たまらなく孤独で、熱い街 -364ページ目

『花泥棒に行きましたね』 (9)

自宅に帰ってからも、私は「夢」のことを考えていた。
准教授に話した内容に言い忘れはないかと反芻した。
PCを立ち上げて、インターネットでニュースを見る。
今日も日本だけで十数人の子どもが消失したが、警察の捜査に進展はないようだ。
目の前で消失して、証拠も何も残らないのだから無理もない。
しかし、いつ自分や自分の子どもが消えるのかと考えると、気が気ではないだろう。
私もそのうちに消失するのだろうか。

 

改めて准教授の話しを思い返した。
妄想だと言っていたが、それなりに筋は通っている気はする。
おそらく誰も信じないだろうが。

 

「白い世界」に行った時はいつもパジャマだったので、身につけてさえいれば他のものも持っていけるかもと思い、ロープなどを体に巻きつけて寝たときもあったが、それを始めたらパッタリと行けなくなった。
行けなくなったのと前後して消失事件が起きるようになった気がする。
准教授もそれが気がかりで、何か関連があるかもしれないと思っているのかもしれない。

 

「路地」へ行ったのは、3ヶ月ほど前だったか。
こちらは本当の夢だったのかもしれない。
だけど、屋根にでも登ってもっと周りを見れば良かったかな、と今は後悔している。

 

色々考えているうちに、准教授に大事なことを言い忘れていることに気付いた。
いや、大事かどうかわからないが。
それは、最近この現実のはずの世界が、現実味が薄くなっている気がして仕方ないのだ。
具体的に何がどうとは言えないが。

『花泥棒に行きましたね』 (10)

私は盤を挟んで誰かと将棋を指している。
もう終局間近で、私が相手を圧倒しているようだ。
相手は誰だろうと思ったが、顔の辺りが暗くてよく分からない。
洋服を着た大人の男性のようだが、輪郭にも見覚えはない。
部屋を見回す。
八畳くらいの和室のようだ。
私はまたパジャマを着ている。
なぜか無性に恥ずかしくなり、うつむく。

 

相手の人がなにかしゃべっているが、よく聞き取れない。
指すのを急かしているようだ。
私は改めて盤面を見回す。
自陣は大丈夫、王手もかかっていない。
相手の玉の横に持ち駒の金を打ち込めば、並べ詰みだ。
金を打とうとしたら、相手や盤が消えた。

 

私はあっけにとられて、周りを見る。
横と後ろは壁になっていて、正面に襖がある。
私は立ち上がり、襖を開けようとしたが、開かない。
しばらく考えたが、どうせ夢なのだからと襖を蹴ってみたが、足が痛いだけで襖は破れない。

 

他にここから出るところはないかと壁や襖を叩いているうちに、いつまでも足が痛いことが気になった。
夢なのに何故足が痛いのか。
夢ではないのか。

 

私はここに連れてこられたのか。
「白い世界」は半年前に数回。
「路地」は三ヶ月前に1回。
それらも「夢」ではないというのか。

 

お前は何者だ。
私に何の用があるのだ。
目的は何だ。
恐ろしさに負けないよう、自分を必死に鼓舞しながら叫んでみたが、返事はない。

『花泥棒に行きましたね』 (11)

小さい頃、家でカナリアを飼っていた。
「カナちゃん」と名前をつけて可愛がっていた。
でも、いなくなった。
ある日、学校から帰ると部屋に黄色い羽根が1枚だけ落ちていた。
私は泣いた。
いつまでも泣いていた。
母が「空に帰ったのよ」と言った。
そう、たしかに言った。

 

では、幼い頃に母が亡くなったという記憶は何?
私の記憶がおかしいのか。
 

カナリアがいなくなった悲しい思いがよみがえって泣いた。
母との楽しかった頃の生活を思い出して泣いた。
暗い部屋でいつまでも泣いた。

 

私は誰?
私は何者?
私は本当に私?
何もわからない。
わかるのは、今生きていることだけ。

 

でも、本当にそうだろうか。
私は生きているのだろうか。

生きていると言えるのだろうか。

『花泥棒に行きましたね』 (12)

ここは病院だろうか。
スチールベッドに寝ている若い女性。
それを見守っている若い男性と3歳くらいの女の子。
私はそれを斜め上から見ているようだ。
これも夢だろうか、私の姿は見えないようだ。

