考慮して緩和ケアを選択しました。

 

毎日、流水での洗浄とイソジン消毒、ガーゼやペットシーツとバンテージでの保護を指示ましたが、浸出液の量が多く、また犬がバンテージをとってしまうとのことだったためモーズ軟膏による治療を開始しました。

 

1日目治療前、治療直後

自壊した腫瘍は白く固定され、出血、悪臭、浸出液ともほぼ出ない乾燥した状態となりました。治療後、犬も傷口を気にしなかったためその他は無治療としました。

 

3~4日後、徐々に浸出液が増え、7日後には固定した組織の周囲からやや出血したため、固定した組織をはがして2回目の治療を行いました。

7日目治療前

 

12日目に3回目の治療を行い腫瘍体積が大幅に減少したため治療終了としました。その後は止血、鎮痛、保護作用のある小麦粉のような亜鉛華デンプンによる管理で維持しました。

12日目 

 

ゾウ コメント

家族に大切にされていた犬でしたが、腫瘍が自壊し、きつい匂がして出血すると家族も面倒をみるのが億劫になっていました。

モーズ軟膏による治療で完全に症状をコントロ―ルするのは困難でしたが管理は楽になりました。

その後、徐々に食欲も落ちてしまい数か月後に亡くなりましたが幸せに長生きした子だったと思います。

腫瘍は切除するのが最善ですが様々な理由により手術ができない場合は、条件が合えばこのような姑息的な方法も選択肢だと思います。

 

 

 

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