八島士奴美神を祀る河邊神社(雲南市木次町)
【古事記神話】本文
(~その61 速須佐之男命の子孫 1)
1日1記事にして4日目。
あと3日間はこのペースで進めます。
前回の記事では、八俣遠呂智退治を成し遂げた速須佐之男命が「須賀の宮」を営みました。
今回は早くも子作りに励みます。
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【読み下し文】
故に其の櫛名田比賣を以て 久美度邇起して 而して生みし所の神の名は八島士奴美神と謂ふ [士自り下三字以て音 下此れに效ふ] 又大山津見神の女 名は神大市比賣神を娶ひて生みし子は大年神 次 宇迦之御魂神 [二柱 宇迦以て音]
【大意】
【補足】
◎「久美度」とは「夫婦の寝床」の意。「起して」は「始めて」「致して」といったところでしょうか。
既に【古事記神話】14. 蛭子・粟嶋の記事にも「久美度」は登場しています。
◎記には速須佐之男命の子孫が15柱記されるのですが、今回は5柱までで留めました。大国主命がこの後出てきますが、そこで長くなりそうなので。
◎先ずは八島士奴美神。
「八島」は多くの島々(土地)、「士」は「知らす(治める)」、「奴」は「主」、「美」は美称といったところでしょうか。つまりは「日本の大王」くらいの意味であろうと。
事蹟は記されていません。これほどの人物(神)が…という謎はあります。
河邊神社(雲南市木次町)や須我神社(雲南市大東町)など数社にて祀られている程度。
一方、紀には「清之湯山主三名狭漏彦八嶋篠(スガノユヤマヌシミナサルヒコヤシマシノ)」、「清之繋名坂軽彦八嶋手命(スガノユイナサカカルヒコヤシマデミコト)」などの神名で登場。
「湯山主」として浮かぶのは、玉作湯神社の背後の「湯山」(現在の「要害山」)で「湯山主命」として祀られる大己貴命。
「先代旧事本紀」には八嶋士奴美神の別名を大國主神としています。
どうやら「八島士奴美神」の正体は大国主命ではないのかと。紀の本文は素戔嗚尊の子とされています(一書に六世孫と七世孫とも記される)。
この記述には不審な点が多く、意図的に史実が歪められていることがみえみえ。記述と神話の内容が合致しないのです。
そもそも大国主命の記述には紀記ともに不審な点が多く見受けられます。これが古代の様子を分かりにくくしている原因の一つ。それはまた次回で。
◎続いて神大市比賣神。
速須佐之男命の二番目の妻ですが、なぜか出雲で祀られていないのです。
「神」は美称、「大市」は諸説あるものの「市」を「厳(イツ)」と捉えて巫女とするものや「市場」と捉えてその支配神たる山の神とする説など。また河川に沿った平地のことであることから、水田耕作にまつわる神とし、水源→大山津見神(父)、耕作→神大市比賣神、実り→大年神(子)をもって一連の流れとする考えも。
大歳御祖神社(静岡浅間神社内)の大歳御祖神を神大市比賣神とする説もあるようです。
◎次に大年神。
詳細は本編記事の大歳神に譲りますが、現在は記事改定作業中、明日記事を再UPします。
播磨国近辺で約400社が鎮座するという異常なことに。大歳御祖神社(静岡浅間神社内)が総本社的なものとされますが、上述のように神大市比賣神とする場合も。
◎最後に宇迦之御魂神。
この神に触れると到底一記事程度は済みようもないので、さわりのみを。
記には大年神の弟または妹として記されていますが、紀の本文には登場せず五段一書六において倉稲魂命として登場。しかもイザナギ・イザナミ神が飢えた時に生んだとあります。
今回は速須佐之男命の子孫の羅列のみ。少しずつだけ触れておきました。次回はいよいよ大国主命の登場となります。
*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されました際はご指摘頂けますとさいわいです。