「税金があるから、学校や道路をつくることができる」
「医療や介護を支えるために、税金が必要だ」
私たちは、こうした説明を何度も聞いてきました。
では、税金は、私たちが公共サービスを買うための「代金」なのでしょうか。
所得税を多く納めた人ほど、道路をたくさん使えるわけではありません。税負担の少ない人が、消防に助けてもらえなくなるわけでもありません。
税を払うことと、自分が受けるサービスとの間には、買い物のような一対一の対応がありません。
それでは、税金は何のためにあるのでしょうか。
前回は、政府の赤字と、その反対側にある民間などの黒字について考えました。
今回は、そこからもう一歩進み、「政府が使うお金を集める」という説明だけでは見えない、税の役割を見ていきたいと思います。
税金は、払った分だけ受け取る料金ではありません
洋食店で1,000円の料理を注文すれば、代金を払い、その料理を受け取ります。
動画配信などの月額サービスも、料金とサービスを受ける権利が結びついています。
税金は、それとは違います。
たとえば、所得税を30万円納めたからといって、「私に30万円分の行政サービスをください」と請求できるわけではありません。
反対に、病気で仕事ができず税負担が少なくなった人にも、生活を支える仕組みは必要です。
私は、この違いを考えるとき、税を「個別の対価がないサブスク」のように感じることがあります。
もちろん、法律上の定義ではありません。本当のサブスクのように、契約するかどうかを自分で選び、いつでも解約できるものでもありません。
ここで言いたいのは、継続的な負担がありながら、一人ひとりの支払額と受益が直接対応していない、ということです。
個別の対価がないことと、社会から何の恩恵も受けていないことは、別です。
安全に暮らせること。教育を受けられること。災害のときに救助や復旧が行われること。
私たちは、個別の買い物では手に入らない仕組みにも支えられているのです。
昔の税は、お金を納めるものばかりではありませんでした
少しだけ、歴史にも目を向けてみましょう。
日本の歴史で学ぶ「租・庸・調」には、収穫物や布などを納めたり、労働で負担を引き受けたりする仕組みがありました。
今のように、銀行口座からお金を振り込む税ばかりではなかったのです。
「税」という字にも、穀物を表す「禾」が含まれています。ただし、文字の形から現代の税の役割を決めることはできません。
歴史から考える手がかりは、税が、単なる商品購入の料金とは異なる、社会と人々の間の負担の仕組みだったという点です。
では、現代の税は、経済の中で何をしているのでしょうか。
まず、「予算の財源」と「税の働き」を分けましょう
ここは、今回の話で特に大切なところです。
現在の日本の予算制度では、税収は歳入に計上され、政府支出を賄う財源として扱われています。
国債による収入なども歳入になり、法律や予算に従って支出が行われます。政府預金の資金繰りも必要です。
ですから、制度上の説明を無視して「税収は政府の支出と何の関係もない」と言うのは、正確ではありません。
一方、税について「政府が使うお金を集めるため」という説明も不正確で、その経済的な働きまでは分かりません。
予算の中で税収をどう扱うかという話と、税が社会や経済にどんな影響を与えるかという話を、分けて考えてみましょう。
前回の「口座の動き」を思い出してみます
政府が会社へ工事代金を支払えば、銀行や日本銀行の決済の仕組みを通じ、受取人の預金が増えます。
反対に、銀行口座から税金を納めれば、納税した人の預金が減り、政府側へ資金が移ります。
政府からの支払いは、民間の受取人が使えるお金を増やす。
納税は、納税者が使えるお金を減らす。
この違いが、税の働きを考える手がかりになります。
ただし、「口座の数字が動く」という点だけでは、政府と家計の違いを証明したことにはなりません。私たちの給料や家賃も、口座の記録で動くからです。
政府の特徴を考えるには、中央銀行、通貨制度、国債、法律や予算を含めて見る必要があります。
そのうえで、税によって使える所得が変わり、その変化が社会全体へ影響することに注目してみましょう。
① 所得や富の偏りを調整する
一つ目は、所得や富の偏りを調整する働きです。
専門的には「所得再分配」と呼ばれます。
所得税には、課税される所得の金額に応じて、段階的に高い税率を適用する仕組みがあります。
所得が増えたからといって、それまでの所得すべてに突然高い税率が掛かるわけではありません。一定の段階を超えた部分に、次の税率が適用される仕組みです。
相続税にも、資産の集中を調整する側面があります。
そして、税制と、社会保障や給付などの支出を組み合わせることで、税や給付がなかった場合とは、家計に残る所得の分布が変わります。
たとえば、働きたくても病気で働けない人がいます。子育てや介護のため、働ける時間が限られる人もいます。
収入の多い少ないだけで、必要な支えが受けられなくてよいのでしょうか。
誰にどの程度の負担を求め、誰にどのような支えを届けるか。税と支出は、社会のあり方に関わっています。
