ギニアのコナクリにいる。
ギニアの首都はコナクリにいる。
海が近いせいか、なんか開放感があってBAMAKOよりは空気が良くて助かる。
20日の早朝、ファムドゥファミリー9人と外人5人でバスに乗り込み、BAMAKOを出発。
途中、仮眠をとるためにドライバーであるアブライの村に寄ったり、夜中満点の星空のなか車をおりて、何もないブッシュの中で2時間くらい焚き火してお茶したりしながら移動を続け、21日の昼過ぎにコナクリのシンバヤという地区に着いた。
途中に数多くのミリタリーの検問があったが、ファムドゥの車とわかると素通り。
一回も金を巻き上げられずにコナクリまでついた。さすがファムドゥ師匠。
着いたときのファムドゥ家族達の出迎えが半端じゃなく、みんな再会を喜び合っていた。ファムドゥハウスは大きな敷地の中にいくつか建物があって、ゲスト用の部屋もたくさんある。
BAMAKOから一緒のアイルランド人ブライアンと、日本人のアーティストのソウヤとユキとそのうちの一つの建物で部屋を借りた。
一日20000GF、約4百円だ。
着いた初日に鹿児島のアリ・トラオレからの預かり物を彼の兄弟に渡すことも出来たし、セクバ・ケイタのオーガナイズするWSで同じくコナクリに滞在するマサトやカエさん、サーヨン・カマラにも再会できた。
着いた初日ではあったけど、マサト達に誘われて海沿いのビアガーデン的なところにコンサートを見に行った。
日本にも在住しながらワークや音楽活動するカラモコ・カマラのコンサートだという。
セクバ・ケイタの車でサーヨン・カマラ達と一緒に会場に着く。
会場は500人くらいはいっていて、皆モコ、モコって声援をおくっていて、地元での人気の高さが伺えた。
ステージには何人もの人がお金を投げるように何枚も放っていて、それが延々と続きながらLIVEはスタートした。
会場には日本人が20人くらいいて、多いと感じたけど、現地のやつの話だと今年は日本人も欧米人もかなり少ないという。
バンドはドゥヌン・サンバン・ケンケニにジャンベが4人、バラフォンが2台、入れ替わりのボーカルと固定のコーラスにダンサーが2人という構成。
トラディショナルと違ってバレエスタイルのステージは音が早い早い。
とにかくパフォーマンスも大きく、音楽を聞かせるというよりはカラモコを見せているという感じで、トゥマニ・ジャバテやファムドゥ・コナテの音楽を見たせいか、全く鳥肌がたたなかった。
途中にサーヨン・カマラが飛び入りで参加したときだけはもの凄く盛り上がれたけど。
それでも皆に会えた嬉しさもあって楽しく過ごせ、ビールを3本くらい飲み、グリルチキンなんかオーダーしちゃって、コナクリ初日はなかなか贅沢にすごした。
翌日はセクバの家に行き、ワークを見学。夜は皆で近所の屋台でサラダと焼き魚を買う。
今日はファムドゥWSでジャンベを叩いていた、サーヨンと同じバンドのコロ(ママディ・クルマ)と一緒にセクバハウスに行き、マサト達にまざってアコンパでワークに参加した。
明日はコロやサーヨン達が結婚式での祝いの祭りの演奏をするというので一緒にいってくる。もちろん一緒に叩くつもり。
今週はこんな感じで特に何も決めず、ゆっくり過ごす予定。
1ヶ月のWSの疲れをゆっくりとって、コナクリを良く感じてから今後の動きを決める。
選択肢は2つ、コナクリに滞在しながらミュージシャンのワークを受けたり一緒に叩いたりするか、村へ行ってリアルな祭りや生活を体感するか。
いずれにしてももう少しゆっくりしながら考える。
滞在先は予想よりは快適。
電気は夜だけ。
食事するところや雑貨屋やカフェは近所にあるので生活インフラは悪くない。だけど、シャワーとトイレと洗濯はいきなり過酷になった。
