このブログについて:
長野県長野・北信・東信地方で国宝や国の重要文化財に指定された建造物のうち、私がこれまで訪問したものを紹介しています。
個人の備忘録みたいなものですが、実際に訪ねてみたら目当ての文化財が塀や樹木の陰で見えないといったことも時々あるので、ここでは、このあたりも詳しく書いて、閲覧してくれた方の参考になるように考えました。また、文化財の位置は国指定文化財等データベースで確認できますが、間違った情報も結構多いので、ここでは現地で実際に確認した座標を記載しています。
記載内容は訪問日時点のものです。情報が古くなってしまっている可能性もあり、修復工事が始まって見学できないこともあるので、注意してください。
外観は和様で内部を禅宗様とした折衷様
国分寺三重塔
こくぶんじさんじゅうのとう
上田市国分
| 国分寺三重塔 | 36.382673, 138.271363 室町中期 三間三重塔婆、銅板葺 |
国分寺は上田市街地南方、千曲川右岸の集落に位置します。信濃国分寺が現在地に移されたのは平安末期であると考えられています。三重塔は様式から室町中期の建立であると考えられています。外観は和様で、内部を禅宗様とした折衷様の三重塔です。
・三間三重塔婆で、屋根は明治時代にこけら葺きから瓦棒付銅板葺きに改められた
|
・九輪は上部に向けての低減が大きい ・九輪と水煙は昭和初期に改鋳されている
|
・上段写真から、第三重、第二重、初重 ・各重とも長押を多用し、木鼻を出さないなど和様の特色が色濃く出ている ・上重には跳ね高欄を設けている
|
・先端部の太い尾垂木、軒支輪と小天井など細部にも和様の特徴が見られる ・中備は間斗束ではなく巻斗のみを宙に浮いたように取り付けている
|
アクセス
しなの鉄道信濃国分寺駅下車、北500mです。 |
見学ガイド 国分寺は常時自由に参拝することができます。三重塔も近くから見ることができます。 |
感想メモ
外観は和様でほぼ統一されていますが、内部が禅宗様という非常に珍しい三重塔。通常内部は非公開ですが、ぜひ一度は見てみたいものです。束を省いた間斗束は山梨の武田神社でも見たことがありますが、このあたりの職人さんが考案したものなのでしょうか。 (2018年11月、2023年9月訪問) |
参考
上田市公式サイト、現地解説板、東信ジャーナル |
未完成の完成塔
前山寺三重塔
ぜんさんじさんじゅうのとう
上田市前山
| 前山寺三重塔 | 36.340744, 138.197429 室町後期 三間三重塔婆、こけら葺 |
前山寺は塩田平の南端部に位置します。塩田城の鬼門にあたり、その祈願寺であったと伝わります。三重塔は様式から室町後期の建立であると考えられています。
・こけら葺きの三重の塔で、和様と禅宗様を折衷している
|
・上段写真が第三重で、下段写真が第二重 ・和様の先端の太い尾垂木を出した三手先組物で、禅宗様の拳鼻を付ける ・柱に長押仕口が切られているが、窓や扉は設けられていない ・長い胴貫が四方に飛び出しているが、縁や高欄は設けられていない ・このように細部が未完成でありながら、全体としては均整の取れた美しい塔であることから「未完成の完成塔」とも呼ばれている
|
・初重には桟唐戸、擬宝珠高欄、切目縁が設けられているが、窓は設けられていない
|
アクセス
上田電鉄中野駅下車、南3㎞です。塩田平の文化財巡りには、別所温泉駅などのレンタサイクルが便利です。 |
見学ガイド 前山寺は有料で拝観することができます。三重塔も近くから見ることができます。 |
感想メモ
本当に文字通り未完成の完成塔で、美しい姿でありながら壁面がのっぺらぼうで、不思議な感じです。 (2023年9月訪問) |
参考
前山寺公式サイト、現地解説板、上田市公式サイト |
信州最古の木造建築
中禅寺薬師堂
ちゅうぜんじやくしどう
上田市前山
| 中禅寺薬師堂 | 36.336112, 138.185614 鎌倉前期 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、茅葺 |
中禅寺は塩田平の南端部、独鈷山の麓に位置します。古来、地域の信仰を集めてきた古刹ですが、度重なる火災により多くの記録が失われ、創建については不明です。薬師堂は鎌倉前期の建立で、信州最古の建築です。
