長年かけて学び獲得してきたものを、
いろんな企画では大量にお渡ししているのですが、そうするほどに、より洗練されたものとして返ってくるのを実感しています。
先日の講座の内容も、
無事にたくさんお渡しすることができて、大きな変化を一緒に重ねていった結果として、早速、より洗練されたものとして使えるようになってきています。
またかなり面白いことができそうですし、
参加された方からも、もっと深めていきたいという声をいただいているので、また一緒に転生していく時間を共有していきましょう。
コンテンツそのものは、このブログに限らず探せばいくらでも出てきますけど、
大きく変わったと実感できるようになるために必要なものは、情報だけにはない、ということは、これまでも繰り返し一緒にみてきたことですね。
それを実感している方たちが集ってきてくださるのは、有り難い限りです。
身体意識で空間を作るということには、
一緒にみてきたJointも重ねて、みておきたいところですね。
Jointには二つあり、一つは関節は存在しない(骨と骨との関係性が存在し、間は中空である。間質液や滑液はあるにせよ)ということと、もう一つは固定視点から揺動支点へという移動です。固定視点のほうがシンプルな気がするのですが、これは脳の情報処理として脳が楽なだけで、肉体にとっては揺動支点のほうがVは下がるのです。脳にとっては負担が上がっても、LUB方向へ移動するならば、脳のとってもまた処理のエントロピーは実は下がります。複雑な運動も馴染んでしまえば、シンプルになるのが抽象度です。それは自転車の操作からダンスまで同じです。
このJointという原理を理解すれば、あとはHandからHip jointまで(Spineにも)、全てに応用可能です。
Khronosの在り方というか美意識として、
今はフィードバック写真をガンガン載せたり、
講座の写真をたくさん載せたりすることはなく、
発する言葉に響く人とリアルに会うことで、「こんな美味しい話があるはずがない」と感じるようなことが、現実で起こっていく面白さを共有してきています。
講座でやっているような、頭の中が変わり、世界を観る眼が変わったうえで、単純なシステムに乗っているだけで、異常な努力さえ(傍からみれば)努力と感じることもなく、楽しく耽溺していくなかで世界を移動していくことができるはずです。
あとは、仲間と一緒にゴールだけを見つめながら重ねていけば、想像を超えていく変化のプロセスを刻んでいくことができるのだと思います。
極端な変化に身を委ねなければならない。そうした姿勢は、おそらく人生そのものにも通じているのだと思います(略)
結局のところ、私たち一人の人間が持つ想像力には限りがあるからです。他者の想像力や創造性を体験し、彼らに自由に創作させて、そこから学ぶことの方がずっと刺激的でしょう。私は常にそうした姿勢でいます
やっている一つひとつは手仕事であり、
起こる変化は本来の自分を取り戻していくプロセスです。
それは密教的な移動でもありますね。
それは、バラバラに記述された世界を、
情報空間の抽象度によって繋ぎ直し、世界の観え方そのものを変容させてしまう「密教的な移動」です。
密教とは、新たな知識を詰め込むことではありません。
「新たな目で世界を観る」ことです。
この新しい眼差しを獲得しない限りは、
目の前にあっても観えず、観えないために存在しないのです。
そして、
自己変容は、理屈で納得してから起こるものではありません。
場の流れや気配に身体が共鳴し、
言葉よりも先に未来の情報を受け取ってしまう。
その「ホメオスタシス同調」が引き起こす不可逆なワープ。
彼は過去を再解釈、再構築して新たに創作する。オートクチュールを作る際に重視するのは作品の価値ではなく、技術や手仕事を守ること(ジョナサン・アンダーソン)
ディオールのアーカイブが美しい。
今回の記事も、
お付き合いありがとうございました。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro
追伸:
感想・ご質問、大歓迎です!
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、観えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になり、
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力となります。