インターネットカフェはあるけど、接続状況は悪い。
でもBAMAKOより好きだなココ。
海が近いせいか、なんか開放感があってBAMAKOよりは空気が良くて助かる。
20日の早朝、ファムドゥファミリー9人と外人5人でバスに乗り込み、BAMAKOを出発。
途中、仮眠をとるためにドライバーであるアブライの村に寄ったり、夜中満点の星空のなか車をおりて、何もないブッシュの中で2時間くらい焚き火してお茶したりしながら移動を続け、21日の昼過ぎにコナクリのシンバヤという地区に着いた。
途中に数多くのミリタリーの検問があったが、ファムドゥの車とわかると素通り。
一回も金を巻き上げられずにコナクリまでついた。さすがファムドゥ師匠。
着いたときのファムドゥ家族達の出迎えが半端じゃなく、みんな再会を喜び合っていた。ファムドゥハウスは大きな敷地の中にいくつか建物があって、ゲスト用の部屋もたくさんある。
BAMAKOから一緒のアイルランド人ブライアンと、日本人のアーティストのソウヤとユキとそのうちの一つの建物で部屋を借りた。
一日20000GF、約4百円だ。
着いた初日に鹿児島のアリ・トラオレからの預かり物を彼の兄弟に渡すことも出来たし、セクバ・ケイタのオーガナイズするWSで同じくコナクリに滞在するマサトやカエさん、サーヨン・カマラにも再会できた。
着いた初日ではあったけど、マサト達に誘われて海沿いのビアガーデン的なところにコンサートを見に行った。
日本にも在住しながらワークや音楽活動するカラモコ・カマラのコンサートだという。
セクバ・ケイタの車でサーヨン・カマラ達と一緒に会場に着く。
会場は500人くらいはいっていて、皆モコ、モコって声援をおくっていて、地元での人気の高さが伺えた。
ステージには何人もの人がお金を投げるように何枚も放っていて、それが延々と続きながらLIVEはスタートした。
会場には日本人が20人くらいいて、多いと感じたけど、現地のやつの話だと今年は日本人も欧米人もかなり少ないという。
バンドはドゥヌン・サンバン・ケンケニにジャンベが4人、バラフォンが2台、入れ替わりのボーカルと固定のコーラスにダンサーが2人という構成。
トラディショナルと違ってバレエスタイルのステージは音が早い早い。
とにかくパフォーマンスも大きく、音楽を聞かせるというよりはカラモコを見せているという感じで、トゥマニ・ジャバテやファムドゥ・コナテの音楽を見たせいか、全く鳥肌がたたなかった。
途中にサーヨン・カマラが飛び入りで参加したときだけはもの凄く盛り上がれたけど。
それでも皆に会えた嬉しさもあって楽しく過ごせ、ビールを3本くらい飲み、グリルチキンなんかオーダーしちゃって、コナクリ初日はなかなか贅沢にすごした。
翌日はセクバの家に行き、ワークを見学。夜は皆で近所の屋台でサラダと焼き魚を買う。
今日はファムドゥWSでジャンベを叩いていた、サーヨンと同じバンドのコロ(ママディ・クルマ)と一緒にセクバハウスに行き、マサト達にまざってアコンパでワークに参加した。
明日はコロやサーヨン達が結婚式での祝いの祭りの演奏をするというので一緒にいってくる。もちろん一緒に叩くつもり。
今週はこんな感じで特に何も決めず、ゆっくり過ごす予定。
1ヶ月のWSの疲れをゆっくりとって、コナクリを良く感じてから今後の動きを決める。
選択肢は2つ、コナクリに滞在しながらミュージシャンのワークを受けたり一緒に叩いたりするか、村へ行ってリアルな祭りや生活を体感するか。
いずれにしてももう少しゆっくりしながら考える。
滞在先は予想よりは快適。
電気は夜だけ。
食事するところや雑貨屋やカフェは近所にあるので生活インフラは悪くない。だけど、シャワーとトイレと洗濯はいきなり過酷になった。