・方三間の阿弥陀堂形式 ・正面三間と、側背面の各一間に板戸を吊り、その他は板壁としている
|
・柱は大面取角柱で、これを長押で固めている ・柱上は簡素な舟肘木で、軒は一軒
|
・堂内中央に四天柱を立て、本尊を祀る ・これは中尊寺金色堂などと同じ古い形式で、時代が下ると本尊の位置が堂の後壁方向に移る
|
アクセス
上田電鉄舞田駅下車、南3㎞です。塩田平の文化財巡りには、別所温泉駅などのレンタサイクルが便利です。 |
見学ガイド 中禅寺は有料で拝観することができます。薬師堂も近くから見ることができます。 |
感想メモ
非常に古い様式の質素なお堂で、見ごたえがあります。 (2023年9月訪問) |
参考
中禅寺公式サイト、上田市公式サイト、現地解説板 |
日本最古の禅宗様建築
安楽寺八角三重塔
あんらくじはっかくさんじゅうのとう
上田市別所温泉
| 安楽寺八角三重塔 | 36.352388, 138.152302 国宝・鎌倉後期 八角三重塔婆、初重もこし付、こけら葺 |
安楽寺は別所温泉北方の山裾に位置します。鎌倉中期の大覚禅師語録にもその名が見られる古刹で、もとは臨済禅宗寺院であったものが、天正16年(1588)ころ曹洞宗に改められています。
八角三重塔は、用材の伐採年代が正應2年(1289)であることが判明し、鎌倉時代後期の建立であることが明らかになりました。わが国最古の禅宗様建築です。
・八角形の平面を持つ三重塔で、初重に裳階を付けた珍しい様式 ・細部にわたるまで禅宗様が用いられている ・軒が深く、裳階も含め各重とも二軒の扇型垂木 ・各重とも縁、高欄を持たない
|
・塔身に対して相輪の比率が大きいのも、この塔の特徴
|
・第三重は禅宗様尾垂木付き三手先詰組 ・柱間には連子窓を開き、扉はない
|
・第二重も第三重と同じ様式だが、塔身が上重ほど低減するので組物の間隔は第三重よりも大きい
|
・初重も同じく三手先詰組だが、二手先までは肘木を二段に重ね、複雑な形状としている
|
・初重裳階は出組の詰組 ・禅宗様の弓欄間、藁座付き桟唐戸が見られる
|
アクセス
上田電鉄別所温泉駅下車、西700mです。 |
見学ガイド 安楽寺は有料で拝観することができます。八角三重塔も近くから見ることができます。 |
感想メモ
最古の禅宗建築で、日本で唯一の八角三重塔。見どころが凝集されています。林の奥深くの静寂な環境の中、美しくそびえています。見る角度や距離によっても表情が異なり、遠くから見ると裳階がどっしりとしているので、奈良時代の百万塔のような姿に見えます。 (2023年9月訪問) |
類例の少ない石造多宝塔
常楽寺多宝塔
じょうらくじたほうとう
上田市別所温泉
| 常楽寺多宝塔 | 36.353635, 138.154127 鎌倉後期 石造多宝塔 |
常楽寺は別所温泉北方の山裾に位置し、多宝塔は境内奥の杉木立の中にあります。銘文には、「天長二年(825)、火焰の中から北向観音がこの地に出現した。そこで木造の宝塔を建立したが、寿永年間(1182~84)に焼失した。弘長二年(1262)本塔を造立し、金銀泥で書かれた一切経一部を奉納した。」と記されています。
・安山岩製の石塔だが、様式は基本的には木造多宝塔と同じ ・笠や裳階が鎌倉時代の多宝塔の典型を示している ・重文指定の石造多宝塔は、この塔と滋賀県の小菩提寺の塔のみ
|
アクセス
上田電鉄別所温泉駅下車、西700mです。 |
見学ガイド 常楽寺は常時自由に参拝することができます。多宝塔も近くから見ることができます。 |
感想メモ
境内奥の神秘的な杉木立の中にあります。銘文が非常に明瞭に読みとれるので喜んでいましたが、追刻の可能性があるとのこと。ちょっと興ざめです。 (2023年9月訪問) |
上田の虚空蔵信仰の中心
法住寺虚空蔵堂
ほうじゅうじこくぞうどう
上田市東内
| 法住寺虚空蔵堂 | 36.303723, 138.195302 室町後期 桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間、こけら葺 |
法住寺は、塩田平の南方、独鈷山を越えた先の谷あいに位置します。平安時代に創建されたと伝える天台宗の古刹で、独鈷山の虚空蔵信仰の山麓寺院です。虚空蔵堂は、室町時代の文安年間の兵火に よる焼失後、文明十八年(1486)に再建されたものと考えられています。
