深夜に目覚め、寝落ちした事を知る。PCを使っていると、途中で動かなくなり、それからPCを再起動したり、シャットダウンして再び起動したりと、知識がないなりにいろいろとやってみたのだが、動きはしなかった。そこで、電源を入れて、ロック画面からログインした状態で、画面は黒いままだが放置する事にして、いろいろと他のことをしていたら、30分位経っただろうか、PCのデスクトップ画面が表示された。  

 

 そこで、まずVivaldiを起動してみたのだが、Gmailに到着しているメールの中身を見ようとクリックしてみたら、別タブでメールの本文が表示された。そこで、クロームを起動し同様にGmailに繋いでみたら、やはりメールの中身を見ようとすると別タブが開いて表示された。おかしいと思い、検索してGmailが新たになったのかどうかを調べようとしたら、キーボードのエイリアスが全く変わってしまって、まるでどうしたら良いか解らなくなってしまっていた。仕方なく、まだ使える、Windowsキー+Lでロック画面に戻り、再起動ではなくそこからログインを再び行ったところ、今度はエイリアスは正常になっていた。  

 

 ただ、正常に動くようになるに連れ、フリッカーが再び頻繁に起きるようになり、暗転時の動作が鈍いか無反応のままだ。PCを買い替えるべき時が来たのだろう。  

 

 思えば、東芝時代からDynaBookを信じて来たのだが、最早時代は変わってしまって、日本製だから信用出来る訳では無くなったのだろう。抑々、DynaBookも中国のメーカーの一部門になって居るのだし、日本の財界が日本人に対してどれほどの思い入れがあるかどうかも非常に怪しく思える様になったのだから、もう何でもかんでも日本に拘る必要もないのだろう。  

 

 しかし、今回ばかりはこのPCも終わりだと思った。流石にロック画面からログインして、10分経っても暗黒のままだと、完全に壊れてしまったと思ってしまう。だが、また使えるようになった。何時まで使えるか解らないが、まだ私にはWeb上でやらねばならない事があるのだろうと理解した。故に、このPCを使えるだけ使い、完全に壊れる前、或いは壊れた後であっても、新たなPCを購入して、私がWeb上で果たさねばならない義務を果たす。それが何なのかは私には解らないが、いずれ明らかになるのだろう。  

 

 故に、私にとっては表面的には危機であっても、本質的には好機が到来したと言う事だ。  

 

 また、PCが動く様になった時に、私の脳裏に浮かんだ曲は、宮川泰先生作曲の、光栄のゲーム、“提督の決断”の中の序曲とオープニングだった。何故そんな曲が浮かんだのか、それも判らない。

 

 

 

 

 

 

 このところ、夏の暑さのせいか、夜に眠りに就く時間がかなり遅くなってしまい、他方で目が覚めるのは割と早いままで、結果的に寝不足になっている。そして、どの様な季節に於いても朝の時間は早く過ぎていき、眠さを抱えたまま蟬の声を聞くようになり、気が付けば周囲はすっかり明るくなり、歳月人を待たずとはこの事かと改めて思うのであった。  

 

 ともかく、只々眠い。そして私が眠かろうが眠くなかろうが、世の中は動き続けている。故に、休める時に休むしかないのだろう。  

 

 また、性懲りもなく、新たな事に挑戦しては失敗したり、貧しさ故に物惜しみをしては却って損をしたりと、同じ様な失敗を犯している。きっと、私はそう言う人なのだろうと覚悟し、今度こそはと気持ちを引き締める。私は成功し続ける人ではなく、失敗を重ねて学んでいく人なのだろう。  

 

 ただ、新たにする事自体には成功したので、そこを今後の起点として更に先へと進むしかない。  

 

 そして、昨日は色々と発見があった。微小で些細な事から巨大な全体を正しく推し量る程の能力が私にあるかどうかは解らないが、知る事はその精度を上げていくのに大変に助けになると思う。  

 

 流転する万物のごく一部を成す私が、自らも流され転がされながら如何に正確に物事を見抜けるかが、今後の私の運命を決するのだろう。運を天に任せるしかない。

 

 

 

 

 

 

 8月になった。  

 

