人生の財産
平素より大変お世話になっております。主将の船本新大です!まずは、後輩たち。感動するブログをありがとう。みんなのブログを読んで初めて、ちゃんと先輩をやれていたんだなと実感することが出来ました。引退ブログ。いざ自分の番が回ってくると何を書くべきか、何を皆さんに伝えるべきか、着地点が見えないままキーボードを叩いています。太郎のような完璧で感動する言葉を綴ることは私には出来ないので、込み上げてくる想いを素直に書き留めようと思います。(ブログリレー、太郎からバトンを貰うのは1年生の頃からずっと嫌でした。)拙い文章となりますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。ーーーーーーーーーー本日に至るまでの4年間、“人生の財産”となるかけがえのない経験をしました。その全てが私1人の力では成し得ないものでした。いつどんな場面でも、監督、先輩・同期・後輩、家族など数えきれない人に助けていただきました。そして、慶應義塾体育会スキー部という組織に生かされ、私はここまでやり遂げることが出来ました。幸せ者です!高校2年生のときに久保田拓先輩から慶應の話を聞き、「絶対慶應に入りたい!」と慶應義塾大学、そしてスキー部の門を叩きました。このきっかけがなければ今がないと考えると、拓さんには感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。まずは競技人生について書き留めたいと思います。小学4年生から始めたアルペンスキー。幾度となく壁にぶつかり乗り越えてきた、そんな競技人生だったなと思います。小学校から高校までは色んなことを経験しました。全国の切符を一度も掴めなかった小中学校時代。大きく成長して全日本ジュニア2位、インターハイ9位と全国の舞台で活躍できた高校時代。大きな壁を乗り越えた先に成功は待っていると、常に挑戦し続ける大切さを学びました。(ES?)そして慶應義塾大学に入学。1年目。高校では同期が1人もおらず孤独を感じていた私にとって、大学では3人の同期がいてくれたことが嬉しくてたまりませんでした。コロナ禍により大学も部活も制限をかけられ、思い描いていた大学生活ではなかったですが、常に同期とトレーニングに励んでいたことを今でも覚えています。朝練だけでは足りないと、1年生だけで朝練後すぐに追加でトレーニングしていた日々が懐かしいです。本当に楽しかった。実は、初めの頃スキーの成績的に部員の中で引け目を感じていましたが、そんなこと気にせず一緒にトレーニングをしてくれる仲間、特に川手は中学ぶりのスキー復帰で私より圧倒的に引け目をを感じているであろう立場の中、体育会に果敢にチャレンジし、元気いっぱい練習に励んでいて、その姿には何度も助けられていました。実は。そんな、楽しく充実していた一年目のインカレ。ポイント獲得とはかけ離れた順位になり、自分の未熟さを痛感しました。それと同時に、残り3年で必ずポイントを取り、部に貢献したいという想いが強くなりました。強い想いを持って臨んだ2年目。インカレSLでは、一本目20位になりました。これはポイント獲得(入賞)が狙えると。かなり緊張した2本目は、良い滑りができず、結果14位に終わりました。誰もいない場所に行って、1人涙したことを覚えています。悔し涙を流したのはかなり久しぶりでした。ただ、2年目でこの順位になれたことは自分にとって価値のあるものだとポジティブに考え、「来年こそは」と。3年目。オフトレーニングから大きく内容を変え、過去最高と言っても過言ではないフィジカルに仕上がり、シーズンを迎えるのが楽しみでした。しかし、シーズン間近の練習中に手首骨折。誤診等もあり手術は11月になりシーズンinはかなり遅れました。それでも一月に復帰してからは遅れた分を取り戻そうと必死に練習に励みました。しかし、スタートダッシュで思い切り漕げない。SLでは逆手が痛すぎる。などかなり支障が出ていました。迎えたインカレ。インカレの時点でゲート滑走日数は10日とちょっとだったと思います。ただ、それを言い訳するのは良くないと思っていましたが、リバース(1本目30位以内)漏れたときに「しょうがないか」と。今考えるとその時の自分はクソダサいなと思います。あと一年でポイントを取らなければとすごく焦っていたのを覚えています。そして迎えた4年目。2年連続でシーズン前の怪我。手術一歩手前の靭帯損傷で済んだため、そこまでシーズンinは遅れずに済みました。