・桁行三間梁間四間の入母屋造、こけら葺で、一間の向拝を設ける ・全体として和様を基調とし、細部には禅宗樣を用いている
|
左側面: ・正面は屋根の妻が深く入り禅宗様の風情があるが、側面は落ち着いた和様
|
左側面: ・前方一間は吹き放ちの外陣 ・組物は出三斗で、中備は斗のみで束のない特異な形式
|
・周囲に切目線を廻す ・堂は基壇を設けず、自然石の礎石の上に建てられている
|
・附指定の厨子は虚空蔵堂と同時期の制作で、禅宗様の方一間入母屋造
|
アクセス
しなの鉄道上田駅から大屋駅経由鹿教湯行バスで虚空蔵下車すぐです。 |
見学ガイド 虚空蔵堂は、常時自由に見学することができます。外陣内部も見ることができます。 |
感想メモ
境内を進むと、反りのある屋根の禅宗様に見える虚空蔵堂が見えてきますが、堂の背後の小高いところから見ると落ち着いた和様。不思議な建物です。 (2021年8月訪問) |
元禄時代の大規模農家建築
春原家住宅
すのはらけじゅうたく
東御市和
| 春原家住宅 | 36.375761, 138.341286 江戸中期 桁行19.1m、梁間7.8m、寄棟造、茅葺 |
春原家住宅は東御市街地を見下ろす田園地帯に位置します。建物の年代を示すものは見つかっていませんが、江戸時代初めごろの建築であると考えられています。
・茅葺、寄棟造で、開口部の少ない閉鎖的な構造 ・煙出しの部分が土間とチャノマの境界で、それより下手(写真右)が土間 ・土間が全体の三分の二程度と非常に大きい
|
・小屋梁は細い木材を用いている ・土間とチャノマの間に壁が設けられており、内部も閉鎖的な構造
|
・広い土間の下手中央には馬屋が設けられている ・馬屋部分には二階を設け、物置などとして利用されている
|
・軒桁の外側に、さらに半間張り出して軒を深くしている
|
アクセス
しなの鉄道田中駅下車、北3.1kmです。田中駅の電動シェアサイクルを利用することができます。高低差130mの一様な上りです。 |
見学ガイド 春原家住宅は現住の民家の敷地内にありますが、常識的な時間帯であれば、自由に見学することができます。内部見学が可能な時間帯について表示はありませんでしたが、振替休日の四時頃に訪問したときは内部が公開されていました。 |
感想メモ
駅からずっと上りで少し大変でしたが、扇状地を上るに従い視界が広がり爽快でした。春原家住宅は、屋内を壁で仕切っているなど農家建築としては珍しい点が多く、興味深いです。 (2023年9月訪問) |
細部もよく保存された室町建築
健御名方富命彦神別神社末社若宮八幡神社本殿
たけみなかたとみのみことひこかみわけじんじゃまっしゃわかみやはちまんじんじゃほんでん
飯山市豊田
| 健御名方富命彦神別神社末社若宮八幡神社本殿 | 36.921079, 138.375049 室町中期 一間社流造、とち葺 |
健御名方富命彦神別神社は、戸狩温泉の南方、千曲川左岸の山裾に鎮座します。創建は不詳ですが、本殿上の大石を磐座(いわくら)と考え、相当古くから信仰の場であったものと考えられています。江戸期には飯山藩主の祈願所として神社が整備され、寛政元年(1789)に京都吉田家より式内名神大社の社号を賜っています。末社若宮八幡神社本殿は室町中期の建立です。
・小規模な素木の一間社流造の社殿 ・疎垂木で、柱上は身舎、向拝とも長い舟肘木
|
アクセス
JR飯山線戸狩野沢温泉駅下車、西2kmです。 |
見学ガイド 健御名方富命彦神別神社は常時自由に参拝することができます。末社若宮八幡神社本殿は覆屋の中にあります。覆屋前面には格子窓がありますが、窓にはガラスが嵌められていて、ホコリが付着しているので、肉眼では本殿をほとんど見ることができません。コンデジをガラス面に近づけると本殿の姿が確認することができますが、本殿までの距離が短いので、全体を収めることは難しいと思います。 |
感想メモ
本殿の姿をよく見ることができず残念でしたが、長野駅を始発で出たので、早朝の美しい風景は堪能することができました。 (2023年9月訪問) |
西洋づくりのギヤマン学校
旧中込学校校舎
なかごみがっこうこうしゃ
佐久市中込
