いなせなアカペラグループ・INSPiが奏でる人力グルーヴと調和の尊さ/17周年記念ライヴレビュー | KEN筆.txt

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BGM:INSPi『アカペラ・ルパン三世のテーマ 』

 

どのジャンルでもそうなのだが、取材で聞かせていただいた話がどんなに感銘を受けたり第三者に伝えたいと思ったりしても、すべてが世に出るものではない。ましてや紙媒体となると、ページ数やスペース的にも記事になるのはほんの一部である。そのたびに、わかっていることとはいえ申し訳ないという念に駆られる。

音楽関連の取材で今年、その思いが強かったのはINSPiだった。もともとファンとして聴いていたわけではなかったが、フリーペーパーマガジン『月刊ローチケHMV』で2016年に話を聞く機会があり、メンバー6人の音楽に対する姿勢が強く印象に残った。

 

▲左より吉田圭介、北剛彦、大倉智之、杉田篤史、奥村伸二、渡邉崇文

「音楽が生まれた瞬間って誰かが声を出して、気持ちをこめるのにちょっと節を変えたところから始まったんだと思うんですけど、声だけの音楽でステージ上に6人が並んでいて、いっせーのせいで始める。これほどシンプルな音楽の形はないと思うんですよ。確かに何も持たずに出てきてやるのは今でも怖い部分があります。ただ、丸腰の人間が完ぺきなハーモニーに向かってみんなでやっている。そういう姿はきっと人の心を動かすのだと思います。人類が音楽というものを意識して何万年が経ち、コンピュータがボーカロイドで歌う時代になっているのに太古の時代から変わらないスタイルをやり続けている…こういう音楽もあっていいんじゃないかって」

リーダーである杉田篤史の口から聞かれた「太古の時代から変わらないスタイル」の言い回しは、人類に音を鳴らすという文化がなかった時代からミュージックがあったことを改めて実感させられる意味で、とても心に残った。そんなグループ結成15周年記念コンサートに向けてのインタビューから2年後、17周年記念ツアー前に再会できた

この間、コーラスの奥村伸二が2015年6月に受けた右顔面部有棘細胞がん切除手術からの鼻の再建出術を受け、1年間の休養に入っていた。夏のツアーで復帰した時は全セットリストの1/3しか歌えなかったが、今回はフルで出演するという。


楽器レスであり「ドミソを鳴らすのに、1人いないと和音ひとつも出せない音楽形」(吉田圭介)のアカペラグループにおいて、1声足りないのは大きなハンディとなる。鍵盤ならば他のキーを押せばいいがINSPiの場合、それをカヴァーするのは生身の人間の声なのだ。だからこそ、それを乗り越えることで成長できただろうし同時に見えてきたものもあった。

「伸二がした体験をバンドとして共有できたっていうのは、いい経験をさせてもらえたなと。お互い大変な部分もあった…まず伸二はすごく大変だっただろうし。それでも悪いことがいい方向にひっくり返るってあるんですよね。バンドって最初の頃はダメなところばかり目がいってぶつかったりとかが多いんですけど、長く続けると違和感あるところが面白く見えてくる」(杉田)

12月8日、表参道GROUNDにおける東京・神戸・名古屋ツアーの初日は昼夜ステージがあり、そのうち夜の公演を見たのだがステージに立つ奥村はそれが当たり前のように全曲歌ったばかりか、MCもこなしていた。「アカペラはずっと歌なんで。前奏も間奏も、なんならMCも声を使いますから。これを90分続けるだけの調整が必要だから、その感覚は本番でしか得られないんで、取り戻すのが大変ですよね」という言葉を本人から聞いていたので、それがどれほどのことなのかをオーディエンススペースの最後部で噛み締めた。

初めて生で見たINSPiのステージは、ライヴ映像では気づかなかったものがシンプルに伝わってくる“作品”だった。すべてが人間の声のみによって築かれ、そして発信される…音楽であると同時に、我々の日常の中で繰り広げられる“話す”というコミュニケーションの手段がステージに反映されるのは、楽器を演奏する形態にはないものである。

 

「昔はカヴァー曲の歌詞がいっさい憶えられない時期があったんです。なんでだろうと思ったら、自分の言葉を伝えたいからアカペラを選んだんだと気づいて。そこで言葉の音楽であることを強く感じました」(大倉智之)


6人が横一列に並び、それぞれの物理的距離はさほど変わらないが曲ごとのパートによってメンバー同士の間合いに変化が生じ、それがサウンドとなって表現されていく。コーラスの杉田、奥村、大倉に北剛彦の4人が曲ごとにメインヴォーカルを担当し、それぞれの歌声に思いや感情を乗せる。吉田のベースヴォーカルと渡邉のヴォイスパーカッションは、音楽特有のノリを生み出すことでそれらを効果的に客席へと投げかけていく。
 

6人全員がほぼ声を出しっ放しの約100分。特にリズム隊の2人はどのタイミングで息継ぎをしているか聴いている限りはわからないぐらいで、目を閉じるととても楽器レスのオンリー人力サウンドとは思えず、プロの実力すげえ…と唸るしかなかった。吉田はじっさいに楽器のベースを弾く運指を見せるのだが、これはあてぶりではなく本当にその音を押さえており、耳だけでなく目からもグルーヴを感じさせる武器となっている。

