人間と犬の格差が生んだわずかな境界線
ドッグカフェという割には犬は私だけだった。犬同伴OKというレストランに近い。
初めての所でも私はいたって落ち着いていられる。私の強みの一つでもある。
以前に母親や仲間と共に長く過ごすことで身についた社会性のおかげだろうか。あるいは、ケンスケからリラックスした匂いが漂ってくるので間接的にどこかほっとするからかもしれない。
ところで、ケンスケは焼肉ランチを網で焼いて食べていた。ここは焼肉屋のようだ。昼からいい気なものだ。
私の食事はレバーとポテトの混ぜご飯だった。
いつも食べているドライな触感ではなかった。しっとりとしていてものすごくおいしかった。
お皿の底まで舐め尽くせるのは、犬ならではの特権だ。
ちなみに人間の食事1200円、私の食事1000円。犬といっても値段は人間並みだ。
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かけ離れた産物の存在
海というものを初めて見た。押し寄せるように迫る波を見て最初のうちは尻尾が中に入ってしまった。
しかし広い海を見て思うことは人間も犬も同じである。
砂利でサラサラとした地面を歩いたのも初めてだった。アスファルトとは違って踏みしめる度に自分の重さが理解できた。
私にとってあまりにも巨大な海は抜けるような気分の良さと少しの不安が混ざり、何回もケンスケを振り返っては顔色をうかがわなければならなかった。
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繰り返しの作業により身につく慣性
食べ終わった後はだいたい訓練を受ける。「オワン」と命令されるとそれを自分で持ってこれるようになる訓練だ。
私の中で理解できる時とできない時がある。これは前者の方だ。後者の場合は持って来いと言っているケンスケの人差し指に飛びついて終わる。
しかしこれを持ってこれるようになったからといって、何になるのかと言ってしまえばそれまでだ。
そこは気づかない様にしている。前にも言ったが褒められるのは悪くない。
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