この夏のジュニアユースのセレクション、そしてFAリーグなどの公式戦を越えていくと、ジュニアサッカーが大団円となる(はず)。
気軽に始めたアメブロが、なんだかんだ500投稿を越えた。
これまでを振り返ると山あり谷あり、悲喜こもごも。
ブログを始めたのが2018年の秋なので、それ以前は記憶が頼りとなる。
長文、かつ過去のリンクを多用、そして息子にフォーカスした振り返りなので、参考になるかどうか分からないけど、
うまくいっているお子さんの保護者よりも、まだ力を貯め中で、十分力を発揮できず悩んでいる保護者向けのヒントになれば。。。
サッカーを始めたのは年長から。
近所に良いチームが見当たらず、同じ区内で、歩いて通えない距離の町クラブへ入団。
そのため、毎週車で送り迎え。
今思えば、このテーム選びも分岐点だった。
もっとこうすれば良かったというのは思い浮かばないけど、おそらくベストではなかったかも。
でも、今、息子がサッカーが好きになったのだから、結果オーライ。
小学1年から3年までは、練習試合含めて、試合が少なかった。数少ない試合の時は、MFかサイドバックで出場。
担当のコーチは、同学年の選手のお父さんコーチではなく、10年前に同じクラブでその人の息子が同チームに所属していて、その時にお父さんコーチをやってた人が、今もボランティアでコーチを引き受けてくれていたそうだ。
この人から基礎を学んだのだが、チームは市内公式戦などでは、中の下という成績だった。予選トーナメントを突破できないレベル。
一度、コーチから「T(息子のこと)は膝から下の振りが速いので、強いキックが蹴れる」と誉められたことを今もはっきり覚えている。
実は後々、現所属チームのキーパーコーチがシュート練習のときに、「Tのシュートは振りが速いから、来ると思ったらもう来ていて怖い」と言われた。予備動作が小さく、あまり大きく手を振り上げないで、強めのシュートを打てるからだろう。
この頃の息子、試合での活躍はあまり印象にない。スタメンで出ることが多かったのだが。
小学3年生の3学期に、保護者による担当コーチへのクーデターが発生した。
戦績が良くないことや育成方針が明確でないため、保護者の一部がクラブ側にコーチ交代を直訴。
こうなると信頼関係が損なわれ、数回の保護者会のあと交代となった。
ただし、不満の一端はクラブ自身に向けられていたものだ。クラブとしての方針や、6年間の育成計画、選手への指導指針、トップチームとの交流がないこと、月謝や年会費の会計処理の不透明さなどである。
後釜コーチは、3年生から入団した選手のお父さん。そのお父さんは、元はその町クラブの選手だった人。
研究熱心で、熱意があり、今よりももっと勝てるようになりたいと強く思っているコーチ。決勝トーナメントで負けた日の解散直前、選手への総括の時に思い余って泣いてしまう熱血漢。
「承」へ続く