 

女性が少し目を開けた。
何か言いたげに男性と女の子を見る。
男性が顔を近づける。
しかし聞き取れなかったのか、男性はため息をつく。
男性が女の子にそっとささやく。
女の子が泣き出した。

 

女性が目を閉じる。
私に似ているようだ。
では、女性は私の母なのか。
女の子は小さい頃の私か。

 

男性はじっとしている。
女の子のすすり泣きの声だけが聞こえる。
女性は再び眠ってしまったようだ。
そこへ看護師が顔を出し、慌てて出て行く。
担当医を呼びに行ったのだろう。
男性は女の子の手を引き病室を出る。

 

病室は眠っている女性と私の二人だけになった。
そういえば母の最期は記憶にない。
これがそうだとしても、今さら悲しい思いをしてまで見たくない。

 

私は目を閉じた。
男性の顔がまぶたに浮かぶ。
はっとした。
何故すぐに分からなかったのだろう、正木准教授が・・・

『花泥棒に行きましたね』 (13)

正木准教授は研究室にいた。
窓の外をジッと見ている。
消失事件の最近の動きを、まず聞いてみる。
減ったとはいえ、今でも毎日数人が消失している。
年齢は12歳くらいが上限で止まっているようだ。
もっとも、子供が消失してしまった家族にとっては、何の慰めにもならないが。

 

話題が一段落した頃、思い切ってゆうべの夢(?)を話してみた。
准教授が私の父親だという冗談みたいな話しだし、何しろ夢(?)のことであり、笑って否定されるものと思っていた。
しかし、准教授はなにも言わない。
肯定も否定もせず、ただ私の目を見て黙っている。
なにかまずいことを言ったのだろうか。
私は少し不安になる。

 

時間にすれば数秒かもしれないが、私にとっては数分経った頃、ようやく准教授が口を開いた。
「ミス奈緒子は、この世界をどのようにお考えですか?」変な事を聞く。
「と言いますと?」
「この世界は確固たるものでしょうか」
「何をもって確固と言えるのかはわかりませんが」
「う~ん。何と言えばいいのか」
真意がわからないので、答えようがない。
准教授はまたしばらく沈黙したあと「この世界はあなたの思い通りになっていますか」と、また変な事を聞く。
「思い通りになれば、素敵でしょうね」
「そうですか」

 

今度はかなり長く沈黙したあと、准教授は驚くべきことをしゃべりだした。

『花泥棒に行きましたね』 (14)

「20年くらい前でしょうか」ようやく正木准教授が話し始めた。
「健康な人が突然に昏睡してしまう病気が流行りだしました。しかも日本だけで。いまでも毎日数人から十数人が罹患しています。
この病気にかかった人は、生体機能はなんの問題もないのに、原因もわからず眠り続けてしまいます。
しかも恐ろしい事に、早い人は半年くらいで亡くなってしまいます。ある日突然脳の老化現象が始まり、そのまま目覚めることなく。
亡くなるまで、平均でも3年くらいでしょうか。もちろん、もっと生きていた人はいますが、いまだに生きて目覚めた人は一人もおりません」
「恐ろしい病気ですね」
「ええ。数年前にこの病気専門の病院を作り、各地の病院から100名近くを転院させて、研究に当たっています」
「はあ」
「ある女性がいます。この方は比較的早くに病気にかかりましたが、いまだに眠り続けています。この女性は病気になってからもっとも長く生きている方ですので、当然転院してきました。しかも、この女性は身体の老化現象が見られず、ほとんど病気にかかった時のままです。もしかしたら、この女性が最初にこの病気にかかったのかもしれません。
私は、実は“サイコ・ダイバー”でして、他人の精神の一端を覗くことができるのです。何人かの病気の人の精神を覗きましたが、さまざまな記憶が断片となって浮かんでいるだけで、共通のものがあるのかないのか、わかりませんでした。ただ一人を除いて」
准教授はことさらに私を見て言う。
「それで?」
「ミス奈緒子はこの病気のことはご存じないでしょう」
「ええ。そんな大きなことがあれば、記憶に残っている筈なのですが」

『花泥棒に行きましたね』 (15)

「それはあなたがいまだに眠り続けているからです」
正木准教授はわたしの目を見て言う。

眠っている?眠っているとは?

