前回の記事にいろんなメッセージを頂きました。
受け取ってくださる皆さま、本当にありがとうございます。

この場所は、
いわゆる世間一般の“わかりやすさ”の基準で測れば、限りなく“よくわからない空間”になっているようです。

なにしてのるか、よく分からない、と。

けれど、そこにこそ、意味や価値があります。



前回も書いたように、
ここで語られる言葉は、ある人には“心に響く”メッセージなっているけれど、ある人にとっては“何も響かない”ただ読み流されていくだけのものになっています。

そして──
いくつものプラットフォームで、
YouTubeをやったり、Instagramをガンガン更新したり、Xで日々更新して情報発信したり、いろんな人とコラボをして知名度を上げようと努力したりすることもしていません。(限られたことを限られた人たちと必要なことをやってきました)

ベースとしてやっているのは、
いまところ“このブログ”のみです。

それでも有り難いことに、語るメッセージが届くべき人たちに少しずつ届いて、Khronosの“場”に集ってくる方は増え続けています。

実際の構造を知りたくても側から見ては決して分からないものになっています。(それが分かる感性があったら僕たちの仲間になっています。分かりやすい派手な動きや浅薄なプロモーションに乗っかってしまうような人たちを退けるためでもあります──ここのブログを読んで何かを感じていただけているなら、それを意識に上げて理解するだけです。)

なぜなら、

そのようにデザインしているから、

です。

そうすることで、Khronosにとって来て欲しい仲間や、そう在りたいと願う仲間が集ってきて、“場”ごと大きく移動していく流れを作り出していきます。(あまり表立って具体的書くことはありませんが、能力や才能やセンスに溢れる方々が集ってきていただけているのはすごく有り難いことです。それによって目指したい人たちも共鳴しやすくなり集いやすくなる循環が生まれます)

それを風水の文脈でみれば──

共鳴する“場”にも龍脈を通すことが可能になる、

ということです。



そうすることによって、
個人では不可能な範囲までチャンスを拡大することができるかもしれないし、アクセス不能にしか思えないような領域まで視座が変わることで手が届くようになったり、出会えなかったような人と出会えたり、意外なところに機会の通り道をみつけたりできるようになったりしていくものです。

それによって、僕自身も好きな人たちと好きことをしてより良い日々を過ごすことが出来るし、その進化成長の過程で得たものを新たな価値として仲間に対して還元していけるという再帰的な流れによって場が変容していくプロセスが加速していきます。(このあたりの本質的なデザインについてはメンタリングプログラムでは必要なら伝えていきたいと思います)

そして、“おんらいんさろん”的なものが出来上がると、この“場”のよくわからなさ具体は、より加速していくと思います。

と書いていたら、
師匠の記事で紹介いただいていました。

 
『「まといのば」の敷居が高い分、「まといのば」のメンバーたちが「まといのば」よりは少しファミリアにビジネスを展開しています。』という時期が長く続き、今も「ファミリア(親和的)」に丁寧にビジネスは展開していますが、ブログがメインではなく、情報が流れるのがゲーテッドコミュニティであるところの「おんらいんさろん」に変わりつつあります。

Hiroさんも「オンラインサロン」宣言をされています!
 
もともと最初の最初から、Hiroさんは非常に強い場を志向してきているので(そして成功しているので)、むしろ「オンラインサロン」は非常に合っていると思います!

OnLineではなくOffline(リアル)に走るのだと思います。そしてそれはHiroさんらしいし、「まといのば」も強く同意します(「まといのば」のオンラインサロンもダイヤモンドコース、プラチナコース、ゴールドコースの上位3コースが濃密なリアルを前提にしています)


すごく有り難いです。
もともと最初の最初から、非常に強い場を志向してきていると書いていただいている通り、意識的に進めてきました。



なぜなら得られる結果だけを欲して来る人ではなく、Khronosの世界観を知り、それに共感共鳴してくれた方達にサービスを展開したかったからです、と以前から書いている通りで、それは今もこれからも変わりません。

ちなみに“場”の重要性については、
実は師匠が遥か以前から書いています。


 
教師なり情報というのはかなり漠然とした言い方ですが、より正確にはどのコミュニティを選ぶかにかかってくるということです。

まといのばは場として機能することを意図してい設計しています。今風に言えばコミュニティとして機能することを意図しています。バルト風に言えば「見えない教会」です。(中略)

その「場」は物理的な共有が必須なわけではなく、そこにコミットするかどうかが必須です。コミットするならば、猛烈な勢いで気功が上達し、自分の利益にも社会の利益にもなります。なぜなら自己と社会は本質的には同じものであり、そもそも対立する概念ではないからです。


何を意図し、どんな“場”に身を置くのか──
その選択そのものが、未来を起動させる鍵になる。

そういうことを最近の記事でも書いています。


そして、その記事の流れで未来を創るのは、あなたにあらゆるタイミングで訪れる選択の一つ一つであり、その選択の連なりが、あなたの未来の臨場感を立ち上げ、次の世界への扉を開いていくということもみてきましたね。

それを可能にするのは極めて稀少な選択肢のなかにしかありません。

最近の文脈で語るなら──
龍脈が通っている“場”を選択し、
身体に龍脈を通すことによって観えてくる世界によって、“夢”や“未来”を自然と語れる身体を手にすることができるようになっていく、ということ。



それが、あなたが触れている“空間”と“言葉”が変わると、「今までの自分」が再編集され、「これからの未来」も自然と書き換わっていく、ということでもあります。

共に歩き、いろんな言葉や体験が重なっていくことで、それらが整合的に観えるようになっていきます。

「なぜか気になる」
「わくわくする」
「今しかない気がする」
──その感覚こそが、未来からのシグナルであることも。

何かがあなたの内側で「もう動いている」なら、
それは“起きるべくして起きる未来”が、いま扉を叩いているということ。

Khronosの“場”においては、
理由を言葉で理解する必要はありません。

むしろ、
言葉にならない“選択”が、未来と現在を繋ぎます。

ではでは、今回はこの辺で。

また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro

追伸:
感想・ご質問、大歓迎です! 
いろんな企画があるから何から始めたらいいかという相談でも、感じたことをたった一言送っていただくだけでも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。