いよいよ本日、
Khronosの講座が開催されます。
こういう日というのは、
少し不思議な空気があります。
まだ始まっていないのに、
すでに何かが動き始めている人がいるからです。
今回のテーマは、
「大周天の解剖学」
〜密教的身体のハッキング:「神の視点」を肉体に降ろす禁断の視座〜
詳細記事にも書きましたが、
この「大周天の解剖学」は、
言葉による説明を超えた密教的な伝授の側面を持ちます。
これまで生きてきた世界と変わってしまう体験というのは、同じ空間で、身体の響きを共有して初めて成立するからです。
同じ空気を吸うことでしか伝わらない、
「密教的な移動」をしていきましょう。
それは価値というのは、
関係性に生じるということでもあります。
価値は関係性に生じて、そこから驚くような変化が起こるプロセスが始まるのだと思います。
それは、グレゴリー・ベイトソンがいう木こりの魂は木こり自身ではなく、斧でもなく、対象の木でもなく、木を切る関係性全体に生じるものである、ということからもよくわかります。(余計わかりづいのかな)
その意味でコンテンツは存在しません。
にわかには信じられないような変化が起こっている「場」が存在するだけです。(略)
単純な足し算ではない変化が起こります。
仲間で動いていくことで、1人では経験することのできない結果を一緒に観ることができて、1人では決してみることのできなかった風景を観ることができて、それらを共有して移動していくことができます。
にわかには信じられないような変化が起こっている「場」が存在するだけであり、そこにはなにかがあるわ
そして、
ずっと大切にしてきて、
繰り返し一緒にみてきていること──
どんな“場”なのか、
どんな人と過ごしているのか。
そのすべての瞬間に変化が促されているかということ。
さらに大切なことがあって──
何かをしている "その時間" だけではなく、この“場”で共有されているすべての瞬間が、"変化"を促しているということ。
世界を変えようとする前に、
“世界の見え方”そのものを変える必要がある──。
そう実感する人たちが、
言語化できずとも何かを日常の中で違和感を感じている人たちが、ある日、何かに導かれるようにこの“場”にたどり着きます。
ここには、あなたが悩み、考え、超えられなかった何かを解決して、別の世界へ移動することができるものがあります。
その物語は“誰と”触れたときに動き出すのか──数分で人生が変わる理由
師匠も、こんな風におっしゃっています。
最近とみに思うのは、「何を学ぶか」以上に大切なのは、「誰と一緒にいるか?」だな〜ということです。
有り難いことに繰り返しご紹介いただいています。
一年ほど前と比べても、
大きく移動していくことができています。
(たしかにいろんなことがありました。まだまだこの先にやりたいことはたくさんあります)
壮大な変化というのは、
理屈で納得してから起こるものではないですよ、
というのを最近の記事でもみてきましたね。
場の流れや気配に身体が共鳴し、
言葉よりも先に未来の情報を受け取ってしまう。
その「ホメオスタシス同調」が引き起こす不可逆なワープ。
それをただ奇跡ではなく、
「設計(デザイン)」として実装していく視点を一緒にみていきたいと思います。
たとえば、
「なぜか分からないけれど、空気が変わった」
「言葉にできないけれど、確かな予兆がある」
密教的な移動のプロセスで生じるその微細な揺らぎ(Rゆらぎ)は、新しい世界のリアリティが古い世界を侵食し始めている証です。
そして、
気づいたときには、
もう移動してしまっているものです。
世界の再記述──Mentoring講座 第一回、いよいよ始まります
今回の講座も、
いろんなことが繋がっていく風景が観えてくると思います。
大周天の解剖学の視座から考えてみると──
“場”がなぜ大事なのか、
コミュニティというのはどのように形成されるのか、
開業や集客ということのシンプルな視点、
あるいは、モテるということやフェロモン気功が大周天の一部でしかなかったということ、
などが観えてきます。
ほかには、いわゆる、
呪いという現象や、
嫉妬ややっかみという現象、
風水や魔導書が気功と繋がる理由など。
それらがシンプルに観える視点が必要なら手に入ると思います。
人の人生というのは、
「あとから振り返ると、あの日が分岐点だった」
という瞬間がいくつかあります。
密教的な教えというのは、
タイミングがすべてです。
準備が整った人にしか伝わらない。
(啐啄同時ですね)
逆に言えば、
そのタイミングが来たときに、 受け取らなければ、そのまま通り過ぎてしまうこともあります。
今回も一緒に楽しんでいきましょう。
The saloneでお待ちしております。












