残念ながらガンになってしまう動物は少なくありません。犬猫の死亡原因第一位がガンと言われているほど多い病気です。ガンと診断された時に痛み止めの薬は処方されていますか?

 

(※一番下に症例の紹介があります)

 

すべてのガンがあてはまるわけではありませんが、動物も人のガンと同様に痛みを伴うと考えられています。ですが食欲があり、いつもと様子が変わらないという理由で痛みを感じていないと思っている飼い主様や勉強不足の獣医がいます。動物は言葉で伝えてくれないので、痛みを感じているのがわかりづらいですよね。

 

動物は人や他の動物の前では痛みを感じていることを本能的に隠すため、痛みを感じているのがわかりづらいのです。手を踏んでしまった、高いところから落としてしまったなどという急性の痛みの場合は、その瞬間キャンキャン鳴き、足を引きずって歩く様子が見られ、痛みを感じていることが分かります。しかし、身体に腫瘍ができ、他の部位を圧迫するようなじわじわとした鈍い痛みや慢性の痛みの場合は、動物は表情に出しません。ご飯を食べている、尻尾を振っているからと言って痛みを今感じていないとは決めることができないのです。

 

そもそも痛みとは何でしょうか?体に損傷が起こったこと、あるいは起こった可能性があることを知らせる不快な感覚のことです。この痛みを感じることで危険を察知し回避することができます。体や命を守るうえで欠かせない役割を持ちますが、時として不必要な痛みもあります。不必要で過剰な痛みは苦痛であるだけでなく様々な悪影響を及ぼし、生活の質(QOL)を低下させます。

 

 

痛みには種類があるのでいくつか紹介します。

・体制痛:体表への刺激により引き起こされる表皮・骨・結合組織の痛みです。はっきりした鋭い痛みを感じます。体動により痛みが増します。                

(例)腫瘍周りの炎症、術後の切開創           


・内臓痛:管腔臓器の内圧上昇、被膜の急激な伸展炎症による痛みです。うずくような鈍い痛みを感じます。痛みの部位を特定することは難しく、急性の内臓痛の場合は嘔吐などを引き起こすことがあります。この疼痛は皮膚での疼痛ともとらえられることがあります。

(例)消化管閉塞、肝臓腫瘤内出血

 

・神経障害性疼痛:中枢・または末梢神経系への腫瘍による圧迫、浸潤によって引き起こされる痛みです。外科手術、放射線治療、化学療法による神経の障害もこの疼痛に繋がることがあります。しびれや電気が走ったような痛みを感じ、普段は何でもない程度の刺激に対して強い痛みを感じることもあります。神経障害性疼痛は重度になることがあります。

(例)ガンの神経浸潤、脊髄転移

 

・関連痛:刺激の場所とは異なる場所で感じる痛みです。具体的には強い内臓痛が同じ脊髄内で隣接する神経線維を刺激し、対応する皮膚や筋肉で痛みを感じます。

(例)心筋梗塞や狭心症で肩甲骨周辺の痛みを感じる

 

・ガン性疼痛:強い痛みが持続するばかりではなく、ガンの進行に伴い痛みの程度がより強くなることから、動物にとって最も苦痛が大きく、最もコントロールが難しい痛みです。

 

ガン性疼痛の原因は次のようなものがあります。

① ガン自体が直接の原因となる痛み:腫瘍が体にできると周囲の正常な臓器や組織に浸潤し痛みを発します。骨転移や神経に浸潤した場合、痛みは強く感じるようです。

② がん治療に伴って生じる痛み:ガンの外科手術後に傷が長期的に痛んだり、化学療法は難治性の神経障害性疼痛を引き起こすことがあります。

③ ガンが間接的に関連した痛み:寝たきりになってできた褥瘡や関節のこわばり、むくみ、ガン腫瘍を気にして舐め壊した痛みなどがあります。

 

 

痛みと言っても程度があり、目に見えて痛がっているとわかるときもあれば気づかずに過ごしてしまうこともあります。動物の痛みのサインを見逃さないようにしてあげましょう。

<痛みのサイン>

食欲が落ちる、動きたがらない、歩き方がいつもと違う、呼吸が荒い、震えている、

背中を丸めてうずくまっている、身体を触ると鳴く・唸る

 

軽度:動物の行動パターンの変化はほとんどなく、飼い主さんも痛みに気付かず過ごすこともあります。

(例)体表の傷、外耳炎、軽度の膀胱炎

 

中等度:ある程度の行動の変化が見られ、鎮痛薬が患者に有益になります。

(例)去勢・避妊手術、緑内障、尿道閉塞、椎間板疾患

 

重度:明らかに行動変化があり、鎮痛薬の早急な使用が必要です。

(例)腫瘍の自潰、乳腺腫瘍切除術、断脚術、骨折

 

