「起」からの続き



4年生になると、公式戦が増えてきた。強いチームに善戦するが、弱いチームにも合わせてしまい勝ち点1になってしまう状態。
そこで新しいお父さんコーチは、1-3-3-1だったシステムを、1-2-3-2に変更した。
守備でリスクが増えるが、攻撃力も上がるため、勝ちきることが狙いと説明を受けた。
これにより、確かに格下のチームには勝てるようになった。公式戦の予選トーナメントは突破できるようになった。

む、4年生からは、完全にAチームとBチームに分かれることになった。これまで、レギュラーだった選手がBになったり、あまり試合に出てなかった選手がAになったり。
実力的にはある程度納得感があるので、ここでは不満は出なかった。

息子は、4年生はAのスタメンが半々、その後は5年生春はAのサブ、そして夏はもう少しチーム内の格付が下がっていった。
奥手で、おとなしく、失敗を恐れるような性格が、コーチからすると戦えないと映っていたはずだ。実際に、試合を観戦していて親としてともどかしいシーンが多かった。
もっと、激しい守備、もっと自分で仕掛けてシュートまで打てばいいのにと皆が思っていたはずだ。
というのも、足の早さ、足元の技術共にチーム一で、身長も高い。時折、力強いシュートや、ダブルタッチで相手を交わすなど、コーチが期待してしまう力を見せるときもあったためだ。
それゆえに、期待を裏切られた気持ちをコーチに抱かせていたのだろう。練習でも、一貫して見せられないのは、激しい闘志や競争心。守備で諦める、ペナルティで横パス、練習の順番は譲る、質問されてもモジモジ。

どうしても、一皮むけない息子。
記憶では4年生からサッカーノートを書き始めたと思う。土日のチーム練習や試合のあとに、わりと手取り足取りヒントを出していた。
また、子供のサッカー用のメンタルトレーニングの本も読み漁り、取り入れてみたりもしたが実践でうまく使えていない。

2年生から横浜FCの一般スクール、3年生からクーバーに毎週通い
通い合宿キャンプなど、様々なきっかけを探してもがいてきたが、いまいちブレイクスルーしない。というか、ブレークスルーの兆しが見えてこない時期が続いていた。

そして、J下部のセレクションは毎度受からず受かる気配すらない。毎回、今回こそ善戦するだろうかと期待してしまうのだが、セレクション当日始まってみるとどんどん少し膨らんだ期待がどんどん萎んでいくのが自分でもわかった。

対人プレイの強化に、会社の若手後輩(小学校から大学まで体育会サッカー)のアドバイスから、個サルの参加を始めた。後輩は小学生の頃は、毎日近所の友達と暗くなるまでサッカーしていたと。実践から学ぶことが多かったと教えてくれた。
個サルはもしかしたら効果あったと思う。
家からそう遠くないフットサル場で、土日の夕方に2時間子供個サルが開催されており、足しげく通っていた。J下部所属やスペシャルクラスの選手も何人か参加していて、レベルは低くない。息子は、最初の頃は、慣れないせいかゲーム関与率が低かった。
(現所属チームがほぼ毎日トレーニとミニゲームがあるので、現在はほとんど個サル参加してない。)

あと、この流れに合っていないが、ラダー講習も行ってみたことがある。


5年生の春休みも何かのきっかけをさがして、スクール体験をしていた。
過去にセレクションに特化した通いキャンプや同じ会社のドリブルキャンプに行ったことがあり、そのセレクションキャンプのスクール版を体験した。悪くはなかったし、電車を乗り継いで通わせようと一度は思ったのだが、このあともっと良いところに入会しちめ、セレクションスクールは結局入会せず。

4月になり、春休みも後半のタイミングで運命的な?出会いが。
このアメブロで、ジュニアサッカーのブログを検索して、何かのヒントがないかと諸々読んでいた中で、現所属チームのブログがあったのだ。
そして、チームの代表とアメブロメッセージをやり取りして、わざわざ電話で説明を受け、隣の市だけどなんとか息子一人でも通えそうだと分かった。
早速体験参加したところ、息子が気に入ったため、現所属チームにスクール生として入会
元プロ選手に直接指導を受けられ、一人一人に目が配られ、ほぼ毎日練習があり、月謝も高くない。チームとして守るべき作法は存在するが、面倒な世話役もなければ当番としての配車もない。こんなに息子と我が家にぴったりのチームがあったとは。
アメブロがなければ、今も息子はくすぶっていたかも。

現所属チームのスクール入会後、
5月のトレーニングマッチ7月のトレーニングマッチで、チームの代表が息子のゴールを気に入ってくれて、フォワードとして可愛がられるようになった。



「転」へ続く