ファムドゥファミリーLIVEinBAMAKO
一昨日、車で15分くらい走った所にあるエレガントなホテルの広い庭ででファムドゥファミリーが盛大なLIVEをやってくれた。
縁のあるホテルの宿泊客とワークの生徒達への特別な計らいだった。
アメリカ人女性のHelenがオーガナイズする今回のworkshopは、本来であればギニアのコナクリで行われる予定だった。だけど、ここ数年ギニアの政情が非常に不安定であり、昨年はデモ参加者にむけて軍が発砲し100人以上が亡くなったり、大統領が撃たれたりという事件が重なったせいで、コナクリでの開催をあきらめBAMAKOに場所を移して開かれることになったのだ。
しかしここBAMAKOでも、最初の1週間は予定通り滞在しているVILLAの屋上でWorkshopを行っていたのだけど、イスラム教の祈りの時間と重なるという問題があって、2週目以降はは違う場所で行わざるを得ない状況になっている。(二ジュール川のほとりでノンビリしてて俺は好きだけど)
VILLAで夕食後に3度以上は行われる予定だったファムドゥとその仲間のLIVEも、そのために出来なくなった。
この事をファムドゥ達は本当にすまなく思っているようだ。
VILLAでは禁止になったにも関わらず、楽器を変えて小さい音で伝統音楽を聞かせてくれたりしていた。
毎日毎日、もっと音楽を見せたい、伝えたい、マリンケ族の伝統や文化を感じて帰ってもらいたいという想いがひしひし伝わってきていた。
そんな背景があって、一昨日ホテルでのLIVEは行われた。
ドゥンドゥンバという皆の大好きなリズムからLIVEはスタート。
皆伝統の衣装をまとい、何人かのダンサーが華を添える。
ファムドゥの額の汗、顔を上にまっすぐあげて歌う女性達、ドゥンドゥンの楽しそうな顔、本当に一生懸命心をこめて演奏しているのがドカンドカン伝わってくる。
LIVEの途中でファムドゥが言った。
「今回のWorkshopは問題が沢山ある。コナクリも問題がありBAMAKOでもそうだ。本当に申し訳ないと思う。どうか今夜は私達の音楽を楽しんでください。そして私達の文化に触れてください。」
心の底から皆を楽しませようと、ステージにいるミュージシャン全員が気持ちが一つになって演奏してくれているのがひしひしと伝わってくる。
一生懸命。
一生懸命。
一生懸命が沢山あった。
心の底から一生懸命伝えたい事を演奏してくれた。
鳥肌が止まらなかった。
踊り、笑い、驚き、感嘆するたびに鳥肌。
一生懸命やっている姿って感動する。
一生懸命やることはやっぱり素晴らしい。人の心を揺り動かす。
最後にファムドゥは言った。
「本当にすまないと思う。しかし、どんな問題があってもリズムを教えることは絶対にあきらめないから!」
熱いっす!ファムドゥ師匠!
70歳!バリバリ元気!
