「税金があるから、学校や道路をつくることができる」

「医療や介護を支えるために、税金が必要だ」

私たちは、こうした説明を何度も聞いてきました。

 

では、税金は、私たちが公共サービスを買うための「代金」なのでしょうか。

 

所得税を多く納めた人ほど、道路をたくさん使えるわけではありません。税負担の少ない人が、消防に助けてもらえなくなるわけでもありません。

 

税を払うことと、自分が受けるサービスとの間には、買い物のような一対一の対応がありません。

 

それでは、税金は何のためにあるのでしょうか。

 

前回は、政府の赤字と、その反対側にある民間などの黒字について考えました。

 

今回は、そこからもう一歩進み、「政府が使うお金を集める」という説明だけでは見えない、税の役割を見ていきたいと思います。

税金は、払った分だけ受け取る料金ではありません

洋食店で1,000円の料理を注文すれば、代金を払い、その料理を受け取ります。

 

動画配信などの月額サービスも、料金とサービスを受ける権利が結びついています。

 

税金は、それとは違います。

 

たとえば、所得税を30万円納めたからといって、「私に30万円分の行政サービスをください」と請求できるわけではありません。

 

反対に、病気で仕事ができず税負担が少なくなった人にも、生活を支える仕組みは必要です。

 

私は、この違いを考えるとき、税を「個別の対価がないサブスク」のように感じることがあります。

 

もちろん、法律上の定義ではありません。本当のサブスクのように、契約するかどうかを自分で選び、いつでも解約できるものでもありません。

 

ここで言いたいのは、継続的な負担がありながら、一人ひとりの支払額と受益が直接対応していない、ということです。

 

個別の対価がないことと、社会から何の恩恵も受けていないことは、別です。

安全に暮らせること。教育を受けられること。災害のときに救助や復旧が行われること。

私たちは、個別の買い物では手に入らない仕組みにも支えられているのです。

昔の税は、お金を納めるものばかりではありませんでした

少しだけ、歴史にも目を向けてみましょう。

 

日本の歴史で学ぶ「租・庸・調」には、収穫物や布などを納めたり、労働で負担を引き受けたりする仕組みがありました。

 

今のように、銀行口座からお金を振り込む税ばかりではなかったのです。

 

「税」という字にも、穀物を表す「禾」が含まれています。ただし、文字の形から現代の税の役割を決めることはできません。

 

歴史から考える手がかりは、税が、単なる商品購入の料金とは異なる、社会と人々の間の負担の仕組みだったという点です。

 

では、現代の税は、経済の中で何をしているのでしょうか。

まず、「予算の財源」と「税の働き」を分けましょう

ここは、今回の話で特に大切なところです。

 

現在の日本の予算制度では、税収は歳入に計上され、政府支出を賄う財源として扱われています。

 

国債による収入なども歳入になり、法律や予算に従って支出が行われます。政府預金の資金繰りも必要です。

 

ですから、制度上の説明を無視して「税収は政府の支出と何の関係もない」と言うのは、正確ではありません。

一方、税について「政府が使うお金を集めるため」という説明も不正確で、その経済的な働きまでは分かりません。

 

予算の中で税収をどう扱うかという話と、税が社会や経済にどんな影響を与えるかという話を、分けて考えてみましょう。

前回の「口座の動き」を思い出してみます

政府が会社へ工事代金を支払えば、銀行や日本銀行の決済の仕組みを通じ、受取人の預金が増えます。

 

反対に、銀行口座から税金を納めれば、納税した人の預金が減り、政府側へ資金が移ります。

 

政府からの支払いは、民間の受取人が使えるお金を増やす。

納税は、納税者が使えるお金を減らす。

 

この違いが、税の働きを考える手がかりになります。

 

ただし、「口座の数字が動く」という点だけでは、政府と家計の違いを証明したことにはなりません。私たちの給料や家賃も、口座の記録で動くからです。

 

政府の特徴を考えるには、中央銀行、通貨制度、国債、法律や予算を含めて見る必要があります。

 

そのうえで、税によって使える所得が変わり、その変化が社会全体へ影響することに注目してみましょう。

① 所得や富の偏りを調整する

一つ目は、所得や富の偏りを調整する働きです。

専門的には「所得再分配」と呼ばれます。

 

所得税には、課税される所得の金額に応じて、段階的に高い税率を適用する仕組みがあります。

 

所得が増えたからといって、それまでの所得すべてに突然高い税率が掛かるわけではありません。一定の段階を超えた部分に、次の税率が適用される仕組みです。

 

相続税にも、資産の集中を調整する側面があります。

 

そして、税制と、社会保障や給付などの支出を組み合わせることで、税や給付がなかった場合とは、家計に残る所得の分布が変わります。

 

たとえば、働きたくても病気で働けない人がいます。子育てや介護のため、働ける時間が限られる人もいます。

 

収入の多い少ないだけで、必要な支えが受けられなくてよいのでしょうか。

 

誰にどの程度の負担を求め、誰にどのような支えを届けるか。税と支出は、社会のあり方に関わっています。

② 景気の揺れを和らげる

二つ目は、景気の変動を和らげる働きです。

 

景気が良くなり、給料や企業の利益が増えれば、所得税や法人税の負担は増える傾向があります。

その分、税がなかった場合と比べて、民間で使える所得の増加が抑えられます。

 

反対に、不況で所得や利益が減れば、それに応じた税負担も減る傾向があります。

収入が落ちたとき、税負担まで以前のままであれば、家計や経営はさらに苦しくなります。税負担も減ることで、その落ち込みを一部和らげるのです。

 

このように、税率をそのつど変えなくても景気の変動を和らげる働きを、ビルトインスタビライザー「自動安定化装置」と呼びます。

 

難しい言葉ですが、まずは、景気が良いときと悪いときで税負担が変わり、揺れを小さくする働き、と理解してください。

 

ただし、税の種類によって働き方は違います。

 

