たまらなく孤独で、熱い街 -365ページ目

『鳥の歌、今は絶え』 (2)

次の順位戦の対局通知が掲示板に載っていた。
対局の相手は「ジャグラー」。
TH団の設立直後から加入していて、順位戦も第1期から参加しているが今回は出だし3連敗で苦戦しているようだ。


興味を持ったので、TH団のHPをみて、ジャグラーの過去の戦績などを調べることにした。
TH団の過去の公式戦の全成績や棋譜、研究対局の棋譜の一部などが載っている。
団員が増えると会社組織のようになり、HP係、広報係、棋戦の手合い係など、担当が細分化して分かれている。
効率的といえば効率的だが味気なくなったのも確かで、古くからの団員は大半が去っていったようだ。

今ではジャグラーが最古参なのだろうか。

 

THの順位戦も最初は1クラスのみ11人で始まったが、「ヤッホー・1」の成功で団員が急増し、第3期から3クラス、第6期から5クラスに増えている。

ジャグラーはいつもトントンか負け越しで、ぎりぎりなんとかA級陥落を逃れている。
それも最初に負けが込み、終盤に勝って帳尻をあわせているようだ。
終盤は必死に対局しているのだろうか。


それで棋譜も並べてみることにした。
するとおかしなことに気づいた。
各期とも前半はヘボ将棋としかいいようのない指し方をしている。
ところが後半になると人が変わったように攻守にバランスがとれたいい将棋になっている。
毎期毎期同じパターンだ。


私はネット将棋を普段は倶楽部無限で指している。
三段で登録し、主にフリー対局だが、有段者相手にもかなりの勝率を上げている。
もちろん「ノラ」とは別のIDだし、充分に注意をしているのでTH団の者が気づくはずもない。
各期後半のジャグラーの指し方は、私ではとても勝てそうもないほど上手くて強い。
言い換えれば、前半はアマ10級、後半はアマトップクラスだ。


二人以上の複数でひとつのIDなりHNなりを使っているのだろうか。
ならば私には関係ない、好きにやればいい。
それとも何か違う秘密があるのだろうか。
私は疑問をかかえたまま対局を迎えた。
いやむしろ疑問よりも危険が近づいているような「不安感」の方が大きい。

『鳥の歌、今は絶え』 (3)

定刻の2分前にテーブルに着いた。
対局相手のジャグラーはすでに来ていて、観戦者とチャットで雑談をしていたようだ。
「こんばっちゃん^^」
「こんばんはー」
などのチャットが入るが、私はいつものように無視をする。
開始時間になり、「お願いします」とだけチャットし、▲7六歩と突く。
「よろしくー^^」と書いて、ジャグラーは△3四歩。


順位戦は当初は時間無制限だったが、4時間以上の対局が続出したので、前期から「20分/追加20秒」になった。
ジャグラーの棋譜を並べた限りでは、居飛車振り飛車どちらも指すようだ。
私は思い切ってチャットすることにした。
「まだ順位戦も前半ですから、今日は弱いジャグラーさんでしょうか?」
「おおーーー」と観戦者から驚きのチャットが入った。
無理もない、私がチャットするのが珍しいのだろう。


私はそれらを無視して、さらに「ジャグラーさんは今日はお一人ですか?」と書き込む。
ジャグラーは無言のまま対局は進む。
相横歩取りとなり、交換した角を筋違いに打たれ不利を感ずる。
どうやら今日は強いジャグラーのようだ。
「無視ですか。今日は強いジャグラーさんが対局に集中しているようですね?」
ジャグラーはまたも無視。


そこで鉾先を変え、観戦に来ている10人ほどにジャグラーについて疑問に思ったことを書き込んだ。
「へえ」
「そういえば・・・」
「不正か?」
などのチャットが入る。


と、そこへジャグラーからメッセが入った。
「ノラさん、危険が迫っています」
「え?」
「注意した方がいいですよ」
「何をですか?」
「これ以上は言えません」
「それでは、何のことかわかりません」
「ご自分でよくご存知でしょうに」


メッセは切れ、ジャグラーは投了して去っていった。
観戦者の「まだ中盤だぞ」「何で投了だ?」「どーしたんだ」
などのチャットを見ながら、私は呆然とジャグラーのメッセの言葉を反芻していた。

