にしくんの映画感想図書館

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超個人的な映画感想ブログです。
観た作品のレビュー、映画祭・映画賞情報、アカデミー賞予想をメインにします。
作品レビューについては基本的にネタバレ有でなおかつ個人的な感想です。

宜しくお願いします!

★★★★★★★★★☆

2023年

監督  クリストファー・ノーラン

出演  キリアン・マーフィ  エミリー・ブラント

R15+

 

世界を創り変えてしまった男の苦悩が、今の世界にあまりにも深く突き刺さる

 

第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。

 

第96回アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞受賞作品。監督はクリストファー・ノーラン。出演はキリアン・マーフィ、エミリー・ブラント。他にもロバート・ダウニーJr.、フローレンス・ピュー、マット・デイモンら実力派の俳優が集まった。

 

監督作品が発表される度に大きな注目を集める稀代の映画作家クリストファー・ノーラン。彼の最新作は「原爆の父」と呼ばれるロバート・オッペンハイマーの半生を描いた伝記映画。第二次世界大戦中の原爆開発、そして水素爆弾開発反対による赤狩りなど、オッペンハイマーの人生を描きながらも、40年代から50年代にかけてのアメリカ社会の暗部も垣間見える作品となっている。

 

今「核兵器」というのは、全ての人が考えなければいけない大きなテーマだ。特に歴史上唯一の被爆国である日本は、この手の話題には非常にセンシティブである。特に最近は核保有国であるロシアが、その兵器を盾にウクライナに侵攻。核兵器の存在が、侵略戦争を可能にしてしまった。しかもウクライナはかつては核保有国で、「核兵器を保有していれば侵攻されなかった」と言われることもある。このことから日本でも「核保有」の是非が度々議論になっている。そんな核兵器の原点とも言える「原子力爆弾」を生み出したのが、本作で描かれるロバート・オッペンハイマーだ。才能あふれる物理学者であったオッペンハイマーは、ナチスドイツが核兵器の開発を進めているという情報を入手したアメリカ政府によって進められている「マンハッタン計画」において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。

 

前述のとおりオッペンハイマーの人生を描いた作品ではあるが、本作は40年代から50年代のアメリカの暗部を映した作品でもある。ユダヤ人であるオッペンハイマーは、ナチスよりも先に原爆を開発すべく研究を進めるが、一方でこの頃から既に冷戦の火種がくすぶっており、ナチスとの開発競争との一方で、ソ連とも競争をしているかのように見える。この辺は非常に興味深くて、第二次世界大戦以降は、冷戦という「米国VSソ連」という構図が長く、そして今も続いている。現代にまで続く対立構造が既に第二次世界大戦の時に見え隠れしているのだ。

 

物理学を追及することに熱意を注いできたオッペンハイマー。一方でそれが殺戮兵器となってしまう苦悩も本作では描かれている。特にヒトラーが自殺しドイツが敗北したという状況になってから、それが特に顕著になっている。原爆開発を競っていたナチスは敗北した。しかし、日本が降伏するまで開発は続けられ、やがて原爆が投下される。戦況的に圧倒的に不利だった日本に投下する必要はあったのか?そもそも原爆は本当に作っても良かったのか?オッペンハイマーの苦悩はその後、彼が水素爆弾開発に反対したことや、スピーチの際に原爆被害の幻覚を見ることで本作では描かれている。

 

本作は世界に対して改めて「核兵器」という物を問うている。人類はもう「原爆以前」の世界には戻れない。オッペンハイマーはまさに人類史における「プロメテウス」となった。または本作で彼自身が語っていたように「死神」や「破壊者」なのかもしれない。ノーランは以前『インターステラー』を撮影した時に『2001年宇宙の旅』の影響について語った。あの作品ではモノリスが出現し、やがてヒトザルがモノリスの知能教育により、動物の骨を道具や武器として使うことを覚えて多くの獣を倒し、または別のグループと争うことをした。

 

この作品を観て思ったのが、今の人類はまさに骨を道具として使うことを覚えた動物と同じだ。この骨は道具にも武器にもなる。それは核も同じだ。原子力を使ったエネルギーは暮らしを豊かにした一方で、原子力を使った兵器は多くの人を殺し、今もなお世界中に恐怖や不安を与えている。オッペンハイマーが作ったものを、最終的にどう使うのかは今の人類次第だ。

 

第二次大戦を境に、人類は核兵器の時代に突入した。オッペンハイマーはこの兵器が世界を焼き尽くしてしまうのではと語っていたが、改めて私たちは「核兵器」という物を深く考えなければいけない。特に日本は世界で唯一の被爆国だ。核兵器の悲惨さを後世に伝える義務がある。しかし、世界情勢次第では日本だって核兵器を持たなければいけない世界になるかもしれない。人類はまさに今、大きな分岐点に立っているのかもしれない。

 

(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.

