★★★★★★★★★☆
2023年
監督 クリストファー・ノーラン
出演 キリアン・マーフィ エミリー・ブラント
R15+
世界を創り変えてしまった男の苦悩が、今の世界にあまりにも深く突き刺さる
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。
第96回アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞受賞作品。監督はクリストファー・ノーラン。出演はキリアン・マーフィ、エミリー・ブラント。他にもロバート・ダウニーJr.、フローレンス・ピュー、マット・デイモンら実力派の俳優が集まった。
監督作品が発表される度に大きな注目を集める稀代の映画作家クリストファー・ノーラン。彼の最新作は「原爆の父」と呼ばれるロバート・オッペンハイマーの半生を描いた伝記映画。第二次世界大戦中の原爆開発、そして水素爆弾開発反対による赤狩りなど、オッペンハイマーの人生を描きながらも、40年代から50年代にかけてのアメリカ社会の暗部も垣間見える作品となっている。
今「核兵器」というのは、全ての人が考えなければいけない大きなテーマだ。特に歴史上唯一の被爆国である日本は、この手の話題には非常にセンシティブである。特に最近は核保有国であるロシアが、その兵器を盾にウクライナに侵攻。核兵器の存在が、侵略戦争を可能にしてしまった。しかもウクライナはかつては核保有国で、「核兵器を保有していれば侵攻されなかった」と言われることもある。このことから日本でも「核保有」の是非が度々議論になっている。そんな核兵器の原点とも言える「原子力爆弾」を生み出したのが、本作で描かれるロバート・オッペンハイマーだ。才能あふれる物理学者であったオッペンハイマーは、ナチスドイツが核兵器の開発を進めているという情報を入手したアメリカ政府によって進められている「マンハッタン計画」において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。
前述のとおりオッペンハイマーの人生を描いた作品ではあるが、本作は40年代から50年代のアメリカの暗部を映した作品でもある。ユダヤ人であるオッペンハイマーは、ナチスよりも先に原爆を開発すべく研究を進めるが、一方でこの頃から既に冷戦の火種がくすぶっており、ナチスとの開発競争との一方で、ソ連とも競争をしているかのように見える。この辺は非常に興味深くて、第二次世界大戦以降は、冷戦という「米国VSソ連」という構図が長く、そして今も続いている。現代にまで続く対立構造が既に第二次世界大戦の時に見え隠れしているのだ。
物理学を追及することに熱意を注いできたオッペンハイマー。一方でそれが殺戮兵器となってしまう苦悩も本作では描かれている。特にヒトラーが自殺しドイツが敗北したという状況になってから、それが特に顕著になっている。原爆開発を競っていたナチスは敗北した。しかし、日本が降伏するまで開発は続けられ、やがて原爆が投下される。戦況的に圧倒的に不利だった日本に投下する必要はあったのか?そもそも原爆は本当に作っても良かったのか?オッペンハイマーの苦悩はその後、彼が水素爆弾開発に反対したことや、スピーチの際に原爆被害の幻覚を見ることで本作では描かれている。
本作は世界に対して改めて「核兵器」という物を問うている。人類はもう「原爆以前」の世界には戻れない。オッペンハイマーはまさに人類史における「プロメテウス」となった。または本作で彼自身が語っていたように「死神」や「破壊者」なのかもしれない。ノーランは以前『インターステラー』を撮影した時に『2001年宇宙の旅』の影響について語った。あの作品ではモノリスが出現し、やがてヒトザルがモノリスの知能教育により、動物の骨を道具や武器として使うことを覚えて多くの獣を倒し、または別のグループと争うことをした。
この作品を観て思ったのが、今の人類はまさに骨を道具として使うことを覚えた動物と同じだ。この骨は道具にも武器にもなる。それは核も同じだ。原子力を使ったエネルギーは暮らしを豊かにした一方で、原子力を使った兵器は多くの人を殺し、今もなお世界中に恐怖や不安を与えている。オッペンハイマーが作ったものを、最終的にどう使うのかは今の人類次第だ。
第二次大戦を境に、人類は核兵器の時代に突入した。オッペンハイマーはこの兵器が世界を焼き尽くしてしまうのではと語っていたが、改めて私たちは「核兵器」という物を深く考えなければいけない。特に日本は世界で唯一の被爆国だ。核兵器の悲惨さを後世に伝える義務がある。しかし、世界情勢次第では日本だって核兵器を持たなければいけない世界になるかもしれない。人類はまさに今、大きな分岐点に立っているのかもしれない。
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