今回、李世福さんのインタビューが掲載された雑誌や本を紹介したいと思います。

今までにたくさんのメディアからインタビューを受けているのでまたさらに発掘したらこちらで紹介したいと思います。

『松田優作クロニクル』キネマ隼報社

この本は1997年に出版された本で松田優作さんに関係された方の回想録、出演映画一覧、ディスコグラフィーなどで構成されている。

優作さんの俳優としてだけでなくシンガーとしても多く語られておりこの本一冊でかなりの情報量を得ることができまた魅力を感じることができます。

李さんも優作さんのバンドに参加した経緯や楽曲提供した『灰色の街』について語られています。

実際にこの本を李さんにお見せしながらさらにお話を伺いました。この本が出版されたのは1997年なので実際に本を見ていただいて新しい何かを思い出されるかと思いお話を聞いてみたところ、、、

李さん『この本のインタビューを受けたことはすっかり忘れていたけど優作さんの思いではこの本の通りだね。俺がインタビューでと話しているとおり、優作さんとは1980年にエディ藩さんを通して紹介され年末のニューイヤーロックフェスティバルにも出演する。迷い鳥という曲が灰色の街というタイトルになり歌詞が書き換えられ演奏される事になる。1987年にまた優作さんに誘われまたバンドに参加してアルバムをレコーディングしてツアーに出る。』

KENT『このツアーの日程やこの時期に出演されたテレビ番組も記録されています。』

李さん『このツアーは新宿厚生年金会館で終わっている事になっているけど、実際はその後ロマーニッシェズ・カフェで行いそれで終了した。まるで打ち上げのような雰囲気だったけどね。あとツアーで名古屋に行った際、優作さんは「東京に帰る」と言い出した。ライブが終わってすぐに何だかとても慌ただしく何か気に入らないことがあったような感じだった。そして新幹線に乗ったらすぐに食堂室にこもっていたね。名古屋には食べ物がないみたいな事をもらしていたような気がする。』

次に紹介する本は

『オヤジバンドvol.2』オークラ出版

横浜ロック特集が組まれており横浜のライブハウス一覧や歴史、李さんを始め、エディ藩さんやエミー・ジャクソンさんのインタビューも掲載されている。

こちらの李さんのインタビューはそれまでのキャリアを簡単に振り返る内容となっている。

ただ私個人的に注目している記述は李さんが高校卒業と同時にアメリカに渡りBBキングやアルバート・キング、そしてジミ・ヘンドリックスも見たということでした。

本には書かれていませんが、ジェスロ・タルも見たとの事。

李さん『ジミヘンを見たこの日の事ははっきりと覚えている。1970年の恐らく5月30日だろう。オークランドの講堂だった。ここではツェッペリンやフーもやった事があるのだとか。前から五列目くらいの場所で見たんだよ。』

KENT『もちろん李さんは高校時代からジミヘンに注目していて夢中だったわけですよね?』

李さん『うん。横浜だからPXから入手してね。』

KENT『ジミヘンのライブの記録はかなり細かく記録されていますので調べてみます。』

『ゴールデンカップスのすべて』河出書房新社

こちらはゴールデンカップスのドキュメンタリー映画『ワンモアタイム』が発表されたのに合わせて和久井光司さんが書かれた本です。

ここではカップス・ストーリーの他に和久井さんご自身を中心とした1970年代のヨコハマロック事情を話されているのが非常に興味深いです。

本に書かれていたカトレア音楽産業や『清水さん』の事も李さんは知っていて関わっていたので横浜市民ホールや野外音楽堂でやっていた頃は特に関わりが深かったのだとか。

あと李さんはこのワンモアタイムにも出演しておりその映画に未収録のインタビューもこの本に掲載されている。








27日の朝からずっとソワソワしていました。
グラミー賞授賞式や翌日のビートルズ・トリビュート・ライブにおいて何とポールとリンゴが共演するとアナウンスされていたためです。

当日スマホでこまめにチェックしていたら何とポールとリンゴの共演している姿が!






