手袋をなくして、いつも何気なくしていたその温かさのありがたみを知る
カバンが壊れて、いつも当たり前に持ち運びができていたことのありがたみを知る
車が故障して、普段何の滞りもなく移動ができていたことのありがたみを知る
風邪を引いて、健康のありがたみを知る
ケガをして、万全だったことのありがたみを痛感する
職を失って、働けていたことの喜びを思い出す
視力を失って、目が見えることがどこれほどすばらしいことかに気づける
歩けなくなって、初めていつも通り手足を動かせていたことを感謝する
親が亡くなって、親からしてもらったことすべてに涙が込み上げてくる
・・・
誰しも大なり小なり、それまで当たり前にあった日常が実はとてもありがたく、
とても幸せなことだったんだと改めて気づける場面はあることと思います、、
ではここで、少し掘り下げて観たとき、、
「失って」そのことのありがたみやそれまでの「幸せ」に気づけるのだとしたら、、
「幸せ」の在りかは実は、、「失う前」にすでにあるものの中に「初めからある」と言うこともできるはずです、、
そう、私たちにとっての「幸せ」とは、「すでにある」ものの中に、、
「当たり前」という姿をしてその背後に隠されていると言うことができるのです、、
「幸せ」は、「当たり前」の中に、いつも私たちと共にある「すでにある」ものの中に、、
「失う前」にそのことに気づくことができたら、私たちはどれほど大きな幸せを享受できるでしょうか、、
「足りないもの」、「今にないもの」にばかり幸せを追い求め、「ない」という不幸に対して不平を言いふさぎ込むより、
「すでにある幸せ」を見つける生き方、視点へのシフトを意識してみると案外簡単に幸せになれたりするかもしれません、、
ま、と言うよりは、「幸せである私」への回帰というわけなのですが、、![]()




















