主婦、晴れときどきくもり。 -13ページ目

父の事

私の父はアルコール依存症です。
でも、それはここ10年程の事です。

母が家を出てからは、父は男手ひとつで私達 兄妹を育ててくれました。
育てる、とは言ってももう私達は手のかからない歳だったので、違う意味で大変だったと思います。

13歳16歳と思春期真っ只中。
普通でも反抗期の時期を、父は1人で受け止めてくれていました。

今思い返すと、兄はまだしも私の父への反抗はひどいものでした。
言ってはいけない事もたくさん言いました。
してはいけない事も、たくさんしました。

父は、そんな私にさんざん頭を悩ましたことだと思います。

高校生の頃、夜遅くまで遊んで帰ると父はリビングでテレビを見ながら、よく飲んでいました。

「ただいま。こんな時間までまだ飲んでるの?」
私が言うと、

「ちょうど、もう寝ようと思っていたとこだ。お前も早く寝ろ。」
と、すぐ自分の寝室へ消えるのでした。

それは私が成人を迎え、仕事を始めてからも同じでした。
仕事が終わって職場の人達と飲んで、遅くに帰っても やっぱりリビングで飲んでいました。


今思うと、長い時間飲みたいのではなく、私が無事に帰ってくるのを待っていてくれたんだと思います。

顔を見るまでは、安心して眠れない…口にはしませんが、私が帰るまではずっと待っていてくれたのです。

子供を持つ今になると、どんなに心配だったかよくわかります。
本当にありがたい事です。


父は、あまり家族への愛情を口にしない人でした。
お酒を飲むとけんか酒で、外でも家でもまわりの人とよくけんかをしていました。

母は、そんな父に嫌気がさしていたのだと思います。
私が物心つく頃には、すでに夫婦仲は悪く 私は内心、
「早く離婚すればいいのに…。」
といつも思っていました。

子供達が可哀想だから…なんて事をよく聞きましたが、
「私達を言い訳にしないで。」
私はいつも思っていました。


母に出て行かれた事は、父にとってもすごくショックな事だったに違いありません。

でもそこから父は、私達と向き合い始め、少しずつ変わりつつありました。

そして、前述のように心から子供の心配をする、そういう父親に変わっていったのです。



Android携帯からの投稿

息子よ、まっすぐ進むんだ

先日、夕飯の買い物に子供二人を連れて行きました。

息子は、いつもなんだかんだと遊びながらついてきます。時には近くの棚に隠れてみたり、時にはごっこ遊びの悪者と戦いながら…。

その息子を、他のお客さんに迷惑になるからだめよ!と牽制しながら歩く私。
それでもやめない息子。

さすがに、ピシッと怒ります。

たまに見かける、
「お店の人に怒られるよ。」
っていう親御さん。

????
なんか違う…よね。

お店の人に怒られる、よりも他の人に迷惑をかける事がだめなんだと教えるべき。

私はよく見た目で損をする。
見た目、チャラチャラしてそうとな。
ムッ!心外。
私をよく知ってくれている人は、私を中身は頑固おやじという。

それはそれで…。
おばさん越えて、おやじとな。
う、うん、複雑。

中身おやじな私は、我が子がスーパーで走り回っていたらすごく怒ります。
子供であろうと、マナーは大切。

その時も、ふらふら遊びながらついてくる息子。
いい加減にしなさい、と怒る私。

「ちゃんと前見ながら歩かないと、他のお客さんにぶつかるでしょ!」
息子を怒りながら歩いていた。

その時、
『どんっ!』

……。

「あっ!スミマセン…。」


私が他のお客さんにぶつかりました。



じっと私の顔を見る息子…。


「……ねっ、危ないでしょ。」
としか言えませんでした。

すまん、息子。
こんなママであせる

キミはまっすぐ歩んでゆくんだよ苦笑




Android携帯からの投稿

離れていた時間、心の距離

母との久しぶりの再会を果たし、私達家族のタブーは少しずつ解消されていきました。

母が出て行ってからは、母の事を口にするのを極力避けていましたが、再会後はそれも変わりつつありました。

父は
「お前達の母親だから、お前達が会いたい時はいつでも会いにいけばいい。」
と、母と会う事を快く勧めてくれました。


そして、私は仕事が休みの日には時々、母に会いに行くようになりました。

父には感謝しています。
自分の気持ちを抑え、家族を裏切った母に、男手ひとつで育てた子供を快く会わせる…どんな思いでいただろう…。
きっと全てを飲み込み、私と兄の事だけを考えてくれた結果だと思います。


今では、母とはまめに連絡をとり、
たまにはお互いの家を行き来しています。
私や兄の子供達をとても可愛がってくれ、私達ともいい親子関係を築き直しています。
少しずつ、それまでの時間と離れてしまった心の距離を埋めていく努力をしています。

私も今は、置いて出て行かれた事に固執せず、父と母の関係、それぞれのその時の気持ち…広い視野であらゆる事を見るよう心がけています。

父の意見、母の意見、それぞれありますが私はあくまで中立の立場で両方の話を聞いています。
 
自分なりに、寂しい思いや悔しい思いがありました。
でも、それは絶対に無駄にしないようにしようと思っています。
そんな思いをしてきた分、今辛い思いをしている人の気持ちに共感し、相手の気持ちに寄り添うことができるよう心掛けています。

周りはお母さんがしてくれる事を、私が引き受けて、我が家の家事全般をこなしてきました。
でも、その時の努力は今に繋がっています。
結婚してから、家事で困る事は一切ありません。
主人にも子供にも、
「ママのご飯はおいしいね。」
と言ってもらえると、あの時頑張って良かった、と嬉しくなります。


全ては今の自分になるための期間。
今はそう思って、全て終わった事になっています。

親のドロドロは親の出来事。
私の人生は私のものです。
親がどうであろうと、それを言い訳にして自分の人生を無駄にはしたくない。
いつもそれだけを思いながらやってきました。

色んな方向にくねくね曲がりながらでも今いるこの場所、この私をこの先も信じて…。

今の私が数十年後の自分の基礎になることを忘れずに…。

そして、私に関わってくれている全ての人への感謝の気持ちを持ち続けて…。



でも、人生って色々ありますよね。

父はアルコール依存症になりました。
その話はまた今度…。

普段の何気ないブログの間に少しずつ、書いていこうと思います。



Android携帯からの投稿