不幸中の幸いでした。ラストシーズンは学生チャンピオンとインカレだけ出ようと決めていましたが、振り返ると今シーズン出場したのは18レースもありました。特にインカレ前のレースにはほとんど出場しました。その理由は、インカレでのスタート順を上げるためです。それほど、今年のインカレには強い想いを持っていました。必ずポイントを取らなければ。インカレ。両種目ポイント獲得できませんでした。スタート、ゴールともに今まで受けたことのない声援を受け、「やれることはやった」とゴールしたときは満足しました。そして、スキー部のみんなから炭酸水を浴び、最高の4年間だったなと。しかし、一言話すタイミングで、これまで誰にも見せてこなかった、話してこなかったインカレに対する強い想いが溢れ出し、悔しくて泣いてしまいました。この涙のおかげでスキーが大好きな自分、本気で取り組んできた自分を思い出すことができました。後輩のみんなに伝えたいことは「スキーを楽しめ」ということです。私は常にインカレでポイントを取ることに囚われ、スキーを楽しむことを忘れていたかもしれません。どれだけ下手でも、インカレでポイントを取れなくても、あのスキーを始めた頃の純粋な気持ちを忘れないでください。その気持ちを持ったまま上を目指し続けてください。楽しくてずっとスキーをしていたあの日の自分を思い出し、スキーを楽しんで!私の想いは後輩に託します!少々雑ですが、最高のスキー人生でした!スキーを通して出会えた皆様に感謝!ーーーーーーーーーーさてさて、もうすでに文章力の低さが露呈していますが、もう少しだけお付き合いください。主将として過ごした最終学年。(0719「早慶交流〜伏線を添えて〜」というブログの伏線も回収します)昨年のインカレ期間中に、「新大、来年主将だからね」と前年度主将の田口先輩から伝えられました。3年生で副将を務めていたこともあり、全く予想していなかったわけではありませんが、一気に不安が込み上げてきたのを覚えています。同期に日本代表レベルの選手がいる中、何の成績も出ていない私が主将?と。先輩方は、成績だけが全てではないと言ってくれましたが、それで不安が消えることはありませんでした。「こんな自分にみんなついてきてくれるのか」「部のために何かできるのか」。責任の大きさに圧倒されそうになりました。そこで私は、発想の転換をしました。こんな私だからこそ創れるチームがあるのではないかと。私が自分の中で密かに立てていた目標は二つです。“最高のチームにすること”そして“みんなにスキー選手としてだけでなく人として成長してもらうこと”今これを読んでスキー部のみんなが、それは達成できているわ!と思ってくれていればすごく嬉しいです。最高のチームとか抽象的すぎますが、具体的にどういうことかと聞かれても答えを持っていません。でも、インカレを終えて、少なくとも私は最高のチームだったなと感じました。二つ目の目標に関しては、私が主将としてできること、いや、果たすべきことでした。スキーの成績が無い私ができることはスキー選手として成長させることではなく、人として、もう大人になる大学生として成長させることだと。この考えが、主将という立場として正しいのかはわかりませんが、私がみんなに与えられることはこれだと思ったのです。だから1,2年生にはたくさん怒ったよね。何でお前に怒られなきゃいけないんだって思ったかもしれないけど、それを機にみんなが変わっていく姿を見て、私は嬉しくてたまりませんでした。普段全く怒ったりしないので、うまく怒れませんでしたが。。。笑みんなが人として何か少しでも成長できた一年であれば私は幸せです。主将として過ごした日々は今思えばとても楽しく幸せでしたが、辛いことが多かったのも事実です。受験生指導リーダーも並行して務めていたこともあり、物理的な忙しさ、プレッシャーなど心身ともに苦しい期間もありました。早慶交流の際に、早稲田主将と“主将の在り方”のようなお話をしました。主将(リーダー)は仲間に弱さを見せてはいけないと。常に憧れられる強い存在でいなければいけない。そんな話をしました。言い換えれば、主将は孤独な存在でもあります。辛いことがあっても1人で抱え込み、1人で解決しなければいけない。そんな瞬間も多々ありました。しかし、そんな日々を過ごす中で気づいたことがあります。それは、部員みんなの存在によって主将という立場が成り立っているということです。みんながいなければ私は何も成し遂げることはできなかった。