インターネットカフェはあるけど、接続状況は悪い。
でもBAMAKOより好きだなココ。
ファムドゥWS無事終了
昨日、ファムドゥ・コナテのWSが終了した。
最終の午後のクラスは、それまで2チームに分かれて行っていたワークを統合してやった。太鼓を叩かずに、写真を撮っている人が多かった。
なんだかこれで最後かと思うと結構感慨深いものがあって、ワーク中にも関わらずウルっときそうになった。
皆同じ気持ちだったようで、喋らなくてもそれが伝わってくるようだった。
皆それぞれ苦労があったはずで、それが理解できるし、それをお互い無言で(気持ちの中だけで)ねぎらっているようだった。
クラスの最後にはファムドゥファミリーが「ありがとう、元気でね、さようなら」って意味のリズムを皆で目を潤ませながら合唱し演奏してくれるもんだから、感極まって皆目を赤くしてた。
WSはファムドゥの言葉で閉められ、皆はなにかやりきった感で充実していたようで、お互いとても清清しい気持ちで握手し、ハグしあった。
ニジェール川をゆっくり思い出に落とし込むように眺めたら今まで目に入らなかった建物や舟が見えて、景色がまたいつもと違って見えた。
上を見ると薄いピンクの雲がかかる夕暮れで、「あぁ久々に空を見上げた」と思った。
周りにいる人たちが急に愛おしく思えた。
思えばいろんな気持ちになったこの一ヶ月だった。
日本を出て一人で知らないところへ乗り込む漠然とした不安。
言葉がわからないためにコミニケーションがとりきれないこと。
そのため殻に閉じこもりそうになったこと。
その都度助けてくれたり気にかけてくれる人がいたこと。
自分がなんでここにいるのか自問自答したこと。
本当にそれになりたいか何度も自分に問うたこと。
未来を鮮明にイメージしたこと。
土台をつくる基礎工事だと気づいたこと。
2週間目に開き直って、日本語でもジェスチャーでもなんでもつかって伝えまくったら以外に伝わったこと。
自分でいっぱいいっぱいだったので他の人の事まで考える余裕が無かったこと。
ワーク中、自分よりうまいやつがもてはやされて嫉妬したこと。
ワーク中うまくファムドゥ師匠とコミュニケーションできず、悲しいと思ったこと。
その都度自分の目的をはっきりさせる必要があったこと。
ギニアンのSTAFFや現地のマリアンが「きやき~」と声をかけてくれるのが嬉しかったこと。
最終的に皆に、「お前はコメディアンになれ」と言われたこと。
いつだって振り返れば全ていい経験になるのは間違いないけど、乗り越えている最中ってのはゴールがいつくるかもわからないで荒れた海を泳いでいるようなもんだ。
波の高低差が高ければ高いほど自分の小ささや器が鮮明にさらけだされて、そしてそんな自分を余計な知恵やプライドが邪魔してなかなか受け入れられない。本当にやっかいだ。これが壁ってやつだろう。
出来ないことはできない。知らないことは知らない。
いつでもあるがまま。そのままの自分の器を自分で認めて、無理せず出来ることをしながら広げていけばいいんだ。
他人と比較したりせずに。
次はいよいよギニア。明日の朝5時にファムドゥファミリーと一緒にBAMAKOを発つ。
首都コナクリに滞在し師匠を見つけて直接交渉し、住み込みで毎日レッスンを受ける。
これからの土台となる本格基礎工事だ。
リズムの感覚とグルーブをしっかり自分のモノにする。
もがくもがくもがく。
何がなんだかわからないうちはもがいて吸収して租借して飲み込んでたまに容量オーバーで嘔吐してまた飲み込んでの繰り返しだ。
これからが修行本番。しっかりした土台をつくり、大地に根付かせる為にきっちりとみっちりと太鼓まみれ音楽まみれのより濃厚な1ヶ月半を過ごす。
さぁ2ndステージの始まりだ!