明日の朝、いよいよメインイベント、サンバララ村へ向かいます。
朝4時に車で出発だって。。。
途中国境付近での検問がスムーズであれば7時間前後の旅。
村には4日滞在し、12日の夜にBamakoに戻ってきます。
その間ネットも電気もない生活です。
超緊急の場合は下へ連絡してください。
◇ギニアンSTAFFの携帯電話
Fode Camara
223-6850-8393
もう一つ、師匠の名言
「世界にも問題は沢山ある。国は違うし言葉も違う。でもお互いにリスペクトを忘れず、色んな考え方や知恵を集めれば解決できる問題は沢山あると私は思う。」
縁のあるホテルの宿泊客とワークの生徒達への特別な計らいだった。
アメリカ人女性のHelenがオーガナイズする今回のworkshopは、本来であればギニアのコナクリで行われる予定だった。だけど、ここ数年ギニアの政情が非常に不安定であり、昨年はデモ参加者にむけて軍が発砲し100人以上が亡くなったり、大統領が撃たれたりという事件が重なったせいで、コナクリでの開催をあきらめBAMAKOに場所を移して開かれることになったのだ。
しかしここBAMAKOでも、最初の1週間は予定通り滞在しているVILLAの屋上でWorkshopを行っていたのだけど、イスラム教の祈りの時間と重なるという問題があって、2週目以降はは違う場所で行わざるを得ない状況になっている。(二ジュール川のほとりでノンビリしてて俺は好きだけど)
VILLAで夕食後に3度以上は行われる予定だったファムドゥとその仲間のLIVEも、そのために出来なくなった。
この事をファムドゥ達は本当にすまなく思っているようだ。
VILLAでは禁止になったにも関わらず、楽器を変えて小さい音で伝統音楽を聞かせてくれたりしていた。
毎日毎日、もっと音楽を見せたい、伝えたい、マリンケ族の伝統や文化を感じて帰ってもらいたいという想いがひしひし伝わってきていた。
そんな背景があって、一昨日ホテルでのLIVEは行われた。
ドゥンドゥンバという皆の大好きなリズムからLIVEはスタート。
皆伝統の衣装をまとい、何人かのダンサーが華を添える。
ファムドゥの額の汗、顔を上にまっすぐあげて歌う女性達、ドゥンドゥンの楽しそうな顔、本当に一生懸命心をこめて演奏しているのがドカンドカン伝わってくる。
LIVEの途中でファムドゥが言った。
「今回のWorkshopは問題が沢山ある。コナクリも問題がありBAMAKOでもそうだ。本当に申し訳ないと思う。どうか今夜は私達の音楽を楽しんでください。そして私達の文化に触れてください。」
心の底から皆を楽しませようと、ステージにいるミュージシャン全員が気持ちが一つになって演奏してくれているのがひしひしと伝わってくる。
一生懸命。
一生懸命。
一生懸命が沢山あった。
心の底から一生懸命伝えたい事を演奏してくれた。
鳥肌が止まらなかった。
踊り、笑い、驚き、感嘆するたびに鳥肌。
一生懸命やっている姿って感動する。
一生懸命やることはやっぱり素晴らしい。人の心を揺り動かす。
最後にファムドゥは言った。
「本当にすまないと思う。しかし、どんな問題があってもリズムを教えることは絶対にあきらめないから!」
熱いっす!ファムドゥ師匠!
70歳!バリバリ元気!
明日の朝、いよいよメインイベント、サンバララ村へ向かいます。
朝4時に車で出発だって。。。
途中国境付近での検問がスムーズであれば7時間前後の旅。
村には4日滞在し、12日の夜にBamakoに戻ってきます。
その間ネットも電気もない生活です。
超緊急の場合は下へ連絡してください。
◇ギニアンSTAFFの携帯電話
Fode Camara
223-6850-8393
もう一つ、師匠の名言
「世界にも問題は沢山ある。国は違うし言葉も違う。でもお互いにリスペクトを忘れず、色んな考え方や知恵を集めれば解決できる問題は沢山あると私は思う。」
ジュ パーレ ジャポネ!