みんなのおかげでどんなことも頑張れたし、乗り越えることができました。みんなの存在の大きさをこの立場になって痛感しました。正直今考えると自分は何もしていないんじゃないかと思うほどみんなに助けられていたと思います。人として成長させるとか言いましたが、みんなのおかげで一番成長したのは私だったかもしれません。頼りなくて、やかましい主将だったけど、みんなついてきてくれて本当にありがとう。みんなが後輩で本当に良かった。同期のみんなもね。私のいないスキー部は少々不安ですが(最後までやかましくてごめんなさい)、あなた達なら何でも乗り越えられると思います!私を嫉妬させるくらい最高のスキー部を作り上げてね!本当にありがとうございました。ーーーーーーーーーー土居監督4年間大変お世話になりました。監督と過ごせた4年間は人生の宝物となること間違いなしです!ドンペリで感謝を伝えられる日を楽しみにしております。今後ともよろしくお願いいたします。先輩方いつどんなときも応援してくださり誠にありがとうございました。今後は私がしていただいたように後輩を全力でサポートしていきます。引き続きご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。3年生へ一生この1年は本当に助けられた。一生の周りを巻き込む力には主将として嫉妬していました。来年のスキー部に期待!がんばれ!小春こはるには感謝してもしきれません。実はね。俺のことを怒ってくれるのは小春くらいでした。怖かったです。本当にありがとう。悠一郎完璧すぎる主務でした。アドバイスするとしたら、悠一郎と朋は何でもできちゃうから、2人だけで完結しようとせずにあなた達が抜けた後のことをしっかり考えて、後輩2人にも責任感を持たせること!もう一年主務がんばれ!朋俺が女子なら朋と付き合いたかったです。4年生、副務としてスキー部を頼んだ!2年生へ紗羽小学校から今までありがとう。俺がいなくて大丈夫なのか少し不安だけど、来年から上級生だから先輩らしく頑張るんだよ。絆普段はよくわかんないこと言ってて大丈夫なのかなって思うことも多いけど、スキーは本当に尊敬していました。ワールドカップ、オリンピックできづなを応援できることを楽しみにしてる!恒俺のラストシーズンを一緒に過ごせなかったことを一生後悔してください。大好きだよ。幹登いつも1人で部室でトレーニングしているカントのことを知っています。来年はインカレ優勝!がんばれ!かれんスキー部にきてくれてありがとう。悠一郎と朋という最強な2人が先輩だから、いなくなる前に全部吸収しちゃえ!大変だけど頑張れ!1年生へ優太いっぱい怒ってごめんね。実は優太のやかましさが好きでした。頑張れよ!士惟しいにはめっちゃ期待してます。まだまだもっと速くなれる。動画見てください!っていつも来てくれるのが嬉しかったよ!応援してる!煌太郎ぐっちの練習に対する姿勢にはすごく刺激を受けていました。そのままぐっちらしく突き進んでくれ!必ず結果はついてくる!喜行ランナー1人で頑張るよっしーには尊敬していました。4月からはランナーの後輩ができるから、先輩として頑張ってくれ!福也来年は絶対ポイント獲れるぞ!期待してます!なな1年でインカレ優勝は本当に感動しました。合トレよろしくお願いします。りこぼ大きな決断をした一年だったね。これからも全力でスキー部を支えてください。そして気が向いたらSG出てください。新汰・太郎・倫幾へここまで主将としてとか偉そうなことたくさん書いてきましたが、3人がいなかったら何もできなかった。この3人と一緒じゃなければこんなに楽しい大学生活は送れなかったです。この先もずっとよろしく!最後に母へ13年間、スキー人生を応援してくれてありがとう。おかげで何の不自由もなく競技人生を全うすることができました。今後は今まで迷惑をかけた分、必ず恩返ししていきます。本当にありがとう。(僕私にもコメントくれよ!って方いらっしゃいましたらお気軽にお申し付けください。1分以内に感動するメッセージをお届けします。)ーーーーーーーーーー最後までお付き合い頂きありがとうございました!もう最初の方何を書いたのかあんまり覚えていませんが、思ったことをそのまま書き留めたので、見直しはせずそのまま投稿したいと思います。拙い文章で申し訳ありませんでした。。。4年間本当にありがとうございました。“人生の財産”です!!またどこかで。慶應義塾體育會スキー部主将 船本新大