陶荒田神社
(すえあらたじんじゃ)


和泉国大鳥郡
大阪府堺市中区上之1215
(P有)

■延喜式神名帳
陶荒田神社 二座 鍬 の比定社
[合祀社 火雷神社] 火電神社の比定社

■旧社格
郷社

■祭神
高魂命

八重事代主命
菅原道真公


◎崇神天皇の御代、国内に疫病が蔓延し人民が半分以下になるなど非常事態に陥りました。天皇は天神地祗に祈るなど様々な手を尽くしていた時、夢に大物主神が現れ託宣を受けます。「吾が児 大田田根子を以て令祭」するようにと。倭迹迹日百襲姫や大水口宿禰の夢にも大物主神は現れ、同内容の託宣を授かりました。
◎その大田田根子は「茅渟県 陶邑(ちぬのあがた すえむら)」で発見され、大物主の祭主として初代大神神社の神主となります。こうして疫病は鎮まりました。なお紀では大物主神の御子、記では大物主神の三代孫とされています。
◎その大田田根子が発見された「茅渟県 陶邑」が「大田の森」と称される当地であり、大田田根子の祖霊を祀る社とされています。彼は当社の宮司であったと。
◎当社ではその大田田根子を素盞嗚命の十世孫としています。また高魂命五世孫の剣根命が当社の祭祀を行っていたとされ、神名帳に見える二座は祖神の高魂命と剣根命であろうと思われます。大田田根子の方は境内社として祀られています。社名は剣根命の後裔が賜った「荒田直(アラタノアタヒ)」からのものと考えられています。
◎この「陶邑」は5世紀頃から始まった須恵器の最大生産地。その生産地帯は堺市、大阪狭山市、和泉市、岸和田市にまたがる大規模なもので、大田田根子はその生産の守護神として祀られたとも考えられます。当社は別名「陶器大宮」とも。
◎なお式内社「火電神社」が、明治の合祀政策により当社に合祀されています。「火雷神社」との混同もあるようで、詳細は分からなくなっています。ご祭神も火雷神、別雷神、軻遇突智神など諸説混沌としており、定説はありません。なお論社として愛宕神社(堺市中区福田)が挙げられています。




太田社と玉の緒社への鳥居。

大田田根子を祀る社。

天御中主神を祀る玉の緒社。


大田田根子の母神、生玉依姫命を祀る山田社。