昨日、同じ東京の音楽仲間のソウヤとその彼女のユキちゃんと会った。
彼らも音楽修行にBAMAKOに来ているが俺と一緒にギニアに行く。
そしてその3時間後、WSから帰るとVILLAの前にバンド仲間の中村パパとイッシがいた。そのあとガッシュも到着。いきなり居酒屋の雰囲気でまるで東京に戻ったようだった。
イクヨ、ガラス球うけとったよ。ありがとう!
最終の午後のクラスは、それまで2チームに分かれて行っていたワークを統合してやった。太鼓を叩かずに、写真を撮っている人が多かった。
なんだかこれで最後かと思うと結構感慨深いものがあって、ワーク中にも関わらずウルっときそうになった。
皆同じ気持ちだったようで、喋らなくてもそれが伝わってくるようだった。
皆それぞれ苦労があったはずで、それが理解できるし、それをお互い無言で(気持ちの中だけで)ねぎらっているようだった。
クラスの最後にはファムドゥファミリーが「ありがとう、元気でね、さようなら」って意味のリズムを皆で目を潤ませながら合唱し演奏してくれるもんだから、感極まって皆目を赤くしてた。
WSはファムドゥの言葉で閉められ、皆はなにかやりきった感で充実していたようで、お互いとても清清しい気持ちで握手し、ハグしあった。
ニジェール川をゆっくり思い出に落とし込むように眺めたら今まで目に入らなかった建物や舟が見えて、景色がまたいつもと違って見えた。
上を見ると薄いピンクの雲がかかる夕暮れで、「あぁ久々に空を見上げた」と思った。
周りにいる人たちが急に愛おしく思えた。
思えばいろんな気持ちになったこの一ヶ月だった。
日本を出て一人で知らないところへ乗り込む漠然とした不安。
言葉がわからないためにコミニケーションがとりきれないこと。
そのため殻に閉じこもりそうになったこと。
その都度助けてくれたり気にかけてくれる人がいたこと。
自分がなんでここにいるのか自問自答したこと。
本当にそれになりたいか何度も自分に問うたこと。
未来を鮮明にイメージしたこと。
土台をつくる基礎工事だと気づいたこと。
2週間目に開き直って、日本語でもジェスチャーでもなんでもつかって伝えまくったら以外に伝わったこと。
自分でいっぱいいっぱいだったので他の人の事まで考える余裕が無かったこと。
ワーク中、自分よりうまいやつがもてはやされて嫉妬したこと。
ワーク中うまくファムドゥ師匠とコミュニケーションできず、悲しいと思ったこと。
その都度自分の目的をはっきりさせる必要があったこと。
ギニアンのSTAFFや現地のマリアンが「きやき~」と声をかけてくれるのが嬉しかったこと。
最終的に皆に、「お前はコメディアンになれ」と言われたこと。
いつだって振り返れば全ていい経験になるのは間違いないけど、乗り越えている最中ってのはゴールがいつくるかもわからないで荒れた海を泳いでいるようなもんだ。
波の高低差が高ければ高いほど自分の小ささや器が鮮明にさらけだされて、そしてそんな自分を余計な知恵やプライドが邪魔してなかなか受け入れられない。本当にやっかいだ。これが壁ってやつだろう。
出来ないことはできない。知らないことは知らない。
いつでもあるがまま。そのままの自分の器を自分で認めて、無理せず出来ることをしながら広げていけばいいんだ。
他人と比較したりせずに。
次はいよいよギニア。明日の朝5時にファムドゥファミリーと一緒にBAMAKOを発つ。
首都コナクリに滞在し師匠を見つけて直接交渉し、住み込みで毎日レッスンを受ける。
これからの土台となる本格基礎工事だ。
リズムの感覚とグルーブをしっかり自分のモノにする。
もがくもがくもがく。
何がなんだかわからないうちはもがいて吸収して租借して飲み込んでたまに容量オーバーで嘔吐してまた飲み込んでの繰り返しだ。
これからが修行本番。しっかりした土台をつくり、大地に根付かせる為にきっちりとみっちりと太鼓まみれ音楽まみれのより濃厚な1ヶ月半を過ごす。
さぁ2ndステージの始まりだ!