 目が覚めてから、夜が明けてしばらく経っている事を知り、ホワイトボードの暦を8月1日に書き変え、カレンダーをめくって8月にする。そこで初めて、8月4日が朔、つまり新月である事を知る。Web上の情報を見て、自分でマジックでカレンダーに二十四節気と月齢を書いたのが正しかったと、こう言う事がある度に思う。  

 

 緑が目に眩しく、蟬の声が非常に元気だ。今一度の奮起をせねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 この様な私でも、偶に居間にのみ置いてあるテレビが目に入ることがあり。普段ほぼテレビを見ないから、どう言う具合になっているだろうと少しの間眺めるのが習慣となっている感がある。すると、そこでは、世間も物事も私がテレビをあまり見なくなる前とそう変わらず、日々に恙無く過ぎているように見える。だが、SNSやWebが情報収集の主たる手段となった私からすると、日本には邪悪の気配が広がりつつある様に思える。この乖離は、単に私がWeb上の情報を鵜呑みにし、自ら狭い枠の中に入り込んで独特の見地から偏見に凝り固まった愚かな人になっているのに依るのかもしれず、或いは、テレビは日本の中で、或る意味主導権を握って居る人々の立場に立って世間や物事を見ているからなのかもしれない。いずれが正しいか、それこそ無知な私には判別できよう筈もなく、また、この二分より他の可能性があるやもしれず、何も言うことは出来ない。  

 

 偏った主観である可能性は承知の上で、日本に邪悪の気配が広がりつつある予感に付いて、述べた方が良いのだろう。それは今朝に食べたサバ缶の中身が随分と少なくなっていたことだ。平均所得が驚くほど低下していたり、収入が少ないのは働きが少ないからだと、まるで奴隷主が奴隷にぶつける不満の言葉のような発言が何度か目に入ったり、虚報や間違った情報が正しいものとして伝えられたりと、なんとも戦争をしていて負けが混んできて敗戦濃厚になった国のようで、それで邪悪の気配が云々と書いたのだ。  

 

 後にもう少し考えて書き足すかもしれない。

 

 

 

 

 

 7月になった。朝から大雨である。  

 

 日本の年齢構成が気になり、適当なクエリを立てて検索したところ、1つ目のクエリの組み合わせで、厚生労働省が令和5(2023)年に制作した将来推計人口の概要というPDF文書、他のクエリの組み合わせで、総務省が為した“我が国における総人口の長期的推移”と言うPDF文書を見つけた。ここでは前者を元に色々と書いて行きたい。 

 

 その推計に依ると、2020年から2070年までに、全人口は12615万人から8700万人に減り、65歳以上人口は3603万人から3367万人へと微減、15~64歳人口は7509万人から4553万人へと約40%減、0~14歳人口は1503万人から797万人へと約47%減となっている。PDF文書自体はウェブ上に落ちているので、“日本の人口構成 今後”等のクエリでGoogle検索すると見つけられるだろう。今統計の両端点の数値のみを抜粋して記したが、PDF文書では5年毎の統計と、文書制作時点で統計データが集まっていない年度に関しては推計をした値が記して、グラフ化してある。  

 

 上の段落の記述で判明したと思うのだが、高齢者の実数は実は今後50年ほどで微小な割合だが減って行くとなっている事だ。故に、日本の社会全体の高齢化の主因は、高齢者の数が増えていくからではない事が明らかになった。決定的な原因は、15歳未満の人口が増えないと言う事でもなく。15歳から64歳の人口が、推計に依ると、つまりこのまま50年ほど特に何の対策も講じなければ、約40%も経ると言う事だったのだ。ここで翻って考えると、15歳未満の人口が増えない理由も、15歳から64歳の人口が激減していくので、そレト連動して減っていくからであると推定出来る。  

 

 故に、これまで日本の社会で真偽明らかでないまま日本語で何となく伝わって広まって来た、高齢者が激増して社会に占めるその割合が多くなるので、等の言葉は全て事実無根の妄説であったことが明らかになり、それに対して、今後採るべき対策は、15歳から64歳の人口を増やす事でしか無い事が判った。 

 

 そこで、15歳から64歳の人口を増やす策だが、その人口帯の多数の割合を占める人々に対する富の分配を増やしていく、移民に適切な人口の分だけ日本国に入って来てもらう、そして弥縫策としては、65歳以上の人々で労働可能な人々に、その人の自発的意志がある場合に、労働に対する正当な報酬を払って労働してもらうというのがある。その実数が微減していくと言ってもそれぞれ或る程度の何等かの経験を積んでいる人々なので、力を貸してもらうという意味で、現役と同じかそれより少し高い報酬で働いてもらうということだ。  