2014年にビートルズは復活したのだと感じた。ジョンやジョージはいないけど、ポールとリンゴはしっかりとビートルズ魂を継承しているように感じた。

そして個人的な話になってしまうけど、僕のような後追いでもこうやって歴史的な瞬間をリアルタイムで知ることの嬉しさ。2009年に二人が共演したり、2010年にポールがリンゴの曲に参加したときも同じような嬉しさを感じた。

2001年にジョージが亡くなった時はすごいショックでしたが、こうやって今でも二人が頑張ってくれていることが何より嬉しい。

また個人的な話で恐縮ですが、去年ポール、リンゴの各々のライブに行けたことを考えるとさらに幸せ感が増す。

団塊の世代の方でたまにいらっしゃるのがビートルズをリアルで体験したり、武道館公演を体験した事をいつまでも伝えるのではなく自慢する人もいるが、今こうやって昔のままではなくジョンとジョージの魂を引き継いでいる進化しているポールとリンゴの姿を体験している僕らも幸せだと思う。

そして僕はファンとして

体験し続けていきたい。

楽しみたい。

伝えていきたい。



私、KENTは1月30日に町田でアコースティックユニットでライブをやらせて頂くことになりました!

ぜひぜひ遊びに来てください!


下記に詳細記載します!

1月30日!

町田 WEST VOX [マチダ ウエスト ボックス]
李世福プレゼンツROCK MY SOUL

開場18:30開演19:00

¥2500(ワンドリンク+お菓子付き)

出演バンド

李世福&toshikanmaygoo

ハウリング・ロック・ア・ゲリア

ULTRACYCLONE

東京都町田市森野一丁目8-1
http://www.westfleet.co.jp/

よろしくお願いします!


遅ればせながら

明けましておめでとうございます!
昨年から自分の大好きな音楽を書いたり李世福さんのインタビューを掲載したり色々書かせてもらっていますが今年もマイペースに進めていきたいと思います。

李世福さんから新年のコメントを頂きました。



李世福さんから

『去年同様、今年もとりあえず前に向かって一歩一歩進んでいこうと思っている。自分は62歳だがこの先もどこまでできるか。朝のトレーニングもアーティスト活動も。どこまでできるのか自分の事ではあるが非常に興味深い。少林寺の蹴りの高さも前よりもさらに上がっているんだ。自分で言うのも何だが、62歳なのに毎日のトレーニングの積み重ねかな。自分でもこの歳になってまだまだできるので皆さんも色んな事ができると思ってほしいです。それとやはり一般的ですが食事とか睡眠も大事だしあとは気持ちが大事。弱っている時こそ気持ちを強く持つことが大事ですよ!あえて危険なところは飛び込まないですが、何かがあった時は向かっていってください。私もこれからまだまだ前に向かってやっていきますので皆さんも前に向かって行きましょう!うるさく言う人もいるでしょう。でも自分を信じて希望に向かえばいいと思います。』

李さんから新年の希望のあるコメントを頂きました。

今年は曲やアルバムの製作秘話、映像なども積極的にupできればと思っています。

よろしくお願いします。








11月のポール・マッカートニー来日公演に際して

僕は11月12日、18日、19日の3公演に足を運ぶ事ができました。

19日は李世福さんをご招待し一緒に行きました。

とても楽しく素晴らしい思い出になりました。

この日の事を語ってもらおうと李さんにインタビューをしたので掲載したいと思います。

KENT『19日は一緒にいってくれてありがとうございます』

李さん『招待してくれて俺の方こそありがとう!』

KENT『李さんから見てポール・マッカートニーのライブはどうでしたか?』

李さん『感心してしまったよ。2時間45分くらい。間奏も短く曲数も多く。それだけ多く歌わなければいけないからね。71歳!尊敬しちゃうね!自分が子供の頃、ビートルズの最初のアルバム(ミート・ザ・ビートルズの事)が大好きでオールマイラヴィングをやったとき、自分が中学一年生の頃に戻ってしまったような感覚だった。本当に励みになったねぇ。まだまだ現役で健康第一で自分もトレーニングしているんだけど、彼もステージ立ち続けてほしいと思うんだ。』

KENT『新聞や報道などではポールが水も飲まずに二時間以上続けたということに注目していますが、当のポールは水はステージでは飲まないものだと認識しているようです。そういえは李さんもステージでは水を飲まないですよね』

