もう少し感情的になりたい
平素よりお世話になっております。一年アルペンの堺です。一昨日、約4週間の欧州遠征より無事帰国いたしました。今回私は全日本スキー・スノーボード連盟(2026年8月より名称が改正されます!)主催の遠征に参加したのですが、これまでとはスキーに対する考え方が180度変化したり、必ず世界で戦う選手になれるという手応えを感じたり、今遠征を分岐点にスキー人生が変わる、そんな予感のする価値の高い遠征となりました。世界との差は遠いようで近いので感覚や思考を研ぎ澄ませ、変化に敏感になり、正しい方向で努力を積み重ねることができれば、高い目標でも到達することができると思っています。そして私には、同世代の選手に恵まれているという大きな強みがあります。個で強くなるのではなく組織として強くなる環境があることに感謝して、仲間と高め合いながら成長していきます。大学生活の方も期末試験期間や受験生指導等が重なる忙しい時期ではありましたが、多くの方々の支えあって遠征への参加が実現したことを本当に感謝しています。自分が恵まれていることを深く理解し、周囲に甘えるばかりではなく、スキー部における自分の役割とは何かを模索し、責任や義務を全うしていく所存であります。同世代の仲間と小奈津コーチ@Stelvio, Italia「感情」皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか。私は、高校時代から現在までの経験を経てネガティブからポジティブな捉え方へと変わりました。同時に悲しい時や悔しい時、嬉しい時や面白い時、さまざまな感情に伴う「涙」が神秘的だとも感じています。最近では、何気なく音楽を聴いていると、感情がつぎつぎと込み上げてきて言い表すことのできない心境になり、涙が出ていることがありました。悲しいでも嬉しいでもないあの感情に見合う表現がなく、自身の頭では考えても説明することができませんでした。釈然としない気持ちのやり場にこまっていたところにブログが回ってきたので今日は取り留めもなく綴らせていただきます。昔は本当によく泣く虫で、泣き疲れて寝ていることもよくありましたが、成長するにつれて泣く機会は次第に減っていき、小学校に上がる頃には家族の前以外で泣くことはほとんどなくなったというふうに記憶しています。そんな私は高校2年時の多くの時間を怪我に泣かされていました。FISカテゴリで戦うことを待ち侘びていたFIS初年度の16歳のシーズンのことでした。今がスキー人生で最も楽しいと希望に満ちていた最中、ACLを断裂し、競技から離れることを余儀なくされました。目標とする自分とはかけ離れた自分の姿を受け入れられない日々、今までできていたことができなくなる感覚、呆然とした毎日のなかで生を実感する瞬間も少なく、私の人生においてスキーがいかに大きな役割を占めていたかを知りました。怪我を負っている自分が陥る感情はいつもネガティブで、涙を流すことしかできないような時期もありました。そこから立ち直るために当時の自分にできたことは、理想を追いかけるのをやめることと、高い目標を持つのをやめることでした。しかしその引き換えとして、涙を流す機会が減っていく頃には自分の感情というものが薄れていたのです。リハビリ期間でも焦りや劣等感を感じず、怪我から復帰しレースに出ても勝ちたい気持ちが湧かない、負けてもあまり悔しくない。負けず嫌いなはずの自分がこんなにも感情的にならないことに対してずっと違和感を抱えており、私自身困惑していました。自分の感情を受け入れることができなかったので、そもそも感情が生まれないように、感情を可能な限り無に近づけるという強行で自己防衛のような行為を無意識のうちにしていたのではないかと考えます。それでも、確実に成功体験を重ね、自分のパフォーマンスに自信が持てるようになってくると少しずつ感情を取り戻していきました。国体で優勝した時には、記憶にある中では初めて人前で嬉し涙を流しましたし、つい先日の遠征中には、心身ともに健康な状態でトレーニングできていることに幸せを感じて胸が熱くなりました。音楽を聴いていて涙が出たというのは、特別感動していたわけでもないので、充実している日々に心が満たされて自然と涙が溢れたのだろうと思います。感情の豊かさが戻ってきているのが素直に嬉しかったです。感情というのは自分でも理解しきれないことばかりで奥が深くてやはり面白いです。ここまで長々と語ってきましたが私が伝えたかったのは、「感情」は人のうつくしさの一つであり、人として生きていく上で欠かせない要素だという考えです。今の私は、過去の自分のように感情を制御・否定するなどの行為をせず、素直でまっすぐに、感情豊かに生きようとしています。これは私にとって大きな成長です。みなさんにも感情を爆発させて、もっと人間らしく生きてほしいと思います。次は、テスト勉強めっちゃ頑張ってるマサト😭!