2月入ってワークも2週目の半ばになった。
先週まではVILLAの屋上でワークを行っていたんだけど、イスラム教が殆どであるご近所から「静かにお祈りができない」とクレームがあり今週からワークの場所が変わった。
住居はそのまま。
新しい場所は車で15分くらいのとこなんだけどニジェール川のほとりの畑の目の前の大きな木の下。
対岸には大きなバオバブ達が見え、その向こうには丘陵がゆったりと広がってる。夕暮れ時なんか近所の人が畑で仕事して、子供達が走り回って、お母さん達が食事の用意をしているんであろう煙があちこちで上がって、それはそれはのどかでおおらかで牧歌的でとても気分がいい。
思わずいい奴になってしまいそうだ。
ワークの内容はそれに反比例して難しくなってきている。
習うリズムも徐々に複雑になっていて、今はKONKOBAとKONDENとクルサ地方の中のハマナ地域のDJAAをやっている。
これらのリズムのトラディショナルソロは殆ど全てがオフビートで、相当ハードルが高いので本当に充実している。存分に悪戦苦闘&四苦八苦していて手ごたえばっちりだ。
メンバーも付いていけてる人とそうでない人がはっきりしてきた。
才能があるとかないとかじゃなくて、やったことある人は思い出しながらできるけど、まったく初めてそのリズムを聞く人は最初は何がなんだかわからない。
こればっかりは経験の差がでる。
いずれにしてもワーク中非常に高い集中力が必要だ。
リズムに対する慣れと多々あるオフビートソロの順番と手順を覚えること、それからイントロとブレイクを覚える必要がある。
そして3日と同じリズムはやらないので本当に復習が大事。
でももし自分が目標に近づきたいなら、行きたい場所に行くなら、実際これくらい出来る様にならないと話にならないなぁと思う。
ステージでみた何人もの太鼓たたきはオフビートを自由自在にバリバリ叩いていたし、そこら中に本当に上手いジャンベ叩きが沢山いる。追いつきたいならやるしかない。しかしながらファムドゥ師匠が見せてくれるインプロのソロは完全に別格だと感じる。なんかもう怪物だもんな。理解の度を越えている。
そういう意味でも今凄い貴重な経験をさせてもらってるなぁと思う。
間違いなく吸収して自分のものにする。
話は変わるが先日コンサートの帰りに少しびっくりしたことがあった。
深夜12時過ぎに皆でタクシーでVILLAに着き、欧米系は皆部屋に入っていったが俺と何人かのギニアンSTAFFは、塀でかこわれた門の外のほとんど車の通らない道路沿いでタバコを吸っていた。近所のマリアンも何人かいてなんとなく皆で談笑。
そしたら急に一人のマリアンが立ち上がり通りの左奥をみて何か言った。
するとその場にいる全員が立ち上がって深刻な顔で何やら話している。
するとその左奥から2台のジープがこっちへ向かってはしってきた。
近づくにつれてジープの中から何人かがこっちに向かって怒鳴っているのがわかった。
次の瞬間、突然ギニアンのSTAFFの一人が俺の腕を強くつかんで全力で門の中におしこんだ。
残りの何人かも物凄い慌てて我先にと門の中へ入ると、鍵を完全に閉めてしゃがまされた。
なにがなんだかわからずなされるがままだったけど、何分かしてからみな落ち着きを取り戻し、一人が門をあけて様子をみて安全を確認すると皆また外に出た。
つたない英語とフランス語で何が起きたのか聞くと、とにかく「ミリタリーだ、ミリタリーだ」という。なぜ逃げなきゃいけないのかまでは聞き取れず理解できなかったけど、いずれにしても危険な一瞬であったことは間違いないだろう。
とにかく本当に彼らは慌てていたし緊張していたし、その後も警戒を解かなかった。
全力でつかまれた腕はしばらく痛かった。
実際俺にはまったく初めての事で危険と言う認識も危機感もその時は全く持てなかったけど、日常的に身についた条件反射であろうこの行為を見て、ギニアの人たちが普段どんな暮らしをしているのかが少し垣間見えた気がした。