消費税は、所得税のように事業の最終的な利益に直接課税する税ではありません。赤字でも、取引に基づく計算で納付額が発生します。

 

「税」と一括りにせず、それぞれ何に課税し、どう負担が変わるかを見る必要があるのです。

③ 民間の「買う力」を調整する

三つ目は、商品やサービスを買う力を調整する働きです。

 

税金を払えば、その分、私たちが自由に使えるお金は減ります。

この「買う力」を、経済では購買力といいます。

 

減ると聞くと悪いことに感じるかもしれませんが、経済全体では、需要が強すぎる場合もあります。

 

たとえば、工場がフル稼働し、働く人も足りず、材料の供給にも限界があるとしましょう。

 

その状態で、買おうとする力だけがさらに増えれば、作れる量より注文が多くなり、結果、価格が上がりやすくなります。

 

課税によって購買力を抑えることには、こうした需要の過熱を和らげる面があるわけです。

 

一方、売れなくて困っているお店が多く、仕事や所得が不足しているときに、さらに購買力を削れば、景気を悪化させてしまいます。

 

税負担を増やすか減らすかは、経済がどのような状態にあるかと、合わせて考えなければなりません。

 

また、物価上昇の原因が、輸入する燃料や食料の値上がりにある場合もあります。

 

増税で家計の買う力を弱めても、海外の資源価格が元に戻るわけではありません。税の種類によっては、販売価格を直接押し上げる場合もあります。

 

「物価が上がったら、何でも増税すればよい」という話ではないのです。

④ 人や企業の行動に影響を与える

税には、人や企業の選択に影響する働きもあります。

 

たばこや酒、環境負荷に関わる課税には、価格や負担を通じて、消費や行動に影響する面があります。

 

反対に、設備投資や研究開発に税制上の優遇を設ければ、その取り組みを後押しすることができます。

 

同じ費用を掛ける場合でも、税負担がどう変わるかは、事業者の判断材料になります。

 

ただ、優遇を設ければ、必ず目的どおりの効果が出るとは限りません。

もともと予定されていた投資への優遇になっていないか。利用しやすい企業だけが恩恵を受けていないか。制度が複雑になりすぎていないか。

その効果まで確かめる必要があります。

 

税は、お金を集める仕組みであると同時に、人々の行動に関わる政策でもあります。

⑤ なぜ、私たちは「円」を必要とするのでしょうか

ここからは、貨幣そのものに関わる、もう一つの見方を紹介します。

 

日本で税金を納めるには、基本的に円建ての支払いが必要です。

納税する人は、そのために円を手に入れる必要があります。

 

この点に注目するのが、現代貨幣理論、いわゆるMMTなどの貨幣論です。

国家が、自分の定める通貨で税を納めるよう求めることが、その通貨を必要とする理由を生む。

納税義務は、通貨への需要を支える要因になる、という考え方です。

 

「MMT」という名前を覚えることが、今回の目的ではありません。

お金がなぜ社会で受け入れられるのかを考えるとき、納税の仕組みにも目を向ける。

そのような視点があることを、知っていただければと思います。

 

もちろん、私たちが円を使う理由は、税だけではありません。

給料や売買の契約が円で行われ、多くの人が円を受け取り、支払いの仕組みが整っていることも重要です。

 

納税をどこまで中心に置いて通貨を説明するかは、経済学の立場によって異なります。先ほどの所得再分配などと、すべて同じ性格の説明というわけではありません。

「税は財源ではない」という言葉を、どう受け止めるか

ここまで読むと、「では、税は財源ではないということなのか」と思われるかもしれません。

この言葉は、何を指しているかを確かめる必要があります。

 

現在の日本の予算制度では、税収は財源として扱われています。

 

一方、MMTなどでは、自国通貨を発行する国家の政府は、その通貨を使う家計や企業と同じ立場にはなく、課税は支出の元手を集めることとは異なる機能を持つ、と考えます。

 

ただし、その分析を、そのまま「今の政府は、法律や予算を無視して自由に支出できる」という意味に置き換えることはできません。

 

日本銀行による国債の直接引受けは、財政法第5条で原則禁止されています。予算や資金繰りの手続もあります。

 

また、この貨幣論を、自国通貨を発行しない地方自治体や、外国通貨で借金している主体に、そのまま当てはめることもできません。

 

「税は財源ではない」という問題提起は、税が不要だという話ではなく、政府の支出能力と税の役割を、家計の財布だけで理解してよいのか、という問いとして考えたいのです。

 

制度として何が行われているか。その制度の中で、税や支出がどのように働くか。そして、政策をどう選ぶか。

 

この三つを分けると、言葉の賛否だけで終わらず、もう少し先まで考えられます。

「財源がない」で、考えることを止めてよいのでしょうか

たとえば、修理を待つ橋があるとします。

 

工事を担う技術があり、必要な材料も手配できる。働ける人もいる。

それでも、「財源がないからできません」という言葉で終わってしまう。

 

そこで、もう一歩考えてみたいのです。

 

その工事は、暮らしの安全にどれほど必要なのか。今やらないことで、将来の被害や修理費は増えないか。ほかの事業との優先順位はどうか。

 

税収だけでなく国債なども含め、制度上どんな選択が可能なのか。

 

そして、その支出は、働く人の所得や地域の仕事を、どのように支えるのか。

 

前回見たように、政府の支出は、誰かの収入につながります。

 

財政を見るときには、政府の帳簿の片側だけでなく、その反対側にある暮らしも見る必要があります。

 

ただし、別の地域で失業者がいるというだけで、すぐその工事を担えるとは限りません。技能や場所、必要な準備も確かめなければなりません。

 

「お金がない」という一言で終わらせず、必要性と実行できる条件を具体的に調べる。その姿勢が大切だと思います。

反対に、人も物も足りないときは

今度は、工事会社が仕事を抱えきれず、技術者も資材も不足している場合です。

 

政府が「お金なら出せる」と言っても、工事をすぐ増やせるとは限りません。

同じ人や材料を、政府と民間が取り合えば、価格が上がったり、ほかの工事が遅れたりすることもあります。

 