昨日、同じ東京の音楽仲間のソウヤとその彼女のユキちゃんと会った。
彼らも音楽修行にBAMAKOに来ているが俺と一緒にギニアに行く。
そしてその3時間後、WSから帰るとVILLAの前にバンド仲間の中村パパとイッシがいた。そのあとガッシュも到着。いきなり居酒屋の雰囲気でまるで東京に戻ったようだった。
イクヨ、ガラス球うけとったよ。ありがとう!
誕生日とBAMAKOのCLUBで演奏デビューとSHITポリス!
昨日は誕生日だった。
まさか35歳の誕生日を知り合いもいない西アフリカで日本人一人で迎えるなんて思ってもみなかった。
その日は朝からWSに参加している皆が日本語でハッピバースデイを歌ってくれ、ワークの最中もファムドゥ師匠が唄を歌ってくれた。
そして夜はファムドゥ師匠の粋な計らいで、ファムドゥファミリーの女性チームが唄に踊りに寸劇とで祝ってくれた。
カナダ人の一人がラムを開けてくれ、皆で乾杯した。
久々に飲んだ酒はなぜかあまり旨くなかったけど、酔い心地は格別だった。
夜9時くらいに近くのBAR(といっても、空き地に椅子が並んでてビール売ってるだけ)に、仲良くしてもらってるアイルランド人カップルと同じくアイルランド好青年とクロアチア人のルームメイトと行く。
アイルランド人カップルの中で流行っている「ソーセージ」というゲーム(どんな質問をされてもソーセージとしか答えちゃいけなくて、シリアスな顔して絶対に笑ってはいけないというゲーム)でひとしきり盛り上がり、ほろ酔いのまま皆でタクシーでクラブへ行った。
タクシー降りて大通り沿いのエントランスをくぐるとそこは中庭みたいになっていて、木々の下に無造作にソファが並び、地元の若い子達がビール片手に踊ったりふざけたり。
BARカウンターもあり、ゆっくりくつろげる雰囲気の中庭の向こうには、コンクリートの建物があり、その中で生バンドが演奏している。
建物は天井が高く、やっぱりソファが無造作にちらかっていて、皆思い思いに踊ってる。安い照明とネオンがタバコの煙をとおして床のちらかったビールの空き瓶やら吸殻やらを照らしているなか、派手なお姉ちゃん達が楽しそうに喋ってる。
物凄いラフでスモーキーで悪そうな雰囲気。
でも音楽を楽しんでいる姿は皆ほんと楽しそう。
こっちも自然にテンション上がる。
基本、バンドは変わらないけどボーカルが次々と変わり、人気のあるシンガーの時は客のテンションの上がり方が半端ない。
ビール片手に腰をグリングリンさせて踊る踊る!
女の子がみな強気で勢いがある。
「どきなさいよ、アタシが踊ってんのよ?」みたいな感じ。
音はやっぱりマリのそれっぽい感じで、オフビートのアクセントを入れまくるドラムに、変拍子でループするベースに、コラっぽく弾くギターがまた独特。
時に語るように最初の何言かを高く張り上げて歌うシンガーがまたいい感じ。
そこにもちろんジャンベもいて、曲を盛り上げたりダンサーを煽ったりしている。
決してパーカッションという位置づけではなくて、バンドやシンガーやダンサーのテンションを上げ下げする貴重なリズムのグルーブマエストロって感じ。
今までのパーカッションの概念がどこかに吹き飛んだ。
うん、こういう風にしてもいいんだな。
ちょっとでも盗もうとバンドの傍に行き、ジャンベ奏者の真横でがっつり見る。
「うわお!まったく凄いとこで複雑なロール入れるなぁ」とか、「ありゃオフすぎて戻れなくなったよ」とか日本語でいちいち感嘆してたらジャンベ奏者と目が合った。
え?
