映画探偵室 -42ページ目

ソドムの120冊、第2室続き

★ 後醍醐天皇の異形の王権
       
内容
(「BOOK」データベースより)
 婆娑羅の風を巻き起こしつつ、聖と賎のはざまに跳梁する「異類異形」、社会と人間の奥底にひそむ力をも最大限に動員しようとする後醍醐の王権、南北朝期=大転換のさなかに噴出する〈異形〉の意味と用を探る。
Wikipedia: 網野善彦

松岡正剛の千夜千冊 『日本の歴史をよみなおす』- ちくまプリマーブックス 筑摩書房、1991
 網野善彦の本はだいたい読んだほうがいい、というのがぼくのスタンスである。
 最近では岩波新書の『日本社会の歴史』全3冊がベストセラーになって、これまで中世の社会経済の構造や王権や宗教の構造に関心がなかった人々がしきりに読むようになった。ぼくもこの岩波新書については日本経済新聞で書評をして、その波及に一役買った。網野さんも、あの書評の直後から売れ出したようですね、とまんざらでもなさそうだ。
 が、ほんとうのところをいうと、あの本は流れをつかむのには、前半部は充実していてなかなかいいのだが、日本史全貌の充実をすべて期待するには、ちょっと濃密すぎて、網野本の通史としてはやや重たい。
 また多くの中世論もかたっぱしから読んでほしいのだが、それらはどの一冊がいいともいえない複合連鎖に満ちている。
 そういうわけで、網野善彦の何を勧めるかというと、いつもけっこう迷うのだが、この『日本の歴史をよみなおす』は、筑摩書房の編集部を相手に話したものをまとめたせいか、まことにわかりやすく、かつ示唆に富み、それでいて大きなツボが躍動するように話されている。出色のデキなのである。

~だそうなので、探偵は本書からその躍動するツボ部分を抜書きしてみたい。
(本書より) このように英雄色を好むのは古今東西、どこの国でも同じだが、本邦における性的権力者にはどんな人物がいただろうか。これ以降はこうした我が国の性的権力者の肖像を遡って見ていこう。ここで最初に取り上げたいのは、半世紀以上にも及ぶ南北朝動乱(☆探偵注)を引き起こした、後醍醐天皇その人である。歴史学者の故網野善彦の手になる名著『異形の王権』は、そんな後醍醐天皇の示してみせた、特異なエロスに迫った一冊だ。
 実は後醍醐天皇は現在も日本語の中にその名を留める「無礼講」なるものを始められた最初の方として知られている。後醍醐帝が夜な夜な開いたというこの無礼講、もともとは男女を問わず全裸となり、放歌高吟して夜通し遊び惚けるという、ほとんど乱交パーティーのようなものだったらしい。また後醍醐帝は、夜ごと密教の僧服に身を包み、奇怪な神像に祈りを捧げられたことでも知られているが、「双神歓喜天」と呼ばれるこの神像、ゾウの頭をした男神と女神が、性交する姿を描いたものなのである。
    
 そもそもゾウの頭は男性器に似ているが、それが二頭交わっているのだから、なんとも異様なエロスを感じさせる。しかも二柱の神が絡み合って屹立するこの神像は、そのシルエットを映してみると、驚くなかれ怒張したペニスそっくりの姿になるのだ。後醍醐帝はこの珍宝に夜な夜な油をかけ回し、護摩を焚いて祈られたのである。
 しかも後醍醐帝は単にご自身の思いつきで、こうした呪法を行われたわけではない。帝はそのブレーンとして、一人の怪僧を重用されていた。密教宗派「真言立川流」の中興の祖とされる僧侶、文観である。真言立川流は我が国最悪の邪教として、その経典がいっさい燃やされてしまったカルト教団であり、この教団を一大勢力に育てあげたのが、文観という人物なのだ。
在野の風俗史家、笠間良彦の『性の宗教―真言立川流とは何か』によると、この真言立川流という宗派、「男女が合一した姿こそ悟りの境地である」と説く異端的な教団であったらしい。先に紹介したゾウの姿の歓喜天のほか、キツネに乗った女神のダキニ天を信奉し、性的ヨーガを修業に取り入れていたという。 ゾウやキツネといった異形の神々を前に、性的秘儀に明け暮れていたのである。(中略)
 立川流はそのあまりにスキャンダラスな修行法から、僧侶はことごとく殺害され、経典も燃やされて散逸し、地上から消えうせてしまったという。現在にまで残るのは立川流を批判する立場からの文献ばかりだ。そんななかにあって真鍋俊照の『邪教・立川流』は、立川流を比較的ニュートラルな立場から論じた一冊である。
 著者の真鍋は金沢文庫の文庫長を経てコロンビア大学招聘学芸員などを歴任し、現在は四国大学で教鞭を執る仏教美術の研究者。大学人でありながら僧侶でもあるらしい。本書のきわめてユニークな点は、立川流を邪法としながらも、金沢文庫をはじめとするの豊富な原資料を仏教者の視点でつぶさに読み解き、立川流を構造的かつ肯定的に描き出した点にある。(中略)
 密教ではエロスにおける迷いの世界を「衆生(しゅじょう)」、悟りの世界を「法会(ほっかい)」と呼んで、エロスの正邪を区別するという。だが同時に密教では、我々が生きるこの現実の世界、衆生と法会が混じりあった常態を「loka」と呼び習わすそうだ。世の中そんな綺麗ごとばかりじゃないよという現実を、密教は真正面から見据えていたのである。
著者の真鍋俊照はこうしたエロスの信仰について、今日の前衛芸術や性解放の思想とも共通すると指摘している。土方巽笠井叡田中 泯(たなか みん)や麿赤児など、いわゆ暗黒舞踏の踊り手たちは、エロスとタナトスの交差するloka的世界に踊る密教的身体芸術家だったと真鍋は語るのである