この場合は、事業を行う時期や優先順位を考えるとともに、人を育て、設備や調達の体制を整えることが必要です。

 

支払うお金を用意できることと、必要な仕事を実際に行えることは、同じではありません。

 

ここで重要になるのが、「供給能力」です。

次の世代へ残す、暮らしを支える力

供給能力とは、私たちに必要なものを、実際に作り、届ける力です。

 

食料を作る農業。機械を作る工場。荷物を運ぶ物流。電気を供給する設備。医療や介護を担う人。

 

それらは、必要になった翌日に、突然そろうものではありません。

お金の数字を増やしても、米そのものを印刷することはできません。医師や看護師が、一晩で育つわけでもありません。

 

しかし、だからこそ、必要な投資を先送りしないことも大切です。

 

設備を更新し、人を育て、仕事を続けられる環境を整える。それが、将来の供給能力を支えます。

 

税や財政を考えるときには、「今年の数字がどうなったか」とともに、次の世代へ、どんな暮らしを支える力を残せるかも見たいと思います。

税の必要性と、個々の税制の良し悪しは別です

税に重要な役割があるからといって、どの税も、どのような取り方でもよいということにはなりません。

 

誰の所得を減らすのか。どんな行動に影響するのか。不況のときに負担を重くしていないか。必要な投資や雇用を妨げていないか。

 

一つひとつの税制について、問う必要があります。

 

「社会を支えるために必要です」という説明だけで、その税の取り方まで正当化されたことにはならないのです。

 

これまで考えてきた消費税についても、同じです。

 

税率だけでなく、納税の仕組み、価格への影響、家計や事業者に届く負担まで見て、判断したいと思います。

「何のために、誰が負担するのか」を考えたい

税金は、払った額と同じ分だけサービスを受け取る、商品の代金ではありません。

 

現在の制度では政府の財源として扱われながら、所得の分布、景気、購買力、人や企業の行動にも影響しています。

 

貨幣論からは、通貨への需要を支える役割に注目する見方もあります。

 

だから私は、税を「政府が使うお金を集める」という一つの説明だけに閉じ込めず、社会と経済を調整する仕組みとして考えたいのです。

 

大切なのは、税があるかないかという言葉の争いだけではありません。

 

何のために、誰が、どのように負担するのか。

その結果、私たちの暮らしと、この国の将来はどう変わるのか。

そこまで、一緒に考えていきたいと思います。

次回は、国債と「将来世代へのツケ」を考えます

政府が国債を発行すると、「子どもや孫に借金を残す」と説明されることがあります。

 

しかし、国債には、保有者の金融資産という反対側があります。

 

そして、今の世代が整えた橋や学校、上下水道、技術、産業も、将来へ残ります。

では、私たちが本当に次の世代へ残すものは、何なのでしょうか。

 

次回は、借金の数字とともに、未来へ受け継ぐ資産や供給能力にも目を向けて考えます。


前回の記事:
政府の赤字、その反対側には何があるのでしょうか【日本経済を考える④】

関連するnote:
税金は、何のためにあるのか――「財源」という言葉から離れて考える

「日本文明ブログ」では、火曜日に歴史・文明、金曜日に経済について、基礎から一緒に考えていきます。

参考資料:

 

 

食卓に、ご飯とおかずが並びます。

箸を持つ前に、ひと言。

「いただきます」

 

子どもの頃から口にしてきた、身近な言葉ですね。

けれども、私たちはこの言葉を、誰に向けて言っているのでしょうか。

 

料理を作ってくれた人でしょうか。
食材を育てた人でしょうか。
それとも、目の前の食べ物そのものでしょうか。

 

今回は、毎日の食事から、日本の暮らしの中にある感謝の気持ちを考えてみたいと思います。

 

一杯のご飯が届くまで

 

目の前に、一杯のご飯があります。

お腹が空いていれば、あっという間に食べ終わってしまうかもしれません。

 

しかし、そのお米が食卓へ届くまでには、長い時間と、多くの仕事があります。

田んぼを整える。


苗を育てる。
水を管理する。
稲の様子を見守り、収穫する。

 

その後も、保管し、精米し、運び、販売する人がいます。そして、誰かがお米を研ぎ、ご飯を炊いてくれます。

 

家で炊いたご飯にも、お店のおにぎりにも、その先には人の仕事があります。

食べ物を受け取ることは、見えないところにいる人々の働きを受け取ることでもあるのですね。

 

食べ物は、もともと生きていた

 

もう一つ、忘れたくないことがあります。

 

お米は、田んぼで育った稲の実です。
野菜も、畑で育った植物です。
魚や肉も、生きていた命に由来します。

 

私たちの食事は、自然の中で育まれた命に支えられています。

農林水産省の食育資料でも、「いただきます」や「ごちそうさま」は、食べ物の命、自然、食に関わる人々への感謝を表す言葉として説明されています。

 

私たちは、自分だけの力で生きているわけではありません。

そのことに、食事の前の短いひと言が気づかせてくれるのではないでしょうか。

 

神への祈りと、「いただきます」

 

食事の前に感謝を表す習慣は、日本だけのものではありません。

例えば、キリスト教には、食べ物を神からの恵みとして受け取り、神に感謝と祝福を求める食前の祈りがあります。

 

もちろん、西洋のすべての人が同じ祈りを捧げるわけではありません。信仰や家庭によって習慣は異なります。

 

一方、日本語の「いただきます」は、その言葉だけでは、誰に向けているのかを明示していません。

 

食べ物となった命。
自然の恵み。
育て、運び、料理してくれた人々。

 

私たちは、そのつながりに思いを向けながら、この言葉を口にしています。

 

神を明確な呼びかけの相手とする祈りと、感謝の相手を言葉の中で限定しない「いただきます」。

 

ここに、感謝の表し方の違いが見えますね。

 