なにその手招き?
もしかしてそのジェスチャーは叩けっていってる?
わお!
やったー!
チャンスだとばかりに、少し遠慮したふりしてステージに入る。
奏者からジャンベを受け取り、椅子に座る。
ベースやギターは「お前だれだ?大丈夫か?」みたいな顔してる。
ボーカルは気付いてない。客もまだ気付いてない。
すぐさま叩き始めた。
曲の途中からだったけど、そのボーカルの上げ所を壊さないように、バンドのグルーブを壊さずむしろ足せるように、ダンサーが踊れるように調整しながらファムドゥ師匠からならったいくつかのオフビートのソロを入れてみる。
あれ?いけてるかも?
なかなかしっくりきてる気がするぞ!
まわりをみるとベースの奴と目があってウィンクしてうなずいてくれた。
ギターも笑ってる。さっきのジャンベ奏者は黙ってうなずいてる。
やった。
どかされないですんでる。
交代しないでいけるかも!
よし行こう。この感じでこの曲はやろう。
ファムドゥ師匠に教わったものを試しまくったけど、ものすごくしっくりはまった。
そのまま一曲を叩ききった。
なんか上手くなってる気がした。
お客さんもいきなり入ってジャンベを叩いた東洋人に拍手をくれた。
その後何曲か叩き、バンドの人たちとも演奏中にコミュニケーションが取れて物凄く楽しい時間っを過ごせた。なにより自分のジャンベが通用したのが嬉しかった。
もちろんバンドやお客さんの寛大な心のお陰であることは間違いないし、本当に通用してたのかといえば全然まだまだだ。ヒヨコが歩かせてもらったみたいなレベルの話だ。それでも音楽大国マリの首都BAMAKOの有名なクラブで何曲か演奏できた上に、交代させられたりどかされたりしなかったのがもの凄くうれしかった。
歩けないヒヨコも多い中、俺は(助けられながらとはいえ)自分の足で歩き始めたんだ。
これはきっと本当に大きな自信になる。これから進む道に明るい光が見えた瞬間だった。
この延長線上に目指す場所が確実にある。
深夜も遅くなったので、皆で近くの屋台に移動。
グリグリ回る丸焼きチキンとクロワッサンをビールで流し込んでからタクシーで帰路についた。その時点で夜中2時。
途中またもや身が引き締まる思いをした。
大きな国道を降りるとき、2台のタクシーは4人のポリスに止められた。
全員車からだされ、パスポートを見せろという。
もっている奴も持っていない奴もいる。
最初ポリスはこういった。「あぁビザだけじゃこの国はだめだ。証明書を出せ」
そんなものもってないというと、「ではポリスステーションまで来てもらう」という。
もう一人の俺らの仲間が「今パスポートないけどここから5分のところにSTAYしててそこにあるからとってくる」というと、今度は「なにパスポート不携帯か?それは問題だ。パスポート持っている奴は帰っていいけどもってない奴はポリスステーションに来てもらう」。
言ってることがめちゃくちゃだ。
酒も入ってたし、頭にきたので片言の英語で文句言うと今度は俺だけしょっ引こうとする。しかもいちいち肩にかけた小型銃をちらちら見せてくる。
タカリだ。ポリスのタカリ。
ギニアには多いと聞いていたけど、マリではめったにないと聞いていた。
運悪く俺達はこのタカリポリスに会ってしまった。
なんやかんやもめたが結局最後は皆金をはらって終了。
そのクソポリス達は最後「仕事に協力してくれたありがとう。BAMAKOを楽しんでくれ」と笑顔で握手してきやがった。
FUCK!くたばりやがれクソポリス!!!