 

「僕ら(リズム隊)は気持ち的にはフロントのメンバーに気持ちよく会場全体を揺らしてもらうよう、陰ながら演っている感じです。一応、見てもらえるように並んで演っていますけど、気持ち的には二人でフロントマンがやりやすいように」(吉田)

また、当然ながら人間が一度に出せる声は1音であるはずなのに、渡邉のヴォイスパーカッションはバスドラとハイハットが同時に鳴っているように聴こえる。このあたりの技量は素人目線で申し訳ないが、神業としか思えなかった。

 

「大学に入って、サークル勧誘でINSPiが歌っているのを見たのがきっかけでした。その時は別の人がボイパをやっていたんですけど、それを聴いて面白いと思った。これは将来、新入社員歓迎会でやったら受けるぞーぐらいの軽い気持ちだったんです」(渡邉)
 

そんなスタートからでも極めれば達人の域にまで昇華できる。楽器を使わずしてグルーヴ感を発生させるのだから、よくよく考えればすごいことである。そしてヴォーカル&コーラスの掛け合いによっても、それが生み出されている。

つまり、コーラスもヴォーカルを際立たせるリズムを担っており、呼吸の合わせ具合がメンバー同士の絶妙な距離感となって表現されるのだ。その心地よさも、楽器レスならではの味わいと言える。

 

「アカペラって声を合わせなければならない音楽なので、それぞれの声をしっかりと聴き取らなければいけないんですけど、喧嘩するとハモらないこともあるんです。声…つまりは心を合わせるのって苦労するし、同じ方向を6人が向く難しさは常々思っています。でも、ライヴの中で『今、合ったね!』という瞬間が必ずあるんです。その一瞬が大好きで、それをお客さんも感じてくれている部分もあります。そういう時にこそ、苦労して合わせてよかったって思えるんです」(北)


すべてがマンパワーという形態であるがゆえ、一人ひとりの曲ごとの立ち位置や関係性がよりダイレクトに描かれ、オーディエンスは唄やリズムやメロディとともに、そうした部分も楽しんでいるように思えた。それがINSPiとファンの間に成立する共有性なのだろう。


2年前の15周年記念コンサートのタイトルは『15(いご)ヨロシク』で、16周年が『16(いろ)っぽいネ☆』。そして今年は『17(いな)せだネ☆』と銘打たれた。どちらかというとそれはあとづけのようなもので15、16と続いたから17も何か考えようとなり、決定してから「いなせとは何か?」のテーマと向き合った。

「自分たちでいなせだと思う半分、いなせな男になりたいという願望が半分」(杉田)から始まり、それぞれが思うところのいなせを出し合った上でライヴを通じオーディエンスそれぞれに“いなせ感”を見つけてもらう。ひとつに絞るのではなく音楽がそうであるように、その場にいる人数の分だけ答えを見いだしてほしいというのがメンバーの思いだった。

洋楽カヴァーコーナーでTHE POLICEの『Every Breath You Take~見つめていたい』を演ったあたりがいなせな選曲だったが、それ以上に前述したヴォーカルを引き立てるコーラスの立ち位置がカッコよく映った。通常はメインのメロディを歌う人間が映えるものだが、調和の重要性をデビュー以来追及し、唱えてきたINSPiのステージではその周りにいる3人の「他者のためにできること」が、とても輝いて見えたのだ。

「ハーモニーをテーマに17年になりますけど、ハーモニーしているのって本当にしあわせなことなんだなと。我先にだったりとか、人よりも多く獲りたいだとか、先を急いでいるとかというのも、もうちょっと周りの人との調和を感じて生きていけば世の中のしあわせの総量が増える気がして。これはなかなか伝えるのが難しいですけど、音楽って人の人生のヒントになる。それは自分自身がそうだったんで」(杉田)

職人的なリズム隊も、ダイレクトに声とリリックで伝えるヴォーカルも、そして脇役に回ることで人間にとって何が大切なのかを体現するコーラスも、INSPiは見事なまでに音楽を通じいなせなカッコよさを発散させていた。取材を通じ彼らが言葉に託して伝えた姿勢と、ステージ上のアテチュードがちゃんと合致した事実に心を揺さぶられた。

そして――この日、会場はスタンディングだったのだが下手側に「小学生以下優先スペース」が設けられていた。客出し後に目をやるとその一角はせり上がり段差になっており、子どもたちの背でもステージが見られるようになっていた。聞くと2年ほど前からINSPiのライヴではそうしているらしい。

インドネシア、タイ、モンゴル、ウズベキスタン、カザフスタン、メキシコ、ブラジル…そして今年はミクロネシア連邦へいき、言葉の壁を越えた交流をおこなってきた。世界中の子どもたちとアカペラを通じふれあい、思いを伝えようとしてきたINSPi だからこその“目線”――これに勝るいなせなど、あるはずもないと思えた。(文中敬称略)