| 旧中込学校校舎 | 36.237522, 138.472217 明治 木造、建築面積259.4m2、二階建、桟瓦葺、正面玄関及び中央八角塔屋付 |
旧中込学校は佐久平南部の集落に位置します。
明治六年(1873)、学制の施行に伴い、北佐久郡の下中込・今井・三河田の三村による組合立学校として「成知学校」が設立されました。校舎は、村人たちが資金を出し合い、明治八年に完成しました。翌明治九年には「中込学校」と改称され、大正八年まで小学校として使用されました。その後は中込村役場などに転用され、地域の公共施設として活用されました。
この建物は、中込村出身で米国から帰国した大工・市川代次郎によって設計・施工されたもので、「ギヤマン学校」と呼ばれていました。旧中込学校は、明治初期に建てられた小学校建築として現存する数少ない遺構のひとつです。
・縦長平面、妻入の木造二階建で、桟瓦葺 ・寄棟造の屋根上には塔屋を設けて、時報を知らせる太鼓を釣っていた ・西向きの正面にはベランダ、ポーチがつく
|
・塔屋は八角の下見板張りで、尖頭飾には方位指針文字板をつける
|
・ベランダ、ポーチの柱列には柱頭飾が付く ・一階ベランダ天井には網目の装飾が施されている ・外装は漆喰大壁造で、窓廻りや隅石は漆喰で擬石風に造り出して墨塗仕上げとしている
|
・二階ベランダも柱頭飾を付けるが、天井の装飾は省略されている ・西洋の住宅建築では一階を接客空間、二階を居住空間として二階部分の装飾を簡略化することがあるが、これを模したものであると考えられる
|
・玄関ポーチの半円形天窓(上段写真)や二階廊下背面の丸窓(背面写真)には色ガラスを用いており、「ギヤマン学校」の由来となっている
|
アクセス
JR小海線滑津駅下車、西400mです。 |
見学ガイド 旧中込学校校舎は有料で公開されています。 |
感想メモ
佐久平の静かな集落に、白く輝く本格的な西洋風校舎のコントラストが面白いです。米国で学んだ地元の大工が地元住民の資金で建てたものとのこと。養蚕で栄えたこの地域の豊かさと子弟の教育に対する熱心さを窺い知ることができます。 (2025年6月訪問) |
六面に地蔵菩薩を刻む室町時代の石幢
六地蔵幢
ろくじぞうとう
佐久市入澤
| 六地蔵幢 | 36.172293, 138.490134 室町中期 石造幢 龕部頂面に永享十二稔庚申の刻銘がある |
六地蔵幢は佐久平の南方、武州街道沿いに位置します。笠浦の刻銘によると建立が享12年(1440)で室町時代のものです。
・高さ2.188mで赤味のある安山岩で作られている ・中国の石幢は幢身に経文などを刻して人々に示したものだが、これに室町時代の地蔵信仰が結びつき、龕部の中をくりぬいて六面体に陽刻した六地蔵を納めた六地蔵幢になったもの
|
アクセス
JR小海線羽黒下駅下車、北700mです。道路沿い西側にあります。 |
見学ガイド 六地蔵幢は、常時自由に見学することができます。 |
感想メモ
その文化的価値を過度に主張することなく、道路脇にひっそりと立つ石幢でした。こういった文化財が地域の文化的な奥深さを感じさせてくれます。 (2021年8月訪問) |
豪壮な彫刻で埋め尽くされた素木造の社殿
水上布奈山神社本殿
みずかみふなやまじんじゃほんでん
千曲市戸倉
| 水上布奈山神社本殿 | 36.489516, 138.150451 江戸後期 一間社流造、正面軒唐破風付、こけら葺 |
水上布奈山神社は千曲川右岸、戸倉の市街地に鎮座します。下戸倉宿の鎮守として諏訪大社より勧請した神社で、諏訪社と呼ばれていましたが、天保六年(1835)に現社名に改められました。 諏訪大社にならい、御柱の祭りも伝わります。現在の本殿は、諏訪の大隅流大工棟梁により、寛政元年(1789)に再建 されたものです。
・総欅造の一間社流造柿葺で、各所に用いられている彫刻が特徴 ・彫刻は、「上り竜・下り竜」「唐獅子」「蘇鉄に兎」「鳳凰」 「竹林の七賢人」「仙人像」など題材が豊富であるとともに、素木造で彫りが鋭く豪壮 ・江戸時代後期以降、東日本の社殿は彫刻を多く用いる傾向が顕著だが、この社殿はそれを代表する建築
|
アクセス
しなの鉄道戸倉駅南西500mです。 |
見学ガイド 本殿は、常時自由に見学することができます。本殿は大きな覆屋に覆われていて、前面にビニールシートが張られていますが、シートの隙間から本殿を直接見ることができます。 |