李さん『俺も二時間以上、三時間近くやるけど、今まで一度もステージで飲んだ事はないけどなぁ。俺も飲まないものだと思っているよ。あとね今回のポールのライブ見ていて自分も色んな事を考えた。俺は今は61歳だけど、11歳から21歳くらいの気持ちで過ごしている。自分もどこまでできるのか毎日自分で自分を見ている。動ける時に動いて動かない時はその時はお休みかな。あとは常に気持ちは強く優しくでありたい。』

KENT『李さんが子供の頃、ビートルズを初めて聞いた時の事についてお聞かせください。当時はみなさんがよく言うようにやかましい音楽だと感じませんでしたか?』

李さん『親父が軍の人と友達だったので子供の頃からレコードで色んな音楽を聞いて歌番組も好きで見ていたので最初のアルバムはやかましいとは思わなかったな。ただビートルズの髪が長かったのでそれにびっくりした。映画のヤァヤァヤァを映画館で見た時、スクリーンに向かってテープを投げたり泣いている女の人が沢山いた。そういえば、野木信一さんもビートルズの髪の長さにはびっくりしていた。』

KENT『李さんと見に行ったあの日、多くの芸能人の方も見たそうです。僕の好きな志村けんさんも見ていてブロクで感激したと言っていました。確か同じ芸人として感動したみたいに書いてあったような気がします。』

李さん『そう、同じ芸人。志村けんさんは芸人でありアーティスト。あと俺はね、ミュージシャンというより芸人だと自分では思っているんだ。パフォーマンス・ロッカーかな(笑)ポールはミュージシャンでありアーティスト。志村けんさんは芸人でありアーティストあれだけ多くの人を楽しませる事ができる。素晴しい事なんだ。そして俺はミュージシャンではないから(笑)俺は散歩したりしながらふっと曲を思いつく。ちょっと他の音楽やっている人とは違うんだよ。強いていうなら俺は自分の事、ミュージシャンというよりバンドマンかな。いややっぱりパフォーマンス・ロッカーだ(笑)』

KENT『ポールも芸人気質だと思います。ショーの構成もしっかり決まっていますからね。まるで演劇の台本のように。僕もそこが素晴らしいと思います。』

李さん『そうだね。ショーの構成もしっかりしている。行き当たりばったりだったら絶対にうまくいかないからね。打ち合わせもかなりしているんだろう。俺の曲だってアドリブっぽく聞こえるものもあるかもしれないけど、しっかり作っているんだよ。オールマイラビングの間奏を早弾きで弾いてもつまらないでしょう?やはりあのオリジナルでないと。しっかり台本通りだからお客さんも安心して見ていられるんだよね。』

KENT『そうですよね。』

李さん『ちょっと余談になってしまうけど、私の音楽アトリエ(作業場)を時々開放しているので何か悩みでもあったら私に話をしてくれていいですよ!ドリンク一杯500円からのカンパでお菓子は無料でお出しします。時々空けていますので遊びに来てください。』

KENT『李さんとインタビューとアトリエのお知らせでした(笑)』

2013年10月。

前作『キス・オン・ザ・ボトム』からわずか一年ちょっとで

ポールがNEWというアルバムを出しました。

この発売ペースはまるで70年代のようだと感じとてもワクワクしました。

リードトラックを始めボーナストラックを含め素晴らしい楽曲群でした。

71歳になってもこんなに創作意欲に溢れているポール・マッカートニー。

つくづく同じ時代に生きれて幸せだと思いました。

11月に入り仕事の予定の調整をし、

今回のポール来日公演に三回足を運ぶ事ができました。

理解のある職場で本当によかったと思いましたし、感謝しています。

僕は11月12日の大阪公演、18日と19日の東京公演に行きました。

チケットぴあ特別増刊号ポール・マッカートニー特集において

僕のメッセージが掲載された事も素晴らしい思い出であり宝物です。

大阪公演が始まる前にドームの前で入り待ちしていたら

車で会場入りするポールに人目会う事ができたのも感激モノでした。

まるで昔のビートルマニアになれたような感じがしました。

あと19日は僕から李世福さんを招待し、一緒にライブにでかけました。

次の記事ではその日の事を語ってもらう李さんのインビューを掲載します。



あれは2013年7月16日だっただろうか。夕方にメディアでポール来日公演正式発表がなされるとネットで情報が飛び回りました。

当日たまたま友人宅でテレビをつけていたのでもうすぐ正式発表だとテレビに釘付けになり注視していたら





この時はあまりの嬉しさに大声をあげて喜びました。一緒に見ていた友人は特にすごいビートルズ・ファンではないけれど、一緒に喜んでくれてその日の夜は一緒に『(祝)ポール来日』で飲みに行ったのでした。