注:今や盛りの桜。そめいよしのに一面に染まる吉野はかつての南朝の首都である。南朝は現在の皇室の正統なのだが、明治維新において明治天皇が、正統であるとされて来た北朝の皇統を名乗る上で不都合として、楠正成(くすのきまさしげ)を逆賊扱いした。にも関わらず、楠正成の銅像が皇居外苑にあるのは何故か?

Wikipedia: 楠 正成

次回は下記2項の予定
★ 後白河法皇と白河院
★ 聖徳太子と古代的BL結社

ソドムの120冊 第2室 いよいよ日本篇か?

★ ヘリオガバルス帝と織田信長
Wikipedia: ヘリオガバルス帝
     
「ヘリオガバルス胸像」(カピトリーノ美術館所蔵)
 ローマ皇帝 在位:218年6月8日 - 222年3月11日
 別号 ウァリウス・アウィトゥス・バッシアヌス:Varius Avitus Bassianus
 全名 カエサル・マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス:Caesar Marcus Aurelius Antoninus Augustus
(本書より)サド公爵やジル・ド・レ公など、性的暴君の所業を見ていると、全く現代に生まれてよかったと思うことしきりである。さらに歴史を遡るなら、面白半分に人を殺し、放蕩と乱費に明け暮れたカリギュラ帝や、母子相姦に母親殺しと、あらゆる悪徳に耽溺した暴君ネロが、その系譜上に浮かび上がる。その昔の権力者たちは、公然とその性的倒錯ぶりを満天下にしめし、むしろその暴虐さを政治的権力の源泉としていたのだ。
 『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』は、そんな倒錯的権力者の一人、ヘリオガバルス帝の生涯を綴った物語である。この美しい少年は僅か十四歳で王座に就いたが、王に即位してローマに入城するとき、全隊列を後ろ向きに並べ、後ずさりしながら入城したという。つまり彼は「尻」の方から、王座に就いてみせたのである。
 この奇妙な美青年は、公の席では必ずといってよいほど女装したばかりか、舞台ではわざわざ全裸になって女神を演じて喜んだという。ところ構わず指で猥褻な仕草をし、長老議員たちの腹をピタピタと叩きながら「オカマを掘ったことがあるか」と尋ねてまわったというから、実に下品極まりない。
 相手が男女のいずれであろうと、自分の体のすべての穴で、淫蕩な行為を働き快楽を貪る。さらには売春婦の身なりで街を歩き、皇帝であるにも関わらず、実際に身を売ることさえあったという。しかも興味深いことに、なぜか彼の好んだのは、辻馬車の御者と交わることであった。おそらくは御者が馬を鞭打つように、彼は自分の尻を叩いて欲しかったのだろう。
 とはいえ、この程度の乱行であれば、単に趣味の悪い者であった、というだけに過ぎないし、当時は同性愛もタブー視されていなかった。問題はこの異常な王が、単に自分の趣味としてだけでなく、ローマ帝国の政治的原理としてエロスを組み込もうとしたことにあった。彼は男根の大小で部下を評価し、巨根の持ち主というだけで大臣にしたのである。さらにこの暴君は、巨大な男根状の隕石を神として崇拝することを市民に強要し、そればかりか旧来の神々の像を、徹底的に破壊したのだ。
 ことここに至って市民はキレた。臣下はいっせいに叛逆を起し、こともあろうに便所の中でヘリオガバルス帝を殺害。バラバラに引き裂いて惨殺したのち遺体を下水溝に放り込み、河に流して捨ててしまった。享年十八、墓石どころか葬儀さえない、あまりに無残な最期であった。
 ちなみにこの「男根の絶対王政」を夢見た美青年は、なぜか自分の男根を切り落としたいと切望していたと言われている。彼の生まれた中東のシリアには、男根状の巨石を信仰する、母系的な王権社会があったという。おそらく彼は法で支配する「王」でなく、エロスの原理で国家を支配する「女王」をめざしたのだろう。だがそんな異形の王権が、ローマ帝国に根付くことはなかったのである。
☆『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(白水Uブックス、1989)
Héliogabale ou l'Anarchiste couronné 1934、多田 智満子訳
  
Wikipedia: アントナン・アルトー
 い、いかにもアブナイ人に見えるが...(館長、注☆)

