映画探偵室 -43ページ目

愛と性の狭間ーソドムの 120冊 第2室(いわゆる本室)

第2室 エロスと権力ー政治空間とエロスの交点
ジル・ド・レ 性と政の分岐点
(本書より)権力とエロスは厳しく分断すべしという掟は私たちの社会が身につけた知恵である。この知恵のおかげで我々は、権力者に手篭めにされたり、理不尽な理由で性奴隷にされたりすることがなくなったのである。ところがなかにはこの原理がいまだに理解できない権力者がたまにいて、その度に世間の顰蹙を買う。
 こうした人物は近年では政治の世界には少なくとも建前上は存在できないことになっている。だが谷崎潤一郎の『刺青』(注1)ではないが「まだ人々が愚かという尊い徳をもって」いた時代には、権力者は悠々自適、思うさまにエロスの徒花を狂い咲きさせていた。たとえば本書のタイトルの元ネタとなったマルキ・ド・サドの『ソドムの120日』(注2)などは、さしづめ(ママ)その代表格だろう。
 古城に四人の貴族が立てこもり、幾多の性奴隷を監禁していたぶり、淫行と暴虐の限りを尽くすというのが『ソドムの120日』(注3)のあらすじである。のちにこの作品は、イタリアの映画監督、ピエール・パオロ・パゾリーニが、舞台をファシズム政権末期のイタリアに移して映画化したことで有名だ。
 この書物を著したサド侯爵は、自分自身の城を持っていた立派な貴族で、実際にここに娼婦を連れ込み、SMプレイに耽っていた。とはいえ彼が暴力的なエロスを真に全開させたのは、小説の中だけの話である。作中に出てくるような残虐な殺人を、彼が本当に行ったわけではない。サドが生きたのはまさにフランス革命の時代で、既に人権意識が芽生え始めた時期であった。いかにサドが貴族であっても、そう好き勝手はできなかったのである。
 王侯貴族が思うがままにエロスと暴虐の限りを尽くせたのは、サドに時代から遡ること三百数十年前、ジル・ド・レ公の時代以前である。先の章で紹介したバタイユには、このジル・ド・レ公について綴った『ジル・ド・レ論』という書物がある。
Wikipedia: ジル・ド・レ
 
上左はジル・ド・レの肖像画。右は彼の「精神の妻」ジャンヌ・ダルク。1900年頃に描かれたミニアチュール。ジャンヌを直接のモデルとして描いた肖像画は現存しておらず、このミニアチュールもジャンヌの死後に想像で描かれた作品である (Centre Historique des Archives Nationales, Paris, AE II 2490)
(館長解説)このジル・ド・レ公のイメージはシャルル・ペロー童話の『青髭』に重なる所が多い。
Wikipedia: 青髭

 (本書より)英雄から一転、凶悪な殺人鬼として指弾されたジル・ド・レだが、意外なことに彼はその死後、フランスの庶民の間で神のように崇め奉られるようになったという。文化人類学者の山口昌男は、その著書『歴史・祝祭・神話』のなかでバタイユの『ジル・ド・レ論』を紹介したあと、この奇妙な殺人鬼への信仰を報告している。ちなみに死後のジルの霊は、不妊治療に御利益があるとされたらしい。これだけ強烈なエロスの怪物なら、不妊にも効き目がありそうだ、というわけだ。

注1:谷崎潤一郎の『刺青』
1966年、大映版
出演:若尾文子, 長谷川明男, 監督:増村保造


本編はok.ruから
Tanizaki's Tatoo

注2:マルキ・ド・サドの『ソドムの120日』
注3: ピエール・パオロ・パゾリーニの『ソドムの120日』


★ ヘリオガバルス帝と織田信長
★ 後醍醐天皇の異形の王権
★ 後白河法皇と白河院
★ 聖徳太子と古代的BL結社

★本章に登場する書物―(本章に挿画はありません:館長)
マルキ・ド・サド『ソドムの120日』(青土社、2002)
ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論』(二見書房、1969)
山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫、1978)
アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(白水Uブックス、1989)
古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』(大田出版、2006)
宇月原清明『信長―あるいは戴冠せるアドロギュヌス』(新潮文庫、2002)
網野善彦『異形の王権』(平凡社、1986)
笹間良彦『性の宗教-真言立川流とは何か』(新日本法規出版、1997)
真鍋俊照『邪教・立川流』(筑摩書房、1999)
後白河法皇編『梁塵秘抄』(新潮社、1979)
大和岩雄『遊女と天皇』(白水社、1993)
美川圭『白河法皇―中世をひらいた帝王』(日本放送出版協会、2003)
角田文衛『持賢門院障子の生涯―椒庭秘抄』(朝日選書、1985)
山岸涼子『日出処の天子』全11巻(白泉社、1980~1984)

(本章には挿画なし)とりあえず書きかけで...

