The saloneやRévia Luxで触れた「未来の臨場感」を「どこかで知っていた気がする」と伝えていただける方は少なくありません。
触れることができれば変わっていきます。
けれど──
もしかしたら、勇気を出して動き出しても、また日常へ戻ったとき、その感覚は霧のように薄れ、忘れられていってしまうような不安。
あるいは、また「過去の記憶」に引き戻されてしまうことが不安で、“場”に触れる手前で立ち止まってしまい、一歩目を踏み出すことができずにいるかもしれません。
そのような感情が湧き上がってしまうのはよくわかります。
ここは何かが違う気がするけど、他と同じように大した変化が出ないかもしれない、という思いや、どうせうまくいかない、そんな簡単に信用できない、という不安を感じることは自然なことです。
その不安は、静かに深く潜んでいて、
たとえるならば“微量の毒”のように、あなたの呼吸の奥、思考の基底、選択の基準にまで染み込んでいるものなのかもしれません。
微量でありながらも、
奥深くでずっと息づいている“毒”──
その本質はなんなのでしょうか。
この「毒」の本質を社会的洗脳と考えます。
親が意図して洗脳しているわけでは毛頭なく、親もまた洗脳されており、たまたま巨大な洗脳システムの尖兵(せんぺい)として親が機能しているだけだと考えています。
善意と愛情で良かれと思って子供に接していることで、毒親になることもあるのです。
裏を返せば、親が意図的に子供を洗脳しているわけではないということです。
この理由はシンプルです。
ほとんどの親は意図的に自覚的に洗脳できるほどの知性が無いからです。
ほとんどの親は洗脳するための特殊な訓練も受けていません(当たり前です)。
「ほとんどの親」という言い方に語弊があるならば、ほとんどの人間にはと言い換えれば、意図がよく伝わると思います。
むしろ愛情を持ってきちんと育てているつもりなのに、自分の認知の歪みが反映して、毒になってしまうというのがこの問題の根深いところです。
“洗脳”という言葉に抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、ぼくたちが生きているこの社会は、あらゆる場面で、「そう思い込ませるための技術」であふれかえっています。(セッションでは少しだけその構造に触れたこともあります)
そのような世界に適応しようとするうちに、
自分の内側にあった「違和感」をどこかに置き去りにして、
「これが現実なんだ」「社会ってそういうものだ」と思い込んでしまう。
そうやって、発せられていた“未来を知っていたはずの身体”は自分でも気づかないうちに失わてしまったかのように──
観えなくさせられているのかもしれません。
なぜか人生がどこか重たい。
意欲が湧かない。
なぜか、自分の本音が見つからない。
そんな風に思ってしまうのは、
決してあなたのせいではないということ。
それすら自分でせいであると思わされるほどに、
静かに自分を劣化させられていたのかもしれないということです。
でも、違和感はいつだって身体から発せられていたはずなんです。
この“違和感”こそが未来からのメッセージであるいうことは、過去のいろんな記事で書いてきました。
そうは言っても、
自分の身体が好きになれないし、
なぜか拒否してしまう──
これが、現代の闇の一つであり、「毒」だと思っています。多くの人が共有する毒です(そのルーツはひとつは先の大戦にあるかとも思います)。自己否定の毒は「自己否定」という形で現れず、もっと巧妙な形で現れます。
まずは毒に侵されていることを意識に上げることからです。
あなたの中にある毒──
例えば、
- 人からどう見られるかを常に気にしてしまう
- リスクを取ることを極端に避けてしまう
- 成功には“正しい手順”があり、それを守らなければならない
- 大きな夢を語ると、恥ずかしい・調子に乗っている気がする
- 「でもそれって現実的じゃないよね?」という自分がすぐ顔を出す
それらは決して誰かの悪意ではなく、
社会的アルゴリズムが長年にわたって内在化された“構造的な洗脳”であり、親や周囲の人間もまた、意図せずそのシステムの一部だっただけのことです。
その多くは書き換えていくことができます。
おそらく自分でも気がつかない間に、「他人は信用できない」、「どうせ私のことなどだれもかまってはくれない」、「私には価値がない」などのネガティブな意識を身につけてしまっている可能性が高い。自己をそのように規定する意識を心のなかに固定させてしまうと、しだいに自滅的な性格を作り上げていく。
この不幸を減らすには、そのような意識を変える以外にない。人生のシナリオは、たとえ子供の時にしみついた意識によって書かれたものであっても、多くは書き換えることができる。(中略)