感想メモ
派手な彫刻の社殿は、どちらかといえば苦手ですが、ここまで徹底していると、これはこれで良いのかなとも思いました。 (2021年8月訪問) |
真田氏が祈願所とした茅葺の仏堂
智識寺大御堂
ちしきじおおみどう
千曲市上山田
| 智識寺大御堂 | 36.466210, 138.140125 室町後期 桁行三間、梁間四間、一重、寄棟造、茅葺 |
智識寺は上山田温泉の南方、リンゴ畑が広がる高原に位置します。奈良時代に冠着山麓に創建されたと伝わる古刹で、建久9年(1198)に現在地に移され、七堂伽藍が整備されました。大御堂は室町後期(1573頃)に建立され、江戸時代には真田家代々の祈願所とされていました。
正面(上段写真)と左側面(下段写真): 妻入りで縦長の仏殿
|
・柱上の組物は平三斗で、柱上部には禅宗様の粽が見られる
|
左側面前部: ・前方一間が腰板から上を開放した外陣 ・軒は、前方が疎垂木で、後方は民家のせがい造のような構造
|
アクセス
しなの鉄道戸倉駅南西4kmです。戸倉駅前の電動シェアサイクルが便利です。高低差は50m程度ですが、上りが後半に集中しているので、ちょっと大変です。 |
見学ガイド 大御堂は、常時自由に見学することができます。外陣内部も見学できます。 |
感想メモ
市街地をはずれ、リンゴ畑が多くなってきたあたりにあります。むくりのある屋根で、温かみのある茅葺の建物でした。 (2021年8月訪問) |
細部様式の優れた折衷様建築
浄光寺薬師堂
じょうこうじやくしどう
上高井郡小布施町雁田
| 浄光寺薬師堂 | 36.693214, 138.333266 室町中期 桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、茅葺 |
浄光寺は小布施市街地東方の山裾に位置する真言宗豊山派の寺院です。薬師堂は室町時代初期の応永15年(1408)の建立です。
・薬師堂は境内の最奥部、自然石の石段を進んだ先にある
|
・桁行三間、梁間四間で、茅葺入母屋造 ・軒の出の深い建築
|
・正面は三間すべてに桟唐戸を吊って禅宗様の色合いが濃いが、和様の内法長押が強く一直線に伸び、全体を引き締めている
|
・軒は二軒の繁垂木で、柱上は出三斗 ・中備は中央間が蟇股で、両側間は間斗束
|
・柱頭は禅宗様の粽を持ち、頭貫上に台輪を回す ・木鼻は均整の取れた禅宗様の意匠
|
アクセス
長野電鉄都住駅下車、南東1.8㎞です。小布施駅のレンタサイクルを利用することもできます。 |
見学ガイド 浄光寺は常時自由に参拝することができます。薬師堂もすぐ近くから見ることができます。 |
感想メモ
境内入口にはスラックラインの競技場があって、なかなか賑やかです。林の奥の薬師堂は対照的に静寂な空気が流れています。お寺のサイトでは、薬師堂の蟇股と木鼻は天下屈指の最優秀作とのこと。ちょっと盛りすぎですが、盛りたい気持ちを起こさせるほど美しい作品であることは間違いないように思います。 (2023年9月訪問) |
丸窓風の装飾が珍しい鮮やかな桃山建築
佐野神社本殿
さのじんじゃほんでん
下高井郡山ノ内町佐野
| 佐野神社本殿 | 36.734157, 138.413016 桃山 一間社流造、とち葺 |
佐野神社は湯田中温泉の対岸の段丘上に鎮座します。佐野神社は、明治時代にこの場所にあった飯綱神社に、上諏訪社・下諏訪社、志賀高原の笠嶽社を合祀した神社で、本殿は旧下諏訪社を移築したものです。本殿は一間社流造、とち葺、漆塗りの桃山建築です。
アクセス
長野電鉄湯田中駅下車、南1.5㎞です。 |
見学ガイド 佐野神社は常時自由に参拝することができます。本殿はコンクリートの覆屋の中にあって、全く見ることができません。9月上旬に行われる祭礼時には公開されるようです。 |
感想メモ
本殿はコンクリートの覆屋の中にあることは分かっていましたが、日曜日には地元保存会が公開しているとのネット情報があったので、少し期待して三連休の中日の日曜日に訪問しました。でも、残念ながら、覆屋の金属製の扉は固く閉ざされていました。駅の観光案内所で伺うと、今は祭礼のときにしか公開していないとのことでした。 (2023年9月訪問) |