☆ 紀伊大島



紀伊国牟婁郡
和歌山県東牟婁郡串本町大島



本州最南端、串本の飛び出た半島「潮岬(しおのみさき)」から最短で1.8km隔てた離島「紀伊大島」。今回初めて訪れました。

風光明媚な観光スポットも多くあり、まさに「楽園」といったところかと。

各名所は今後UPする記事にて詳細を。
この記事では重複しますが写真を中心に、「紀伊大島」のごく簡単な歴史絡めて紹介を。




「くしもと大橋」は平成十一年に完成。
それに伴いフェリーが廃業となったようです。

「潮岬」と「紀伊大島」との間には、「苗我島」という無人の孤島があります。冒頭写真は中央にドンと写っているのがその「苗我島」。

南西には「通夜島」という孤島。
この島には神功皇后が仮宮を営んだという伝承があります。




手前右端が「苗我島」。

「潮岬」の南東端が見えます。
ここは朝貴神社が鎮座する地。

大きな謎を秘めた霊地であると考えています。
神功皇后がその目と鼻の先の対岸に仮宮を構えたのは、必然ではないかと。






こちらは東端の「日米修好記念館」。




このような歴史があったそうです。


さらに東端の岬には「トルコ記念館」という建物があります。

明治22年にトルコ特派大使が来航。
翌23年に帰航しようとするが、岩礁に乗り上げ沈没。村民たちは必死の救難活動を行い、助命できた乗組員も多かったとか。

以降トルコとは友好関係を続け、姉妹都市にもなっているようです。




「紀伊大島」の最上のスポット
「海金剛(うみこんごう)」へ向かいます。

ツバキやウバメガシに覆われた遊歩道。




展望台から。

こちらは東側。

この絶景!もう解説とか要らないですね。
本編記事では多少の補足はしておきますが。




こちらは西側。

「海金剛」は「21世紀に残したい日本の自然百選」に選ばれています。

もちろん「橋杭岩」などとも同様に
「神の宿る霊地」として太古より捉えられていたことと思います。




こちらは雷公神社へ向かう遊歩道。




ベンケイガニかな?




雷公神社の石段途中から「海金剛」を。




間近まで。

海際まで行くことも可能。
(フナムシがうじゃうじゃで断念)




ご本殿は小山の山頂近くに。




こちらは「大島港」。

香坂王・忍熊王の反乱に際して難を逃れて到着のがこちらであるとされます。当時は「大水門浦」と言われていたとのこと。

古くから串本や太地(たいじ)より入漁。
江戸時代には江戸と大坂間航路の、風待ちや荒波の避難所として廻船が寄港、大いに栄えていたとのこと。

また明治にはノルウェー式近代捕鯨の基地でもあったようです。




水門神社がこの山の中腹に鎮座します。

この時に島民総出で出迎えたことに端を発するという「水門祭り」が盛大に行われています。

上述した「通夜島」というのは、島民たちが夜通し誉田別命を見守ったことによるもの。




とても神寂びた雰囲気。

皇后が選んだ霊地、
それを島民たちが守ってきたのかも。




他にも「権現島」なども見逃してたり…
磐座らしきものもあるとか…


また訪れたい地です。