 

ガンの痛みに合わせた薬を処方しますが一種類とは限りません。可能な限り非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)を併用し、さらに鎮痛補助薬を組み合わせることで鎮痛効果を最大限に引き伸ばします。当院でよく処方する鎮痛薬を紹介します。

 

非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)

ステロイド以外の抗炎症、解熱、鎮痛作用をもつ薬剤の総称です。注射薬と錠剤があります。発熱や痛みを引き起こす原因となるプロスタグランジンという物質が作られるのを抑えることで解熱鎮痛剤として効果を発揮しますが鎮痛作用はオピオイドに劣ります。副作用には胃腸障害、腎臓障害、肝臓障害、抗血小板作用があります。NSAIDsはある程度の毒性を持ち、猫は犬よりも毒性に対し感受性が高いため、長期使用の場合は注意が必要です。コルチコステロイドや他のNSAIDsと併用してはいけません。

 

 

<オピオイド>

脳あるいは脊髄を中心に存在するオピオイド受容体に作用して、強い鎮痛作用を示す物質の総称です。麻薬性オピオイドはフェンタニル、非麻薬性オピオイドはブトルファール、ブプレノルフィン、トラマドールがあります。オピオイドを組み合わせる場合は相加効果を持つため注意が必要です。副作用として眠気、便秘、食欲不振、呼吸数低下、興奮が出現しやすく、過剰投与で呼吸不全、意識低下が出現します。しかし、犬や猫ではこれらの問題は発現しにくいとされていて、痛みのある動物に適切に使用した場合には問題になるような副作用が生じることは稀です。

 

・ブプレノルフィン(注射・猫のみ経口):手術後や変形性関節症及び腰痛症に伴う慢性疼痛に有用です。作用時間は長い(6~12時間)が効果発現までに時間がかかります。鎮痛効果に天井効果があります。猫では口腔粘膜から吸収できるため、薬が飲めない場合にも舌や歯肉に投与することで効果が得られます。モルヒネと一緒に使用すると鎮痛効果が弱まる可能性があります。

 

 

・ブトルファール(注射):手術後やがん性疼痛に有用です。鎮咳作用、鎮静作用、制吐作用があります。作用時間が短い(1~4時間)ので頻回投与が必要な場合があります。鎮痛効果に天井効果があります。モルヒネ、フェンタニル、ブプレノルフィンと拮抗するので併用に注意が必要です。

 

 

・トラマドール(経口):作用機序から神経障害性疼痛に有用とされ、慢性疼痛や軽~中程度のガン性疼痛に対して長期投与されることもあります。天井効果があり、中等度の痛みにはNSAIDsを併用すると鎮痛効果が高まります。高齢動物には肝臓障害や腎障害に注意が必要です。

 

 

・フェンタニル(注射・皮膚貼付パッチ):どのような痛みにも使用でき、特に重度の痛みに対して有用です。鎮痛効果はモルヒネの100倍です。鎮静効果・副作用(嘔吐、呼吸抑制)が少ないです。静脈注射の場合は2~3分で効果が発揮されますが、作用時間が短い(15~30分)ため、持続点滴を用いる必要があります。パッチは貼付後12~16時間で効果を発揮し、その後72時間持続します。動物がパッチを食べてしまわないように注意が必要で、頚部背側に貼付するのが好ましいです。

 

 

 

 

          ↑パッチを貼る部分の毛刈りをします。きれいに皮膚を拭き取り、

             パッチを貼ります。パッチが剥がれないようにテープや絆創膏を

            パッチの上から貼ります。

 

 

<鎮痛補助薬>

・ガバベンチン(経口):神経障害性疼痛や痛覚過敏症に有用です。副作用に眠気、ふらつきがあります。投与開始から7~10日で最大効果が得られるとされています。

 

 

 

【疼痛緩和治療の進め方】

 

 

 

 

【症例紹介】

症例1:ミニチュアダックスフンド犬 16歳 血管肉腫

主訴:右前肢端の腫瘍                                

治療:肢端の腫瘍が大きくなってきたという主訴で来院しました。病理生検の結果は血管肉腫という悪性腫瘍であり、足を残しての切除は困難と判断し、断脚手術を提案しましたが、高齢犬ということで飼い主様は希望しませんでした。徐々に悪化し、腫瘍部分が自潰してしまいました。定期的な洗浄・消毒・包帯交換、NSAIDsの飲み薬を処方したところ元気・食欲があり、お家の中を歩いていましたが、徐々に状態が悪化。ご飯を全く食べられなくなり、重度の疼痛が生じました。フェンタニルやケタミンの麻薬で疼痛管理を行い、少しだけご飯を食べられるようになりました。しばらくして亡くなりました。

            ↑ 自潰した右前肢の肉球

 