そんな状態のときに俺の安全を考えてくれたSTAFFに少し驚きつつ感謝した。
ファムドウのワークのSTAFF達とはお互い少しづつ慣れてき始めている。
彼らは日本人に知り合いが多いと言う。しっている日本人のジャンベ叩きやダンサーの名前を片っ端から言いあげては「知っているか?」と聞いてくる。
中には本当に俺が知っている人もいたので「ああ知っているよ。こんな感じでこんな髪型のでしょ?」なんて言うと多いに盛り上がる。
変な日本語も沢山知っていて、中には単語の片言だけどしっかり日本語でコミュニケーションとれるギニアンもいる。
きけば毎年この時期ギニアは日本人が多いらしい。
どこの国いってもそうだろうけど誰が教えたのか、「ロッポンギ」とか「ヨシワラ」とか各種下ネタを替え歌で言ってくる奴もいて、正直ちょっとウザい。
少し困ったなと思うのは、慣れてきたせいか、彼らが少し横柄だったりタカるようになってきた事だ。
ある奴は最初は丁寧にタバコをくれないか?と聞いてきたのに、今は目の前に立って黙って手を差し出してくる。あげくにタバコをあげても礼はいわなくなった。
今日はある奴にジュースを買ってくれないかとせがまれた。
「ケヤキ、友達だろ?俺の事好きじゃないのか?ジュースを一本買ってくれよ」と。
あぁめんどくせぇ。
「No!」
といって立ち去った。」
最初からそうならいいけど変わってきたってのがどうかと思う。まぁもともとそれが普通なんだろうけど、最初が丁寧だっただけに、今のところ俺はこの変化をあまり良いようにはとれていない。日本人特有の感覚か?俺だけか?はたまた警戒しすぎか。
もう少し時間がたてばきっとわかるでしょう。
いずれにしても少し気を引き締めないとな、と思った。
お互い慣れてきたとはいえ、俺は金がある国からきている仲間もいない言葉のできないジャパニーズだし、かれらは地元であり、ミリタリーを見れば体を緊張させ警戒する金のない人々だ。
もちろん日本の感覚なんか通用しない。
ヘラヘラニコニコなんてしてられない。ビシッとしてないとナメられたり足元みられたりして結果こっちが嫌な気分になるかもしれない。
しっかりビシッと気持ち引き締めないと。
NoはNo。YesはYes。自分の大切なものは時間なり金なりきっちり自分で管理してコントロールして自分の気持ちは大事にながらきちっと相手に伝えなきゃいけない。
こんな異国の言葉も通じず習慣も違う所で自分を支えるのは自分だけだ。
自分を立たせているのは背骨になる信念だ。
何を大切に思うのか、何を優先させるのか、何がゆずれなくて何が誇りなのか。
何の為にここに来たのか、何になりたくてここにいるのか。
毎日毎日しっかり自分に刻み込もうと思う今日この頃です。
若干ではあるが英語が少し聞き取れるようになってきている。
フランス語は知っている単語が少し増えたぐらいで会話の内容はまだまだ全然わからない。
そんなこんなで相変わらずフランス語で流暢に笑いあう欧米やギニアンの人の輪に入っていけなく、食事時と食後の談笑タイムが若干きつい。
それでも一週間前よりはましだけど。。。
とにかく今は冷静に自分のペースを守り、目標に近づく為に自分に課したものをやり続けるのみです。
毎日自分を律しながらやるべき事を先にやり、空いた時間は本当にやりたい事をやる。冷静に何が必要か未来の計画と今必要なものは何かをきちんと毎日思いながら。
まったく自分と対峙しまくりのMALIの日々ですわい。
Yes!Keep!going!
こっちへきてこれだけは思った。言葉は喋れるだけ喋れたほうがいい!
そして、フランス語くらい喋れるようになってやるぜ~!!!バカヤロー!!!
メルスィ~メルスィ~トレビア~ン!サバビア~ン!
あぁシメ鯖くいたい!!!