② 景気の揺れを和らげる
二つ目は、景気の変動を和らげる働きです。
景気が良くなり、給料や企業の利益が増えれば、所得税や法人税の負担は増える傾向があります。
その分、税がなかった場合と比べて、民間で使える所得の増加が抑えられます。
反対に、不況で所得や利益が減れば、それに応じた税負担も減る傾向があります。
収入が落ちたとき、税負担まで以前のままであれば、家計や経営はさらに苦しくなります。税負担も減ることで、その落ち込みを一部和らげるのです。
このように、税率をそのつど変えなくても景気の変動を和らげる働きを、ビルトインスタビライザー「自動安定化装置」と呼びます。
難しい言葉ですが、まずは、景気が良いときと悪いときで税負担が変わり、揺れを小さくする働き、と理解してください。
ただし、税の種類によって働き方は違います。
消費税は、所得税のように事業の最終的な利益に直接課税する税ではありません。赤字でも、取引に基づく計算で納付額が発生します。
「税」と一括りにせず、それぞれ何に課税し、どう負担が変わるかを見る必要があるのです。
③ 民間の「買う力」を調整する
三つ目は、商品やサービスを買う力を調整する働きです。
税金を払えば、その分、私たちが自由に使えるお金は減ります。
この「買う力」を、経済では購買力といいます。
減ると聞くと悪いことに感じるかもしれませんが、経済全体では、需要が強すぎる場合もあります。
たとえば、工場がフル稼働し、働く人も足りず、材料の供給にも限界があるとしましょう。
その状態で、買おうとする力だけがさらに増えれば、作れる量より注文が多くなり、結果、価格が上がりやすくなります。
課税によって購買力を抑えることには、こうした需要の過熱を和らげる面があるわけです。
一方、売れなくて困っているお店が多く、仕事や所得が不足しているときに、さらに購買力を削れば、景気を悪化させてしまいます。
税負担を増やすか減らすかは、経済がどのような状態にあるかと、合わせて考えなければなりません。
また、物価上昇の原因が、輸入する燃料や食料の値上がりにある場合もあります。
増税で家計の買う力を弱めても、海外の資源価格が元に戻るわけではありません。税の種類によっては、販売価格を直接押し上げる場合もあります。
「物価が上がったら、何でも増税すればよい」という話ではないのです。
④ 人や企業の行動に影響を与える
税には、人や企業の選択に影響する働きもあります。
たばこや酒、環境負荷に関わる課税には、価格や負担を通じて、消費や行動に影響する面があります。
反対に、設備投資や研究開発に税制上の優遇を設ければ、その取り組みを後押しすることができます。
同じ費用を掛ける場合でも、税負担がどう変わるかは、事業者の判断材料になります。
ただ、優遇を設ければ、必ず目的どおりの効果が出るとは限りません。
もともと予定されていた投資への優遇になっていないか。利用しやすい企業だけが恩恵を受けていないか。制度が複雑になりすぎていないか。
その効果まで確かめる必要があります。
税は、お金を集める仕組みであると同時に、人々の行動に関わる政策でもあります。
⑤ なぜ、私たちは「円」を必要とするのでしょうか
ここからは、貨幣そのものに関わる、もう一つの見方を紹介します。
日本で税金を納めるには、基本的に円建ての支払いが必要です。
納税する人は、そのために円を手に入れる必要があります。
この点に注目するのが、現代貨幣理論、いわゆるMMTなどの貨幣論です。
国家が、自分の定める通貨で税を納めるよう求めることが、その通貨を必要とする理由を生む。
納税義務は、通貨への需要を支える要因になる、という考え方です。
「MMT」という名前を覚えることが、今回の目的ではありません。
お金がなぜ社会で受け入れられるのかを考えるとき、納税の仕組みにも目を向ける。
そのような視点があることを、知っていただければと思います。
もちろん、私たちが円を使う理由は、税だけではありません。
給料や売買の契約が円で行われ、多くの人が円を受け取り、支払いの仕組みが整っていることも重要です。
納税をどこまで中心に置いて通貨を説明するかは、経済学の立場によって異なります。先ほどの所得再分配などと、すべて同じ性格の説明というわけではありません。
「税は財源ではない」という言葉を、どう受け止めるか
ここまで読むと、「では、税は財源ではないということなのか」と思われるかもしれません。
この言葉は、何を指しているかを確かめる必要があります。
現在の日本の予算制度では、税収は財源として扱われています。
一方、MMTなどでは、自国通貨を発行する国家の政府は、その通貨を使う家計や企業と同じ立場にはなく、課税は支出の元手を集めることとは異なる機能を持つ、と考えます。
ただし、その分析を、そのまま「今の政府は、法律や予算を無視して自由に支出できる」という意味に置き換えることはできません。
日本銀行による国債の直接引受けは、財政法第5条で原則禁止されています。予算や資金繰りの手続もあります。