アントナン・アルトー / Antonin Artaud、前衛演劇のパイオニア

☆ カール・ドライエル「裁かるるジャンヌ」にてアルトーの出演場面


 この伝記はフランスの劇作家、アントナン・アルトーの手になるもので、伝記的事実と哲学的支弁が入り乱れ、どこまで史実か判然としない。著者のアルトーは激烈な支弁と詩作に明け暮れた末、ついに発狂したシュルレアリストだ。本書の述べるヘリオガバルス帝は、アルトーの脳内に醸成された、なかば架空の人物だ思って読んだほうが良いのかもしれない。
 ちなみに、どうもこの話は作家のイマジネーションをいたく刺激するらしく、多数の作品がこから生まれている(探偵注☆)。澁澤龍彦『犬狼都市』諸州の小説「陽物神譚」や、飴屋法水主催の劇団、東京グランギニョルによる演劇作品『ライチ☆光クラブ』、さらにはこれをマンガ化した、古屋兎丸の『ライチ☆光クラブ』は、いずれもヘリオガバルス帝のエピソードをイメージ源としたものだ。
 そして作家の宇月原清明による『信長―あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』も、そんなヘリオガバルス帝の物語を描いた作品群の一つである。・・・とこのように書くと、いぶかしく思う読者も多いだろう。最後の本のタイトルは「信長」とある。ヘリオガバルス帝の話なのになぜタイトルは『信長』なのか?そう、この小説は織田信長がヘリオガバルス帝の後継者であったとする、奇想天外な物語なのである。(以下省略)
注:不肖探偵も一時期は映画界・演劇界の片隅で「前衛芸術」を志向する青年の一人だった。真近に接した輝ける前衛芸術家の方々、垣間見る前衛芸術の数々が今も脳裏にある。その方達を「先達」と呼べるほどの身分には終になれなかったので、ここでは「輝ける先輩たち」と呼ばせて貰う。読者ご存知の名前を挙げれば勅使河原宏、土方巽、大野一男、城之内元春、金井勝、長野千秋、麿赤児、オノ・ヨーコ、一柳慧そして武満徹。もう殆どの方が天に昇って星となっておられる。
 ちなみに、不肖探偵等が立ち上げた小さなプロダクションの名称は、アントナン・アルトーが立ち上げた謎の集団「アセファル」(Wikipediaの記述を参照)であった。
(以下の小節は次回に....)
★ 後醍醐天皇の異形の王権
★ 後白河法皇と白河院
★ 聖徳太子と古代的BL結社

★本章に登場する書物―(本章に挿画はありません:館長)
マルキ・ド・サド『ソドムの120日』(青土社、2002)
ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論』(二見書房、1969)
山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫、1978)
アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(白水Uブックス、1989)
古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』(大田出版、2006)
宇月原清明『信長―あるいは戴冠せるアドロギュヌス』(新潮文庫、2002)
網野善彦『異形の王権』(平凡社、1986)
笹間良彦『性の宗教-真言立川流とは何か』(新日本法規出版、1997)
真鍋俊照『邪教・立川流』(筑摩書房、1999)
後白河法皇編『梁塵秘抄』(新潮社、1979)
大和岩雄『遊女と天皇』(白水社、1993)
美川圭『白河法皇―中世をひらいた帝王』(日本放送出版協会、2003)
角田文衛『持賢門院障子の生涯―椒庭秘抄』(朝日選書、1985)
山岸涼子『日出処の天子』全11巻(白泉社、1980~1984)

”愛と性の狭間ーソドムの 120冊第2室(いわゆる本室)”






書き直しの手間を省くためにリブログしました(春の汗。

注2:マルキ・ド・サドの『ソドムの120日』
 
 

注3: ピエール・パオロ・パゾリーニの『ソドムの120日』
 
     
日本語タイトルは「ソドムの市(まち)」となっている。権力の持つ「おぞましさの極致」こそ真にパゾリーニが描きたかったものであった。
Wikipedia: ピエル・パオロ・パゾリーニ


ok.ru: Sale haut ou laisse 120 jours nés de Sodome(仏語版)

★ ヘリオガバルス帝と織田信長
★ 後醍醐天皇の異形の王権
★ 後白河法皇と白河院
★ 聖徳太子と古代的BL結社

★本章に登場する書物―(本章に挿画はありません:館長)
マルキ・ド・サド『ソドムの120日』(青土社、2002)
ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論』(二見書房、1969)
山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫、1978)
アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(白水Uブックス、1989)
古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』(大田出版、2006)
宇月原清明『信長―あるいは戴冠せるアドロギュヌス』(新潮文庫、2002)
網野善彦『異形の王権』(平凡社、1986)
笹間良彦『性の宗教-真言立川流とは何か』(新日本法規出版、1997)
真鍋俊照『邪教・立川流』(筑摩書房、1999)
後白河法皇編『梁塵秘抄』(新潮社、1979)
大和岩雄『遊女と天皇』(白水社、1993)
美川圭『白河法皇―中世をひらいた帝王』(日本放送出版協会、2003)
角田文衛『持賢門院障子の生涯―椒庭秘抄』(朝日選書、1985)
山岸涼子『日出処の天子』全11巻(白泉社、1980~1984)

読者の皆さん、もう少しの辛抱です!