7日の日曜日、いよいよギニアのサンバララ村に向けて出発します。じゅ
先週まではVILLAの屋上でワークを行っていたんだけど、イスラム教が殆どであるご近所から「静かにお祈りができない」とクレームがあり今週からワークの場所が変わった。
住居はそのまま。
新しい場所は車で15分くらいのとこなんだけどニジェール川のほとりの畑の目の前の大きな木の下。
対岸には大きなバオバブ達が見え、その向こうには丘陵がゆったりと広がってる。夕暮れ時なんか近所の人が畑で仕事して、子供達が走り回って、お母さん達が食事の用意をしているんであろう煙があちこちで上がって、それはそれはのどかでおおらかで牧歌的でとても気分がいい。
思わずいい奴になってしまいそうだ。
ワークの内容はそれに反比例して難しくなってきている。
習うリズムも徐々に複雑になっていて、今はKONKOBAとKONDENとクルサ地方の中のハマナ地域のDJAAをやっている。
これらのリズムのトラディショナルソロは殆ど全てがオフビートで、相当ハードルが高いので本当に充実している。存分に悪戦苦闘&四苦八苦していて手ごたえばっちりだ。
メンバーも付いていけてる人とそうでない人がはっきりしてきた。
才能があるとかないとかじゃなくて、やったことある人は思い出しながらできるけど、まったく初めてそのリズムを聞く人は最初は何がなんだかわからない。
こればっかりは経験の差がでる。
いずれにしてもワーク中非常に高い集中力が必要だ。
リズムに対する慣れと多々あるオフビートソロの順番と手順を覚えること、それからイントロとブレイクを覚える必要がある。
そして3日と同じリズムはやらないので本当に復習が大事。
でももし自分が目標に近づきたいなら、行きたい場所に行くなら、実際これくらい出来る様にならないと話にならないなぁと思う。
ステージでみた何人もの太鼓たたきはオフビートを自由自在にバリバリ叩いていたし、そこら中に本当に上手いジャンベ叩きが沢山いる。追いつきたいならやるしかない。しかしながらファムドゥ師匠が見せてくれるインプロのソロは完全に別格だと感じる。なんかもう怪物だもんな。理解の度を越えている。
そういう意味でも今凄い貴重な経験をさせてもらってるなぁと思う。
間違いなく吸収して自分のものにする。
話は変わるが先日コンサートの帰りに少しびっくりしたことがあった。
深夜12時過ぎに皆でタクシーでVILLAに着き、欧米系は皆部屋に入っていったが俺と何人かのギニアンSTAFFは、塀でかこわれた門の外のほとんど車の通らない道路沿いでタバコを吸っていた。近所のマリアンも何人かいてなんとなく皆で談笑。
そしたら急に一人のマリアンが立ち上がり通りの左奥をみて何か言った。
するとその場にいる全員が立ち上がって深刻な顔で何やら話している。
するとその左奥から2台のジープがこっちへ向かってはしってきた。
近づくにつれてジープの中から何人かがこっちに向かって怒鳴っているのがわかった。
次の瞬間、突然ギニアンのSTAFFの一人が俺の腕を強くつかんで全力で門の中におしこんだ。
残りの何人かも物凄い慌てて我先にと門の中へ入ると、鍵を完全に閉めてしゃがまされた。
なにがなんだかわからずなされるがままだったけど、何分かしてからみな落ち着きを取り戻し、一人が門をあけて様子をみて安全を確認すると皆また外に出た。
つたない英語とフランス語で何が起きたのか聞くと、とにかく「ミリタリーだ、ミリタリーだ」という。なぜ逃げなきゃいけないのかまでは聞き取れず理解できなかったけど、いずれにしても危険な一瞬であったことは間違いないだろう。
とにかく本当に彼らは慌てていたし緊張していたし、その後も警戒を解かなかった。
全力でつかまれた腕はしばらく痛かった。