 

「わたしは、ここにこうして、生きています。起きています。活動しています」
「私は世界に二人といないサイコ・ダイバーなのです。私が見た眠り続けているあなたの意識の内部--夢の世界でしょうか--は鮮明でした。まるで現実であるかのように。こんなことはあり得ない」
わたしはショックで何も言えない。

 

「何回もあなたの夢の世界にアクセスして、私はあることに気がつきました。どこかで眠っている誰かが亡くなると、あなたの夢の世界はより鮮明になる。これは何を意味しているのか。私はあなたのイドを刺激しないようにして、なんとかあなたの夢の世界に居場所を確保して色々と探りました」
もう、ミス奈緒子とは言ってくれないのか。そんな脈絡もないことを考える。

 

「でも、それがいけなかったのか。あなたの夢の世界はいささか変調をきたしつつあるようです」
わたしは右手を見る。これも夢なのか。
右手で髪に触る。これも夢だというのか。
「では、では・・・・・・」言葉にならない。

 

「あなたを操っている“何か”がいるのか。あなた自身が“何か”なのか」
わたしを怪物とでも言うのか。

 

「あなたは夢の中にとてつもない世界を築いた。他人の意識を吸い取ることで夢の世界を安定的に保ち続けた」
その時、何かがわたしの中ではじけた。

 

「だが、もう終わりだ。私は帰ってからあなたを永遠の眠りにつかせます」
「・・・そうですか。ここはわたしの夢の世界ですか。ならば正木准教授、あなたをここから帰すわけにはいきませんね」
思いもよらない言葉がわたしの口からはき出される。

 

「帰ろうと思えばいつでも帰れますよ」
「そうでしょうか?帰ったつもりでも結局はわたしの夢の中かもしれませんよ」
准教授は絶句して顔色が変わる。

 

わたしは言葉を続ける。
「では試してみませんか?どちらが正しいか。いえ、どちらが強いか」

 

「あなたは・・・」
准教授はかろうじて、つぶやく。

『花泥棒に行きましたね』 (16)

なんとか接続を絶って、病院の研究室に戻ってきた。
彼女に本当のことを知らせたのは、まずかっただろうか。
まあ、いいか。

 

「設楽さん、コーヒーでもいれてくれないかな」

助手の返事がない。
どこかで油を売っているのか。
舌打ちして、自分でコーヒーをいれようとして、静けさに気がついた。
静かな病院とはいえ、四六時中何かしらの音がしているものだが、音がなにもしない。

 

「まさか」
私はあわてて、S病棟に戻る。
相変わらず何の音もしない。
誰とも行き会わない。

 

S-1号室に入ると、彼女はベッドの上で寝たままだ。
だが、ベッド脇にあるはずのさまざまな機材がない。
私は不審に思い、彼女の顔を覗き込もうとした。
その時、彼女がゆっくりと起き上がった。
私は心臓が飛び出しそうになりながらも、目を離せずにいた。

 

「正木准教授、お話が途中でしたよ」
彼女は私の顔を見ながら、ささやくように言う。
「き、君は目覚めたのか?」
私の声は恐らく叫び声に聞こえたことだろう。

 

「いえ。わたしは自分の世界でしか生きられない。正木准教授言うところの、夢の世界でしか」
「では、何故目覚めたのだ」

 

「正木准教授、あなたに言ったはずです。ここはわたしの世界であり、あなたは決して逃げられない事を」
「そんな馬鹿な。私は接続を切って、戻ってきた・・・」
「ほら、わたしを見てください」
彼女はベッドカバーをはねのけて、床に降り立つ。
「夢の世界では、人工呼吸器も排泄チューブも、他のなにも必要ありませんからね」
たしかに彼女は何にもつながれていない。
それどころか、いつの間にかワンピースを着ている。

『花泥棒に行きましたね』 (17) -完-

「正木准教授、いくつか思い出したこともありますが、まだ分からないこともあります」
「何でしょう」
「お互いのために、話し合いませんか?」
「う~ん。立場が逆転したようですね」
准教授は相変わらず呑気な感じだ。

 

病院1階の喫茶店に行き、話をすることにした。
私が意識してかどうか分からないが、誰もいない。

 

「私が病気になったのは?」

「20年前、25歳の頃ですね。もっとも最初は眠り病とはわからず、事故か何かで植物人間になったものと判断されたようです。ところが次から次へと同じ病気の人が現れ、これはまったく新しい病気ではないかと」