ただし、神への感謝だから、自然や人への感謝がないということではありません。

カトリックの教えにも、食前の祈りを通じて、自然の恵みや食事を支える人々の働きに感謝するという説明があります。

 

違いを知ることは、優劣をつけることではありません。

食事を当たり前のものとせず、自分を支える存在に感謝する。その共通する心を確かめながら、私は、身近な「いただきます」という言葉の豊かさを、改めて大切にしたいと思います。

 

縄文の食卓を想像してみる

 

ここで、これまで見てきた縄文の暮らしを思い出してみましょう。

 

三内丸山遺跡からは、クリやクルミなどの木の実、果実、魚や動物の骨などが見つかっています。

 

縄文の人々は、森や川、海から、さまざまな食べ物を得ていました。

現代のように、商品が棚に並ぶスーパーはありません。

 

食べ物を探し、採り、運び、食べられるように手を加える。その一つひとつが、暮らしの中にあったのでしょう。

 

もちろん、当時の人々が食事の前に何と言っていたのかは分かりません。「いただきます」という今の言葉が、そのまま縄文時代から続いているというわけではないでしょう。

 

それでも私は、縄文の暮らしを考えることで、食べ物を得ることと、自分の命をつなぐことが、すぐ隣り合っていた生活を想像できます。

 

「いただきます」という感覚は、縄文の暮らしの中にあったと、私は思っています。

 

そこから、自然の恵みに支えられて生きるという感覚を、今の私たちも学べるのではないでしょうか。

 

便利になったからこそ、思い浮かべたいこと

 

今は、魚が切り身になり、肉がパックに入り、お弁当がすぐに買える時代です。

忙しい毎日を支える、大切な便利さです。

 

一方で、食べ物が育った場所や、食卓へ届くまでの仕事は、見えにくくなりました。

 

値段や味は、買うときに確かめられます。

しかし、それを作った人の苦労や、材料となった生き物の姿が、包装に書かれているわけではありません。

 

だからこそ、食べる前に、ほんの少し思い浮かべてみる。

 

「このお米は、どこで育ったのだろう」
「この魚を、とってきた人がいるんだね」
「今日もご飯を用意してくれて、ありがとう」

 

難しい説明でなくても、食卓から伝えられることがあります。

 

「もったいない」を、暮らしの工夫へ

 

食べ物への感謝は、言葉にするだけでなく、日々の行動にもつなげられます。

 

食べられる量を考えて買う。
保存の方法を工夫する。
残った食材を、次の料理に使う。

 

そうした小さな工夫も、食べ物と、それに関わった人々の仕事を大切にすることになります。

 

ただし、感謝することは、無理に食べることではありません。

体調やアレルギー、食べられる量には、一人ひとり違いがあります。大切なのは、できる範囲で、食べ物を無駄にしない方法を考えることだと思います。

 

「もったいない」を、暮らしの知恵として将来に渡していきたいですね。

 

食卓から受け継げるものがある

 

歴史や文明というと、大きな建物や、昔の人物を思い浮かべるかもしれません。

けれども、私たちが毎日使う言葉や、身近な習慣も、文化の一部です。

 

自然の恵みに感謝する。
食べ物を用意してくれた人に感謝する。
自分の暮らしが、多くの命と仕事に支えられていると知る。

 

私は、こうした感覚を、子どもたちへ手渡していきたいと思っています。

 

「いただきます」は、誰に向けた言葉なのでしょうか。

その答えを一つに決める前に、今日の食卓へつながる命や、人々の姿を思い浮かべてみる。

 

いつものご飯が、少し違って見えるかもしれません。

食事の前の、ほんのひと呼吸。
「いただきます」は、そのつながりに気づく時間をつくってくれる言葉なのだと思います。

 

さらに詳しく読みたい方へ

 

note「日本文明ノート」では、「いただきます」という言葉と、日本人の自然観・生命観について、さらに考えています。

 

▶ なぜ日本人は、食べる前に「いただきます」と言うのか――命を受け取る日本人の感覚

 

このブログでは、火曜日に歴史・文明、金曜日に経済について、身近なところから順に考えていきます。

 

参考資料

農林水産省「食べ物は、自然や生き物のめぐみ」

三内丸山遺跡縄文デジタルアーカイブ「有機質出土品」

米国カトリック司教協議会『成人のためのカトリック教理書』食前の祈り(英語)

教皇フランシスコ 回勅『ラウダート・シ』第227項(英語)

 

 

「国の借金が増えて、大変なことになっている」

何度も聞いてきた言葉ですね。

 

借金と聞くと、不安になるのは当然です。私たちの家庭でも、借入れが増えれば返済を心配します。

 

しかし、ここで一つ、考えてみてください。

 

政府の負債には、その反対側に、誰かの資産があるのではないでしょうか。

 

前の記事では、銀行の融資によって預金と借金が同時に生まれる仕組みを見ました。

今回は、その「反対側を見る」という視点から、政府の赤字と、私たちのお金の関係を考えます。

国債は、誰かが持っている資産です

国債とは、政府がお金を借りる際に発行する証券です。

 

政府には、定められた条件に従って利子や元本を支払う義務があります。

 

一方、国債を持つ人や金融機関には、その支払いを受ける権利があります。

 

政府には負債。保有する側には金融資産。

同じ国債を、両側から見ているのです。

 

銀行預金も同じです。

私たちにとっては使えるお金という資産ですが、銀行にとっては、引き出しや振込に応じる義務のある負債です。

 

国債や預金のような金融資産・負債は、一方の帳簿だけを見ていては、全体像が分かりません。

 

なお、土地や機械のような実物の資産まで、必ず誰かの負債だという意味ではありません。ここでは、お金を受け取る権利と、支払う義務の関係を見ています。

「借金がある」という事実と、政策の評価は別です

反対側に資産があるからといって、政府の返済義務が消えるわけではありません。

また、国債を持っていない人の生活まで、自動的に豊かになるわけでもありません。

 