実際俺にはまったく初めての事で危険と言う認識も危機感もその時は全く持てなかったけど、日常的に身についた条件反射であろうこの行為を見て、ギニアの人たちが普段どんな暮らしをしているのかが少し垣間見えた気がした。
そんな状態のときに俺の安全を考えてくれたSTAFFに少し驚きつつ感謝した。
ファムドウのワークのSTAFF達とはお互い少しづつ慣れてき始めている。
彼らは日本人に知り合いが多いと言う。しっている日本人のジャンベ叩きやダンサーの名前を片っ端から言いあげては「知っているか?」と聞いてくる。
中には本当に俺が知っている人もいたので「ああ知っているよ。こんな感じでこんな髪型のでしょ?」なんて言うと多いに盛り上がる。
変な日本語も沢山知っていて、中には単語の片言だけどしっかり日本語でコミュニケーションとれるギニアンもいる。
きけば毎年この時期ギニアは日本人が多いらしい。
どこの国いってもそうだろうけど誰が教えたのか、「ロッポンギ」とか「ヨシワラ」とか各種下ネタを替え歌で言ってくる奴もいて、正直ちょっとウザい。
少し困ったなと思うのは、慣れてきたせいか、彼らが少し横柄だったりタカるようになってきた事だ。
ある奴は最初は丁寧にタバコをくれないか?と聞いてきたのに、今は目の前に立って黙って手を差し出してくる。あげくにタバコをあげても礼はいわなくなった。
今日はある奴にジュースを買ってくれないかとせがまれた。
「ケヤキ、友達だろ?俺の事好きじゃないのか?ジュースを一本買ってくれよ」と。
あぁめんどくせぇ。
「No!」
といって立ち去った。」
最初からそうならいいけど変わってきたってのがどうかと思う。まぁもともとそれが普通なんだろうけど、最初が丁寧だっただけに、今のところ俺はこの変化をあまり良いようにはとれていない。日本人特有の感覚か?俺だけか?はたまた警戒しすぎか。
もう少し時間がたてばきっとわかるでしょう。
いずれにしても少し気を引き締めないとな、と思った。
お互い慣れてきたとはいえ、俺は金がある国からきている仲間もいない言葉のできないジャパニーズだし、かれらは地元であり、ミリタリーを見れば体を緊張させ警戒する金のない人々だ。
もちろん日本の感覚なんか通用しない。
ヘラヘラニコニコなんてしてられない。ビシッとしてないとナメられたり足元みられたりして結果こっちが嫌な気分になるかもしれない。
しっかりビシッと気持ち引き締めないと。
NoはNo。YesはYes。自分の大切なものは時間なり金なりきっちり自分で管理してコントロールして自分の気持ちは大事にながらきちっと相手に伝えなきゃいけない。
こんな異国の言葉も通じず習慣も違う所で自分を支えるのは自分だけだ。
自分を立たせているのは背骨になる信念だ。
何を大切に思うのか、何を優先させるのか、何がゆずれなくて何が誇りなのか。
何の為にここに来たのか、何になりたくてここにいるのか。
毎日毎日しっかり自分に刻み込もうと思う今日この頃です。
若干ではあるが英語が少し聞き取れるようになってきている。
フランス語は知っている単語が少し増えたぐらいで会話の内容はまだまだ全然わからない。
そんなこんなで相変わらずフランス語で流暢に笑いあう欧米やギニアンの人の輪に入っていけなく、食事時と食後の談笑タイムが若干きつい。
それでも一週間前よりはましだけど。。。
とにかく今は冷静に自分のペースを守り、目標に近づく為に自分に課したものをやり続けるのみです。
毎日自分を律しながらやるべき事を先にやり、空いた時間は本当にやりたい事をやる。冷静に何が必要か未来の計画と今必要なものは何かをきちんと毎日思いながら。
まったく自分と対峙しまくりのMALIの日々ですわい。
Yes!Keep!going!
こっちへきてこれだけは思った。言葉は喋れるだけ喋れたほうがいい!
そして、フランス語くらい喋れるようになってやるぜ~!!!バカヤロー!!!
メルスィ~メルスィ~トレビア~ン!サバビア~ン!
あぁシメ鯖くいたい!!!
