SHOUT PIT -32ページ目

すべては体験記

よく死んだ時のことを考える。

よく夢にも見る。

 

 

今こうして意識がある世界。

周りを認識している時間。

 

それが僕は不思議でたまらない。

なんでそんなことが起こりえているのか理解ができない。

 

だから意識が永遠になくなる状況もまた想像がつかない。

意識を失っている時や寝ている時と同じだと思っていたが、

なんだかんだあの時は意識があるのだと思う。

どんな感覚か想像がつくからだ。

 

 

永遠に意識がない状況とはどういう感じだろう。

それがわからないから死に恐怖を感じる。

 

 

それこそ地獄のように、永遠に苦を味わうのはつらい。

でも、もしかしたら、それと似た感覚なのかもしれない。

もし、この世に彷徨うのだったら、それは地獄だ。

 

 

でもきっと何もなくなるのだろう。

物理的に考えれば思考が働く媒体がないのだから。

何もなくなるのが普通だ。

 

 

何もなくなるとはどういう感じだろう。

生まれる前のことは覚えている筈がない。

なかったのだから。

 

何もなかったところに僕の意識が生まれた。

 

 

変な話だ。

 

 

何もなかったところから出てきた。

それが溜まらなく不思議で怖い。

 

 

怖くて、怖くて、自然に返したくなる。

でも、その先を見るのも怖い。

 

 

怖い。

 

 

意識とはなんだろう。

記憶と性格が一致していれば自分は自分と認識せざるを得ないが、
性格なんてものは環境と体調やなんかで変わってしまうものだ。

じゃあ意識の個人を決めるものは記憶なのだろうか。
でも人は忘れていくものだ。

記憶喪失で性格が変わった人は別の意識なのだろうか。
いまいちそうは思えない。

では意識は身体に付くものなのだろうか。
この世界を見ている主観である僕はどうしたら僕の目でなくなるのだろうか。


その時、その意識は、僕が認識しているという実感はないのだろうか。



何故共有できないのだろうか。
何故複数あるのだろうか。
何故意識は存在するのだろうか。
どうして意識は生まれたのだろうか。


仮死状態になるとその感覚が少しでも体験できるのだろうか。
仮死状態とはやはり意識を失っている状態とは違うのだろうか。
それとも結局同じようなものなのだろうか。


生まれ変わりがあるとすれば、
目を閉じて開けたら記憶がなくなって新たな意識になっているという
感じだろうとは想像が付く。

しかし、生まれ変わりがあるかはわからない。
あるとしたらこの自然界で意識を持つ生物の数が
ある程度同じでないとおかしいと思ってしまう。

それにそんな話が地球上だけで回っているのも変な話だ。
生物とは一体どういうものなのか。


何故存在したのだろうか。
どうしてそうなってしまったのだろうか。

DNAを残す為に進化をしていく。
何故そうなったのだろうか。

物質は安定を求めて崩壊結合をしていくけれど、
一体どうしてその過程で生物が生まれたのだろうか。



偶然、奇跡と呼べばそれまでだ。
実際そうかもしれないし、今はまだ何も証明しようがない。

もしかしたらこの奇跡はとても幸運なことで、
いや実際かなり低い確率で手に入れたものかもしれない、
漸く手に入れた人生なのかもしれない。

大事にした方がいいとは思う。



早朝の匂いが好きだ。雨が降っていたら尚良い。
鳥が遠くで鳴いていて、時々エンジン音がする。
仄暗くて薄青い世界から冷たくて湿気た風が流れて来る。
誰もいないコンクリートの道。草の呼気の匂い。

これを感じられただけで僕の人生は完成しているんだ。
意識がなかったらどれも感じられなかった。
だから、生には感謝はしているんだ。



この世界を生み出したすべてのものに。感謝しているんだ。



もう生まれた甲斐というものは手に入れている。
後、憂うことなんて死後、
自分の死体が蹴り潰されてやしないかとかそんな話だ。
つまらない話だ。

死んだ後の感覚にも大いに興味があるけれど、
きっと記す方法がないから非常に残念だ。
せめて伝える方法があれば、死後の世界がどんなところだろうと
もっと楽しい現象になっただろうに。