ただ、負債の数字だけを示し、その分だけ社会全体が貧しくなったかのように説明するのも、間違っていると思います。

 

誰が資産を持ち、政府の支出は誰に届いたのか。

そこまで見て、財政を考える必要があります。

政府にも、お金を受け払いする口座があります

政府のお金の動きを理解するため、三つの口座を分けてみましょう。

 

一つ目は、私たち個人や企業が、民間銀行に持つ預金口座です。

二つ目は、銀行が日本銀行に持つ「日銀当座預金」です。銀行同士の決済などに使います。

三つ目は、政府が日本銀行に持つ「政府預金」です。税金の受け入れや、年金、公共事業費などの支払いに使われます。

 

どれも円で表示されますが、同じ口座ではありません。

ここを分けると、政府と民間の間で、何が起きているかを追いやすくなります。

政府が100万円を支払うと、何が増えるのでしょうか

政府が、橋を修理した会社へ、代金100万円を振り込むとします。

 

会社は、A銀行に口座を持っているとしましょう。

説明を簡単にすると、支払いに伴って、次のように動きます。

 

口座 残高の変化
政府の政府預金 100万円減る
A銀行の日銀当座預金 100万円増える
会社の銀行預金 100万円増える

 

会社から見れば、自分の口座へ100万円が入ったことになります。

銀行から見れば、日銀当座預金という資産と、会社への預金債務が増えます。

 

ここで、A銀行の日銀当座預金100万円と、会社の預金100万円を足し、「会社が使えるお金が200万円増えた」と考えてはいけません。

 

銀行自身の口座と、会社の口座を分けて見る必要があるのです。

政府の支払いは、会社の売上になり、そこから材料代や働く人の給料へつながっていきます。

税金を払うと、反対方向に動きます

今度は、ある人がA銀行の口座から国税10万円を納める場合です。

単純化すると、次のようになります。

 

口座 残高の変化
納税する人の銀行預金 10万円減る
A銀行の日銀当座預金 10万円減る
政府の政府預金 10万円増える

 

政府支出と逆の動きですね。

 

政府からの支払いでは、受取人の預金が増える。

納税では、納税する人の預金が減る。

 

これは、支出や納税という個々の決済を取り出して見た場合の動きです。経済全体の預金の増減を考えるときには、国債発行や融資、返済など、ほかの取引も合わせて見ます。

口座の動きと、予算の制度を区別しましょう

ここで気をつけたいのは、口座の数字が動くという説明だけで、「税収や資金繰りは関係ない」とは言えないことです。

 

日本の現在の制度では、政府は法律や予算に基づいて支出し、税収や国債収入などを歳入に計上しています。政府預金の資金繰りも必要です。

 

また、日本銀行が政府から国債を直接引き受けることは、財政法第5条により原則として禁止されています。日本銀行が市場で流通する国債を買うこととは、区別が必要です。

 

私たちの給料の振込も口座の記録で行われますが、だからといって勤務先に支払いの準備が不要になるわけではありません。

同じように、政府支出の決済の仕組みと、政府が支出するための制度上の手続は、分けて理解する必要があります。

 

そのうえで、政府は中央銀行や通貨制度の中にあり、家計と全く同じ条件で活動しているわけでもない。この違いを、順番に考えることが大切です。

銀行が国債を買うと、資産の形が変わります

では、国債の発行はどう関係するのでしょうか。

 

ここでは、銀行が新しく発行された国債100万円分を買う例を考えます。

 

銀行は、日銀当座預金で代金を支払います。銀行の日銀当座預金が減り、政府預金が増えます。

その代わり、銀行には国債という金融資産が増えます。

 

銀行から見れば、日銀当座預金という資産が、国債という資産へ替わるのです。

 

この段階で、銀行の顧客の預金が、購入額だけ必ず減るわけではありません。

その後、政府が100万円を会社へ支払えば、先ほどのように、受取人の預金と銀行の日銀当座預金が増えます。

 

一方、個人や企業が国債を買う場合には、購入者の預金が減り、その代わりに国債が増えます。

 

誰が買うかによって途中の動きは違いますが、預金だけでなく、国債を含む金融資産全体を見ることが重要です。

「誰かの赤字は、誰かの黒字」とは、どういう意味でしょうか

次に、一定期間のお金の出入りを見てみましょう。

 

ここでいう赤字・黒字は、会社の利益や損失そのものではありません。経済の各部門で、金融資産の取得と負債の増加の差として表れる「資金過不足」を考えます。

 

たとえば、スーパーで1,000円使ったからといって、買った人が1,000円の損失、お店が1,000円の利益になったとは言えません。

 

買った人には商品があり、お店には仕入れの費用があるからです。

一回の支払いと、一定期間の部門全体の収支は、区別しましょう。

 

そのうえで、政府、国内の民間、海外の収支を合わせて見ると、ある部門の資金不足には、ほかの部門の資金余剰が対応します。

 

これが、ここでいう**「誰かの赤字は、誰かの黒字」**という意味です。

政府の赤字70万円は、反対側ではどう見えるでしょうか

ここでは、海外との取引や、ほかの収支を省き、「政府」と「国内の民間」だけの社会を考えます。

 

政府が民間へ100万円を支払い、同じ期間に税金を30万円受け取ったとします。

 

部門 受け取る額 支払う額 差し引き
政府 30万円 100万円 70万円の赤字
民間全体 100万円 30万円 70万円の黒字

 

政府から支払われた100万円は、消えてしまったわけではありません。民間が受け取っています。

そこから30万円を税として払えば、差し引き70万円が民間側に残ります。

 

国債発行で政府の赤字を賄う場合も、国債購入を単なる費用と混同しないことが大切です。購入者は代金を支払う一方、国債という資産を受け取っています。

 

政府の赤字70万円と、民間全体の黒字70万円は、この条件では同じ関係を両側から見たものです。

政府が黒字になれば、暮らしも良くなるのでしょうか

今度は、同じ条件で、政府が30万円を支払い、税金を100万円受け取ったとしましょう。

 