本当に胸糞悪い出来事だった。
でも大いに反省した。
見知らぬ国で土地勘もない外国人が酔って深夜にタクシーにのるなんて、そりゃ鴨ネギだろう。油断が招いた自業自得の出来事。出費のある勉強だった。
脇閉めなおして生活しよう。ここは西アフリカだ。
ファムドゥ師匠のWSもあと3日で終わる。
短いようで長い1ヶ月だった。
19日には参加者達の多くは帰国する。
俺は20日にオーガナイザーのHelenとファムドゥファミリーと一緒にギニアのコナクリへ車で向かう。
ガス代割り勘で飯と途中宿泊は自分もちという好条件だ。
21日にはコナクリに到着する予定。
まさか35歳の誕生日を知り合いもいない西アフリカで日本人一人で迎えるなんて思ってもみなかった。
その日は朝からWSに参加している皆が日本語でハッピバースデイを歌ってくれ、ワークの最中もファムドゥ師匠が唄を歌ってくれた。
そして夜はファムドゥ師匠の粋な計らいで、ファムドゥファミリーの女性チームが唄に踊りに寸劇とで祝ってくれた。
カナダ人の一人がラムを開けてくれ、皆で乾杯した。
久々に飲んだ酒はなぜかあまり旨くなかったけど、酔い心地は格別だった。
夜9時くらいに近くのBAR(といっても、空き地に椅子が並んでてビール売ってるだけ)に、仲良くしてもらってるアイルランド人カップルと同じくアイルランド好青年とクロアチア人のルームメイトと行く。
アイルランド人カップルの中で流行っている「ソーセージ」というゲーム(どんな質問をされてもソーセージとしか答えちゃいけなくて、シリアスな顔して絶対に笑ってはいけないというゲーム)でひとしきり盛り上がり、ほろ酔いのまま皆でタクシーでクラブへ行った。
タクシー降りて大通り沿いのエントランスをくぐるとそこは中庭みたいになっていて、木々の下に無造作にソファが並び、地元の若い子達がビール片手に踊ったりふざけたり。
BARカウンターもあり、ゆっくりくつろげる雰囲気の中庭の向こうには、コンクリートの建物があり、その中で生バンドが演奏している。
建物は天井が高く、やっぱりソファが無造作にちらかっていて、皆思い思いに踊ってる。安い照明とネオンがタバコの煙をとおして床のちらかったビールの空き瓶やら吸殻やらを照らしているなか、派手なお姉ちゃん達が楽しそうに喋ってる。
物凄いラフでスモーキーで悪そうな雰囲気。
でも音楽を楽しんでいる姿は皆ほんと楽しそう。
こっちも自然にテンション上がる。
基本、バンドは変わらないけどボーカルが次々と変わり、人気のあるシンガーの時は客のテンションの上がり方が半端ない。
ビール片手に腰をグリングリンさせて踊る踊る!
女の子がみな強気で勢いがある。
「どきなさいよ、アタシが踊ってんのよ?」みたいな感じ。
音はやっぱりマリのそれっぽい感じで、オフビートのアクセントを入れまくるドラムに、変拍子でループするベースに、コラっぽく弾くギターがまた独特。
時に語るように最初の何言かを高く張り上げて歌うシンガーがまたいい感じ。
そこにもちろんジャンベもいて、曲を盛り上げたりダンサーを煽ったりしている。
決してパーカッションという位置づけではなくて、バンドやシンガーやダンサーのテンションを上げ下げする貴重なリズムのグルーブマエストロって感じ。
今までのパーカッションの概念がどこかに吹き飛んだ。
うん、こういう風にしてもいいんだな。
ちょっとでも盗もうとバンドの傍に行き、ジャンベ奏者の真横でがっつり見る。
「うわお!まったく凄いとこで複雑なロール入れるなぁ」とか、「ありゃオフすぎて戻れなくなったよ」とか日本語でいちいち感嘆してたらジャンベ奏者と目が合った。
え?
なにその手招き?
もしかしてそのジェスチャーは叩けっていってる?
わお!
やったー!