こんなに怖くて未知の世界でワクワクするのに、
何も記せないなんて恐怖以外の何者でもない。



せめて生きて記せる内は、
どんな感覚を覚えたのか満足するまで書いていたい。

楽に

僕は強要をされるのが苦手だ。

特にタイムリミットをちらつかされるものは余計に苦手だ。

 

例えば若い内にしかできないからオシャレしろとか。

若い内にしっかりパコれとか。

 

自分でも神経質だと思うが嫌悪感はどうしようもない。

というか後者に至ってはセクハラだとさえ思う。

だが、実際、母親に数年言い続けられていることだ。

 

 

その度に僕はそういった話は苦手なので止めて欲しいと懇願する。

 

だがその度に

「初めて聞いた」

「急にキレる」

「私が何を言っても不愉快なんでしょ」

と何の解決にもならない御託を並べ始める。

 

 

ふと、疑問に思う。

 

嫌だと思ったことを嫌だと言うことは間違っているのだろうか。

もしかしてそれは許されていない行為だったのだろうか。

 

勿論僕は最初に嫌だと言う時にキレてはいないし、

極力穏やかに言っているつもりだ。

当たり前だが今日初めて言ったことでもない。

そしてどの話が苦手か具体的に例を挙げている。

 

そうまでして理不尽に「虐め」と称されるならば、

きっとそれは僕の権利がないからだろう。

 

それを知らないことが僕の罪だったのだろう。

 

ただ、弁明するならそれこそ現時点でも騙され続けている。

僕にそんな権利がないということは誰も言ってはくれないのだ。

言ったら問題にされてしまうからだろう。

 

だが、実際僕には嫌なことを主張する権利さえ認められていない。

覚える気もなければその場で気を付ける必要さえ感じられない程度だ。

ならばいっそのこと非人なのだとそう言えばいいのに。

身の程を弁えさせた方が良いに決まっているのに。

知らないルールにはすぐに従えないだろう。

 

 

僕が間違っているなら納得するように教えてほしい。

要領が悪くて本当に死んでしまいたいくらい申し訳ないけれど。

 

でなければ僕の人生はずっとそうだろう。

母親が正しいのであれば誰とだって僕はそのやりとりをすることになる。

 

 

しかし僕は外で言われることは

「ハッキリと自分を主張しろ」ということだ。

 

 

もうどうしたらいいかわからなくなる。

 

要するに人が求めるような人格を形成してその仮面の自分を

あたかも本当の自分のように主張して振る舞えということだろうか?

なんて偉業を求められているのだろう。

人が凄過ぎて僕には到底真似できない。

 

でも確かに、できたらとてもいい人だろうなぁ。

僕である必要なんてさらさらないが、

僕が生きたいと思うなら物理的には生きられるのだからいいんだろう。

 

 

そんな生に何の価値も感じない僕もまた罪人なのだろう。

 

 

僕は僕が僕であることを失いたくない。

それが僕の生なのだと思う。

 

しかし同時に物理的な生にしがみつく為に

僕は僕を失わなければならなかった。

 

母親はあたかも昨日会った人のように

「言うことを聞かなければいいじゃない」という。

普段は「私の言うことさえ聞いていれば」というのだがそれは別の話。

 

付き合いこそ途中からとはいえ、

子供の頃は言うことを聞くしか生きる道がなかったのに、

聞いてたら怒られるとはどういうことなのだろうか。

 

禅問答か何かなのだろうか。

僕は坊主になった覚えがなかった。

 

 

母親と仲良くしなければという僕の使命は、

一度も達成できないままに気付けば何故それをしなければ

ならないのかわからない年齢になっていた。

 

僕が僕であることをもっと諦められていたら、

彼女の思う理想の人間にもっと近づけていたら、

もっと仲良くできただろうか。

 