『鳥の歌、今は絶え』 (4)

頭が割れるように痛い。
頭の中を何千羽もの鳥が鳴いているかのようだ。
ゆうべの対局相手は強すぎた。
急戦をとがめられ、上手く切りかえされた。
持久戦に変えてなんとか勝つことができた。

全勝じゃなくても順位戦で1位にさえなればエイダ名人に挑戦できるのだが、つい熱くなってしまう。


「奥の手」を使った翌朝はいつもこうだ。
起き上がれない。
今日はバイトを休もうか、と思っていたら携帯が鳴った。
誰だろう。
私の携帯番号を知っている人はそんなにいない。
間違いかと思い画面を見たが、非通知だ。


「もしもし・・・」注意深く名前を名乗らずに出た。
「ノラさんですか?」男の声だ。
私は息を飲んだ。
私の携帯番号を知っている友人は私が「ノラ」のHNでネット将棋を指していることを知らない。


「はあ?」わざととぼける。「何のことでしょうか?」
「ふふふふ・・・」男は含み笑いを洩らした。
「どちら様ですか?」次第に気味が悪くなる。「間違い電話でしたら切りますよ」
「これは失礼。実はあなたに折り入ってお願いしたいことがありまして。今日、どこかで会えませんかね?」
「今日はバイトがありますし、ちょっと・・・」
「それよりも 、体調が回復しないとバイトは無理なんじゃありませんか」
「・・・・・・」私の秘密を知っているかのような口ぶりだ。


結局、前に2、3回行ったことがある遠方の喫茶店を指定して、16時に会う約束をして携帯を切った。
私の秘密を知っている人がいる衝撃で、しばらく立ち尽くしていた。
どうしようかと思う。
もちろん、誰も知らないはずの私の秘密を相談できる人はいない。

『鳥の歌、今は絶え』 (5)

ふいにジャグラーのことを思い出した。
彼は何かを知っているようだ。
たしか、TH団のプロフィールにメールアドレスが載っていたし、住所もここからそう遠くない。
読んでくれればいいがと思いながら、すがる気持ちで相談したいことと携帯番号をメールで送った。


返事を待っている間、さっきの男のことを考えた。
人口30万とはいえ、地方の都市だ。
待ち合わせの喫茶店を知っているとはどういうことか。
もしかして、だいぶ前から見張られていたのか。

ストーカーだろうか。
恐怖がまた襲ってきた。
逃げようか。
でも、見張られていては逃げられないし、「奥の手」を使っても同じことの繰り返しになりそうだ。


あれこれと考えていたら携帯が鳴った。
さらに用心深く、無言ででた。
「もしもし、ノラさんですか?」今朝の男よりも若い声だ。
「はい・・・」声を低くして答える。
「あのお、ジャグラーですが」
「はい」安堵の気持ちが多少声をやわらげる。
「メールを見ました。何かあったんですか?」単刀直入に聞いてくる。
「ええ。どうしてもご相談したい事があって、ジャグラーさんなら何かご存知かと」
「あいつらから接触があったんですか?」あいつら・・・?あいつらとは誰だ?
「知らない人から電話がありまして・・・」


今朝の出来事を話して、14時に駅前の喫茶店『M』で会う約束をした。
ここの町には仕事で何度か来て、『M』もよく利用したらしい。
危険かもしれないが、もう避けては通れない気持ちが強い。
それにジャグラーの声は、私を安心させるような柔らかい口調だ。
お互いの目印を確認しあって、携帯を切った。

『鳥の歌、今は絶え』 (6)

ジャグラーとの待ち合わせ時間の少し前に喫茶『M』に着いた。
ワークシャツとジーンズという軽装が私の目印だ。
動きやすいように、この服装にした。
店にはいり、店内を見回して奥のボックス席に座る。
まだジャグラーは来てないようだ。
ランチタイム過ぎのせいか、客は少ない。


少し待つと男女2人連れが入ってきた。
入り口近くに女性を残し、男性がこちらに近寄ってくる。
右手に目印のスポーツ新聞らしき物を持っている。
どうやら、この人がジャグラーのようだ。
やぼったい髪型にやぼったい服を着ている。
「ノラさんですか?」小さい声で言う。
「ええ。ジャグラーさん?」私も尋ねる。
「はい」
ジャグラーは安心したように、入り口近くの女性を目で呼ぶ。
「ノラさん、こちらは研究所の同僚の大羽響子さんです。一緒に来てもらいました」女性が会釈する。
「私は島津茜と申しますが・・・・・・」なぜ大事な話しなのに他の人も来るのか。
「僕は桂木大輔です。ジャグラーのほうがいいかな?」そう言うと桂木はコーヒーを3つ注文する。
「研究所と言いますと?」
「大羽さんにも来てもらったのは、彼女はエイダ名人でもあるからなんですよ」
「ええ?」
「驚いたでしょう?」
「驚きました。まさかエイダさんにお会いできるとは」

「エイダ名人を探す手間が省けましたね」桂木は返答に窮することを言う。

「ええ、エイダさんと指すのが夢でしたから」とぼけた返事をした。

「ところが残念ながら・・・・・・どう?」突然桂木は大羽に顔を向けて聞く。
「間違いないようですね」初めて大羽がしゃべる。
「???」私は訳がわからずに黙り込む。


しばらく桂木は外を眺めながら考え込んでいる様だったが、コーヒーを一息に飲むと意外な事を話し出した。

『鳥の歌、今は絶え』 (7)

「僕はこういうところで働いておりまして」と、桂木が見せてくれた名刺には【ESP研究所 主任 桂木 大輔】とだけ書いてあった。
住所や電話番号もなく、しかも桂木は名刺をポケットにしまいこんだ。
「この名刺を渡すのはご勘弁を」と頭を掻き、コーヒーを飲もうとして飲み干した事に気が付き、水を一息に飲んだ。
「ESPって、超能力のESPですか?」私が聞くと、桂木はうなずいて話しはじめた。
「ええ。エクストラ・センソリー・パーセプション。訳すと“超感覚的知覚能力”でしょうか。訳しても何のことやら分かりませんがね。この研究所は大学とか企業からの寄付金で細々とやっておりまして、人間の能力の限界を調べるのを目的にしております」
桂木は空のコーヒーカップをもてあそびながら続ける。
「もっとも、超能力を戦略兵器に使えないかとか、金儲けにならないかとか考える輩も大勢いますので、表向きは資料の収集整理とスポンサーへの資料配布ということにしています」
桂木はヤレヤレといった感じでため息をつく。


「僕のような凡人からしてみれば、どんなものであれ、超能力がある人はうらやましいと思ってしまいますが、当の本人にすれば、逆にわずらわしい面も多いと思います」
桂木は私の目をじっと見つめている。言外に私がそうだと言いたげだ。
「僕が将棋を指しているのも、TH団に入っているのも、僕個人の単なる趣味でして、仕事とは何の関係もありませんでした。そうそう、先ほど言いかけましたが、大羽さんは将棋を覚えたばかりでして、今はまだ初心者クラスなんですね」
「え・・・・・・?」初心者であんなに強いのか?
「大羽さんはPCのプログラミングにも長けておりましてね、まだ表にはでていませんが将棋ソフトを一緒に開発もしているんです。とは言っても私がこういうのはどうだろうと思いついたのを大羽さんが必死になって形にするんですがね。それで、一応はまともに出来たのが「エイダ」というわけです」
桂木はそう言うと、コーヒーのお代わりを頼んだ。

「エイダは将棋ソフトなんですか。でもそうは見えませんね」私は正直に言う。

「でしょ?いわゆる市販されている将棋ソフトの逆を行ってますからねえ」桂木は得意そうだ。

「と言いますと?」

「うん。市販ソフトは序盤は定跡で、終盤特に詰みを見つけるのがうまいというのが一般的ですが、エイダは中盤に力を入れてます。序盤は定跡を無視して常に力戦狙いで、中盤で差を広げて逃げ切る感じかな。指し方も人間っぽくしました」

「でもソフトはその中盤を強くするのが難しいと聞いてますが」

「へへへ、そこが大羽さんの凄いところで」桂木は頭を掻きながら言う。
「へえ~。すると、ジャグラーは?」
「茜さんも気付かれていると思われますが、大羽さんと私が共用で使ってます」
大羽は恥ずかしそうにはにかむ。
「共用?それに何か意味でもあるのでしょうか?」


桂木はお代わりのコーヒーも一気に飲み干すと、
「ええ、もちろんですとも。エイダもジャグラーもある人に関心をもたせるための、言うなれば“えさ”ですから」
とこともなげに言う。
「“ある人”というのは、私のことですか?」
「ここでは落ち着いて話しができませんので、よかったら続きは私どもの研究所でどうでしょう?」
桂木はにっこりと微笑んだ。
「いえ、あの、本題がまだ・・・・・・」
「それも含めて、研究所でぜひ。ここから1時間くらいですから」
桂木は伝票をつかんで立ち上がった。

『鳥の歌、今は絶え』 (8)

「でも、バイトもありますし、今日は今朝かかってきた電話の件でのご相談ですし、急に言われましても・・・・・・」私はあわてて言う。
桂木は座りなおして、静かな口調で、
「バイトはお断りした方がいいでしょうね。今朝の男のことなら心配は要りません」と言う。
「でも・・・・・・」
「大丈夫、こちらで対処しておきましたから、ねえ?」桂木は大羽に同意を求める。
「ええ、茜さんが心配することはありませんわ」大羽が言う。
「そう言われましても・・・・・・」どうも胡散臭い。
「うーん。あ、そうだ。茜さんのバイト先の店長は大沢君でしょ?」桂木が言う。
「はい、そうですが」なんで知っているのだ。
「彼とは昔からの友人なんですよ。彼に僕から断りの電話をしましょうか?」
「え?」
「茜さんが電話をかけて、大沢くんがでたら僕と代わってください。それなら間違いなく大沢くん本人と話をしたと分かるでしょ?」


結局、桂木の言うとおりにして、桂木が大沢店長と長電話をしている間、大羽と話しをする。
「将棋ソフトを作るなんて凄く頭がいいんですねえ」

「プログラミングに興味があって少しかじってただけで、将棋は全く知りませんでした」

「大羽さんは、なぜESP研究所に勤めるようになったんですか?」
「私の場合は、桂木さんにスカウトされたんです」
「スカウト?」
「桂木さんは私の大学のOBで、私が4年の時に教授から不思議な学生がいるという話を聞いて、私に会いに来たようです」
「不思議な学生?」
「私は普通のつもりですが、周りからするとちょっと変わり者だったようです」
「すると、あなたは何か超能力をお持ちで?」
「いえいえ、そんな大層なものは持っていません」
「そうですか」
「でも就職先も決まらなかったし、働いてみないかと言われて、決めちゃいました」
「今は桂木さんの助手か何かをしているんですか?」
「いえいえ、10人程度の研究所ですから、雑用から何から色々と」
と言って大羽はクスリと笑う。


やっと桂木の長電話が終わったようだ。
「じゃあ、行こうか」
と言う桂木の声に素直に従ってしまったのは、なぜだか分からない。

大羽と話しをして安心したのだろうか。

『鳥の歌、今は絶え』 (9)

乗せられたワゴン車は、窓に目張りがしてあり運転席と助手席の後ろも仕切りがあって、外が全く見えない。
運転は桂木で、私と大羽はセカンドシートに座ったが、大羽は何かを考えているようで、ほとんどしゃべらなかった。
やたらと右折や左折を繰り返していた気がしたが、1時間くらいで目的地に着いたようだ。
車から降ろされてあたりを見回したが、高級住宅街といった感じで研究所らしきものはどこにもない。
「ここは?」大羽に尋ねる。
「ここがそうです」と言って大羽はある1軒の家に入っていく。
「見た目は普通の家ですね」
「そうですねえ」桂木がそう言いながらあとに続く。


応接間らしき部屋に通され、ソファに座るよう勧められる。
桂木が正面に座り、あとからポットやコーヒーカップを持って大羽が入ってきて、桂木の横に座った。
「他の所員の方はいらっしゃらないんですか?」
「ここは、打ち合わせなどに使うところでして、研究所は他にありますよ」桂木が言う。
「先ほどは研究所へとおっしゃってましたが」
「ええ、僕の判断で場所を変えました」
「なぜですか?」
「ここの方が、茜さんもお話しがし易いんじゃないかと」桂木は満面の笑みだ。
まるで獲物を捕まえることができて、うれしくて仕方ないようにも見える。


本題にはいる事にした。
「今朝の電話の件ですが・・・・・・」
「ああ、あの男ですか」桂木が言う。
「ええ。私の携帯の番号も知っているし、だいぶ以前から見張られているかのようなイヤな感じでした」
「そうですね、茜さんは以前からマークされてましたからね」
「え?」
「まあ、いまさら隠しても茜さんならいずれわかっちゃうと思うので言いますが、あの男はうちの所員です」
「・・・・・・」
「我々としても、茜さんと直に接触する機会を窺っていたんですが、今朝ようやく」
桂木はコーヒーを一気に飲んでそう言う。


「なぜ、私を?」
「我々はESPの研究をしてますので、当然でしょう」
「私が?」
「ところで今、頭痛はどうですか?」
この部屋に入ってからは頭痛がきれいに消えている。
こんなことは“あれ”以来だ。


「ありません」
「そうですか。それは良かった」
またしても桂木は面白そうに微笑む。

『鳥の歌、今は絶え』 (10)

桂木は急に話題を変えた。
「茜さん、『親殺しのパラドックス』ってご存じですか?」
「聞いた事はあるような・・・・」
「そうですか。『親殺しのパラドックス』とは要するに《自分が生まれる以前にさかのぼって親を殺したら、自分はどうなるか》というものです。親を殺せば自分は生まれない。すると自分は存在しない。すると親は殺されない。すると自分は生まれる。すると親を殺す。どうなると思います?」
「ありえないことを急に言われても・・・」
「考えられる事はいくつかありますね。“親を殺した瞬間に自分は消えてなくなってしまう”とか“親殺しは決して成功しない”とか・・・」桂木は大羽に視線を移す。大羽はすぐにコーヒーを入れた。
「“時間をさかのぼったつもりでも今と違う時間線に移動するだけだから、本当の親は殺しようがない”などです」
「タイムトラベル自体が不可能じゃないんですか?」
「本当にそう思いますか?」
「桂木さん、そんな話をするために私をここへ連れて来たわけではないでしょう?」


「そうですね」

そう言うと桂木はコーヒーを一気に飲み、話しを続けた。

『鳥の歌、今は絶え』 (11)

「今日、大羽さんをなぜ同行させたかと言いますと」
大羽は座ったままこちらを見て軽く会釈をする。
「大羽さんは人の心が読めるのです。いや、言葉になって明確に読めるのではなく、ぼんやりとですが」

桂木は今度は自分でコーヒーをいれる。
「半年くらい前ですか、大羽さんは入院している友人を見舞うためにある病院に行ったそうです」

またコーヒーを一気に飲む。
「そうしたら、その友人の隣のベッドに若い女性がいて、その女性は眠っていたようですが、何気なく思考を読んだら、今までに経験がないような不思議な感覚に襲われたそうです」


「その女性は交通事故で2日前に入院されたそうです。外傷はなかったようですが、念のために入院させられたようですね。何か思い当たるフシはありませんか?」桂木は私をジッと見つめたまま言う。
「私は交通事故に遭ったことも、入院したこともありません」私は声が震えないことを願いながら言う。
「そうですか。さらに不思議な事に、大羽さんが研究所に戻ろうと駐車場に向かいかけた時に、一瞬目の前が揺らいだようになり、気がついたら3日前に戻っていたそうです」
「・・・・・」
「丁度僕と雑談をしているところへ“戻った”ようで、様子がおかしいのに気づいた僕があれこれと尋ねて、原因はわからないが起こったことはなんとなく分かりました。まあ、仕事がら超常現象には免疫がありますから」


「その後の3日は確かに大羽さんが覚えていたようになった。3日前に戻ったのは確かだと確信しました。しかし、大羽さんにはその“能力”はないようだ。あの眠っていた女性が関与しているのかと、病院に行ったが、入院したという痕跡はない」桂木は部屋を見回した。
「無駄ですよ。この部屋は本人には分からないが、脳波を撹乱する電波を発しています。最初は大羽さん用に作りましたが、あなたにも有効なようだ。この際、お互いが納得するまで、お話をしようではありませんか」