★★★★★★★★★☆

2024年

監督  吉田惠輔

出演  石原さとみ  青木崇高

 

誰が狂っているのか?誰が味方なのか?メディアの在り方を問う秀作

 

沙織里の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。

 

スターサンズ製作の社会派作品。監督は『空白』の吉田惠輔。出演は石原さとみ、青木崇高。中村倫也、森優作らが脇を固める。

 

スターサンズといえば今は亡き河村光庸氏が率いた製作会社で『新聞記者』や『ヤクザの家族』、『月』など数多くの、切れ味鋭い社会派作品を数多く制作してきた。本作では吉田監督の『空白』に引き続き、娘を突然失った親子の絶望と、それを取材するメディアの裏側を描いている。『空白』は父の視点がメインだったが、本作は母が主人公となっており、メディアの描き方も前作以上に踏み込んだものとなっている。

 

娘を失ったと書いたが、死んだわけではなく突如として行方不明になってしまった。こういうニュースはセンセーショナルなもので、当初は大々的に報道されている。しかし、報道されればされるほど、誹謗中傷も増えていく。主人公である母親は、弟に娘を預けてファンであるアイドルのライブに行っており、その間に失踪事件が起きてしまう。子供を預けて出掛けるというのは、別に珍しいことではない。自分も自分の叔父や叔母に預けられたことなど何度もあるし、育児放棄などと言われるような行動ではないだろう。親自身もリフレッシュは必要だ。

 

しかし、その間に事件が起きてしまうと、親はもちろん自分を責める。「自分が一緒にいればこんなことにはならなかった」という感じに。日常の中で、突然非日常の事件で殴られると、それまでの全ての日常が悪い行動に見えてしまう。そういった自身への苛立ちや怒りを石原さとみが見事に演じている。

 

この映画で興味深かったのは石原さとみ演じる母親は誹謗中傷のコメントをひたすらに見ているのだ。このことについて青木崇高演じる夫は「そんなコメント見なきゃいい」と言う。至極当然な意見だろう。でも彼女はコメントを見ずにいられないのだ。それは、自分自身に怒りをぶつけているかのようだ。これに限らず、この映画での彼女は常に誰かに怒っている。彼女は冷静ではいられないのだ。怒りでしか自分を保つことが出来ない状態となっているのだろう。その辺りを演じる石原さとみは本当に見事だ。「ウォーターボーイズ2」の頃から知っているが、本当に良い女優さんになった。

 

怒り狂う妻を目にして、夫は逆に冷静にならざるを得ない。彼まで妻と同じような状態になったら本当に家庭は崩壊してしまう。しかし、彼とて心に傷を負っているのは同じ。静かに悲しみを感じて涙を流すシーンは、かなり心が痛いシーンだった。これもまた青木崇高さんの素晴らしい演技があってこそだ。

 

そしてこの映画はメディアの闇も描いている。この作品では、地元テレビ局の記者が取材をしているが、この彼も中々辛い立場だ。彼自身はこの夫婦に寄り添いたいと思っている。それでもテレビ局は視聴率が大事だ。そうすると記者も、夫婦に”悲劇的な夫婦”という演出を加えざるを得ない。それが世間にとっては「好奇の目に晒される」ことに繋がってしまうというジレンマ。数字や映像のインパクトしか考えない上層部への怒りと、従わざるを得ないという苦悩が「メディア闇」をより鮮明にしている。

 

石原さとみ、青木崇高の演技は本当に文句無しで、個人的に筆者自身の立場もあって、青木さんにだいぶ共感する部分や感情移入できる部分があった。石原さとみは言わずもがな、ここまで体当たりで演技をしたのだから、彼女自身相当気合が入っていたことを感じさせる。

 

終盤、この夫婦が別の児童失踪事件の捜査を支援し、無事に発見されるという展開がある。同じ境遇に立つ者として無視することが出来なかったのもあるし、自分と同じような立場の人間を増やしたくないというのもあるかもしれない。この児童は無事に見つかるのだが、その時に号泣する夫の姿があまりにも切ない。

 