愛と性の狭間ーソドムの 120冊 別室:中上健次原作による映画化作品

中上健次の作品は初期の頃から次々と映画化されている。映画探偵室であるからには、そのリストを載せるのが筋だろう。
映画化された作品
 1976年『青春の殺人者』 長谷川和彦監督(原作: 蛇淫)出演:水谷豊, 原田美枝子
1979年『赫い髪の女』神代辰巳監督(原作: 赫髪)出演:宮下順子, 山口美也子
 1979年『十八歳、海へ』藤田敏八監督(原作: 隆男と美津子)出演:森下愛子, 永島敏行
 1979年『十九歳の地図』 柳町光男監督、出演:本間優二, 蟹江敬三
 1982年『さらば愛しき大地』柳町光男監督、出演:根津甚八, 秋吉久美子, 蟹江敬三

本作品に関しては、我がブロ友「あの時の映画日記ー黄昏映画館」がちゃんさんに思いがけず好意的な批評がありました。

 1985年『火まつり』 柳町光男監督(オリジナル脚本、後に小説化)出演:北大路欣也, 太地喜和子
  2011年 『軽蔑』 廣木隆一監督、出演:鈴木香、高良健吾
 2012年 『千年の愉楽』若松孝二監督、出演:寺島しのぶ、佐野史郎、高良健吾、高岡蒼甫、染谷将太、山本太郎、原田麻由、井浦新

そして「路地へ 中上健次の残したフィルム」
     

☆ 青山真治 / 路地へ中上健次の残したフィルム (Trailer)

☆ 中上健次が撮った「路地」

愛と性の狭間ーソドムの 120冊 第1室残りと第2室

★ 三島由紀夫と中上健次
夏目漱石(こころ)→バタイユ(眼球譚)→三島由紀夫(豊穣の海=春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰、)→c(枯木灘)と続くこの小節での著者の筆の勢いは本書中でも圧巻である。
因みに映画探偵も若かりし頃、実在の三島由紀夫にも中上健次にも多少の関わりはあった。
ー(本書より)三島の自衛隊乱入事件は、通常は思想的な動機から解釈されがちだ。だが、実は三島が事件を起した動機は、戦後日本社会では、厳密なエロスが不可能であることへの絶望にあったのではないかと私には思える。三島は日本での究極のタブー破りとして華族の姦通を描いてみせた。ところが戦後の日本社会では華族制度がなくなり、皇室タブーも薄れていった。戦後の日本社会ではもうエロスは成り立たない。三島はそう考えて、絶望の末に命を絶ったのである。
 それにしても本当に、天皇や華族のような集団がなければ、日本のエロスは成り立たないのだろうか?もしそうなら戦後の社会にエロスなど存在しないことになるし、エロスは結局のところ身分制度と不可分のものになってしまう。本当にエロスと、そうした階級制度と不可分なのか?
 この問いに真逆の立場から「否」と答えてみせたのが、作家の中上健次だった。中上の代表作『枯木灘』の舞台は、和歌山県新宮市に実在した中上の出身地、「路地」と呼ばれる被差別部落。そこを舞台にしてエロスを描くことで、三島とは真逆のエロスの姿を、中上は描いてみせたのである。(以下の冴え渡る解説は本書ならびに引用された書物にて堪能されたい:館長)
 中上の作品は名だたる映像作家が「挑戦し甲斐の或る」ターゲットとされてきた。探偵がイチオシなのは、中上がその吹き上げるようなエネルギーを少し抑えてロマンスとして読者に提示した『軽蔑』である。『性的人間』を書いた大江健三郎は中上を「稀人(まれびと)」と讃えている。
軽蔑予告編

本作は長尺ながら当映画探偵室でも数度に亘って動画をUpしたが、現在ではいずれも「視聴不能」となっている。ただし幸運にも、下記の後半部のみは残っていた。

『千年の愉楽』予告篇

★本章に登場する書物―
三島由紀夫『仮面の告白』(新潮文庫、2003)
石井隆『名美・イン・ブルー』(ロッキング・オン、2001)
石井隆『女の街』(I)、(II)(ワイズ出版、2000)
ジャック・ケルレアック『路上』(河出文庫、1983)
コリン・ウィルソン『性と文化の革命家 ライヒの悲劇』(筑摩書房、1986)
夏目漱石『こころ』(新潮文庫、2003)
ジョルジュ・バタイユ『眼球譚』(河出文庫、2003)
三島由紀夫『春の雪』(新潮文庫、2002)
三島由紀夫『奔馬』(新潮文庫、2002)
三島由紀夫『暁の寺』(新潮文庫、1977)
三島由紀夫『天人五衰』(新潮文庫、1977)
中上健次『枯木灘・覇王の七日』(小学館文庫、1998)
クロード・レヴィ=ストロース『親族の基本構造』<上><下>(番町書房、1978)
中上健次『岬・化粧他』(小学館文庫、2000)
中上健次『地の果て 至上の時』(小学館文庫、2000)


第2室 エロスと権力ー政治空間とエロスの交点
ジル・ド・レ、性と政の分岐点
ヘリオガバルス帝と織田信長
後醍醐天皇の異形の王権
後白河法皇と白河院
聖徳太子と古代的BL結社
★本章に登場する書物―
(本章には挿画はありませんでした:館長)
マルキ・ド・サド『ソドムの120日』(青土社、2002)
ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論』(二見書房、1969)
山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫、1978)
アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(白水Uブックス、1989)
古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』(大田出版、2006)
宇月原清明『信長―あるいは戴冠せるアドロギュヌス』(新潮文庫、2002)
網野善彦『異形の王権』(平凡社、1986)
笹間良彦『性の宗教-真言立川流とは何か』(新日本法規出版、1997)
真鍋俊照『邪教・立川流』(筑摩書房、1999)
後白河法皇編『梁塵秘抄』(新潮社、1979)
大和岩雄『遊女と天皇』(白水社、1993)
美川圭『白河法皇―中世をひらいた帝王』(日本放送出版協会、2003)
角田文衛『持賢門院障子の生涯―椒庭秘抄』(朝日選書、1985)
山岸涼子『日出処の天子』全11巻(白泉社、1980~1984)

以下、当然の如く「要追記」....