政府は70万円の黒字です。

しかし、民間側は、受け取った額より政府へ払った額が70万円多い状態です。

 

政府の帳簿だけを見れば、良くなったように見えるかもしれません。

でも、その反対側では、民間全体の収支が悪化しています。

 

「政府の赤字を減らす」という目標を考えるなら、そのための増税や支出削減が、家計や企業にどう影響するかも見る必要があります。

 

なお、税収が景気の回復によって増える場合など、政府収支が改善する経緯はさまざまです。赤字幅の変化だけで、政策の原因や効果まで決めつけることはできません。

現実には、海外との収支もあります

実際の日本には、輸出入や海外への投資などがあります。

そのため、厳密には、政府の赤字に対応するのは、国内民間と海外を合わせた側の黒字です。

 

国内民間の黒字は、政府の赤字だけでなく、海外との収支によっても変わります。

日本銀行の資金循環統計も、家計、企業、政府、海外などの金融取引や資産・負債を記録しています。

 

また、民間全体が黒字でも、一人ひとりの暮らしが同じように良くなるわけではありません。

 

特定の企業に収入が集中することも、生活が苦しい家庭が残ることもあります。

全体としていくら残ったかと、誰に届いたかは、どちらも大切です。

財政で守るべきものは、何でしょうか

私が疑問に思うのは、政府の負債ばかりを示し、その反対側にある資産や、支出で支えられる暮らしを見ないことです。

 

橋を修理すれば、安全に渡れるようになります。

医療を支えれば、必要な人が治療を受けられます。

教育や設備に投資すれば、将来の仕事を担う人や、生産する力を育てられます。

 

必要な支出を控えた結果、設備が老朽化し、人材が育たず、事業を続ける人が減ったらどうでしょうか。

 

将来へ残すものは、借金の数字だけではありません。

 

食料を作る力。電気を安定して届ける力。災害から復旧する力。病気の人を診る力。

こうした供給能力を、次の世代へ残せるかどうかも、財政の大切な問題です。

お金だけでは、必要なものを作れません

もちろん、支出を増やせば、いつでも問題が解決するわけではありません。

 

働く人や材料が不足しているときに、購入しようとする力だけが増えれば、物価が上がることがあります。

輸入する資源の価格や、為替の変化も、暮らしに影響します。

 

だから、支出の目的、使う時期、届く相手、物価や生産への影響を確かめる必要があります。

 

私は、赤字という言葉だけで支出を否定することにも、その反対に、使い道を問わず支出を肯定することにも、賛成できません。

 

問うべきなのは、その政策によって、人々の暮らしを支える力が育つのかどうかだと思います。

片側の帳簿から、経済全体へ

政府の負債には、保有者の金融資産という反対側があります。

政府の赤字にも、ほかの部門の黒字という反対側があります。

 

「国の借金が増えた」と聞いたら、その資産を誰が持っているのかを考える。

「政府の支出を減らそう」と言われたら、その支出を収入として受け取っていた人のことも考える。

 

経済はつながっています。

 

政府の帳簿だけでなく、その先にある商売や仕事、暮らしまで見て、日本の財政を考えていきたいと思います。

 

次回は、この仕組みを踏まえ、「税金は何のためにあるのか」という問いに進みます。

 

税には、所得の再分配や、景気・物価、特定の行動への影響など、さまざまな面があります。政府の予算で税収を歳入に計上することと、貨幣の仕組みや税の機能をどう考えるかを分け、丁寧に見ていきたいと思います。

 

前の記事:
銀行から借りたお金は、どこから来るのでしょうか【日本経済を考える③】

関連するnote:
政府は、税金を集めてから使っているのか――政府支出・税・国債を「口座の動き」から見る

参考資料:

 

 

朝、顔を洗う。
お米を研ぐ。
喉が渇けば、水を飲む。

 

私たちは毎日、何度も水を使っています。

蛇口をひねれば水が出る。それが当たり前になっていると、水がどこから来て、誰に支えられて届いているのかを、忘れがちになりますね。

 

今回は、この身近な水を通して、日本の暮らしと文明について考えてみたいと思います。

 

森と川に支えられた縄文の暮らし

 

縄文の人々は、狩りや漁、木の実などの採集を組み合わせて暮らしていました。

森で食べ物を集め、川や海で魚や貝を得る。その営みは、季節や土地の環境と深く結びついていました。

 

北海道・北東北の縄文遺跡群は、環境の変化に適応しながら、長く続いた定住生活の姿を伝えています。

 

ただし、縄文の人々が、いつでも自然に手を加えず暮らしていたわけではありません。時代や地域によって、暮らし方にも違いがありました。

 

それでも、食べ物を得る場所が失われれば、暮らしを続けられないという関係は変わりません。

 

私は、縄文の暮らしを考えるとき、目の前の恵みを得ることと、その恵みが続く環境を守ることを、一緒に見つめたいと思っています。

 

水は、体だけでなく心も整える

 

神社へお参りするとき、手水で手や口を清めることがあります。

この手水は、水によって身を清める「禊」を簡略化したものとされています。

 

日常の手洗いと、神社での清めは、目的も歴史も同じではありません。しかし、水に触れることで、気持ちが切り替わる感覚には、心当たりのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

冷たい水で顔を洗う。
温かい湯に浸かり、息をつく。
川の流れを眺め、気持ちを落ち着かせる。

 

水は生活に必要な物質であると同時に、私たちの心にも関わる存在です。

 

昔の人々も、水の恵みと力を、日々の暮らしの中で感じていたのだと思います。

 

「せせらぎ」という言葉に耳を澄ます

 

川の音を、私たちは「せせらぎ」と呼びます。

雨にも、「しとしと」「ぽつぽつ」「ざあざあ」と、さまざまな表現があります。

 

その言葉から、雨の強さだけでなく、景色や季節まで思い浮かぶことがありますね。

 