メディアも事件が起きたあたりは取り上げてくれるが、次第に世間の関心は薄れていく。一緒に戦ってくれる人間は次第に離れてしまう。この夫婦が抱える心の穴は埋まることは無いだろう。しかし、映画はそんな心の穴と一緒に生きていく夫婦を映して終わる。娘がいないことが日常になってしまった。それでも彼ら夫婦は共に生きていくしかない。映画の最後のカットは希望があるような見せ方だったが、現実はかなり残酷だ。

 

私ごとだが、間もなく息子が生まれる予定だ。この映画は、息子が生まれて親となってから、もう一度見返したいと思う。これは誰にでも起こり得てしまうことを描いた映画だ。

 

(C)︎2024「missing」Film Partners

★★★★★★☆☆☆☆

2024年

監督  アダム・ウィンガード

出演  レベッカ・ホール  ブライアン・タイリー・ヘイリー

 

ゴジラとコングが暴れまわってる姿を見れればそれでいい

 

怪獣と人類が共生する世界。未確認生物特務機関「モナーク」が異常なシグナルを察知したことを発端に、ゴジラが君臨する地上世界とコングが生きる地底世界の2つのテリトリーが交錯し、ゴジラとコングが激突する。しかし、その先には人類にとってさらなる未知の脅威が待ち受けており、怪獣たちの歴史と起源、さらには人類の存在そのものの謎に迫る新たな冒険が繰り広げられる。

 

「モンスターバース」シリーズの5作目。監督は前作『ゴジラ VS コング』に続きアダム・ウィンガード。出演はレベッカ・ホール、ブライアン・タイリー・ヘイリー。

 

気が付けばモンスターバースも5作目である。前作では遂に激突したゴジラとコングだが、本作では予告編でも描かれていた通り、ゴジラとコングが共闘する内容となっている。とは言っても前作でメカゴジラが出てきた際も共闘はしているのだが。

 

本作においてストーリーがどうだこうだというのは、正直言うと野暮だ。ゴジラとコングが出てくる、そして敵を相手に暴れまわる。それで良いのだ。ゴジラとコングが共闘する前に再会して、いきなり一発喧嘩をぶちかますのは笑えたが、まぁライバルというのはすぐに力比べをしたくなるものだろう。

 

肝心の敵である赤毛のコングだが、残念ながら前作のメカゴジラに比べると幾分かそのインパクトは落ちてしまっている。まぁこればかりは仕方ないか。こいつは冷凍光線を吐くモンスターを使役しているが、やはり強敵感は思ったほど無いのが残念なところ。

 

今回は特にコングの表情がよりよく見えるような描写が多く、そこはある種コミカルな感じも出ていて面白かった。ゴジラと喧嘩していたところをモスラに宥められる様に中断させられるのも面白い。

 

物語の整合性などはもはやどうでもよく、むしろ退屈な方なのだが、それを吹き飛ばしてくれるのはゴジラとコングの暴れっぷりだ。結局これが観れればある程度の満足は得られるのである。それが全ての映画なのだ。ここまで頭を使わない映画があっても良いだろう。

 

敵同士が共闘して、世界を救うというのは日本で言うところの「ジャンプ漫画」の王道パターンの一つ。『ゴジラ -1.0』とは違い、物語を一切無視しても問題ない、ゴジラが暴れまわるだけのモンスターバトル映画が観れるというのも、まぁ悪くないと思うのであった。

 

(C)2024 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

★★★★★★★☆☆☆

2024年

監督  永岡智佳

声の出演  高山みなみ  山口勝平  堀川りょう

 

まさに「青山剛昌ユニバース」。キャラクターさえ把握していれば細かいことは気にせずに楽しめる。

 

北海道・函館にある斧江財閥の収蔵庫に、怪盗キッドからの予告状が届く。キッドの狙いは新選組副長・土方歳三にまつわる日本刀だったが、折しも函館で開催される剣道大会のため、服部平次やコナンも同地を訪れていた。平次はキッドの変装を見破り、追い詰めていく。時を同じくして、胸に十文字の切り傷がつけられた遺体が函館倉庫街で発見され、捜査線上には「死の商人」と呼ばれる日系アメリカ人の男の存在が浮上する。

 

毎年爆発的なヒットを記録する劇場版「名探偵コナン」シリーズの27作目。声の出演はお馴染みのメンバーが集結し、ゲスト声優としては、本作の舞台である北海道出身の大泉洋が起用されている。

 

今回の作品では怪盗キッドと服部平次を軸に物語を展開していく。どちらもコナンの初期から登場しているキャラクターで、コナンを見ている人にも、そうでない人にも、それなりに馴染みのあるキャラクターと言えるだろう。そういった影響もあってか、冒頭の登場人物紹介は、いつもよりさらっと済ませている印象だ。

 

物語のテーマとして選ばれている土方歳三にまつわる話が、どこまでが史実でどこからがフィクションなのかは、自分には分からないが、コナンと平次のバディにキッドが加わっていく感じは結構面白い。また、本作は「まじっく快斗」の流れとしても楽しめる物語になっていて、そこも見どころの一つだ。中森青子が劇場版に初登場するなど、ファンには嬉しいシーンが多かったのではないだろうか。

 

アクションについてはもはや人間の域を超えたものが連発されていくが、まぁその辺はもう見慣れたものだ。平次は剣道をするキャラクターなので、そんな平次とキッドの戦いが冒頭にあるのだが、そのシーンはかなり見どころのあるシーンとなっている。他にも平次が飛行機の上で戦うアクションを披露。まぁ京極さんに比べたら、まだ有り得る感じか。

 

本作は平次と、その幼なじみである和葉の関係にも焦点を当てていて、中々交際に至らなかった新一と蘭が遂に付き合いだした中で、それ以上に中々進まないカップルとなっているが、本作でどうなるのか、ここはファンの人には楽しみにしてもらいたい。

 

ちなみに本作には「YAIBA」のキャラクターである沖田や鬼丸も登場。ますます青山剛昌ユニバース化が進んでいる。本作では鬼丸の声優は津田健次郎さんが務めているが、本作に登場する土方も津田さんが演じており、新選組を意識した演出もあるなど面白い部分もある。

 

とまぁ本編について色々と書いてきたが、それ以上の衝撃が本作のエンドロール後に待ち受けている。具体的な内容は書かないが、本編の内容が吹き飛ぶほどの衝撃なので、是非エンドロールに入っても席を立たずにいて欲しい。

 

謎解きはまぁそれなりに楽しみながら、劇場版ならではの派手なアクションを楽しむ。エンタメ作品としては文句なしの作品となっているのではないだろうか。GWに是非観たい作品だ。

 

(C)2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★☆☆

2024年

監督  ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演  ティモシー・シャラメ  ゼンデイヤ

 

物語が大きく動く。壮大な映像と物語で描かれる、まさに”一大叙事詩”

 

その惑星を制する者が全宇宙を制すると言われる砂の惑星デューンで繰り広げられたアトレイデス家とハルコンネン家の戦い。ハルコンネン家の陰謀により一族を滅ぼされたアトレイデス家の後継者ポールは、ついに反撃の狼煙を上げる。砂漠の民フレメンのチャニと心を通わせながら、救世主として民を率いていくポールだったが、宿敵ハルコンネン家の次期男爵フェイド=ラウサがデューンの新たな支配者として送り込まれてくる。

 

フランク・ハーバート原作の「DUNE デューン 砂の惑星」の映像化作品にして、ドゥニ・ヴィルヌーヴ版の2作目。前作のティモシー・シャラメやゼンデイヤらに加えてオースティン・バトラー、フローレンス・ピュー、レア・セドゥが新たに登場する。

 

前作は壮大な物語の幕開けと言った感じで、大きな物語の冒頭部分を描いた感じだった。圧倒的な映像に、壮大な物語、豪華キャストが演じる魅力的なキャラクターなど、見どころは十分だったが、一方で地味な作品だったとも言える。それが本作では一転して、物語が非常に大きく動き、またポールというキャラクターの立ち位置も大きく変わる。

 

ハルコンネン家の策略によって母以外の一族を滅ぼされたポールは、砂漠の民フレメンの仲間となり、頭角を現す。気が付けば”救世主”として祭り上げられるほどに、熱狂的な信者が現れるほどだ。さらに本作ではポールの出自にまつわる話もされるなど、一気に物語が動き出す。

 

前作では頼りない感じがしたポールは、本作では砂漠の民の先頭に立つ存在にまで成長する。そこには現地民が信じる預言と、母であるレディ・ジェシカの思惑が絡まり、気が付けばポールは皆の先頭に立って戦う存在になった。彼は銀河中にいる権力者たちと戦う決意をしたのだ。

 

『DUNE』の面白さは、ポールのこういったカリスマ性や危うさというのは、実は現実世界を反映していて、特にイスラーム圏を想像しやすい。そもそも原作自体がかなりイスラム色が強いと言われているが、ポールはまさに預言者ムハンマドに置き換えることが出来る。そもそも砂漠や聖戦が大きなテーマであり、スパイスは現実世界における「石油」だ。そう考えると、元々はスパイスを採る側にいたポールが、砂漠の民の側に立って、皇帝に刃を向けるというのは実に面白い。

 

そんな壮大な物語を背負うのはティモシー・シャラメ。演技派の優男というイメージだったが、本作で彼は大作映画を背負うに値するスーパースターであることを証明して見せた。強烈な見た目のオースティン・バトラーも良かったのだが、やはり何と言ってもポールの後ろ盾となっている母を演じたレベッカ・ファーガソンの妖しさが良い。まるで黒幕のようだ。

 

物語が大きく動いた本作。次回作では大きな戦いが描かれると思うが一体どうなるのか。今からすごく楽しみだ。

 

(C)2023 Legendary and Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

★★★★★★★★☆☆

2023年

監督  ジュスティーヌ・トリエ

出演  サンドラ・ヒュラー  スワン・アルロー

 

152分、最後の結末までスクリーンから目を離させない秀逸な物語

 

人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流して倒れていた父親を発見し、悲鳴を聞いた母親が救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられていく。息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだったが、事件の真相が明らかになっていくなかで、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された秘密や嘘が露わになっていく。

 

第96回アカデミー賞脚本賞受賞作品。第76回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。監督はジュスティーヌ・トリエ。出演は本作の演技でアカデミー賞主演女優賞に候補入りしたサンドラ・ヒュラー。

 

『オッペンハイマー』や『バービー』と言ったメガヒット作品が映画界を盛り上げた2023年だが、それらの作品と同じぐらい映画界を盛り上げたのは本作だろう。賞レースでも躍進を見せていた。ベストセラー作家である妻が夫の殺人を疑われる物語は、多くの映画ファンを魅了した。

 

本作は上映時間152分で、物語的にも映画を観る前は「もしかしたら眠気との戦いになるかも」と思っていた。しかし、そんなことはなく、物語が始まってから終わるまで、目が離すことが出来ない。一つの不可解な事件の中には、単なる事件か事故かということだけでなく、その裁判を通してサンドラや、夫との夫婦生活の歪が映し出される。「夫の死」という一つの出来事を通して、私たちは多くの真実を目撃する。

 

そうして観ていくと、最初は単なる夫の自殺だと思っていた事件は、もしかしたらサンドラによる見事な犯罪なのではないか?とも思えてくるし、一方でやはりただの自殺では?とも考えている。新たな仮説や証拠が出てくるたびに、私たちは一体何が真実なのか?と悩むし、次はどんなことが分かるんだ?と早く次の展開が楽しみにもなる。

 

この夫婦は、決して順風満帆な生活は送っていない。サンドラは故郷を離れ、慣れないフランス語を必死に使いながら生活している。その上、セックスレスが原因で不倫もした。一方の夫も、息子の視覚を失う原因となった事故への負い目から精神的に不安定で、作家業もうまくいかず、挙句に妻はベストセラーだ。それぞれがお互いに対して、少なくない不満を抱えている。これは非常にリアルだ。

 

仲睦まじいと思っていた家族像の裏側。しかし、夫婦とは多かれ少なかれお互いに不満を抱えているものではないだろうか。ここで支え合えるか、拒絶するのかで、夫婦生活の未来は大きく分かれる。そしてこの作品の秀逸な点は、サンドラがそのどちらを選択したか、最後まで決定的な証拠を出さないところだ。つまりサンドラは、サンドラが言う通り「夫が自殺した妻」という姿と、「夫を自殺に見せかけて殺した」という姿、このどちらでもあり得るという点を最後の最後まで残している部分が、この映画の面白いところで、それは私たち観客がまさに裁判員となって、映画の中で出てきた情報の中からサンドラを判断するしかない。

 

サンドラを演じたサンドラ・ヒュラーの演技はもちろん良かった。それ以上に印象的だったのが視覚障害を負った息子と犬だ。物が見えぬ息子と、物を言えぬ犬。映画ではこの2人が、裁判の結果に大きな影響を及ぼすが、彼らをどう見るかによって、映画の余韻もまた違ったものになるかもしれない。

 

映画の最後まで目を離すことの出来ない、素晴らしい映画。上映時間が長いので敬遠しがちかもしれないが、是非観て欲しい映画だ。

 

(C)LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

★★★★★★★☆☆☆

2021年

監督  ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演  ティモシー・シャラメ  レベッカ・ファーガソン

 

壮大過ぎる物語の幕開け。それを全て背負うティモシー・シャラメの圧倒的存在感!

 

人類が地球以外の惑星に移住し、宇宙帝国を築いていた西暦1万190年、1つの惑星を1つの大領家が治める厳格な身分制度が敷かれる中、レト・アトレイデス公爵は通称デューンと呼ばれる砂漠の惑星アラキスを治めることになった。アラキスは抗老化作用を持つ香料メランジの唯一の生産地であるため、アトレイデス家に莫大な利益をもたらすはずだった。しかし、デューンに乗り込んだレト公爵を待っていたのはメランジの採掘権を持つハルコンネン家と皇帝が結託した陰謀だった。やがてレト公爵は殺され、妻のジェシカと息子のポールも命を狙われることなる。

 

フランク・ハーバートの古典SF小説を映画化した作品。監督は『ブレードランナー2049』のドゥニ・ヴィルヌーヴ。出演はティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン。他にもゼンデイヤ、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド、ハビエル・バルデムら豪華なキャストが集結した。

 

アレハンドロ・ホドロフスキーも、デヴィッド・リンチも、志半ばで映画化できなかった、満足のいく映画化は出来なかった『DUNE』。それを『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化したのが本作だ。なお、映画が公開されるまでは明かされていなかったが、どうやら本作はPART1のようだ。

 

ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』にも影響を与えたと言われるだけあって、その世界観はまさに「壮大」の一言。どこまでも広がる砂漠と、その中に作られた工業施設。砂の中をうごめくサンドワームに、現地の民族・・・。それらを全て背負うのが今をときめく俳優ティモシー・シャラメだ。

 

ティモシー・シャラメが演じるのは砂漠の惑星を治めることになったアトレイデス家の息子ポール。陰謀に巻き込まれ、父を失ったポールは母と共に逃げ延びて、現地民族の儀式に打ち勝ち、仲間入りを果たすまでが本作で描かれている内容だ。ポールには特別な力があるようで、それは後々の作品でさらに描かれるだろう。

 

本作の凄さはまず何よりも、壮大な世界観とそれを見事に描き切った映像にある。SF映画が多く作られ、CG技術が飛躍的に向上した昨今においては、いかなる作品を作ったとしても既視感が生まれてしまう。そんな中においても本作の映像と美術は秀逸で、その世界観も相まって強烈なインパクトを残す。ポールが着ている保水スーツはカッコいい。まぁティモシー・シャラメが着てれば何でもカッコいいんだろうけど。

 

まだ物語の導入部分なので、この先がどうなるかは分からないが、期待感の持てる作品だった。続編が待ち遠しい。

 

(C)2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

★★★★★★★★☆☆

2023年

監督  ヨルゴス・ランティモス

出演  エマ・ストーン  ウィレム・デフォー  マーク・ラファロ

R18+

 

歪な世界に産み落とされた純真な女の子が女性になるまでを描く超刺激映画

 

不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。

 

第80回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作品。第96回アカデミー賞11部門ノミネート作品。監督は『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス。出演はエマ・ストーン、ウィレム・デフォー、マーク・ラファロ。

 

かなり癖の強い映画を連発するギリシャの鬼才、ヨルゴス・ランティモス監督最新作。世界中で激賞され、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞はもちろん、アカデミー賞でも作品賞の他に監督賞、エマ・ストーンが主演女優賞、マーク・ラファロが助演男優賞に候補入りするなど、今最も話題の映画と言える。

 

本作の主人公はベラと言う女性。不幸な境遇にいた彼女は胎児をその身に宿しながらも命を絶つが、風変わりな天才医師によって、自らの胎児の脳を移植されて奇跡的に蘇生する。見た目は大人なのに、中身は幼子の彼女は家の中で自由に過ごしていたが、やがて「外の世界を見たい」という強い欲望にかられた彼女は、弁護士と共に大陸横断の旅に出る。

 

あらすじを読むだけでもかなり奇妙な映画だが、映像もかなり癖があり、そしてもちろんストーリーもかなり癖がある。ヨルゴス・ランティモス監督は前作の『女王陛下のお気に入り』で、よりライトな映画ファンにもその名が知れ渡ったわけだが、その前作をはるかに凌ぐ刺激と強烈な癖のある作品で、これはかなり好き嫌いが分かれるかもしれない。

 

ベラは見た目こそ大人であるが、中身は子供だ。そんな彼女は抑圧された、家の中に閉じ込められているがゆえに社交性に乏しくコミュニケーションを取ることが難しい。しかも、気持ちイイと思ったことは、その場で実行に移してしまう。幼い彼女は、生物の本能的な快楽を、誰にも教わることなく文字通り本能的に学んでいった。そんな彼女に付け込んで色情魔的な弁護士は、彼女と性行為に勤しむ。エマ・ストーンがここまで激しいセックスシーンを演じたことは衝撃的だったが、そんなエマの熱演があって本作でのベラの物語は成立する。ベラは世界を巡る旅で、身体も思考の面でも成長し、次第にしっかりとした自我を持つ女性へと成長する。

 

ベラは自身の願いを叶えることに躊躇いはなかった。それは娼婦になっても変わりない。傍から見れば落ちた身分なのかもしれないが、それはベラが世界を、自分が何を望むのかを知るために必要なことだった。作品の時代設定的には、まだまだ女性の自立などが程遠かった時代にである。そしてベラは、かつての自分が自殺を選んだきっかけとなった男性と再会する。女性だけでなく、自分以外の人間を下に見るとんでもない男だが、それでもベラは自分の信念に従って行動する。そしてようやくベラは自分の「夢」を見つけるのである。

 

ベラの凄いところは、その時代の偏見や固定概念を一切気にせずに、自分らしくいるために動き続けたことだろう。そしてこれは、今まさにハリウッドが躍起になって作ろうとしている作品が背負わされているテーマでもある。2023年で言えばまさに『バービー』がそういった作品だった。そういった意味では本作と併せて観るのも面白いかもしれない。

 

そしてエマ・ストーンである。本作におけるストーンの演技は圧倒的だった。最初は無邪気で幼い子供だったが、作品が進むにつれて、落ち着いた、それでも自身の欲望に野心を燃やし続ける情熱的な部分を見せる演技。ストーン以外にベラを演じられる女優など存在しないと思ってしまうほどに見事な演技だった。もうずいぶん長く色んなストーンの映画を観ているが、まさかここまでの演技派になるとは。

 

かなり好き嫌いが分かれる作品ではあるし、上映時間もそれなりにあるが、凄く面白い作品だし、多分今まで全く無かったような映画なので、是非とも観てもらいたい。

 

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

★★★★★★☆☆☆☆

2024年

監督  田崎竜太

出演  半田健人  芳賀優里亜  村上幸平

PG12

 

期待と驚きが混じった作品だが、紛れもなく「仮面ライダー555」を見た満腹感はある

 

園田真理は菊池啓太郎の甥・条太郎、海堂直也、草加雅人とともにクリーニング店「西洋洗濯舗 菊池」を経営しながらオルフェノクの庇護を行っていた。その一方で、スマートブレイン社はオルフェノクの殲滅を目指す企業へと変貌を遂げ、北崎が社を率いていた。ある日、追いつめられたオルフェノクを助けるため、草加と海堂は仮面ライダーカイザとスネークオルフェノクに変身し、オルフェノク殲滅隊隊長の胡桃玲菜/仮面ライダーミューズと交戦する。そこへ数年前に真理たちの前から姿を消し、消息不明となっていた乾巧が現れる。しかし、かつてとは異なる姿の仮面ライダーネクストファイズへと変身した巧は、スマートブレイン社の尖兵としてその力を振るい始める。

 

2003年から2004年にかけて放送された平成仮面ライダーシリーズ4作目「仮面ライダー555」の続編作品。監督はテレビシリーズでも監督を務めた田崎竜太が務め、脚本はテレビシリーズ全話の脚本を担当した井上敏樹が書いた。キャストも半田健人、芳賀優里亜、村上幸平、藤田玲、唐橋充と言った当時のキャストが集結した他、新たな仮面ライダーである仮面ライダーミューズは福田ルミカが演じた。

 

「仮面ライダー555」は異色の作品だった。前作「仮面ライダー龍騎」は仮面ライダーが13人登場し、それぞれが自身の願いのために戦うという物だったが、本作では一転して怪人であるオルフェノクに焦点があてられたドラマを展開。主人公である乾巧自身もオルフェノクで、怪人でありながら仮面ライダーと言う設定だった。

 

本作はそういった流れを継承しており、テレビシリーズの続編であるということをしっかりと観ている側も感じることが出来る。啓太郎がいないのは残念ではあるが、20年経てば俳優さんの人生もいろいろだ。仕方が無いだろう。テレビシリーズで死んだはずの草加雅人=仮面ライダーカイザと、北崎が登場している。一体2人がどういう形で復活したのかは、「まぁそうするしかないよな」という展開だった。

 

バトルシーンに関しては個人的には非常にカッコよくて良かったと思う。特に最後の戦いは非常に熱いものがあり、やっぱりファイズはカッコいいなぁと思わせてくれた。新しいファイズのデザインに関しては、正直言ってダサいと感じたが、戦闘は結構カッコよかったので、そこは良いだろう。ラストのクリムゾンスマッシュやガラケーでの変身は、やはり胸が躍るものがある。

 

そんな感じでカッコいいアクションはあったのだが、やはりストーリーは気になる部分が多い。中でもやはり賛否が分かれるのが園田真理がオルフェノクになることと、乾巧とのラブシーンだろう。まぁオルフェノクに覚醒することに関しては、真理自身が一度死んでいてオルフェノクの記号を持っていることから、いつ覚醒してもおかしくは無いのだが、問題は乾巧とのラブシーンだろう。テレビシリーズでは別に恋人同士と言うわけではなかった。確かに2人には特別な絆が存在したのは間違いないが、そこに恋愛感情があったかは、観る側の解釈に委ねられるところだった。それが本作で遂に男女の関係になり、しかも2人ともオルフェノクに変身してのラブシーンである。これは観る人によってはかなり好き嫌いが分かれるシーンではないだろうか。また、巧の行動が全体的に軽かったのが少し気になった。

 

あと真理がオルフェノクになって自殺しようとするシーンだが、このシーンだけ映像がかなり雑だったのが気になった。少し笑ってしまうほどに変なシーンだった。

 

それでも概ねいい評判だと思う。ファイズはやっぱりカッコよかったし、物語も色んな意味で井上敏樹らしかったと思う。上映時間の関係で、かなり観やすい作品だったと思う。20年の時が経って、大きな画面でファイズが観れたのは、嬉しかった。

 

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★★★★★★★☆☆☆

2023年

監督  ヴィム・ヴェンダース

出演  役所広司  柄本時生

 

同じ日は一日も無く、その積み重ねが幸せであり、それが人生

 

東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山。淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていく。

 

第76回カンヌ国際映画祭男優賞受賞作品。監督は『ベルリン・天使の詩』のヴィム・ヴェンダース。出演は役所広司。役所広司はエグゼクティブプロデューサーも務めている。

 

2004年『誰も知らない』の柳楽優弥以来、史上2人目のカンヌ国際映画祭での男優賞受賞となった役所広司。本作で演じたのは東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山と言う男性。淡々と毎日仕事をこなして過ごしている彼だが、そんな日常の中にある新しい出会いや小さな喜びを楽しんでいる。

 

平山と言う男の日常は、毎日が同じことの繰り返しの様に見える。同じ時間に起きて、同じルーティンをこなして出勤。同じ道を走って現場に向かい、トイレを掃除する。同じ場所で昼食を食べるし、同じ銭湯に行くし、同じ居酒屋でご飯を食べる。そして自転車を漕いで帰宅し、本を読んで、毎日同じぐらいの時間に眠りにつく。傍から見たら退屈な日常に思えるだろう。

 

でも、同じ日は二回とは訪れない。毎日何かが少しずつ変化しているし、時には大きな変化もある。例えば現場に向かう時に車で聞いている音楽は、その日の気分によって変わるし、同僚のせいでちょっとした面倒にも巻き込まれる。急に姪が来て、面倒を見ることもあるし、たまの行きつけの居酒屋の女将の秘密を知ってしまったりもする。そしてまた、現場に行く車でかけた曲に、感動することもある。毎日、同じように見えてもそこには、全く新しい「出会い」があるのだ。

 

もちろんその「出会い」が良いこととは限らない。面倒なことだってあるし、損をすることもある。そうして気付くのは、平山とは「私たち自身」であるということだ。同じように見える毎日の中で、良いことも悪いことも積み重ねていく。それが日常であり、人生なのだ。傍から見れば退屈に見える平山の日常も、彼にとっては何にも代え難い「完璧な日々」なのであり、それは私たち一人ひとりにも同じことが言えるのだ。

 

この映画における東京の切り取り方も面白い。平山の家や通っている本屋、コインランドリー、銭湯、居酒屋などは、どれこれも時代を感じる場所ばかり。日々人々が目まぐるしく往来し、最新のものが集まる東京において、かなりレトロな場所ばかりだ。そんな最新と旧き時代がごっちゃに混ざった東京の面白さを改めて感じさせられた。加えて、平山は最新の機器やアプリにも疎い。まさに時代に取り残された男だ。それでも彼は幸せに暮らしている。人間の幸せは技術の進歩によってもたらされるものではないのだ。

 

まぁ正直言ってトイレがそもそも掃除の必要がないくらいに綺麗すぎたのは気になったが、その辺は仕方ないか。何か大きな出来事が起こるわけではないが、観終わるとちょっと幸せな気持ちになれる映画でした。おすすめです。

 

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