チャンスだとばかりに、少し遠慮したふりしてステージに入る。
奏者からジャンベを受け取り、椅子に座る。
ベースやギターは「お前だれだ?大丈夫か?」みたいな顔してる。
ボーカルは気付いてない。客もまだ気付いてない。
すぐさま叩き始めた。
曲の途中からだったけど、そのボーカルの上げ所を壊さないように、バンドのグルーブを壊さずむしろ足せるように、ダンサーが踊れるように調整しながらファムドゥ師匠からならったいくつかのオフビートのソロを入れてみる。
あれ?いけてるかも?
なかなかしっくりきてる気がするぞ!
まわりをみるとベースの奴と目があってウィンクしてうなずいてくれた。
ギターも笑ってる。さっきのジャンベ奏者は黙ってうなずいてる。
やった。
どかされないですんでる。
交代しないでいけるかも!
よし行こう。この感じでこの曲はやろう。
ファムドゥ師匠に教わったものを試しまくったけど、ものすごくしっくりはまった。
そのまま一曲を叩ききった。
なんか上手くなってる気がした。
お客さんもいきなり入ってジャンベを叩いた東洋人に拍手をくれた。
その後何曲か叩き、バンドの人たちとも演奏中にコミュニケーションが取れて物凄く楽しい時間っを過ごせた。なにより自分のジャンベが通用したのが嬉しかった。
もちろんバンドやお客さんの寛大な心のお陰であることは間違いないし、本当に通用してたのかといえば全然まだまだだ。ヒヨコが歩かせてもらったみたいなレベルの話だ。それでも音楽大国マリの首都BAMAKOの有名なクラブで何曲か演奏できた上に、交代させられたりどかされたりしなかったのがもの凄くうれしかった。
歩けないヒヨコも多い中、俺は(助けられながらとはいえ)自分の足で歩き始めたんだ。
これはきっと本当に大きな自信になる。これから進む道に明るい光が見えた瞬間だった。
この延長線上に目指す場所が確実にある。
深夜も遅くなったので、皆で近くの屋台に移動。
グリグリ回る丸焼きチキンとクロワッサンをビールで流し込んでからタクシーで帰路についた。その時点で夜中2時。
途中またもや身が引き締まる思いをした。
大きな国道を降りるとき、2台のタクシーは4人のポリスに止められた。
全員車からだされ、パスポートを見せろという。
もっている奴も持っていない奴もいる。
最初ポリスはこういった。「あぁビザだけじゃこの国はだめだ。証明書を出せ」
そんなものもってないというと、「ではポリスステーションまで来てもらう」という。
もう一人の俺らの仲間が「今パスポートないけどここから5分のところにSTAYしててそこにあるからとってくる」というと、今度は「なにパスポート不携帯か?それは問題だ。パスポート持っている奴は帰っていいけどもってない奴はポリスステーションに来てもらう」。
言ってることがめちゃくちゃだ。
酒も入ってたし、頭にきたので片言の英語で文句言うと今度は俺だけしょっ引こうとする。しかもいちいち肩にかけた小型銃をちらちら見せてくる。
タカリだ。ポリスのタカリ。
ギニアには多いと聞いていたけど、マリではめったにないと聞いていた。
運悪く俺達はこのタカリポリスに会ってしまった。
なんやかんやもめたが結局最後は皆金をはらって終了。
そのクソポリス達は最後「仕事に協力してくれたありがとう。BAMAKOを楽しんでくれ」と笑顔で握手してきやがった。
FUCK!くたばりやがれクソポリス!!!
本当に胸糞悪い出来事だった。
でも大いに反省した。
見知らぬ国で土地勘もない外国人が酔って深夜にタクシーにのるなんて、そりゃ鴨ネギだろう。油断が招いた自業自得の出来事。出費のある勉強だった。
脇閉めなおして生活しよう。ここは西アフリカだ。
ファムドゥ師匠のWSもあと3日で終わる。
短いようで長い1ヶ月だった。
19日には参加者達の多くは帰国する。
俺は20日にオーガナイザーのHelenとファムドゥファミリーと一緒にギニアのコナクリへ車で向かう。
ガス代割り勘で飯と途中宿泊は自分もちという好条件だ。
21日にはコナクリに到着する予定。