 

 重複した内容を、時間を置いて何度も書いてはブログの記事として公開してしまう事があり得るので、記事の有意義な管理を可能にする為に、これまで何度か記事を消して来た。その消して来た幾つかの記事で言及して来た記憶があるのだが、要は私が何かを始める時、人生で決定的に重要な出来事がある時には、雨が降る、又は悪天候である、と言うのがある。単に気圧配置が私の精神に影響して行動を促しているだけなのかもしれず、偶然に悪天候が来ただけなのかもしれないが、今のところ、その様な印象を得ている。即ち、今後の日本は高齢者が激増すると言う巷説と同じ類の妄説である可能性がある。実際は、今後50年の推計に依ると65歳以上の人口は微減し、本当に劇的に減るのは、15歳~64歳の人口帯の人々の数なのである。  

 

 日本の社会が客観的真実に依ってではなく、それに或る種の加工を施した人為的意見に依って運営されていると言う、大変に憂慮すべき一例をまたもや見せられた感がある。その加工が善意と正義に基づいて居たなら或いは客観的真実よりも優れた結果を齎すのかもしれないが、特定の人々や集団にのみ利益を導き、その他の人々や社会には重い負担や犠牲を強いると言った悪意や邪悪さに基づいて居たなら、当然の帰結として件の推計に依る数値よりも悪化した人口構成となって出て来るのであろう。  

 

 また、依然としてWeb上のどのコンテンツがリンクフリーなのかが判らず、折角文書を見つけてもリンク出来ないと言ったばかりだ。Webページも拡散ボタンが無ければ、拡散しないように用心している。Webは規模が世界にまで広がった繁華街みたいなもので、基本的にそこを行く時には、他人の意見を聞く事は出来ないし、聞くべきではない意見もあるだろう。そして教えを請うなら、また別の問題を生じるだろう。己一人の感性や理性を信じて、と言いたいところだが、これらもよく間違う。そして私の場合は、知情意のどれをとってもあまり大した事はないので、間違う割合が高くなる。  

 

 しかし、信じて行うしか無いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日前の父の日の翌朝、父が出てくる夢を見た。正確には姿は目にしてないので、出て来たと言えないかもしれない。内容は、父がまだ生きられるのに安楽死させられた、と言うものだ。生きたいという意志を係の人に言っているのに、まるでそれが良いことのように速やかに行われた。 

 

 夢なので、目にしていないのに、そのやり取りがわかってしまうとか、色々とおかしな点もあるが、目が覚めてから、一体これはどういうことなのか。どういった意味があるのか、或いは単なる夢の一つで無意味な想念の連鎖なのか、少々考えた。そして得た自分なりの結論は、‘無念を晴らせ’だった。あくまで自分で考えただけなので、間違っているかもしれないが、その夢を私が見た意味からすると、やはり自分自身で解かねばならない類のものだと思う。故に、父の意志が明確には解らないが、今後は自分なりの解読に従うことにする。  

 

 それが負担になるかと言うと、既に昨日もちょっとした問題を解決した程だし、この上何か増えたとしても、別に大したことはない。

 

 

 

 

 

 ここ数年、悪夢と呼んで良いのかどうか判らない程度の何かに取り憑かれた様になっていて、今朝も目が覚めた布団の中で気づいたら同じ現象に囚われていたのだが、その時に、ヨブ記を思い出し、最終的には神が義しい事に改めて気づき、そこでその何かを解決出来た気がする。故に、もうその何かは出て来なくなるか、出て来ても何等問題は無くなるだろう。

 

 しかし罪深いのは、人を黄泉の国に陥れる主体だ。これを悪と認めるべきか否か。だが、何より己に邪悪が入って来ない様に常に心掛けなければなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブログ乙で行って居るロシア語の翻訳を休止して長いが、それ故に生活のリズムが大きく狂っているかも知れない。しかし、過去にも精神的に疲弊して色々と遅れを生じたことがあるので、私は所詮その程度の人間なのかもしれない。  

 