僕が僕でさえなければ。

僕なんかが僕でさえなければ。

 

 

僕とはなんだ。

何の価値があるのだ。

 

何の為に存在するのだ。

 

 

僕とはなんだ。

 

 

僕というものを探したら、母親が離れてしまうのなら。

僕とはなんだ。

 

 

僕なんていらないじゃないか。

僕の体が生きる為に、僕が邪魔じゃないか。

 

 

生きる為に僕を抹消するべきじゃないか。

でなければ生きられないじゃないか。

 

体だけの生に何の価値がある。

僕の生に何の価値がある。

 

 

僕がつらい思いをする価値がどこにある。

 


楽になりたいだけなんだ。

同志よ

母親が「空間が私を虐めている」と言うから

いつかの救急隊員の「こちらが虐めてるみたいじゃないですか」

という言葉を思い出していた。

 

 

それが母親の巧妙なやり口である。

最後には自分が加害者にされている。

 

でも僕はその救急隊員の言葉を今も大事に持っている。

僕を救ってくれた一つの掛替えのない言葉だから。

 

 

でも救急隊員の人と違って僕は本当に加害者だから悲しい。

ただ、生まれなければよかっただけなのだから。

それだけですべてが解決したのだから。

 

でもその罪悪感を少しでも救ってくれた。

救急隊員に感謝している。

 

 

束の間の安寧をありがとう。
そしてごめんなさい。

一時でも加害者にされて。
さぞ不愉快だったことだろう。
本当に。僕は。何も言えずに。

申し訳なかった。

強欲

昔から僕には二面性があった。

正確には常に二つの分岐に悩む優柔不断な人間だった。

 

 

昼と夜が好きで。

冒険と引き蘢りが好きで。

平穏と恐怖が好きだった。

 

 

いつもどちらも選べなかった。

だからいつも「何がしたいんだ」と怒られた。

 

僕は強欲だった。

どちらも好きだった。どちらも欲しかった。

 

男でいたかった。女でいたかった。

子供でいたかった。大人でいたかった。

父が欲しかった。母が欲しかった。

 

 

死にたいし生きたい。

 

 

僕は全部手に入れられると思っていた。

だってどれもこの世に存在するのだから。

全部手に入れられる筈なんだ。

 


僕が悪いのは、
全部手に入らないなら、

全部いらなくなってしまうことなんだと思う。

さよなら低能

僕は無力で。

 

喧嘩も暴力も止められないただ無力な生き物で。

 

誰一人癒せず期待を裏切ってばかりの死に損ない。

 

 

死ぬことでさえ誰も喜ばない。

 

何をしても誰も嬉しくない。悲しくもない。

 

どうでもいい。

 

何をしても迷惑な存在。

 

 

期待を掛けても、蔑んでも、何の価値も得られない無能。

 

 

 

母の若さを奪った。

 

父の期待を裏切った。

 

祖母を悲しませた。

 

祖父の金を奪った。

 

弟の尊厳を傷付けた。

 

友人には恩も返せなかった。

 

 

 

それを思っても尚、何もできない何の価値もない肉片。

 

食べて栄養にしてもらえればよかったけれど、

半端に人間だった故にそれも叶わない。

 

 

できないことが多過ぎた。

やれないことが多過ぎた。

 

 

 

 

誰にも望まれない。

 

誰も気にしない。

 

 

いたことさえ、忘れられていく。

 

 

 

せめて、それが癒しになればいい。

 

無かったことになればいい。

 

 

 

結局何もできなかった。

 

結局誰も救えなかった。

 

自分さえ僕は救えなかった。

 

 

無力、無能、無価値。

 

 

きっとそれさえ、世間体的に否定されるのは目に見えている。

己が体裁を守る為に、私を愚かと罵る人がいるだろう。

 

 

それで彼らが救われるなら本望。

 

僕には何も無い。

 

 

 

僕は、母親が欲しかっただけなのだけど。

あまりにも無力過ぎた。