言語化されていない「ものの考え」は、本人の意識の上にも上がらないまま、知らないうちに人生に対する基本的な態度を支配する強い力を持っている。例えば、父親が母親を扱うやり方(あるいはその逆)や、両親が子供を扱うやり方は、無言のうちになんらかのメッセージを子供に伝えている。こういったことは、子供が親の言動から学ぶことのなかでも重要な位置を占めている(中略)
盲目的な従順さは、幼いうちにその人の行動パターンを形作り、ひとたび成長してしまうと今度はできあがったパターンから抜け出せなくなる。(中略)
人生に害毒を及ぼす有害な親のルールを捨て去るには、普段は自覚することのない無意識の世界にスポットライトを当て、隠れている有害なルールを暗がりから引きずり出すことが必要になってくる。無意識のうちに縛られているルールをはっきりと見きわめる以外に、自分の人生を自分の意思で選択できるようになる道はない。
毒になる親(スーザン・フォワード)
構造的な“毒”にハマっているとき、
そこには“気づけない空気”が蔓延しているからともいえます。
まるで水の中にいる魚が当たり前のように過ごすように、「毒されていること」にすら気づくことはありません。
このとき重要なのは、なにか難しいことをあれこれと考えることではありません。
どうすればいいのか──
それは、
まったく別の臨場感空間に“身体を運ぶ”ことです。
“場”を意図的に飛び移ることで抜け出すことができるかもしれません。
Khronosの世界観において、
“美しさ”とは単なる見た目の話ではありません。
それは、Aphrodite Project に絡めた視点でみていくと“意図と機能”が一致したときに生まれる情報の響きであり、言い換えれば、“未来”と“いま”が呼吸で接続された瞬間のかたちであるともいえます。
僕たちが「毒」と呼ぶものは、
この一致を阻む情報的なノイズ、あるいは無意識のズレの構造であり、その正体は、「誰かの価値観に自分を合わせてきた履歴」の集合体であるのかもしれないと考えると観えてくるものがあるかもしれないです。
その“ズレ”に気づいたとき──
「本当の欲望」が、そっと身体の奥から姿を現してくるでしょう。
そして、
その欲望にはかならず形がある。
それは、
響きとして現れたり
空間として現れたり
表情や言葉や身体の“形”として現れたりする
それは、思考の結果ではなく、
未来の引力に身体が応答している状態。
ここまできて以前のメッセージがまた違う形であなたに届くかもしれません
あなたが“未来”からの情報を受け取れる状態が設定されていないとき、世界は“今”や“過去”に引きずられたままになります。
すると、“未来”の情報は現れているのに、見えない、聞こえない、つかめない。
だからこそ、
今この瞬間に問い直してみてください。
「どう未来に触れていくのか」──
「その未来は、あなたの“本当の欲望”と一致しているか?」
未来が観える人とは、
“未来の臨場感”に身体がすでに同調している人です。
c.f.「自分が本当に欲しいものがわからない」のであり、だからこそ「全世界を手に入れたいと考える」
c.f.「自分が本当に欲しいものがわからない」のであり、だからこそ「全世界を手に入れたいと考える」
あなたの中にある毒──
それは決して誰かの悪意ではなく、社会的アルゴリズムが長年にわたって内在化された“構造的な洗脳”であり、親や周囲の人間もまた、意図せずそのシステムの一部だっただけのこと。
“毒”に怒りをぶつける必要はありません。
むしろ、それに気づいたあなたの身体感覚そのものが、すでに“未来”を感じはじめている証拠です。
今日から始まるRévia Luxでは、
あなたの呼吸が変わったと感じたとき──
まだ言葉にできないその感覚を、身体がすでに知っている“本当の未来”を言語を超えて、呼吸とともに探り出すプロセスが始まります。
それは、本当の欲望が身体に降りてきた瞬間かもしれません。
今日は前夜祭なので、深く入っていくことは難しいと思いますが、今夜の体感や余韻が、この先の日々にそっと寄り添い、美しさと生命力の“再創造”へのきっかけとなっていきますように一緒に過ごしていきましょう。
少しでも気になった方は本編でお待ちしております。
ではでは、今回はこの辺で。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro
追伸:
感想・ご質問、大歓迎です!
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力になります。