また、この貨幣論を、自国通貨を発行しない地方自治体や、外国通貨で借金している主体に、そのまま当てはめることもできません。
「税は財源ではない」という問題提起は、税が不要だという話ではなく、政府の支出能力と税の役割を、家計の財布だけで理解してよいのか、という問いとして考えたいのです。
制度として何が行われているか。その制度の中で、税や支出がどのように働くか。そして、政策をどう選ぶか。
この三つを分けると、言葉の賛否だけで終わらず、もう少し先まで考えられます。
「財源がない」で、考えることを止めてよいのでしょうか
たとえば、修理を待つ橋があるとします。
工事を担う技術があり、必要な材料も手配できる。働ける人もいる。
それでも、「財源がないからできません」という言葉で終わってしまう。
そこで、もう一歩考えてみたいのです。
その工事は、暮らしの安全にどれほど必要なのか。今やらないことで、将来の被害や修理費は増えないか。ほかの事業との優先順位はどうか。
税収だけでなく国債なども含め、制度上どんな選択が可能なのか。
そして、その支出は、働く人の所得や地域の仕事を、どのように支えるのか。
前回見たように、政府の支出は、誰かの収入につながります。
財政を見るときには、政府の帳簿の片側だけでなく、その反対側にある暮らしも見る必要があります。
ただし、別の地域で失業者がいるというだけで、すぐその工事を担えるとは限りません。技能や場所、必要な準備も確かめなければなりません。
「お金がない」という一言で終わらせず、必要性と実行できる条件を具体的に調べる。その姿勢が大切だと思います。
反対に、人も物も足りないときは
今度は、工事会社が仕事を抱えきれず、技術者も資材も不足している場合です。
政府が「お金なら出せる」と言っても、工事をすぐ増やせるとは限りません。
同じ人や材料を、政府と民間が取り合えば、価格が上がったり、ほかの工事が遅れたりすることもあります。
この場合は、事業を行う時期や優先順位を考えるとともに、人を育て、設備や調達の体制を整えることが必要です。
支払うお金を用意できることと、必要な仕事を実際に行えることは、同じではありません。
ここで重要になるのが、「供給能力」です。
次の世代へ残す、暮らしを支える力
供給能力とは、私たちに必要なものを、実際に作り、届ける力です。
食料を作る農業。機械を作る工場。荷物を運ぶ物流。電気を供給する設備。医療や介護を担う人。
それらは、必要になった翌日に、突然そろうものではありません。
お金の数字を増やしても、米そのものを印刷することはできません。医師や看護師が、一晩で育つわけでもありません。
しかし、だからこそ、必要な投資を先送りしないことも大切です。
設備を更新し、人を育て、仕事を続けられる環境を整える。それが、将来の供給能力を支えます。
税や財政を考えるときには、「今年の数字がどうなったか」とともに、次の世代へ、どんな暮らしを支える力を残せるかも見たいと思います。
税の必要性と、個々の税制の良し悪しは別です
税に重要な役割があるからといって、どの税も、どのような取り方でもよいということにはなりません。
誰の所得を減らすのか。どんな行動に影響するのか。不況のときに負担を重くしていないか。必要な投資や雇用を妨げていないか。
一つひとつの税制について、問う必要があります。
「社会を支えるために必要です」という説明だけで、その税の取り方まで正当化されたことにはならないのです。
これまで考えてきた消費税についても、同じです。
税率だけでなく、納税の仕組み、価格への影響、家計や事業者に届く負担まで見て、判断したいと思います。
「何のために、誰が負担するのか」を考えたい
税金は、払った額と同じ分だけサービスを受け取る、商品の代金ではありません。
現在の制度では政府の財源として扱われながら、所得の分布、景気、購買力、人や企業の行動にも影響しています。
貨幣論からは、通貨への需要を支える役割に注目する見方もあります。
だから私は、税を「政府が使うお金を集める」という一つの説明だけに閉じ込めず、社会と経済を調整する仕組みとして考えたいのです。
大切なのは、税があるかないかという言葉の争いだけではありません。
何のために、誰が、どのように負担するのか。
その結果、私たちの暮らしと、この国の将来はどう変わるのか。
そこまで、一緒に考えていきたいと思います。
次回は、国債と「将来世代へのツケ」を考えます
政府が国債を発行すると、「子どもや孫に借金を残す」と説明されることがあります。
しかし、国債には、保有者の金融資産という反対側があります。
そして、今の世代が整えた橋や学校、上下水道、技術、産業も、将来へ残ります。
では、私たちが本当に次の世代へ残すものは、何なのでしょうか。
次回は、借金の数字とともに、未来へ受け継ぐ資産や供給能力にも目を向けて考えます。
前回の記事:
政府の赤字、その反対側には何があるのでしょうか【日本経済を考える④】
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参考資料:




