たまらなく孤独で、熱い街 -363ページ目

戯曲?『月は無邪気な夜の女王』 (9)

※舞台中央で正木がしゃべる。
※舞台袖から正木を見る設楽
 
風よ、12月の旅人よ、あの人に伝えてくれないか?
風よ、12月の旅人よ、私の想いをあの人に。
あの人が私を見つめたあの時に、私は恋に落ちた。
でも、あの人は何も言わずに去っていった。
 
さんざめく街は今日も喧騒に包まれている。
だけど、あの人がいない街はゴーストタウンのようだ。
 
風よ、12月の旅人よ、お前は知っているんだろう?
風よ、12月の旅人よ、お前はあの人を知っているんだろう?
 
 
正木:う~~ん。棒読みだなあ。
設楽:あの、准教授・・・
正木:おお、設楽さんですか。
設楽:何をされていたんでしょうか?
正木:もちろん、設楽さんへの愛の告白の練習ですよ。
設楽:え?
正木:と言うのは冗談で、来月の文化祭で劇をやることになりまして、その練習です。
設楽:そうですか。
正木:今日は休日ですが、何かご用ですかな?
設楽:きのうのことをお詫びに・・・
正木:ああ。
設楽:どうもすみませんでした。
正木:いえいえ。まあ、たしかに驚きはしましたが。
設楽:実はそのことで、ご相談が・・・
 
 

戯曲?『月は無邪気な夜の女王』 (10)

正木:相談とは、何でしょう。
設楽:これは誰にも話したことがないのですが。
正木:はい。
設楽:私は人の考えていることがわかるんです。わかるというか、感じ取ることができるんです。
正木:ええっ?
設楽:特に差し向かいで将棋を指して、相手が真剣に考えているときは、鮮明にわかります。
正木:無敵ですね。あ、茶化してすみません。
設楽:いえ。たしかにリアルでの対局ならプロの先生ともいい勝負が出来るかもしれません。
正木:でも、ネット無限での三段は実力でしょう?
設楽:ええ。強くなりたくて勉強しましたから。
正木:その能力は小さい頃からですか?
設楽:多分そうだと思います。よく思ったことを口にして気味悪がられましたから。
正木:辛いことも多かったでしょう?
設楽:これは、私だけにしかない能力だと気が付いてからは決して悟られないようにしてましたが、昨日はストッキングの伝線が恥ずかしくて、つい・・・。
正木:ああ。それでですか。私はてっきり設楽さんの足に見惚れていたのがバレたのかと思いましたよ。
設楽:昨日はとっさに手が出てしまいました。すみません。
正木:それで・・・
設楽:あ、はい。実は「眠り病」で入院されている人たちの意識もそれとなく「読んで」いるんです。准教授の手助けにならないかと。
正木:おお。そうですか。で、何かわかりましたか?
設楽:それが、おととい入院された加茂さんなんですが。
正木:はい。たしか25歳くらいの女性でしたね。明日ダイブする予定ですが。
設楽:その方の意識が読めないんです。
正木:そりゃ、設楽さんの能力も完全なものではないでしょうから、読めない人もいるんじゃないですか?
設楽:いえ。一対一で意識をその人に向ければ、強弱はありますが、いままでは必ず読めました。でも・・・
正木:気にすることはないでしょう。
設楽:読めないことよりも、なにか不安な感じがしまして、明日のダイブは延期できないかと。
正木:不安ですか。加茂さんがですか、ダイブがですか?
設楽:両方です。
正木:う~~ん。
 

『花泥棒に行きましたね』 (1)

ああ、またこの夢か。
私は夢の中でため息をつく。
白い霧のようなもので周りが全て覆われ、50センチ先がもう見えない。
私は直径2メートルほどの円筒形の蓋か、切り株のようなものに座っている。
衣服は寝る前に着替えたパジャマ。 

 

私はいつものように腹ばいになり下を見下ろすが、すぐ下に地面があるのか、はるか下にあるのか、わからない。
もしかして、高い煙突に蓋をしたような場所にいるのだろうか。
手を精一杯伸ばしてみるが、つるつるとした表面に手が触れるだけ。
仰向けになって、上をしばらく見てみるが、何の変化も見られず、ただ白い霧のようなものに視界が遮られているだけ。
風もない。
音もない。
匂いもない。
ただ白一色の世界。

 

私は自分が座っている「床」を触ってみた。
「床」は側面と違い多少のザラザラ感と弾力があるようだ。
この夢を見るのは、もう何回目だろう。
なぜこんな夢を見るのだろう。
私は四方を見回して再びため息をつく。
夢なのだから、飛び降りてみようと思ったこともある。
だが、もしかして夢でなかったらと考えると踏ん切りがつかない。
それに、なんというか、ここは何故か心地よい気持ちにさせてくれる。

 

私は夢の中でもいつしか眠くなり、夢の中で眠りにつく。

『花泥棒に行きましたね』 (2)

今日はバイトが休みなので、昼頃に起きた。
あの夢は何かの暗示だろうかと考えながらも、掃除や洗濯を済ます。
休みの日にしかやらないので、けっこう時間がかかる。
その代わり、一人暮らしの気楽さもあって、しばらくはこんな生活も悪くないなと思う。

 

雑用を片付けているうちに夕方になった。
今夜はネット将棋サークルでの対局があるので、手早く夕食を済ませて詰め将棋の本などを読む。
ぼんやりと本を読んでいたが、思考があちこちに飛び、活字が頭に入らない。

 

そういえば私が小さい頃、母に連れられて親戚の家に法事に行ったことがあった。
母は「花泥棒は罪にならないのよ」と言いながら、歩く道々でよその家の前に咲いている花を摘んだりしていた。
私はそういうものかと思いながらも、それはおかしいとも思っていた。
あの花はどうしたのだろう。
法事に持っていったのか。
たぶんそうだろう。
わざわざ摘んだ花を捨てるような母ではない。

 

それにしても、あの「夢の世界」はなんだろう。
私だけの世界なのだろうか。
でもこんな事は他の人に言えない。

 

今日の対局は身が入らず、あっさりと負けてしまった。
感想戦も早々に打ち切って、対局中に思いついた「夢の世界」の対策を実行する事にした。
これが上手く行けば、もっと「夢の世界」のことが分かるかも知れない。
いつあそこへ行くのか分からないので、今夜から寝る前に準備する事にした。

『花泥棒に行きましたね』 (3)

細い路地を私は歩いている。
両側には平屋の古い家々が連なっている。
下町のような風情だ。
しかし、誰とも行き会わない。
たまに後ろを振り返っても誰も歩いてこない。
両側の家からも物音がしない。
日差しが強い。
蝉の声だけがやかましい。

 

そういえば、母と親戚の法事に出かけた時も、こんなような路地裏を歩いていたような気がする。

母は花の名前を言いながら、楽しそうに花を摘んでいた。

そう考えて、おかしなことに気付いた。

 

思い出した。
母は私が1歳の頃に病に倒れ、入院したまま3歳の時に病死したのではなかったか。
母に手をつながれて法事に出かけたことなどが、あるわけがない。
あれは誰とだったのか。
あれはいつだったのか。
「花泥棒は罪にならないのよ」と言ったのは誰だったのか。
母が言ったのではなかったのか。


そういえば、あれ以来「夢の世界」に行けない。

 

どこまでも一本道が続いている。
両側の家々も姿形を変えながらも、どこまでも続いている。
ふと思い、一軒の家に入ってみる事にした。
しかし、玄関は開かない。
「ごめんください」と呼んでも応答がない。
玄関の戸を叩いてみたが、反応がない。
急に恐怖に襲われて、あちこちの家で同じ事をしたが、徒労に終わった。

 

私は一軒の家の前でがっくりと腰をおろした。
ふと自分の服装に気付いた。
ゆうべ着替えたパジャマだ。

 

これも「夢の世界」なのか。

『花泥棒に行きましたね』 (4)

TVはないし新聞も取っていないので、朝はインターネットでニュースをチェックしている。
最近のトップニュースは乳幼児の消失が日本各地で頻繁に起きていること。
死亡でもなく、失踪でもなく、消失。
親や友だちの目の前で、文字通り「消失」する事件が半年ほど前から多発しているようだ。
もっとも、これは日本だけでなく、世界中で起きている。
ただ、先進国に集中している事で、ウィルスやら犯罪やらが取りざたされているが、なにしろ目の前で消失してしまうので、対処のしようがない。
子どもを持つ親は色々な手を打ってわが子を救おうとするが、親の目の前で、また寝ている時でも忽然と消えてしまう。

 

私はため息をつくとPCを閉じ、バイト先のコンビニに向かった。
ここのコンビニは立地条件が良いせいか、土日ともなると来客が絶えない。
今日もレジに立ってお客を捌いている時、目の前で消失事件が起きた。
母親と小学1年生くらいの男の子の二人連れがレジに並んだ時、男の子が母親に「なんか霧がでてきたね、お母さん」と言っていた。
母親は「何言ってんのよ」といさめる。
しかし男の子は「白い霧で周りが見えないよ」と言ったと同時に突然消えた。
半狂乱の母親。
店の中はパニックになったが、男の子は消えたままだった。

 

目の前で親子の会話をはっきりと聞いた私は、周りの騒ぎをよそに妙に冷静になっていた。
「白い霧」と男の子は言っていた。
私がかつて何度となく夢の中で訪れた「夢の世界」(いや、「白い世界」か)と同じ物なのだろうか。
だとしたら、何故私は訪れて帰ることができたのだろう。
消失した子どもたちはあの「白い世界」に連れて行かれたのだろうか。
誰が連れて行くというのだろう。
そういえば、最後に「白い世界」に行ったのは、半年ほど前だったろうか。

 

警察にも親子の様子や最後の会話を話したが、手がかりとなるものは何もなく、警察も途方に暮れているようだ。
でも、消失者が乳幼児から小学生に年齢が広がった事は、今後消失する子どもの数が増えることを意味していると思われた。

『花泥棒に行きましたね』 (5)

事件から2週間後。

ゼミが思ったよりも早く終わったので、久しぶりに正木准教授の研究室に顔を出してみた。
結婚するなら将棋に関係する名前の方としたい、と広言しているほどの将棋好きだが、お世辞にも上手とはいえない。
ドアを開けたら、准教授はネット将棋を指しているらしく、PCの前でうんうん唸っている。
「こんにちは」
「おお。わが大学のマドンナ、ミス奈緒子さんではありませんか」
「お久しぶりです」
「少し待ってね。こいつをちょいちょいとやっつけるから」
そこでPCを覗いてみたが、どうやっても勝ち目がなさそうだ。

 

「まあ、今回は相手に勝ちを譲ってあげました」准教授はしばらくしてPCを閉じて言う。
「相変わらず将棋の合間に研究をされているようですね」皮肉をこめて言ったつもりだが、この人にはこたえない。
「いまでは将棋の合間に将棋を指してます」
「准教授ほどの頭脳を持ってしても、将棋で勝つのは難しいのでしょうか」
「私は右脳を使うのだが、将棋が強い人は左脳を使うらしい」
「そうなんですか」
「そうでなければ、私がこんなに負ける訳がない」

 

「ところで、今日は何の用ですかな、ミス・マドンナ」他の人が言えば嫌味に聞こえるセリフも、この准教授が言うと不思議にいやらしさがない。
「実はこの半年に次々に起きている消失事件ですが・・・」
「ああ。だいぶ世間を騒がせているようですね」
「准教授は何か思うところがありますか?」
「ふーん。目の前で消えてしまうのでしょ?思うと言ってもねえ」
「准教授お得意の仮説でもいいのですが」
「仮説というか、妄想ならありますが」

『花泥棒に行きましたね』 (6)

「その前に、ミス奈緒子はどうお考えですかな」
「私にはサッパリわかりません。不思議な事としか」
「この世には不思議なことはなにもない、と言っていたのは誰でしたかね」
「京極堂さんではないですか?」
「あ、そう。では、不可能なものを除外していって、最後に残ったものがいかに有り得そうになくともそれが真実だ、は?」
「原典はホームズでしょうけど、作者は『名探偵コナン』で読んだと思われます」
「・・・・・・」

 

「それで、准教授は何かお考えはあります?」
「今、消失した子どもたちは累計で300人くらいでしょうか。私は多少あちこちに顔が効くので、消失した子どもたちの様子を分かる範囲で調べてみました」
「消失の時の様子ですか?」
「いえいえ。健康面とか、家庭環境です」
「なにか共通点がないかと?」
「はい。うーん。まあ、あるといえばある、ないといえばないのですが」
「例えば?」
「うーん。消えた子どもたちは皆健康なんですよね。家庭にも問題はない」
「それが何か?」
「うーん。つまり、事故に遭ったり、大病にならなければ皆長生きしそうな子どもばかりで」

 