「なぜ、日本だけで?」

「わかりません。とても風土病とは思えませんし」

「眠り病の原因はまだ不明なのでしょうか」
「はい。全然解明できていませんね」
「私だけが、夢の中に世界を持っているというのは何故なのでしょう?」
「そんなことは絶対にありえないのですがね。人は断片的にしか夢を見てないのです。細部まで鮮明な夢を見るなどということはありえない」
「私がおかしいのでしょうか。それとも外部要因とか・・・」
「わかりませんね。もしかしたら、精神に寄生する何かがとり付いたのかもしれません。“それ”が他の人の精神を食べて生き延びるために他の人も眠り病にさせているのかも」
私の中にそんなものが居るかもしれないと思うとゾッとする。

 

「母の記憶は何でしょうか」
「おそらく、あなたが吸収した誰かの記憶とゴッチャになったのではないかと思ってます。さらにあなたが凄いのは、パソコンやコンビニなど新しい知識をどんどん吸収し、それを無理なく夢の世界へ取り込んでいってしまうことです」
「そんな言い方は止めてください。仮にそうだとしても、私は自分で意識してやっている訳ではありません」
「それも不思議なんですよね」
「白い世界や消失事件。これらは・・・」
「言いにくいことですが、あなたの夢の世界が変調を来たしつつある前兆と思われます」
「どういう事でしょうか」
「あなたの夢の世界が終わりつつあるのではないかと思われます」

 

夢の世界が終わる。
私が死ぬということか。
それとも「現実」に戻れるということか。

 

「それは、つまり・・・」
「いままで眠り病から生還した人はいません。しかし、あなたがその最初の人になるのか、そうでないのか、それは分かりません」

 

ぼんやりと考える。
いや、考えられない。

 

正木准教授はさらに続ける。

「窓から見える風景を見てください。なんとなくぼやけているでしょう。前はくっきりと見えていたのに。夢の世界は崩壊しつつあると思います」

 

なんとなく、そういう気はした。
ひどく疲れれてきた。
今はただ無性に眠りたい。
夢の中で眠りたいというのも変なものだが。

 

「あなたは20年近く頑張ってきた。今は、静かに眠るがいい・・・」
正木准教授の声が遠くから聞こえる。
もう一度会えるだろうか。
聞こうとしたけど、声にならない。
 

「おやすみなさい・・・」

遠くから声がする。

 

(完)

『鳥の歌、今は絶え』 (1)

私のHN(ハンドルネーム)はノラ。
イプセンの「人形の家」か?と言う人もいる。
のら猫と言う人もいる。
でも私はそんな下衆の勘繰りには一切とりあわない。


ヤッホーの将棋サークル、チーム・ホークス(TH)の順位戦ではA級に上がった。
次期TH名人の最右翼と言われている。
そう言われるのも当然だろう。

私はTH団に加入して以来無敗だからだ。
それには秘密がある。
誰にも言えない秘密が。


私はTH団では練習をしない。
TH団の掲示板やHPにも書き込みをしない。
でも、対局の情報を得るためだけに見てはいる。
そうそう、対局予定や問い合わせの返事は書く。
「了解」とか「○○日」とだけ。
掲示板の書き込みは、TH団に限らずどれも自己満足や自己憐憫なもので、読むに耐えないものが多い。
全く、何が楽しいのか。


対局中もチャットはしない。
あいさつだけして無言で対局し、無言で去る。
時には他の人の対局や感想戦を見ることもある。
でも自分では一言もチャットはしない。
最近では「くちなしのノラ」とも言われているようだ。


私が対局のテーブルに入ると対局者も観戦者も緊張するらしく、皆無言になる。
前に一度、別HNでTHのラウンジにもぐりこんだ時、丁度私が話題になっていた。
「ノラってとっつきにくいよなあ」
「氷の女王だな」
「でも強いよな。名人のエイダさんも負けるんじゃないか?」
「いや~、エイダさんの強さはプロ並だよ」

「どっちもクールさは負けないね」
などなど、好き放題のことをチャットしていた。


私はTHの名人になりたい訳ではない。

TH名人のエイダと対局するのがTH団に入った目的だ。
いや、対局でなくエイダが私の「仲間」か確認したいのだ。