 ブログ甲も、更新しなくなって久しいのだが、何時までもそれではいけないと思ったので、何も書く事がないからこそ、その何も書く事がない事を書くぐらいの気持ちで、ブログ開始当初の、“意味の無いことを書く”と言う精神に立ち戻り、公開してどれほどの意味もない、個人の日記程度の内容を改めて書こうと思う。意味のあること、有意義なことは、そうあるべきであると考えてる人々が行なうだろうし、明確な目的がある人々が行なうだろう。私が無意味で、無内容で、無目的なブログを行なうことで、そういった有意義で、内容があって、目的が明確な人々の発信がより際立つであろうし、そう言う意味で私の発信には意義が生じるというものだ。  

 

 また、書いている内に何を書くべきかが決まる事もあるだろう。何度目かの挑戦をすると言う事だ。 

 

 久しぶりに更新したことで、ブログの体裁を忘れてしまったか、設計が変更されていたかで、“管理トップ”になかなか行けなかった。新たな気持でブログを行えそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝は少々寒冷である。  

 

 目に見えるものに左右されがちで、目に見えないものを恐れがちな自分自身に叱咤激励せねばなるまい。否、元々己が弱い事を認めて、出来る事から行うのだった。  

 

 早くも2月が終わりそうだ。但し今年は閏年なので、例年よりは1日多い。  

 

 改めて、自分に出来る事からやって行く、と自分自身に言い聞かせつつ日々を生きると覚悟する。

 PCが不調、と言うか部分的故障で、恐らく経年変化なんだろうけど、タスクバーが消えてしまって、スタートボタンなども機能を停止してしまった。それも、この間のWindows更新以降の事だ。  

 

 タスクバーとその辺りの場所にある様々なものを復帰させる方法についてあれこれと調べてみたものの、まだ試して居ないので、上手く行くかどうかも解らない。  

 

 ただ、あまりに突然だったので、当初精神的動揺があったのだが、何日か経て少し落ち着いて来た。PCとWebに頼り切る事が自分にとって良いのかどうかは解らないけど、使う事で文章が上手くなって来た気がするし、世の中の実際の所が或る程度見える様になって来たので、PCとWebを使える環境を維持したいとは思っている。  

 

 そう言えば、この回が今年2月最初の更新になる。言語キーボードも切替えられない様になったので、ロシア語で文字を打ち難くなったが、それに対する応急処置的な対処法としては、予めGoogle Input Toolsをブラウザにインストールしておいて、ロシア語のキーボードを使える状態にしておいて、Google DriveでDocs上にロシア語の文字を書いていくと言うものを思い付いた。そして更に気付いたのは、Google Input Toolsでロシア語キーボードを使える様にしておいたら、半角ではロシア語、全角では日本語を、そのブラウザ上では打てるようになると言う事みたいなので、必ずしもGoogle Docsの上でキリル文字を打たねばならないと言う事では無い様だ。 

 

 そして、こう言う状況になると、過去にPCが壊れて来て使えなくなって来ても、ギリギリChromeだけが使えて何とかしなければならない事をこなせてきたのを思い出す。Appleのマシンの事は知らないが、WindowsのPCは事実上Googleが無いと大変に困ると言えるかもしれない。 

 

 また、ТолстойのКруг Чтeнияの翻訳は長く止まったままだが、準備が整い次第再開する積りだ。  

 

 ところで、世間、又は社会に於いては、今年1月1日の能登半島の大地震以来、更に混乱が各方面で起きて居る様に思う。ユーラシアではそれ以前からのウクライナでの戦争に加えて、ナヴァルヌイ氏の死亡があったり、中東ではイスラエルに依るガザ侵攻があったり、日本では自民党の裏金問題が発覚して、それが長期にわたり根深いものがある事が判ったりと、他の地方や国での事も併せて、余程自分を見失わない様にしないといけない様になって来たと言える。 

 

 また、1月1日の地震発生後に知ったのだが、能登半島では2020年12月以降に群発的に地震が発生しているらしく、そう言った、私にとっての新しい知識の増加や増え方と言った意味でも、私のWeb参加以来、特に2011年の東日本大震災以来、私にとって激しい変化が続いていると言ってよい。  

 

 しかし、繰り返しになるが、混乱と言っても良い変化の中で、自分自身を見失わず、様々な邪悪を自らの中に入れず、善徳を積む様心掛けて行きたい。