私はしばらく考えたが、准教授が何を言いたいのかわからない。
そんな私の様子を見ていた准教授は、
「ところで、私たちの住む世界は一般的に三次元と言われていますよね」と突然話しを変えた。
「ええ。タテとヨコと高さ。立体の世界ですか」
「仮に二次元の平面世界が存在したとしたら、そしてそこに生命がいたとしたら、私たちと接触は可能でしょうかね」
「平面世界で高さがゼロ・・・。無理ではないですか?」
「では、四次元とは?」
「三次元プラス時間ですか?」
「私たちが空間を自由に行動できるように、四次元の生命は時間を自由に行動できるでしょうね」
「タイムトラベル?」
「いやいや、そんなものでなく、二次元の生命体が三次元を想像すらできないように、私たちが想像すらできないことだと思います。接触することも不可能でしょう」
「うーん」

『花泥棒に行きましたね』 (7)

「私の話しはあくまでも妄想ですからね、妄想」
「はい」
「うーん。まあ四次元云々は別として、時間を自由にできる“何か”が我々と偶然にも接触してしまったのが、今回の消失事件の原因ではないかと」
「接触できるんですか」
「まあ、相手からの一方的な接触でしょうが。その“何か”は時間を食べることができ、いや、時間が食料なのです」
「時間を食べる・・・」
「時間を食べるったって、私たちが他の動物を食べて肉を栄養にするように、その“何か”も人間を食べて時間を栄養にするのでしょう」
「ええ?よく分かりませんが」
「つまり、食べた人間の時間の蓄積、言うなれば人生が栄養になるのです」
「頭が混乱してきました」
「たとえば100歳で亡くなった人を食べる。その人の100年分の時間が栄養になる」
「それと消失と何の関係があるのですか」
「うーん。妄想に理由をつけるのは難しいが、その“何か”は人間がうどんに見えるとか」
「はあ?うどん?」
「0歳から100歳まで長く伸びたうどん。ツルツルと吸い込めば、その人の人生はすべて“何か”の胃の中。だから消えてしまう」
「こじつけみたいですね」
「だから妄想だと言ったのに」
「それなら亡くなった人が消失するはずなのに、何故元気な幼児や子供が消失してしまうのですか」
「うーん。おそらく“何か”は時間は時間でも、言うなれば調理された過去の蓄積よりも、まだ調理されていない生の「未来」という時間が好物なのでしょう。亡くなった人の時間も食べたかもしれませんが、今は幼児や子供の未来を食べているとか」
「消失した子供たちが持っていた、あり得たかもしれない未来ですか」
「そう。だから消失した子供たちは、消失しなければつまり食べられなければ長生きできたのかもしれません」
「時間を自由にできるのなら、そんなことも可能なのですかねえ・・・」
「時間や未来を食べる“何か”が人間と接触したのが、相手にとっては幸運、人間にとっては破滅的災難だったかもしれませんね」

 

准教授は、なにか他のことも言いたげに私の顔をじっと見つめている。

私はそれに気がつかないフリをして“何か”について考え込んだ。しかしイメージが湧かない。
「准教授はその考えを誰かに?」

「とんでもない。未来という時間を食べる怪物がいる、などと言ったらキ印かと思われますよ」
「そうでしょうか」
「そう。ミス奈緒子だから言ったんです」

私だから?

私だから、とは?

冗談が通用するからなのか、なにか含みがあるのかわからない。

 

しかし、妄想もここまでくればたいしたものだ。
私はため息をついてポツリと洩らした。
「私の夢となにか関係はあるのかな」
「それは何でしょう。話してくれませんか」

『花泥棒に行きましたね』 (8)

私は「白い世界」や「路地」そして母のことを話した。
准教授はしばらく考え込んでいたようだが、突然将棋を指しませんかと言い出した。
しばらく准教授とは指してないので私に異存のあろう筈がない。
准教授は後手番でゴキゲン中飛車を指してきた。
「私のは捌けないので“フキゲン中飛車”ですがね」と笑う。
私はさきほどの准教授の話しを反芻しながら指していた。
准教授も私の話しを思い返しながら指しているのだろうか、口数が少ない。

 

対局は准教授に見落としがあって、短手数で終わってしまった。
いつもなら「もう一番」と言い出すところだが、自玉が詰んでも考え込んでいるようだ。
しばらくして准教授が口を開いた。
「私の妄想は所詮妄想ですからね」
「そうですか?」
「うん。ま、私の妄想は置いとくとして、ミス奈緒子の夢にはなにかポイントとなる鍵があるのかも分かりません」
「ええ。でも話せただけでも今日はお邪魔した甲斐がありました」
「しばらく時間を下さい。考えてみます」
「はい。お願いします」