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戸惑う子どもたち

児童養護施設の少年―その1

「タイガーマスク現象」に思う

 

 『巨人の星』の星飛雄馬は父子家庭、『あしたのジョー』の矢吹丈は孤児、そして『タイガーマスク』の伊達直人は児童養護施設の出身という設定である。原作者はどれも梶原一騎だが、どうやら、原作者がそうした生い立ちというわけではなさそうだ。「逆境でも頑張ればなんとかなる!」70年代、昭和に生きる子どもたちや若者への応援歌なのかも知れない。



元校長先生のブログ-児童養護施設の少年―その1




 『タイガーマスク』の主人公・伊達直人の名前で2011年12月、群馬県の児童相談所にランドセルが届けられた。入学準備中の子どもへのクリスマスプレゼントだそうだ。漫画やアニメの中の伊達直人が、覆面プロレスラーの身分を隠して、自分の育った養護施設「ちびっこハウス」に贈り物を届けたことに因んでいる。


 粋な計らいではないか。このニュースがきっかけとなって、匿名による寄付が、あっという間に全国に広がり、「タイガーマスク現象」とまで言われるようになった。児童虐待など、暗いニュースが続く中、何かホッとさせられるような、明るい光を感じる。「匿名はいかがなものか」とか「一過性にしてほしくない」とかの声も聞こえてくるが、「世の中捨てたもんじゃない」と素直に受け止めるべきと思う。

 

 児童養護施設で暮らす子どもは、小中学生の場合、施設の近くにある公立学校にかよっているが、中には、たとえばお正月になっても、帰るべき家のない子がいる。両親は健在であっても、である。「親は責任をどう考えているのか?」と疑問に思う人は多いし、私自身も理解に苦しむことが多々ある。


 家に帰れない子どもに、少しでも家庭というものを体験させるために、「フレンドホーム」という制度があり、我が家もこれに登録している。8年前に小学校3年生の男の子を、初めて児童養護施設から迎えた。玄関のドアを開けるなり、

「ジジイ!」と叫んで私の腹にパンチを浴びせてきた。さすがに私はムッとし驚きもしたが、これが彼の最初の「ごあいさつ」なのだった。人と人との関わり方を充分に身につけないまま育ち、人と人との距離感を測れないまま、大人を「試して」いたのである。


どんな境遇に育とうとも、子どもは常に大人を試し、値踏みする。我が子であってもそうなのだ、と大人は考えるべきだろう。他人の腹にいきなりパンチの出会いでも、受容すればその日のうちに、私の背中に乗ったりして甘えてくる。


その少年は、お正月ばかりでなく、春休み・夏休みなど学校の長期休業中には必ず我が家にやって来て何日かを過ごすようになった。1分たりともジッとしていられない「多動性」の子だったが、どうやらそれも生育歴に関わっていたようだ。「ありがとう」がなかなか言えない子だった。


私たちに憎まれ口をたたきながらも、一方では、「お願いがあるんだけど……」と電話を寄越す。「今度行ったときには、いっしょに寝てほしい。」と言うのである。いっしょに寝てみると、私の腕を抱き寄せてすり寄ってくる。一方では、夜中にブツブツと何事かつぶやいたり、時には叫び声をあげたりすることもあった。施設の職員に尋ねてみると、「虐待の経験がそうさせるのではないか。」とのことだった。真偽のほどは掴めないが、納得のいく答えではある。


小学校入学と同時に、わけも分からぬまま施設に預けられ、その後、親とは一度も会っていない。父と母は離婚したらしいと、小学3年生でも理解はしているが、本人の胸の内で整理はついていないだろう。だが、我が家での生活に慣れてくると、素直に本音も伝えてくれる。


「オレ、お母さんがいちばん好きなんだ。」とポツリと呟く。会いにも来てくれない母親の愛を求めている。子どもという存在はそういうものだ。どんなに酷い仕打ちを受けても、母は母なのでる。「そうか、やっぱりお母さんなんだ。」と相槌を打つと、「お姉ちゃんがいてさぁ。」とも言う。「お姉ちゃんはどうしてるの?」その答えが「お母さんといっしょに住んでる。」となるに及んで私たちの頭は「???」となり、切ない思いだけが残る。


それでも「ジジイ」が「オジサン」になり、「ありがとう」が自然に言えるようになり、5年生になるころには、一人で寝られるようになった。今、高校生になって落ち着いた態度を身につけ、しっかり勉強もし、部活やアルバイトにも精を出している。しかし、卒業式にも入学式にもまるまる10年間、親は依然として会いに来ない。




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