7日の日曜日、いよいよギニアのサンバララ村に向けて出発します。じゅ
音楽大国MALI
BAMAKOに来てからもう5回もコンサートを見ている。
一つはVILLAでのファムドゥファミリー、一つはマリの人気女性歌手が集まる劇場でのコンサート、そしてVILLAでのンゴニのワソロントラディショナル、そして野外のBARで現地のミュージシャンが集まるオープンマイクのイベント。
今日はBAMAKOの劇場でおこなわれたJAZZのLIVEを観てきた。
HADOUK TRIOという3人編成のJAZZバンドはセットの殆どが民族楽器で構成されている。
メンバーの年齢は50~60前後くらい。様々な種類のフルートを操る一人と、モロッコのベースとシンセを扱う一人、それにドラムセットをコンガとダルブッカとジャンベとシンバルとハイハットの位置にシェケレをつけてハングドラムをアクセントに入れている一人の合計3人。
音は構成は基本的にJAZZのソレでインプロなんだけど、アレンジやソロに中近東系のニュアンスや東欧やアジアのエッセンスを入れていて、なんだかオリエンタルな感じ。
曲も全体的にそれほど激しく変化させずに曲のフレーズを十分にお客に伝えてから浸らせる感じで、なんかアンビエントのトランスっぽくてとても好きだった。
ブレイクがまた変わっていて、たぶん各民族楽器のトラディショナルを応用しているんだろうけど、それがまた新鮮な感じ。
凄くいいステージだった勉強になった。
エントランスフィーは3000CFA(セーファーフラン)。日本円で600円前後だろううと思うんだけど、とにかくとても格安に感じる。
それでもとても設備のしっかりした劇場で、音響もライティングもなかなかのものだったし警備員もいたし中には高いビールもうっていたし、観客の殆どはヨーロピアンだったのでコンサート自体はBAMAKOでもハイクラスなほうだと思う。
実際地元の裕福そうなマリアン以外は現地の人を見なかった。
実際にはこの値段でも地元の人からしたら高いんだろうな。
BAMAKOは大小問わずだが、殆ど毎日どこかでコンサートが開かれている。
音楽を楽しむ施設はお金のかかっているものからそうでないものまで本当に様々沢山あるし、ミュージシャンと知り合う確立も相当高い。
ジャンルも様々で、若い奴はHIPHOPやREGGEAが人気で売れているミュージシャンもいるし、ロックバンドもあるしトラディショナルやJAZZまで沢山だ。
マリが音楽大国だって聞いていたけど、本当にその通りだと思う。
しかも皆相当レベルが高い。
一昨日行った野外BARでのオープンマイクのイベントなんか会場入る前からバンドの音が聞こえていて、凄いいいグルーブのベースだなと思っていたんだけど、中にはいってみるとなんとベースを弾いていたのは椅子に座った小学生だった。
ギターもジャンベも明らかにティーンエイジャーでボーカルとドラムスのみ大人だった
後で聞いたらベースの子はまだ8歳だって。
わお!w
今日は午後、ワークが無かったので何人かで楽屋のタクミ君に教えてもらったルーツィーレコーズのジェレミーが住んでるというジャンベホテルってとこにいってきた。
そこは滞在しながらジャンベが習える所らしく、アイルランド人のダニエルが調べて連れて行ってくれた。タイミングよければジャンベやドゥンドゥンを叩けるかと期待して行ったんだけど結局ジェレミーには会えずだった。
しかししかししかし、そのホテルでジャンベを叩く男の子が凄かった。様々なアコンパフレーズを叩いたりソロを打つんだけど、本当に正確で、なおかつ音だしが非常に綺麗。トンとスラップの高低差なんかとてもじゃないけど完全に負けている。あっけにとられて見ていたら「叩いていいよ。僕宿題しなきゃいけないから」ってとっとと切り上げてしまった。
年を聞いたらなんとその男の子まだ4歳だって。。。
わおわお!ww
半端じゃないっす。
