*加藤の巣窟 -13ページ目

2007-11-03

ネットがようやく繋がる。
●ぼくの恋愛観は大きく変わりつつある。克己主義と虚無主義の上に成り立っていたはずが、それは違うよと、おっぱっぴ!と唱えながらおっぱいを揉むことだよと、バイト途中にそうやってお母さんのおっぱいをわしづかみにしている男の子に教えられた。

2007-11-01

一体いつになったら本を読み終えることができるだろう。
いつまでたっても読み終えることができないどころか、続きを読み始めることが難しい。一度閉じた本を再び開くまでの時間が長すぎる。

(′・∀・`)σ)・)(・)ムギュ

このAAはおっぱいを横からつっついている様子を描いたものです。
マイミクの方の日記を見て作りました。ほとんどパクりです。

2007-10-19

電信柱ってさ、十字架みたいだよね。

バイトが死ぬ程つまらない。だって女の子がいないもの、妄想ででさえおっぱいを揉めないもの。ぷにぷに。

つまらないひとがうるさくて、聴くべき声を聞き取れない。どちらも残念に思う。うるさくしたり、聞き取れなかったりどちらにもなっていることもまた。
そのくくりの定義はと問うても相手にされず、みんなはまたただなんとなくという理由で殺しに出かけてしまう。わかりあう為に定義、世界観、言葉の範囲の確認なんて露しらず、差し出された手を切り裂いて内臓を引きずり出す。一度も手を握りかえす素振りを見せない彼らに、差し出し続けることをやめた手は自らの部屋に鍵をかけ、窓から見える虹に手を伸ばすことにしかつかわれなくなってしまった。
名前をつけて閉じ込めて、自分の立ち位置を確保して自分の安全を自分達で保証していることをひけらかして、笑うことができる殺すことができると安心している彼等を笑ってもいいのだろうか。今の学校に入り余計に、しみじみ思う。その場所で馬鹿にしてるつもりなんだろうか。彼らには何も見えないのだろうか。一体、鏡に向かって怒鳴りつけるなんて、何がしたいのだろう。鏡すら見えていないのかもしれない。はて、鏡に向かってひとりごちるとは疲れてるのかな。

あとなんだったか、忘れてしまった。
最近はそんなことで怒ったり笑い声の真似をしたりしてる。

10-10-2007

この世の全ては、ただそうだと思い込んでいるだけ、決めつけているだけだと勝手に思い込んでいる寂しい人のかとうです。ごきげんよう。

美しい水と書いてみみず(みみず)と読ませた水はあんまり売れないだろうな。
自販機で、缶に入った水を見ないけどやはり水に臭いがうつるからかな?でも紙のパックで売られてないのはなぜなんだろう?
『美水』誰か作ってくんないかなー。

おっぱいおっぱいってよく言ったり書いたりするけど、いやらしく感じない僕は変態?おっぱいとか言ったり書いたりした瞬間に耳を塞いだりパソコン閉じたりして聞く耳持ってくれない人が多くて軽く引いちゃうよ。めんどくさ。相手によって言葉を選ばないといけないのはわかるけどさ。

もう、うっちゃっといてくれっ!って言いたくなっちゃぅ。

2007-10-08

この、僕たちが巣食う、東京のおそらくはずれにある(僕は地図の読み方を一度も習ったことがないから、そんな裕福な教育を受けていないので地図を開いて見つけたい箇所を探してもいつも検討違いなところをさしてしまう。)、小さなアパートの小さな部屋からは月も星も夜空さえまともに見ることは叶わないし、ましてや線路が近いからとてもうるさくて住みづらい。
そんな小部屋に毎日帰ってくる。一応外出はするのです。
生と死の混在?死ぬために生きる?死ぬ過程を生きている?もう死んでいる気がするけど死んでいないから違う。
やりたいことが見付からない。決められない。惰性でいき続けていく気がする。
何かを成し遂げたいと思うし努力は辛いが達成感を感じることはきもちいい。今していることも確に自分にとって毎日のように新しい発見があって楽しいと感じる。でもそれは自分を、退屈を誤魔化すために何かに熱中するフリをしているだけのような気がする。他にすることがないから、何もないことを実感するのが怖いから、何かを成し遂げているんだ、何かをつくっているんだ、ほめられるんだって、そう思わないと何も手につかない。
自己欺瞞だね、自分を誤魔化して、何かを創りあげている、人から誉められたくて頑張って、誰かに必要とされていると勘違いしたいだけなんだ、その方が楽だから、きもちいいから。恋愛なんてまさにそれだろ?ザ・自己欺瞞と自己陶酔の結晶!!

文学の根本にあるテーマは「愛こそすべて」であるらしい。愛こそすべて。最近一番はっとさせられた言葉だ。好きなサイトで2chで最も詩的な言葉は「むしろイキロ」であると書かれていたのを読んだとき以来だ。いずれ「愛について」なんてタイトルで文章を書けたらとてもとても気持がよいのだけれど。