その翌日はコンビニでいくつかのスポーツ新聞を購入。伝説の人と同じ時代に生きてる喜びを実感したくまた来日を祝して記念に。

その後一ヶ月くらいしてポールの新作が発売されるという噂が出始めたのでした。

来日前に新作発売。なんというタイミングだろう。。。


続く
つい先日まで燃え尽き症候群を患っていたKENTです。(笑)

ポール・マッカートニーが来日して日本ツアーを行い、僕は12日、18日、19日の三日間観に行ってきました。

洋楽が大好きですがやはり一番最初はビートルズ。今だに一番好きなバンドもビートルズ。

そしてそのビートルズのポールのライブを見に行ったという一生の思い出に残るような日々の記録をこちらのブログに連載していきたいと思います。

僕は高校三年生の頃(2002年)にポール・マッカートニーのライブを東京ドームですでに見ています。高校生でお金がなかったので一回の公演を見るのがやっとで父親に借金して行くという感じでした。

その後もポールは年々若返るような感じでしかも活発でツアーも行い、アルバム製作もしていました。

時々来日の噂がありましたが、様々な事情で実現しなかったようです。

他の国ではポールのツアーが行われていてこんなにポールが元気ならまた日本に来てほしいなとずっと思っていました。

2012年に朝の日本の情報番組にVTR出演した際は『日本公演は交渉中』とまで語ってくれましたが、その年は来日せず。

そして2013年。

11年前よりもさらにそして手軽に情報が飛び回る時代。

情報が交錯していたポール来日公演の公式発表が新聞、ネット、TV、号外で公表されたのでした。


続く。



先日、告知していた李世福&toshikanmaygoo のライブが横浜開港記念会館にて行われました。今回のチャリティ交流イベントに出演された李さんにお話をお伺いしたいと思います。

KENT『昨日は横浜開港記念会館にてライブでしたね。普段はライブハウスなどでやることの多い李さんですが、昨日のライブを行った場所とイベントの様子をお聞かせください。』

李さん『開港記念開館は昔、48年前くらいにみんなでダンスパーティーをやったことがあるんだ。俺が小学六年生か中学一年生くらいだね。借り賃も安くてね。ただホールは初めて見たんだけど、こんなに立派とは思わなかったな。』

KENT『ダンスパーティーというのは今にない響きですね(笑)』

李さん『俺のお姉さんや兄貴がアメリカンスクール行ってたからね。ダンスパーティーはよくいってたよね。そこには愚連隊もよく来ていなぁ(笑)』

KENT『愚連隊?!(笑)意味は分かりますが、この言葉も今は使われなくなりましたね。(笑)』

李さん『昔の純喫茶なんかはよく愚連隊が集まってきたからな。昔の喫茶はデートする場所であり、同伴喫茶というのもあった。また一階が普通の喫茶で二階は同伴喫茶なんてのもよくあったよ。何でこんな話をしたかというと昨日のイベントは40何年も活動を続けてきて初めてかな。ステージの最前列を60すぎから80歳代の方々が陣取って座っていたんだ。曲が始まると手拍子しながらノッてくれた。嬉しかった。もうひとつ嬉しいことがあった。俺の子供が来てくれたんだ。小学三年生の女の子なんだけど、前から見たがっていたんだけど、今回初めて奥さんが連れてきてくれたんだ。これもすごく嬉しかった。』

KENT『それはよかったですね!子供がもっと大きくなればもっとそういう機会が増えるかもしれませんね!それと昨日のイベントは李さんの話を聞いたりフライヤーを見ると様々な年代の交流イベントですね!僕は仕事で残念ながら見れませんでしたが、李さん今後もこのようなイベントにまた出てほしいです!僕も機会作って見たいです。こういう趣旨のイベントに出る李さんを見たいです。』

李さん『今回はチャリティでね。俺は何か力がある訳じゃないけど、綺麗事ではなく自分にできることはこのような形でどんどん貢献していきたいと思う。』

KENT『ライブハウスでの李さんもかっこいい!また今回のようなチャリティ交流イベントでの李さんのご活躍も今後期待しています。』