 

症例2:ポメラニアン犬 13歳 骨肉腫

主訴:左前肢が痛い

治療:診察当初は触診上問題がなかった為、関節炎として安静とNSAIDsの飲み薬で様子を見ることにしました。薬を飲んでいる間、跛行は少し改善しましたが、3週間ほど経つと震え、パンティングしている、左前腕が腫れているということでレントゲン検査と病理検査を行った結果、骨肉腫と診断しました。診断時には転移もしていたため、抗がん剤、NSAIDsとトラマドールを併用し疼痛緩和を行いました。治療後からはパンティングも落ち着き、飼い主様も以前より楽そうに過ごしているとのことでした。しかし腫瘍の増殖とともに痛みが増し、食欲・活動性の低下、パンティングが見られるようになったので強力な鎮痛効果を持つフェンタニルの皮膚貼付パッチを追加しました。フェンタニルがよく効いたようで調子が良くなり、食欲増加、お家の中をゆっくり歩き回れるようになりました。しばらくして全身状態が悪化し骨肉腫と診断されてから50日ほどで亡くなりました。

 

      

 

 

症例3:ミックス犬犬 15歳 メラノーマ疑い

主訴:左目の下が腫れている

治療:目の下が腫れている場合は歯周病が原因のことが多く、確認してみるとひどい歯周病と左上の歯肉に腫瘍ができていました。腫瘍の見た目からメラノーマを疑いましたが、費用の関係から飼い主様は検査や疼痛緩和の希望はなくしばらく様子を見ることになりました。2か月後、口の腫れが悪化し、元気・食欲が低下したので、飲み薬による疼痛緩和を開始しました。その後手術で歯周病治療と歯肉腫瘍の減容積手術を行いました。術後は口元がすっきりしたことや鎮痛剤による痛みの軽減により食欲が回復しました。しかし歯肉腫瘍は増殖を続けた為、2週間ほど経つと薬を飲むことが難しくなりました。そのため飼い主様に自宅で毎日NSAIDsの注射を指導、実施してもらいました。それでも痛みが抑えられない兆候が認められたため、強力な鎮痛剤であるフェンタニルの貼付パッチを併用して疼痛緩和を行いました。全身状態はやや改善したものの、しばらくして亡くなりました。

 

 

 

  ニコニコ コメント

 

ここまでガンの痛みについて書いてきましたが、この記事を書こうと思ったきっかけがあります。

ある動物が膝に腫瘍ができて来院しました。明らかに痛みが生じているという先生の判断でNSAIDsの飲み薬を処方しましたが、飼い主さんはごはんを食べているから痛くない、大丈夫という判断をし、薬を飲ませていませんでした。

8ヶ月後、久しぶりに来院したその子の足は腫れあがり、触ると明らかに嫌がりました。3本足で歩いていました。それでも散歩は喜んで行き、元気・食欲もあるので足の痛みはあまりなさそうと飼い主様はお話ししていました。飼い主様は、体重は減少して毛つやも悪くなっていることに気が付いていませんでした。

 

この出来事があり、動物の感じる痛みに対して誤解があるのではないかと思いました。病院のスタッフから見れば明らかに痛みを感じているとわかるのですが、普段一緒に生活している飼い主様から見ると痛みがないように見えることもあるのです。先にも書きましたが急性の痛みの場合、動物は表情や行動で教えてくれますが、慢性の痛みは教えてくれません。飼い主様のことが大好きな子は心配をかけないように一生懸命痛みを隠しているかもしれません。動物が教えてくれないのならば、病気について知っている私たちスタッフが飼い主様に伝えなければならないと思いました。

 

強い痛みを我慢し続けると鎮痛薬が効かなくなり、痛みのコントロールが難しくなります。そのため痛みの治療はできるだけ早期に始めることが望ましいです。もしガンと診断された場合は獣医師に痛みを伴うガンなのか、確認することをお勧めします。

 

痛みを治療することは動物のQOLを上げるだけでなく、ガン治療に耐える体力を維持し、治療による副作用を抑えるためにも重要な役割を果たします。ガンと診断された方は不安だと思いますが、適切なタイミングで痛みの治療ができるように、動物がだす些細なサインを見逃さないようにしましょう。そして今、懸命にガンと戦っている動物・飼い主様がいると思います。薬がうまく飲めない場合は、自宅で注射をしたり、パッチを貼ることで疼痛緩和をすることができます。もしガンの痛みで悩んでいることがあればホームドクターに相談してください。

 

動物看護師 佐藤 縁

 

参考文献:・Small Animal Oncology 腫瘍性疾患の基礎と臨床 丸尾幸嗣監訳 interzoo 2011年

      ・伴侶動物治療指針Vol.6、Vol.9 石田卓夫監修 緑書房 2015年、2018年