戸惑う子どもたち
子どもが背負う重荷―その2
学習成績ばかりではない。音楽やスポーツの分野にも、親に背負わされた荷を背負っている子どもがいる。3歳のころからバイオリンを習っている(習わされている)女子中学生が、友人との関係がうまくいかず不登校になった。原因はさまざまだが、二人の指導者について連日の特訓が課されており、学校の授業よりそちらの練習が優先されていた。友だちは、そんな彼女を「あたしたちとは違う世界の特殊な存在」と見ているから、いつの間にか友人との関係もギクシャクして溝ができてしまう。母親が正直な胸の内を明かしたことがある。
「私は若いころ、ピアニストを目指していました。けっこういいところまで行ってたんですよ。夫との結婚でその夢をあきらめました。せめて自分の子どもは、音楽の道で一流にさせたかったんです。」子どもは、その親の期待に応えようと一生懸命がんばったに違いない。しかしその子は、背負う重荷に耐えられなくなってしまった。
サッカー選手の男子高校生が、監督との関係がうまく行かずに悩んだ。膝の故障も抱えている。小学生のころからサッカー一筋で、高校もその技量を評価されての入学だった。「学校へ行きたくない」と彼は言い始めた。父親も悩み、私のところに相談にやって来た。
「親が期待をかけ過ぎると、ますますプレッシャーとなってしまうのではないでしょうか?」一時間ほど話し合った後、父親は見事に方向転換を考えてくれた。高校にもいろいろなスタイルがあることをインターネットで調べ、すぐさま通信制高校を見学に行く。父親のあの早い決断がなく、サッカーを続けていたとしたら、彼はどうなっていただろう?今、理学療法士をめざして元気に大学にかよっている。
実はかく言う私も、私自身の子育ての中で、大きな失敗をしたことがある。私は、自分の娘について、勉強よりもスポーツの力を身につけることにこだわっていた。娘が小学校3年生のとき、元オリンピック選手の瀬古利彦氏が駒沢競技場で「小学生マラソン大会」を主催すると知らされ、ちょうどその日がたまたま自分の都合のよい日でもあったので、すぐに出場申し込みをした。走ることはあらゆるスポーツの基本だ、という親としての願いがあった。
娘は、200人中135番でゴールした。まあ仕方ないとは思いつつ、親の期待通りにはいかなかった。たかだか3キロ程度だから、と考えていたのがいけない。父と母の待つ観覧席に戻った娘の顔は苦しそうに蒼白で、今にも泣き出さんばかりだった。夫婦ともにできるだけ健闘を讃え褒めたが、もう遅い。それ以来娘は、走ることが大嫌いになってしまったのである。
何年か前、NHKで児童虐待の特集を組み、視聴者から意見を募る番組があった。その際、中学2年の女子生徒から

