「悪いこたぁ言わん。止めちょけ、止めちょけ」
突き放した物言いに、場の空気が固まる。が、沈黙は、長くは続かなかった。
一旦は落ち着いていた犬が、再び吠える。
「こら、タロウ」と、主人に叱られても、興奮は収まらない。視線は、矢儀の背後に釘付けだった。
気になって振り返ると、織田村がすぐ近くまで来ていた。
吠え立てる犬に、織田村は完全にへっぴり腰だ。ビクビクしながら、自転車を止め、すぐさま矢儀の背後に隠れる。
矢儀は前にも後ろにも我関せず、話を続けた。
「言い伝えは、聞いています。でも、本当に転落死した人なんているんですか?」
ここは正念場だ。矢儀は如何にも信じていない風に訊いた。
男性は、むっと眉根に皺を寄せる。
「そりゃあ……実際におったけぇ、皆、気味悪がっちょるんじゃ」
矢儀は「えっ?!」と、軽くのけぞり、ちょっと大げさにたじろいでみせた。が、すぐさま前のめりになって問う。
「ちなみに、転落事故はいつあったんですか?」
「いつ頃かと訊かれても――こら、タロウ! 静かにしちょけ」
怒られたタロウは仕方なしの体で黙る。が、矢儀の背後――織田村から、視線は逸らさない。茶色いふさふさの尻尾だけが、ゆらゆら揺れている。
今更だが、矢儀は、背中にへばりつく織田村の体温を感じた。
正直、近すぎる人肌には、抵抗を感じる。
肩越しに織田村を睨め付けた。が、織田村は一向に気づかない。アメンボのごとく張り付いて、微動だにしない。
矢儀は諦めて肩を落とした。気を取り直して、前を向く。
男性は「うーん」と首を捻ったまま、固まっている。
根気よく待つこと十秒。
「そうじゃのぉ」と、男性はようやく口を開いた。
「わしが知っちょるだけでも、三人はおるけぇえのぉ」
思いも寄らない人数だった。
矢儀は、頭の中が真っ白になる。思考が停止し、しばし呆然とした。
やがて、脳裏で様々な推測が浮かんでは消える。
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