自然を感じ、言葉にする文化は、もちろん日本だけのものではありません。

けれども、私たちが受け継いできた日本語には、身近な自然の違いを感じ取る言葉が、数多くあるのは確かです。

 

忙しい毎日の中でも、少し立ち止まり、水の音に耳を澄ませてみる。

それも、自分たちの暮らしを支える自然に気づく、小さな入口になるのではないでしょうか。

 

恵みを受け取ることと、災害に備えること

 

水は、いつも穏やかとは限りません。

大雨が降れば、川は増水します。洪水が起きれば、家や田畑、人の命が脅かされます。

水に感謝することと、水害に備えることは、どちらも暮らしに必要です。

 

江戸時代に進められた利根川の東遷事業も、その一例です。川の流れを変える大きな工事には、江戸を水害から守ること、新田開発、舟による交通や輸送を整えることなどの目的がありました。

 

自然への敬意は、何もしないことではありません。

川の流れや土地の特徴を調べ、必要な工事を行い、その後も手入れを続ける。人の暮らしを守るには、知識と技術、そして長い時間をかけた努力が必要なのです。

 

今日の蛇口の先にも、人がいる

 

今、私たちの家に届く水にも、多くの人の仕事が関わっています。

 

水をきれいにする人。
水道管を点検する人。
壊れた設備を修理する人。

 

便利な暮らしは、自然の恵みだけで成り立っているわけではありません。その恵みを安心して使えるようにする、人々の仕事にも支えられています。

 

だから、水を大切にするとは、節水だけを意味するのではないと思います。

川や森を汚さないこと。
災害への備えを考えること。
水を届ける設備や仕事を、次の世代へ引き継ぐこと。

そこまで含めて、考えていきたいのです。

 

受け継いだ暮らしを、次の世代へ

 

日本文明を考えることは、遠い昔の出来事を覚えることだけではありません。

今日の暮らしの中に、どのような知恵や感覚が残っているのかを見つめることでもあります。

 

水を飲むとき。
神社で手を清めるとき。
雨の音を聞くとき。

そのひとときに、自然の恵みと、それを暮らしへつないできた人々を思い浮かべてみる。

 

私は、そうした小さな気づきから、自分たちが受け継いできたものの価値を知ることができると思っています。

 

蛇口から流れる一杯の水。

その先には、森や川があり、人の仕事があり、長い歴史があります。

このつながりを、子どもたちにも渡していきたいですね。

 

さらに詳しく読みたい方へ

 

note「日本文明ノート」でも、日本人と水の関係について考えています。

▶ 日本人はなぜ水を大切にするのか――縄文文明・大和言葉・治水の歴史が教えてくれること

 

このブログでは、火曜日に歴史・文明、金曜日に経済について、身近なところから順に考えていきます。

 

参考資料

世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群「縄文遺跡群を知る」

神社本庁「手水舎について」

国土交通省 利根川上流河川事務所「利根川の東遷」

 

 

銀行は、私たちが預けたお金を集め、それを必要とする人に貸している。

そう考えている方は、多いのではないでしょうか。

 

銀行の奥に大きな金庫があり、住宅を買う人や、お店を開く人が来たら、そこからお金を取り出して貸す。

 

私も以前は、そのようなイメージを持っていました。

でも、銀行の融資を理解するには、それだけでは足りません。

 

銀行が新しく融資するときには、貸出と同時に、新しい預金が生まれるのです。

 

少し不思議な話に感じますよね。今回は、その仕組みを身近な例から考えてみましょう。

お金は、お札や硬貨だけでしょうか

まず、普段の生活を思い浮かべてください。

 

給料が銀行口座へ振り込まれる。家賃を振り込む。電気料金が引き落とされる。

そのたびに、お札を手渡しているわけではありません。

 

私たちは、銀行口座にある預金を使って、商品やサービスの代金を支払っています。

つまり、預金もお金なのです。

 

日本銀行のマネーストック統計でも、現金に加えて預金が、お金の量を測る対象になっています。

 

たとえば「M1」という指標は、現金通貨と、普通預金・当座預金などの預金通貨を合わせたものです。

 

難しい記号を暗記する必要はありません。

財布の中の現金だけでなく、銀行預金も、私たちが使っているお金だということです。

ここが、最初の大切な点です。

 

なお、お金に何を含めるかには複数の定義があります。「お金の何割が預金か」という数字も、その定義や時点によって変わります。

 

具体例として、日本銀行の2026年8月分の速報では、M1は1,087.5兆円でした。そのうち現金通貨が109.9兆円、預金通貨が977.6兆円です。

 

この範囲では、約9割を預金が占めています。

 

「日本のお金は、どんな定義でも9割が預金」という意味ではありませんが、日常の決済を支えるお金に、預金が大きな位置を占めていることが分かります。

洋食店が、新しいオーブンを買うとします

ある洋食店で、長年使ってきたオーブンが古くなってきました。

新しいものに替えれば、料理を安定して提供でき、仕込みの時間も短くできます。

 

ところが、購入には300万円が必要です。

店主は銀行に相談しました。

 

銀行は、お店の売上、借入れの状況、今後の営業の見通しなどを調べ、300万円を貸すことにします。

 

融資が実行されると、店主の口座に300万円が入ります。

このとき、何が起きているのでしょうか。

別の誰かの預金が、300万円減るわけではありません

ここでは、店主が融資を受ける銀行に口座を持ち、そこに入金される例を考えます。

 

銀行は、「店主へ300万円を貸した」という記録と、「店主の預金が300万円増えた」という記録を、同時に作ります。

 

店主の側では、使える預金が300万円増えます。

同時に、銀行へ返さなければならない借金も300万円増えます。

 

銀行の側では、店主から300万円を返してもらう権利が増えます。

同時に、店主の預金について、引き出しや振込に応じる義務も増えます。

 

貸出と預金が、一緒に生まれる。これが、ここで見ている仕組みです。

 

別のお客さんの預金残高を300万円減らし、その数字を店主へ付け替えたわけではありません。

 

もちろん、店主が何もせずに300万円をもらったわけでもありません。預金と借金が同時に増えているからです。

この仕組みを「信用創造」と呼びます

銀行が融資を通じて、新しい預金を生み出す。

 

日本では、この仕組みを一般に「信用創造」と呼びます。

 

「信用」というのは、単なる好意や思い込みではありません。

このお店は、仕事を続けて返済できるだろうか。売上が落ちた場合にも、返済の見通しがあるだろうか。

銀行は、そうした審査を行います。そのうえで融資し、預金が生まれます。

 

英国の中央銀行であるイングランド銀行も、銀行は既存の預金を単に仲介するだけでなく、融資によって預金を生み出すと説明しています。

 

なお、民間銀行が、お札を勝手に印刷しているという意味ではありません。

ここで生まれるのは、銀行預金という形のお金です。

口座の記録が、仕事や設備につながります

店主は、その預金を使って、オーブンの代金を支払います。

機械を販売した会社には売上が入り、その会社は材料代や従業員の給料を支払います。

 

給料を受け取った人は、食料品を買い、家賃を払い、ときには外食もするでしょう。

銀行の融資で生まれた預金が、設備の購入を通じて、別の人の仕事や所得につながっていくのです。

 

ただし、預金が生まれた瞬間に、オーブンまで自動的に生まれるわけではありません。

機械を作る人、材料、工場、運送する人が必要です。

 

お金は支払いを可能にしますが、実際の豊かさを支えるのは、商品やサービスを作り、届ける力です。

この点は、政府の財政を考えるときにも重要になります。

別の銀行へ振り込んだら、どうなるのでしょうか

オーブン会社の口座が、店主とは別の銀行にあったとしましょう。

 

店主の銀行をA銀行、オーブン会社の銀行をB銀行とします。

振込が行われると、店主の預金はA銀行で減り、オーブン会社の預金はB銀行で増えます。

 

同時に、銀行同士でも、その支払いを決済する必要があります。

その際に使われるのが、銀行が日本銀行に持つ「日銀当座預金」です。

 

ここでは、単純化して、A銀行の日銀当座預金が減り、B銀行の日銀当座預金が増える、と考えてください。

 

実際には、銀行間の多くの振込をまとめ、差額を決済する仕組みなどがありますが、基本は、銀行同士の支払いにも対応が必要だということです。

 

私たちの預金口座と、銀行が日本銀行に持つ口座は、別のものなのですね。

それなら、銀行はいくらでも貸せるのでしょうか

口座へ数字を記録することで預金が生まれるなら、銀行はいくらでも貸せるのでしょうか。

 

そうではありません。

 

返済されない融資が増えれば、銀行は損失を抱えます。その損失に耐える自己資本が必要ですし、守るべき規制もあります。

 

貸して利益を得られるか、借りたい人がいるか、返済の見通しはあるかも重要です。

 

さらに、現金の引き出しや、別の銀行への振込にも応じなければなりません。

そのため、決済に使う資金や、安定した資金調達を確保する必要があります。

 

私たちが銀行に預ける預金も、その意味で銀行にとって重要です。

 

「融資によって預金を生み出せる」ことは、「資金調達を考えなくてよい」ことでも、「無制限に貸せる」ことでもありません。

借りたお金を返すと、預金はどうなるのでしょうか

今度は、店主が借金を返す場面を考えます。

 

ここでは、利息を除き、借りた元の金額である「元本」の返済だけを見ます。

 

店主が預金から元本を10万円返済すれば、店主の預金は10万円減り、借金も10万円減ります。

銀行の側でも、返してもらう権利である貸出債権と、支払う義務である預金債務が、それぞれ10万円減ります。

 

銀行部門全体で見ると、返済に使われた預金が消えるのです。

 

融資で預金が生まれ、元本の返済で預金が減る。

 

これは、誰かの財布から別の誰かの財布へ、同じお札を渡しているだけのイメージとは違います。

 

なお、利息の支払いは銀行の収益につながるので、元本の返済とは分けて考える必要があります。

世の中のお金は、一定量の取り合いではありません

ここまで見ると、お金への見方が少し変わってきませんか。

 

私たちは、お金が最初から一定量だけ存在し、それを皆で取り合っているように感じがちです。

 

しかし、銀行預金は、新しい融資によって増え、元本の返済によって減ります。

 

現代のお金の量は、固定された金庫の中身のようなものではないのです。

 

ただし、すべての預金が融資だけで生まれる、という意味ではありません。銀行による資産の購入など、ほかにも預金が増える取引があります。

 

今回は、その中でも大切な、融資と預金の関係を見ています。

借金の金額とともに、使い道を見る

洋食店の店主にとって大切なのは、借りられたことだけではありません。

 

新しいオーブンで仕事を続けられるか。売上を確保できるか。無理なく返済していけるか。

そこまで考えて初めて、融資が経営を支えるものになります。

 

借金があるから、すべて悪い。

借りられるなら、いくら借りてもよい。

どちらでもありません。

 

何のために借り、それがどんな仕事や暮らしを支えるのかを見る必要があります。

ここから、政府のお金の話へ

今回、覚えていただきたいのは、次の点です。

銀行の融資では、貸出と同時に新しい預金が生まれます。

 

このことを知ると、「お金とは何か」という問いを、紙幣や硬貨だけでなく、資産と負債、口座の記録という面から考えられます。

 

では、政府が年金や工事代金を支払うとき、どの口座が増え、どの口座が減るのでしょうか。

 

政府の借金と、その反対側にある資産は、どうつながっているのでしょうか。

次の記事では、銀行のお金の話を踏まえながら、政府の財政を見ていきます。

 

▶ 政府の赤字、その反対側には何があるのでしょうか【日本経済を考える④】

前の記事:
消費税は、お店が預かってそのまま納める税なのか【日本経済を考える②】

関連するnote:
銀行は、預金を集めてから貸しているのか――「信用創造」から見る、お金が生まれる仕組み

参考資料: