ミッシング | にしくんの映画感想図書館

にしくんの映画感想図書館

超個人的な映画感想ブログです。
観た作品のレビュー、映画祭・映画賞情報、アカデミー賞予想をメインにします。
作品レビューについては基本的にネタバレ有でなおかつ個人的な感想です。

宜しくお願いします!

★★★★★★★★★☆

2024年

監督  吉田惠輔

出演  石原さとみ  青木崇高

 

誰が狂っているのか?誰が味方なのか?メディアの在り方を問う秀作

 

沙織里の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。

 

スターサンズ製作の社会派作品。監督は『空白』の吉田惠輔。出演は石原さとみ、青木崇高。中村倫也、森優作らが脇を固める。

 

スターサンズといえば今は亡き河村光庸氏が率いた製作会社で『新聞記者』や『ヤクザの家族』、『月』など数多くの、切れ味鋭い社会派作品を数多く制作してきた。本作では吉田監督の『空白』に引き続き、娘を突然失った親子の絶望と、それを取材するメディアの裏側を描いている。『空白』は父の視点がメインだったが、本作は母が主人公となっており、メディアの描き方も前作以上に踏み込んだものとなっている。

 

娘を失ったと書いたが、死んだわけではなく突如として行方不明になってしまった。こういうニュースはセンセーショナルなもので、当初は大々的に報道されている。しかし、報道されればされるほど、誹謗中傷も増えていく。主人公である母親は、弟に娘を預けてファンであるアイドルのライブに行っており、その間に失踪事件が起きてしまう。子供を預けて出掛けるというのは、別に珍しいことではない。自分も自分の叔父や叔母に預けられたことなど何度もあるし、育児放棄などと言われるような行動ではないだろう。親自身もリフレッシュは必要だ。

 

しかし、その間に事件が起きてしまうと、親はもちろん自分を責める。「自分が一緒にいればこんなことにはならなかった」という感じに。日常の中で、突然非日常の事件で殴られると、それまでの全ての日常が悪い行動に見えてしまう。そういった自身への苛立ちや怒りを石原さとみが見事に演じている。

 

この映画で興味深かったのは石原さとみ演じる母親は誹謗中傷のコメントをひたすらに見ているのだ。このことについて青木崇高演じる夫は「そんなコメント見なきゃいい」と言う。至極当然な意見だろう。でも彼女はコメントを見ずにいられないのだ。それは、自分自身に怒りをぶつけているかのようだ。これに限らず、この映画での彼女は常に誰かに怒っている。彼女は冷静ではいられないのだ。怒りでしか自分を保つことが出来ない状態となっているのだろう。その辺りを演じる石原さとみは本当に見事だ。「ウォーターボーイズ2」の頃から知っているが、本当に良い女優さんになった。

 

怒り狂う妻を目にして、夫は逆に冷静にならざるを得ない。彼まで妻と同じような状態になったら本当に家庭は崩壊してしまう。しかし、彼とて心に傷を負っているのは同じ。静かに悲しみを感じて涙を流すシーンは、かなり心が痛いシーンだった。これもまた青木崇高さんの素晴らしい演技があってこそだ。

 

そしてこの映画はメディアの闇も描いている。この作品では、地元テレビ局の記者が取材をしているが、この彼も中々辛い立場だ。彼自身はこの夫婦に寄り添いたいと思っている。それでもテレビ局は視聴率が大事だ。そうすると記者も、夫婦に”悲劇的な夫婦”という演出を加えざるを得ない。それが世間にとっては「好奇の目に晒される」ことに繋がってしまうというジレンマ。数字や映像のインパクトしか考えない上層部への怒りと、従わざるを得ないという苦悩が「メディア闇」をより鮮明にしている。

 

石原さとみ、青木崇高の演技は本当に文句無しで、個人的に筆者自身の立場もあって、青木さんにだいぶ共感する部分や感情移入できる部分があった。石原さとみは言わずもがな、ここまで体当たりで演技をしたのだから、彼女自身相当気合が入っていたことを感じさせる。

 

終盤、この夫婦が別の児童失踪事件の捜査を支援し、無事に発見されるという展開がある。同じ境遇に立つ者として無視することが出来なかったのもあるし、自分と同じような立場の人間を増やしたくないというのもあるかもしれない。この児童は無事に見つかるのだが、その時に号泣する夫の姿があまりにも切ない。

 

メディアも事件が起きたあたりは取り上げてくれるが、次第に世間の関心は薄れていく。一緒に戦ってくれる人間は次第に離れてしまう。この夫婦が抱える心の穴は埋まることは無いだろう。しかし、映画はそんな心の穴と一緒に生きていく夫婦を映して終わる。娘がいないことが日常になってしまった。それでも彼ら夫婦は共に生きていくしかない。映画の最後のカットは希望があるような見せ方だったが、現実はかなり残酷だ。

 

私ごとだが、間もなく息子が生まれる予定だ。この映画は、息子が生まれて親となってから、もう一度見返したいと思う。これは誰にでも起こり得てしまうことを描いた映画だ。

 

(C)︎2024「missing」Film Partners