言葉の向こう側にある人の心を見ること――INSPiが提示したコロナ禍における調和 | KEN筆.txt

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鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと

BGM:INSPi『夏祭り』

 

「今、地元の逗子に住んでいて今日、久々に東京へ出てきて原宿が変わっているのでビックリしました。ひたすら自宅での作業になりましたね。この2年間で生活のサイクルから何から全部変わってしまった中で、より音楽が不要とは思わなくて、何よりも心が大事だなと感じています。心が弱ると、命も弱ってしまう。こういう世の中だからこそ音楽の必要性を改めて感じました」

『月刊ローチケ』の取材でINSPiリーダー・杉田篤史と会ったのはゴールデンウィーク明けだった。2019年11月以来、気がつけば1年半もご無沙汰していたことになるが、人と人の調和やコミュニケーションの大切さを打ち出してきたアーティストがコロナの影響で、それが難しい状況となった今、そうした現実とどう向き合っているかが気になっていたので、それに対する質問からインタビューという形の対話は始まった。

変わりゆく環境の中、それでもINSPiは多くのアーティストたちがそうであるようにこの状況下でやれる形を模索し、形にしてきた。昨夏、初めて配信ライブをやったあとアーカイブが消える最後の日にツイッターで「夜の9時から一緒に見ましょう」と呼びかけ、メンバーもコメントで参加し、ファンとともにあれこれ言いながら楽しんだ。

INSPiのメンバーでありながら、INSPiのライブを見て不特定多数の人たちと楽しむというのは、この時代だから生まれた方法であり、コミュニケーションの取り方。そこから「“場”をなくさないため」の有観客ライブ再開へとつながっていった。オーディエンスを入れたYouTube定期生配信番組も現在はオンラインに変わっており、メンバーがリアルタイムで顔を合わせる機会は限られているが、ライブをやるとなるとじかに顔を合わせてのリハーサルが必要となりリスクが高まる。それでも「そこは僕らも“プロ”なんで。プロである以上はどんな仕事でもリスクはあるものですから」と覚悟を決めて臨んだ。

INSPiは毎年夏と年末のライブを恒例としており、昨年は配信のみだったものの今年は「INSPi 2021 Summer Live アカペラ・オン・ザ・ビーチ」と題し有観客で開催。ギラつく暑さの7月11日、昼夜2部制で本拠地・表参道GROUNDにておこなわれた。観客は全員着席で声出し禁止、ソーシャルディスタンスを取った上での参加に。閉塞感が続く日々の中、忘れがちな季節の“らしさ”を音楽によって思い起こし、味わってもらうのが狙いだ。

 



室内だから太陽はなくエアコンも効いているが、INSPiのハーモニーによって情景を思い浮かべる。この日のライブは生配信もされ、メンバーの北剛彦がリアルタイムで流されるコメントをチェックしながら進行していった。

最後列から客席も視界に入れて見ると、音に乗ってかすかに揺れるオーディエンスの動きが寄せては帰るさざ波のように映った。夏フェスの一つとして毎年、三浦海岸で開催されていた「音魂」も昨年、そして今年とコロナ禍により中止となった。砂浜を踏みながら海の家の雰囲気でライブを見て、暗くなると江の島を眺めながら波の音に身を任せたあの味わいが、屋内の会場でじんわりと蘇ってきた。

4曲目の『てぃんさぐぬ花』は4月にNeoballadのライブでも聴いており、この曲に関する思いを綴ったばかりだったので、嬉しい不意打ちに。34年前、NHKホールで坂本龍一演奏のもと耳に刻んだ沖縄民謡が、こうした世の中で心を癒してくれる存在になるとは当時、想像さえしていなかった。

『Sunday Sunshine』はボサノバ調で、WATER MELON GROUP(プラスチックスのあとに中西俊夫が在籍したMELONの別ブランド)っぽさが夏に合うクールミュージックとして染みた。山下達郎の『高気圧ガール』など、海と夏を感じさせるカヴァーも盛り込まれ、ライブはINSPiらしいフラットな雰囲気のまま進んでいった。そうした中、最後の曲へいく前に杉田はMCでこんな話をした。

「僕ら人間は目に見えるものにしか反応できなくて、自分にとって不快なものに対しどうしても不安を持ってしまうのですが、お互いの言葉の向こう側にあるその人の心というものをちゃんと見ないと、ますます大変なことになっていくのでは…そういう気持ちをこめて――」

『ココロの根っこ』というそのナンバーは、初の海外公演となった2005年のインドネシアツアーのために作ったもので、現地の言語と自分たちの言葉によるコラボレーションをしたいとの思いから、スマトラ沖地震の被災者を励ますためのリリックを綴った。

 

 

言語が違っていても気持ちが通じるケースもあれば、言葉にばかりとらわれることで真意が伝わらない場合もある。誰もがテキストによって発信できる今の時代、目に見える文字情報だけで物事を受け取ってしまい、その先にこめられた思いにまで考えが至らぬケースは残念ながら多い。

前後の文脈から切り貼りされたワードだけでは意図が正しく伝わるはずもない。言葉は有能なツールではあるが、本当に読まなければならないのは人間同士の心なのだ。直接的なコミュニケーションを取るのに規制がかからざるを得ない世の中だけに、それをより痛感する。

INSPiは今年でデビュー20周年を迎える。人と人がギスギスしがちな世の中になってしまっている今こそ「調和の時代が来ると僕は思っていますし、またそうならなければという思いがあります」と杉田は言う。確かに、アカペラグループとして唱えてきたもの、姿勢が直接的に生かされる状況にはあると思う。

 

▲「アカペラ・オン・ザ・ビーチ」に臨んだメンバー。左から北剛彦、大倉智之、杉田篤史、奥村伸二、吉田圭介、渡邊崇文(杉田篤史ツイッターより)


「20年一緒にやっているメンバーだけあって、最近はすぐに決まるようになりました。意見が分かれたとしてもまとまるというか。以前は小さなこと一つひとつでモメていた時期もあったんですけど、今はすんなり決まっていくんですよ。誰かが出した意見も、俺の考えとは違うけどそっちも面白そうだからいいよって、受け入れる余裕がみんな出てきたのかもしれません。僕らも四十代に入ってやるべきことが明確になりましたよね」

今までは時代性に左右されることなくアカペラという文化を伝えるために活動してきたが、これからは否応なく意識せざるを得なくなる。それでもINSPiの6人は不惑の四十代となって自分たちのやるべきことと真っすぐに向き合えている。これが20年間、言葉の向こう側を伝えるべく続けてきた者たちの強みなのだろう。

美しきハーモニー、楽し気なノリ、心に染みるリリック…INSPiのファンであればそれらは認識していると思われるが、今の時代だからこそそこに一つ加えていただきたい。揺るぎなき姿勢によって持ち得た“強さ”を――。(文中敬称略)

 

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