環境の変化、それぞれの心境
ケンスケの母親がやって来た。これはその時の一枚。彼女が急遽やって来たのには理由がある。
同居犬であるポムが手術をする為その見送りに来たのだ。
期間は一週間。医者に行く度に極度に震えてしまうポムにとってはあまりに長すぎる時間だ。
麻酔が解けて、見知らぬ狭い檻で目が覚めたときに、彼女が何を思うかは容易に想像がつく。
私は静かな性格なので、水をかけたように家の中の音が消えた。
ポムがいなくなったゲージを見て、急に訪れた静寂にケンスケも寂しさを感じているようだ。
私はそんなケンスケの思いを汲み取り、複雑な気持ちで目の前にあるおもちゃを噛んだ。
手術は無事に成功したようだ。まだ帰ってくるまでには時間がかかるが、元気に帰ってきてもらいたい。
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遥か上空から語りかける背中
晴れて空気が澄んだ日には富士山が臨める。この家は随分高い場所に位置しているものだ。
とはいえ、そこから見える景色は私には実感がない。あまりに大きすぎる規模よりも、目の前の人間やおもちゃや食事の方がよっぽど好みだ。
しかし、これだけ高い所にいても音はよく聞こえる。
こないだ遥か遠くに聞こえる音に耳を澄ましていると、たまたま何も無い壁を見つめる形になったため、ケンスケは私に奇異な視線をぶつけてきた。
夜中だった事が、一層の恐怖心をあおったらしい。
その後は気にせず眠った。
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食事中の水平方向による視線
食事は必ず私の家の中で食べることになっている。今となればそうでないと落ち着かない。
食事の時はポム、私の順で与えられる。といっても数秒のタイムラグしかないが。ちなみに先住犬のポムとは家は別々だ。
食べているところを見られても気にならない。ケンスケが私の食事をふざけて取り上げることはあっても奪って食べたりはしないからだ。狩猟犬時代の本能はほぼ消えていると言ってよい。
私の食事は一日に2回と決まっている。時間帯はその日によって変わる。この頃は容器の音を聞いただけで反射的に体がキッチンへと動いてしまう。
もちろん出されたものは全て残さず頂いている。
これが私の毎日の楽しみの一つ。
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