本当、世界は広いです。。。
まだまだすべき事がたくさんあるなぁと感じた一日だった。
一つはVILLAでのファムドゥファミリー、一つはマリの人気女性歌手が集まる劇場でのコンサート、そしてVILLAでのンゴニのワソロントラディショナル、そして野外のBARで現地のミュージシャンが集まるオープンマイクのイベント。
今日はBAMAKOの劇場でおこなわれたJAZZのLIVEを観てきた。
HADOUK TRIOという3人編成のJAZZバンドはセットの殆どが民族楽器で構成されている。
メンバーの年齢は50~60前後くらい。様々な種類のフルートを操る一人と、モロッコのベースとシンセを扱う一人、それにドラムセットをコンガとダルブッカとジャンベとシンバルとハイハットの位置にシェケレをつけてハングドラムをアクセントに入れている一人の合計3人。
音は構成は基本的にJAZZのソレでインプロなんだけど、アレンジやソロに中近東系のニュアンスや東欧やアジアのエッセンスを入れていて、なんだかオリエンタルな感じ。
曲も全体的にそれほど激しく変化させずに曲のフレーズを十分にお客に伝えてから浸らせる感じで、なんかアンビエントのトランスっぽくてとても好きだった。
ブレイクがまた変わっていて、たぶん各民族楽器のトラディショナルを応用しているんだろうけど、それがまた新鮮な感じ。
凄くいいステージだった勉強になった。
エントランスフィーは3000CFA(セーファーフラン)。日本円で600円前後だろううと思うんだけど、とにかくとても格安に感じる。
それでもとても設備のしっかりした劇場で、音響もライティングもなかなかのものだったし警備員もいたし中には高いビールもうっていたし、観客の殆どはヨーロピアンだったのでコンサート自体はBAMAKOでもハイクラスなほうだと思う。
実際地元の裕福そうなマリアン以外は現地の人を見なかった。
実際にはこの値段でも地元の人からしたら高いんだろうな。
BAMAKOは大小問わずだが、殆ど毎日どこかでコンサートが開かれている。
音楽を楽しむ施設はお金のかかっているものからそうでないものまで本当に様々沢山あるし、ミュージシャンと知り合う確立も相当高い。
ジャンルも様々で、若い奴はHIPHOPやREGGEAが人気で売れているミュージシャンもいるし、ロックバンドもあるしトラディショナルやJAZZまで沢山だ。
マリが音楽大国だって聞いていたけど、本当にその通りだと思う。
しかも皆相当レベルが高い。
一昨日行った野外BARでのオープンマイクのイベントなんか会場入る前からバンドの音が聞こえていて、凄いいいグルーブのベースだなと思っていたんだけど、中にはいってみるとなんとベースを弾いていたのは椅子に座った小学生だった。
ギターもジャンベも明らかにティーンエイジャーでボーカルとドラムスのみ大人だった
後で聞いたらベースの子はまだ8歳だって。
わお!w
今日は午後、ワークが無かったので何人かで楽屋のタクミ君に教えてもらったルーツィーレコーズのジェレミーが住んでるというジャンベホテルってとこにいってきた。
そこは滞在しながらジャンベが習える所らしく、アイルランド人のダニエルが調べて連れて行ってくれた。タイミングよければジャンベやドゥンドゥンを叩けるかと期待して行ったんだけど結局ジェレミーには会えずだった。
しかししかししかし、そのホテルでジャンベを叩く男の子が凄かった。様々なアコンパフレーズを叩いたりソロを打つんだけど、本当に正確で、なおかつ音だしが非常に綺麗。トンとスラップの高低差なんかとてもじゃないけど完全に負けている。あっけにとられて見ていたら「叩いていいよ。僕宿題しなきゃいけないから」ってとっとと切り上げてしまった。
年を聞いたらなんとその男の子まだ4歳だって。。。
わおわお!ww
半端じゃないっす。
本当、世界は広いです。。。
まだまだすべき事がたくさんあるなぁと感じた一日だった。